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15.特別な人

「ユラン、昼どこにする?」


 お昼になってすぐ、友人のギアが話しかけて来た。ジュラリアではそうお目にかからない褐色の肌は、ギアの国では当たり前なのだとか。

 同じクラスに在籍するギア・フォルトは中等部からの友人、親友と呼んでも差し支えない。

 煌めく銀髪も海を閉じ込めた様な碧眼も特別珍しい訳ではないが、その肌に纏う異国の空気に合わさるとどこか神秘的にも見えてくる。それなりに高いはずの身長はユランがいる事で無効となり、生まれ持った可愛らしい顔立ちのせいでどことなく幼い印象を受ける友人だが、その性格は彼の出身地の国民色を濃く受け継ぎ豪快そのもの。

 窮屈だからとネクタイもブレザーも取り去って、セーターすら腰に巻いた姿の男が一国の王子だと誰が思うのだろう。


「あ、俺今日は」


「姫さんとこか?」


「……その呼び方止めてくれない」


 姫さんというのは文字通りの意味ではない。この国にはお姫様はいないし、ギアが言っている相手は姫よりも女王の冠が似合いそうな美しさがある人だ。


「会った事ねぇのにヴィオレットって呼び捨てにする訳にもいかんだろ」


「敬称って言葉を知らないのか」


 ギアと友人になってからそれなりに時間は経っているがヴィオレットと対面させた事はない。それは不必要だからではなく、会わせたくないからだ。

 ギアが悪いという話ではなく、ヴィオレットに対する悪感情があるはずもない。複雑な感情などどこにもない、どこまでも単純な独占欲というものだろう。

 例え友人であってもそう簡単に会わせられない、自分にとって彼女は誰よりも特別な存在なのだから。

 その気持ちを見抜いているから何度話題に出そうと、何よりも最優先しようと、決して会ってみたいと言ってこないのだろう。見かけた事くらいはあるだろうけど、それを報告してくる事もない。

 その代償として『ユランの、姫さん』と呼ぶのだからからかいたいと思っているのは明白だ。ギアの性格上馬鹿にするつもりが無いと分かっている為、毎回止めろと言いながら実力行使まではしないでいる。


「ちょっと心配な事があるから、様子を見に行きたいんだよ」


「お前ずっとそうだよなぁ。そんなに気になるなら毎日行きゃいいのに」


「良いんだよ、これで」


 毎日会えればそれが一番に決まっているし、きっと訪ねてきたユランをヴィオレットは嫌な顔せず迎えてくれるだろう。優しい彼女が弟の様に可愛がる自分を邪険にする訳がない。

 実際昔は毎日の様に会いに行き、迎えてもらえていた。今よりも随分意地っ張りだったが、ユランに対する姿は今と同じ姉の様な包容力に満ちていて。それに甘えたが故、今の幼馴染みという紙一重な立場を手に出来たのだから。

 狭い貴族の世界で顔見知りになるのは容易いが、それ以上深い場所に行くとなるとそれなりに大変なのだ。

 それを分かっているから、毎日心のまま通った日々を否定はしない。むしろ必要な時間だったし我ながら良い仕事をした自負もあるが、だとしても時と場合を理解せねば全てが無駄になってしまう。

 自分の望みは、彼女に会う事では無いのだから。


「じゃ、俺は行くから。ギアものんびりしてると時間なくなるぞ」


 成長期というだけでは説明の出来ない食欲をしたギアは所謂大食いだが、決して早食いという訳ではない。量の分だけ時間も掛かるし、多すぎる食料はテイクアウトという選択肢を潰してしまう。

 毎日の事だからさほど心配はしていないが、そのマイペースさは時に予想を大きく裏切ったりするのだ。

 授業に遅れないといいけど……という心配は、ヴィオレットへと向かう自分の足音で次第に忘れていった。

 ギアと話した時間を考えると、恐らくヴィオレットはもう教室にはいない。お弁当の可能性も無い、彼女が家の人間に何かを頼むなんて想像が難しく感じるほど稀な事。ヴィオレットを敬愛して止まないマリンなら先回りして願いを叶えるだろうけれど、抜かりの無い彼女の事だからヴィオレットが心苦しく感じるくらいなら気づかぬ振りだってお手のものだろう。

 ならば向かうべきは食堂。人の混み方によってはテイクアウトするだろうから、人気が無くヴィオレットが好みそうな場所も一緒に脳内にリストアップしていく。


 今、自分は彼女の元に向かっている。それだけで足取りも軽く感じる。

 心配しているというのも本当だが、結局は顔が見たいというのが大きな理由なのだ。最も警戒していた自宅でヴィオレットが傷付く事態は避けられた様子だったし、心配の種はもうほとんど無いといって良い。

 ただ自分がヴィオレットに関わる部分にのみ異様に慎重になるというだけで。


(……そういえば、あの人達見ないな)


 中等部の頃はヴィオレットに会いに行く度目にした女性達。ユランの事はいつも歓迎してくれたが、正直あまり得意ではなかった。

 不自然に高い声は耳障りだったし、香水の人工的な香りがきつくて気持ち悪かった。ヴィオレット以外にベタベタ触られるのもたまらなく不快で、出来る事なら突き飛ばしてしまいたいと何度思った事か。

 ヴィオレットが卒業して、高等部での一年の間に何かあったのだろうか。あれだけ毎日何処に行く何をするにも一緒だったのに。

 決別したというなら喜ばしい事だけど、あまり良い想像が出来ないのはヴィオレットの側で見てきた経験則。美しく優しい人だけど、彼女は人を見る目があまり優れていないから。


(とりあえず何も無ければそれが一番だけど……警戒だけはしておいた方がいいな)


 無駄に終わればそれが一番、ヴィオレットに聞いて考えさせるほどの事でもない。ただ自分が心の中に留めて置くだけ。


 色々な事が同時に、そして別々に組まれていく。その間も足は止まる事無く目的の人を探して動き回り、何度となく人とすれ違った。

 そのどれもユランの視界に入る事なく、欠片の興味も抱かれる事なく過ぎていったけれど。


「──ユラン」


「ッ……何か、ご用ですか?」


 自分の名を呼ぶ声に、足が止まる。狙いすました様に人気が無いのは、事実それを狙っていたからだろうか。

 振り返った先には、想像した通りの人がいた。

 聞かれたくない事とか、隠れたい事とか、きっと理由は色々ある。でも一番はユランを気遣っての行動なのだろう。

 自分に話し掛けられたくない、話してる所を見られたくないという心を、きっと目の前の男は嫌という程自覚している。


「──クローディア王子」

 

 どうせならその理解を正しく行動に反映させ、関わらずにいてくれたら良かったのに。



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