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161.王子様


「えっと……まず、俺とヴィオちゃんの結婚はもう決定してるんだよ。誰にも、ヴィオちゃん自身にも、拒否権はないんだ」


「え……」


「政略結婚に……なるのかな、一応。ヴィオちゃんのお祖父さんを納得させるのに色々用意したから」


「なんで、そんな」


 怒りは湧かなかった。ただ、驚いて言葉が詰まりはしたけれど。

 祖父を説得する、それがどれだけ大変か。あの人は合理的にしか物事を考えない人だ。そしてその恩恵を受けるのは国で、個人ではない。国と国民に全てを捧げた祖父にとって、貴族は民ではなく駒、そこに血縁の情が介入する事もない。要は、国の益になるかどうかが全て。ヴィオレットだって、我が家が如何に重要な地位にいるのか理解している。祖父にとって、自分がどういう役割の駒なのかを、知っている。

 それを覆す材料、労力。そこまでする理由が何なのか、なんて。


「ヴィオちゃんを、お嫁さんにしたかったから」


 ただ結婚したいだけなら、きっともっと簡単だった。ユランが婿になるのなら話は早く、もっと楽にヴィオレットとの結婚が約束されていた。ユラン・クグルスという人間はそれだけの家で、血で、能力を持っている。

 結婚して、ヴィオレットを妻にするだけなら、それで良かったのかもしれないけど。


「俺は欲張りだから、妥協とか出来ないんだ。俺と結婚して欲しい。ヴィオちゃんに、お嫁さんになって欲しい。貴方に、ヴァーハンを名乗らせたくない。全部叶えたくて……こんな怪我、させちゃった」


 それは頬の事なのか、足の事なのかは分からないが、どちらもユランのせいではない。頬は父が原因だし、足は後先考えずに飛び出した自分のせい。むしろあそこでユランが現れなければ、きっともっと酷い結末に終わっていた──ヴィオレットは本気でそう思っているけれど、ユランが割り切れるかどうかは別だ。

 もっと上手くやれたはずなのに、ヴィオレットが辛い想いをする隙なんてなく、全部恙無く終わらせられたはずなのに。出来なかったのは、心のどこかにあった慢心と油断だったのだと。時間を遡り、結末を知っている自分なら、きっと全部上手く出来るなんて、驕っていた。

 まだ学生、一年多く日々を重ねただだけの十代に、そんな完璧さがあるはずがない。傷付けられた事はあっても、救われる事が圧倒的に少ない人生では尚更、経験値が不足している。その経験値の少なさが、詰めの甘さに繋がった。


「やっぱり俺、王子様とか向いてないねぇ」


 これがあの男だったなら、本物の王子様だったなら、もっと華麗に救って見せたのだろうか。きっと正しく、歪みも澱みもなく、ヴィオレットをお姫様にしただろう。甘ったるい正義感で前しか見えない様な男ではあるけれど、だからこそ弱っている姿を見たら手を差し伸べずにいられない人間だから。

 ヴィオレットを救い、あの家を許して、大団円を描いて見せるのが簡単に想像出来て、吐き気がした。

 ユランには無理だ。ヴィオレットを苦しめた者達全員、火焙りにしても足りない。許せないし許さない、許したくない。煮込まれた憎悪と殺意が、復讐しないなんて認めない。彼らには、不幸になってもらわなければ困るのだ。それも一瞬で終わる死ではなく、毎日毎日少しずつ降り積もる様な。初めは耐えれていたその重みに、いつかぽっきり折れてしまう様な。そういう類の不幸に、見舞われてもらわないと。

 その結果がヴィオレットの頬で、心で、痛みなら、血を吐いてでも大団円にすべきだったのに。


「昔、読んだ本を覚えてる?」


「へ?」


「家の図書室に忍び込んで、読んだじゃない。二人の王子が、お姫様を助けようとするお話」


「あ……うん、割とメジャーな奴だよね。タイトル何だったっけ」


 唐突な話題の変換に、心は追い付かずとも反応してしまうのは癖だろうか。疑問を持つよりも、ヴィオレットとの会話を優先させているだけなのかもしれない。

 ユランの記憶にあるのは、ヴィオレットと一緒に本を読んだ所までで、タイトルに関しては興味がなさ過ぎて朧げだ。嬉しそうに、まだ性別の曖昧なまあるい頬をピンクにしたヴィオレットが可愛かった事だけはしっかりと覚えているけれど。

 白の王子と黒の王子、そして桃色のお姫様が出て来る、ありふれた児童小説。親が搔い摘んで寝かしつけに使うくらいに大衆が好んでいたらしいけれど、生憎とユランにもヴィオレットにも、枕元で物語を聞かせてくれる人はいなかった。皆が当たり前に知っているお話を知らなくて、二人で探した日は懐かしくなる程に遠い。ヴィオレットがお姫様に憧れた理由に、あの日の思い出も含まれているのだろうか。


「あれ以来一度も読めなかったけど、今でもずっと覚えてるの」


 桃色のお姫様は、沢山辛い想いをして、傷付けられて来ました。そんなお姫様を、白の王子と黒の王子は、各々のやり方で助けようとします。

 何度も何度も根気強く言葉を尽くして、行動して、周囲を説得し諫め宥め、彼女を傷付けた人の心を変えていく白の王子。彼女を傷付けた者を許さず、見て見ぬふりをした者も、これから脅威になるかもしれない者も、全部全部許す事なく、姫の痛みを思い知らせ様とする黒の王子。

 当時からずっと、皆が好きなのは白の王子様。お話の最後、お姫様と結ばれるのも、白の方。そして黒の王子は最後、結ばれた二人によって倒される。黒の王子は悪として終わり、めでたしめでたし。正しく美しい大団円には入れてもらえない。


「私にもいつかこんな人が現れるんじゃないかって──全部全部薙ぎ払って救ってくれる、黒の王子様が」


 耐えていればいつか、いつか、こんな風に私を救って守ってくれる人が現れる。そして救われた私を、誰もが仰ぎ見て羨んで。誰もが望み、夢見る幸せが、手に入る。お姫様になれる。そんな夢を見てた。そんな幻想を、クローディアに抱いた。散って、嘆いて、諦めた。

 思い知らされた、私はお姫様にはなれないのだと、突き付けられた。

 仕方がない。だってお姫様は持つ清廉さも優しさも、慈悲の心も、私にはないのだから。誰も許せないけど、憎むのも面倒で、疲れて、捨てた。どうでも良いって、もう、何でも良いって、自分の心さえ捨てられる様な人間だから。

 傷付けられて悲しい、だからって、やり返すなんて正しくない──そんな風に正しく思えない人間に、王子様が恋をしてくれるはずないって、思ってた。


「私はずっと、貴方みたいな王子様に出会いたかった」


 愛してくれる人、そして同じだけ愛せる人。白馬の王子様、運命の人。呼び方は何だっていい。

 幸せになりたかったし、きっと幸せにしたかった。そういう恋人に、夫婦に、憧れた。


「ありがとう。本当に、ありがとう。ユランのおかげで、私は今ここに居るわ。私の王子様、私を、貴方のお姫様にしてくれるなら」


 結婚しましょう、そうしましょう──王子様とお姫様はいつだって、末永く幸せに暮らすのだから。

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