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10.この手は全て、君のため

 振り向けば、そこにいたのは予想通りユランだった。彼しか呼ばない愛称だから姿を見ずとも分かってはいたけど、彼が何故ここにいるのかは分からない。

 待っていてと伝え、預けたお皿も持っていない。誰かに預けたのだろうとは思うが、その必要性は何だろう。

 

「ユラン……どうして」


 ユランが周りを見ずに行動する事は確かにある、ヴィオレットになついている姿なんかは大抵そうだ。しかしそれは空気が読めないとか迷惑を考えないとかではなく、あくまでも友人と共にいるから少しテンションが上がっている範囲内の事。場合を把握するという意味では、きちんと弁えて行動が出来る人間だ。

 今回の事も、ユランなら遠巻きでも事態を理解出来ていると思っていた。理解して、出向かない方がいいと判断するはずだって。


「遅かったから、迎えに来たの」


 冷えきった空気とは対照的な笑顔で、背に触れる手は温かい。強引さなんてどこにもなく、ただ柔らかく触れているだけ。

 迎えになんて、来なくていい。

 そう言えたらと、そう言わなきゃと思うのに、言葉が詰まって出てこないのは、ユランの登場に少なからず安心してしまったから。

 肩を撫で下ろすには早いけれど、さっきよりも随分呼吸がしやすくなったのは気のせいではないだろう。 


「さっきお菓子の焼き立てが追加されてたから、冷める前に行こう」


「行く、って……」


 ユランの言葉に頷く事が出来ず、思わず口ごもった。

 本音を言えば今すぐ彼の手を取ってこの場を離れてしまいたい。しかしそれを許して貰える状況でない事は自覚している。ユランにだって、そのくらい分かっているはずなのに。

 ヴィオレットに微笑む彼には、どんな事情も関係ない様に見えた。

 そこで漸く、言い合っていた二人もユランの存在に気が付いたらしい。目を見張るクローディアの視線が、想定外だと物語っていた。


「ユ、ラン、お前いつから……」


「ついさっきですよ。彼女を迎えに来ただけですので、気になさらないで下さい」


 行こっか、とヴィオレットを背を押してエスコートしようとするユランにストップをかけたのは、ヴィオレット本人ではなくクローディアの方だった。

 

「ま、待て……っ、まだ、話は終わっていない」


「……えぇ、ですから部外者は退散しますと申しているのですが」


 部外者……その言葉にユランだけでなくヴィオレットも含まれている事は明らかで。

 怒っている、そう思ってしまうくらいユランの声は冷たい。一瞬前まで見せていた柔らかな笑顔も、今なお触れている手の温もりさえ錯覚であるかの様に。


「ユラン……?」


 囁く様にこぼれ落ちた声は誰にも届かず場の空気にかき消される。

 自分の知るユランは、こんな声を出すような人間ではない。声も口調も表情も、まるで日向にいるかの様な気分にさせる人物だ。甘やかしたくなるのに人を甘やかすのも上手くて、大きな体と同じくらい大きな慈愛を備えている。

 そんな彼が、今はまるで別人みたいだ。

 背に触れていた手が腰に回り、力を強めてヴィオレットを引き寄せる。強引に見える行動だが、痛みなんて欠片もない、まるで繊細なガラス細工を扱う様な手付きで。

 声も口調も表情も、自分の知るユランではない。しかし行動だけは、ヴィオレットのよく知る彼の優しさに溢れていた。


「部外者、だと?ヴィオレットは──」


「部外者ですよ。彼女は何一つこの一件に関わっていないのだから」


 それはあまりにも正しい言葉、そしてこの場の誰もが……ヴィオレット本人でさえ忘れていた事実。

 メアリージュンは被害者で、手を組んで彼女を害した令嬢達が加害者。クローディアは立場上会場内で起こった揉め事には関わる権利と義務がある。

 では、ヴィオレットは?

 彼女の役名は何だ。加害者が名前を出した、加害者が加害者足る動機を作った、どちらも事実だがそれが糾弾されるべき事かと言われればそうではない。

 ヴィオレットは今回、手も足も口も、何一つ出していないのだから。

 例え加害の理由がヴィオレットに対する迷惑な愛情であったとしても、その罪を償うべきは当人でありヴィオレットではない。


「ヴィオレット様を想い行動した彼女達の行いが責められたとして……ただ想われただけのヴィオレット様まで悪とする理由がどこにあるのですか」


 少し首を傾げ、疑問を投げ掛ける様な口調なのに、その声はまるで答えられる訳がないと嘲笑っている様だった。

 護られている。ヴィオレットは今、確かに庇護の元にいる。

 今まで一度だって与えられた事などない、手を伸ばすだけ惨めになる様な幻想が、今ヴィオレットを柔らかく包んで離さない。


「ヴィオレット様の言葉も聞かず、勝手に話を進めて、最後には彼女を悪とする……流石はクローディア王子、大した慧眼ですね」


「っ……」


「ちょ、ユラン……っ」


 言葉のあちこちに散りばめられた悪意はクローディアにも正しく伝わったらしい。悔しそうにも、悲しそうにも見える表情にはもう反論する気力は伺えない。

 ギスギスとした空気は初めからあったはずなのに、役者が変わっていつの間にか場の主導権を握っているのは最後に現れたユランだった。

 もう立ち去っても止められないと判断したのか、ユランの手に背を押され喧騒に背を向ける。


「多くの場合、騒動の中身に関わらず部外者は邪魔でしかありません。当人同士で解決すべき事、それは冷たさからではなく正しい鎮静の為ですよ」


 どういう意味で、何の為なのかは分からない。ただその声には今までの冷たさも蔑みもなく、ただ淡々とした真剣さだけが滲んでいて。


 引き留める声は、聞こえなかった。



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