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100.出会いの様なすれ違い


 何度も思い出す。何度も何度も夢に見る。

 あの日の嫌悪を、憤怒を、憎悪を、怨恨を。

 どれだけ痛め付けても足りない、ぐちゃぐちゃになるまで磨り潰しても尽きない。この世のどこにも存在しない過去が、いつまでだって付き纏う。これが呪いで、代償だと言うのなら、何とも的を射ている。これ以上にユランの精神を蝕む方法を、ユラン自身も想像が出来ないから。


 ヴィオレットが地獄に引きずり込まれた日。愚か者達が、己の罪も知らずに全てを彼女一人に押し付けた裁きの時。無意識の内に神を信じていた自分を恥、何も出来ない己の無価値を知って。

 

 ユランは、この世界を許さないと決めた。



× × × ×



 自嘲を含んだ笑みに、違和感を感じないのは何故だろうか。

 ユランについてほとんど知らないロゼットが、そんな風に感じるくらいには絵になっているし、さっきまでの高圧的な雰囲気とはかけ離れていた。前髪で影の出来た目元はどこか虚ろに見えるのに、ギラギラとした苛立ちが滲み出る様な。悪魔や死神の目はこんな感じではないだろうかと想像させる、暗く淀んで欲に輝く金色。この国では神聖な色だと聞くが、ロゼットはこの先この目に清廉な印象を抱く事は出来ないと思う。

 

「知りたい事は知れましたし……俺はこれで失礼いたしますね」


「……え?」


 ユランの変化に何も言えなくなっているロゼットを気に掛けるでも無く、来た時と同じ軽薄な音調で。心からこちらへの興味を失ったらしいユランは、何の余韻もなく背を向けた。最後に見えたのは既に仮面を貼り終えた後の笑顔で、自分が見ていた方が幻であるかの様に錯覚しそうになる。

 特に口止めの話をしないのは、その必要性を感じないから……というより、交渉の余地がロゼットに無かったからだろう。ユランに対しての情報がほとんどないロゼットに比べ、ユランはこちらを調べ尽くしていると見ていい。何よりも秘密にした『婚約』の情報を知られている時点でお察しといった所か。

 よく分からないが、勝手に疑われ勝手に納得したらしいので、引き止めてこれ以上何かを言う必要もないだろう。正直あまり積極的に関わりたい部類の人間ではない。


「……ヴィオ様は、分かっているのかしら」


 彼の口ぶりからして、ヴィオレットと相当親しい間柄なのだろう。若しくは彼が勝手にそう解釈しているだけの他人か、あの危うさを思うとどちらでも問題がある気もする。出来るならヴィオレットにそれとなく交友関係を見直していただきたい所だが、それではさっきの自分の言葉がブーメランとなって戻ってきてしまう。

 二人の事に、部外者が口を挟む権利はない。心配も不安も、SOSのない状態ではただの自己満足なのだと、過剰が服を来た様なユランを見て肝に銘じたばかりだ。


(恐ろしい……とは、少し違う)


 思わず後退ってしまう様な圧力と、身を固くしてしまう重圧を持っている男ではあった。それは狂気であり、今にも手摺を超えて奈落に飛び降りてしまいそうな危険性を孕んでいる。

 それでも、ただ恐れ慄く対象に分類出来ないのは、自信の裏に自己嫌悪を垣間見たせいだろうか。

 心を許せる相手ではない。それは向こうもそうだろう。互いに警戒し合い、共通の人を左右から大切にしたがっているだけの関係性。きっとヴィオレットが居なければ、そんな細い糸さえも繋がらなかった。


 この縁が幸運なのか、それともいずれ邪魔になる物なのか。

 その答えは、そう遠くない未来に知る事になるのだろう。

 

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