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08.全ては感情の果て

 自分の名前が聞こえて、まず感じたのは何事かという驚き。一瞬呼ばれたのかと思って視線を向けてしまったのは不可抗力だ。

 次に使用状況と理由を理解し、驚愕と同時に絶望した。何を最悪な展開を繰り広げてくれているのだと、場と立場を弁えず汚い言葉を吐きそうになった。

 面倒迷惑極まりない事してんじゃねぇよ、と。


「貴女方親子のせいであの方がどれだけ傷付かれたか……身の程を弁えたらどう?」


「先ほどから見ていたけれど、大した教養も身に付けていないみたいね。生まれのみならず、育ちも底辺という事かしら」


 悪意の刃が束になって襲い掛かる様子は、客観視するとここまで醜い物なのか。かつてヴィオレットもその刃を思うがままに振るっていたが、記憶と現実が混ざっても嫌悪感しか抱けなかった。

 広い会場の中、それも大人から離れた端の方。人気の少ない場所を好んだのはヴィオレット自身だが、それが目の前の行いにとっても好都合なロケーションであると想像出来なかった。

 何より、ヴィオレット以外にもメアリージュンに絡む者がいるとは。自分さえいなければ愛し愛される人柄でしかないと思っていたヴィオレットにとっては想定外過ぎて対応に困る。


(面倒な事になった……)


 性格の悪さが浮き彫りになりそうな考え方だが、正直自分の預かり知らぬ場でしてくれないかと思った。

 誰に突っかかろうと、それは彼女達の自由。咎められる様な行いだとして、ヴィオレットにとっては無関係の他人事だから。

 しかしそれは、他者を巻き込まない事が前提ではないだろうか。

 過去、自分のした事を思えば偉そうに説教の出来る身ではない自覚はある。それでも喧嘩は人様に迷惑を掛けず当人同士で解決すべきと、経験者として語っておきたい。

  そしてそんな経験者足るヴィオレットでも、騒動の原因……今も昔もヴィオレットの事を指すのだが、当人を差し置いて事を進めた事は無い。いつもいつでも、ヴィオレットは自らの意思と行動でメアリージュンを傷付けてきた。


「ヴィオちゃん……大丈夫?」


「……えぇ」


 気遣わしいユランの視線に頷きはしたが、内心はすでに疲労感で一杯だ。

 額を押さえ、盛大に吐き出してしまいたい感情をも抑え込む。指に力を加えてぐりぐりと米神を刺激すればわずかでも視界が晴れる気がした、気がしただけ。

 段々とヒートアップする令嬢達の声は音量を増しているし、いくら人気の無い場所といえど気が付いている者はちらほら、ヴィオレットとユランもその中の一人だ。

 果たして、この場での責任者は誰となるのか。

 客観的に、一切の感情を廃除した上で導き出せば、それは喧嘩を売った側。この場合は名前も知らぬ令嬢達。多人数で一人を取り囲み、ありもしない大義名分を信じきった行いは、メアリージュンにとってもその他の人間にとっても、ヴィオレットにとってだってただただ迷惑極まりない。

 そのまま我関せずを通し、彼女達が周囲と己の温度差に気が付くが早いか、それとも騒ぎを聞き付けた誰かに仲裁されるが早いかを傍観する。

 本来ならそれが最も効率的で、ヴィオレットにとっての最優秀解答なのだが。


「ごめんなさい、少し待っていてくれるかしら」


「え……っ」


 ユランに持ち物を全て預け、声のする方へ一歩。何をする気なのか、どうすればいいのか、自らの行動を持て余しているユランには混乱させて申し訳ないと思うけれどすぐに終わる……と、思いたい。

 地味に目立たず生きるという目標通りの行動をするならば、ここで騒ぎの源に近付くなんて真逆の行動に映るだろう。本心を晒せばヴィオレットだって無視してしまいたいのだ。

 しかし、それは周囲にどう見えるだろう。

 客観視した場合は先ほどの通り、ヴィオレットとは無関係に令嬢に対する何らかの感情が芽生えて終了だが……現実はそう上手く事が運ばないもの。

 

(私の名前を出した、私が理由の争いなんて……最悪だわ)


 彼女達は、ヴィオレットを想いヴィオレットの為に行動している。

 遣り方はどうあれ、その気持ち純粋なものでありだからこそ質が悪い。

 周囲が、それを見た時抱く感情は。客観と念を押したところで人は無感情にはなれず、印象とは感情から来る見え方でしかない。

 感情が伴った場合、ヴィオレットの為に動いている彼女達がどう映るのか。そしてそれを止めないヴィオレットはどう見えるのか。

 答えはあまりに簡単で、その危険性が分からぬほどヴィオレットは平和ボケしていない。

 起こってしまった事は仕方がないとして、重要なのはそれをどれだけ早急かつ的確に処理出来るか。

 場面を考えるとあまり余裕はないというのに、脚に絡み付くドレスが歩調を遅れさせる。たくしあげて走ってしまいたいが、それが出来る立場でも場所でもない。


「どんな手を使ってご当主様を誑かしたのかしら……ヴァーハン家の権力が目当てなのでしょうけれど、私達は認めませんわ!」


「違……っ、私もお母様もそんなんじゃない……!」


「卑しい娼婦の娘が、生意気を……っ!」


 怯えた様に俯いて、時々視線を向けては反らす。か弱い女の子そのものな反応をしていたのに母親の悪口には果敢に立ち向かおうとする。

 それはかつて、自分が向き合ってきたメアリージュンそのものだ。

 優しく、美しい。生まれも育ちも関係なく、彼女は愛し愛される善人のお手本。どこまでもヴィオレットとは違いすぎる、お姫様の様な存在。

 きっと彼女が傷付く事を、神が許さないのだろう。


「──何を、している」


 振り上げられた手がメアリージュンの頬に触れるよりも早く。ヴィオレットがそれを止める声を上げるよりも早く。

 響いた声は固く凍てつく氷の様に、しかしそれは傷付ける為ではなく護る為に振るわれる武器だ。

 お姫様を護る、王子様の盾。


「クロー……ディ、ア、様」


「……何をしているのか、聞いている」


 さっきまで怒りに目を吊り上げ、感情に任せて手を振り上げた令嬢は、別人の様に真っ青だ。少し泣きそうに見えるのも間違っていないだろう。

 彼女達がどれだけヴィオレットの為という名目で、正しい行いをしていると思い込んでいても、今彼女達が相手にしているのはそういう理屈が通じる相手ではない。


「我が王家主催の茶会で、何をしようとしているのか……説明願おうか?」


 クローディア・アクルシス様。

 彼はお伽噺の登場人物でも、女の子が憧れの人を讃える比喩でもない。

 このジュラリア王国の次期国王、正真正銘の王位継承者なのだから。

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