鮫族の昔話 壱
気が遠くなるほどの大昔、世界のどこかに鮫を信仰する民族がいました。鮫の神様は苦手な淡水を乗り越えてよく彼らの村まで来て、互いに陸の産物と海の産物を交換していました。しかしある時太陽のない方向から攻めて来た遊牧民族によって、いくつもの村が全滅させられ、生き残った者たちも途方に暮れていました。そんな時、1番大きな鮫の神様が
「東の海の向こうに海の幸山の幸で溢れた島がある。そこへ逃げよう!」
と言いました。
鮫族の生き残り達は泣く泣く生まれ育った故郷を離れ、敵に見つからないよう真夜中に二度と帰らぬ旅路に出ました。ここに流れる大きな川も若緑色の森も、もう二度と見られないのかと思うと、船の中はすすり泣く声で溢れ返りました。中には生まれ育った土地に残ると言った人もいましたが、たぶんそのような人たちは長くは生きられなかったと推測できます。
一種の民族大移動とも言えるこの船旅では、当然全員が新天地に辿り着けたわけではありません。途中で海の藻屑になってしまった人や、間違えて別の土地に漂着してしまった人も多数いたと思われます。しかし、鮫族のうち数百人は無事日が昇る国、そう今の日本に辿り着きました。最初に漂着した場所はカサ崎と伝えられていますが、具体的にどこなのかは分かっていません。その後も住みよい土地を探して海岸沿いを進んでいきました。途中、東に海があるからという理由で一旦モコモコタンの地に村落を築きましたが、農地が少なかったので約20年後には半分ぐらいの鮫族が理想の土地を探し求めて北上し始めました。厳しい峠道を越えた先の海岸から新しい陸地が見えて来たので、出発地点の港に臨時村を作り、2年間そこを拠点として新しい陸地の調査をしていました。そして、冒険の旅を決意した鮫族はさらに各地に拡散し、最終的には水が豊かにある大平野に辿り着きました。
後の世でそこが何と呼ばれているのか、私はよく知りません。しかし、その土地はかつて川が縦横無尽に流れてほとんどの場所が島だったということ、北西にインブケ山、北東にアンブオ山とオポンタキ山があることだけは確かです。そして、主集落の中心部にはお椀のような山がポツンとあったようです。