初陣の風
再び目覚めた時には、よく見たことがある街にいた。さっきまで洞窟の中で磯部媛っていう男勝りの巫女から話を聞いていたが、一体あそこはどこだったんだ?ふと隣を見ると、琴音がいた。全く、お前はなんで眼を潤ませてるんだ?そんな顔で見られたらオレ、オレ・・・!
何とか鋼鉄の理性で抑え込み、琴音にどこにいたのか聞いた。すると、
「なんか変な巫女さんにお前たちは選ばれたって語られてた!」
と答えた。矢張りお前も同じ体験をしていたんだな。
「それよりここは、どこ?」
「ここは昔よく家族で来たからわかる、飛騨高山だ!!」
「飛騨高山・・・岐阜県の!?」
「ああそうだ。ただいつもと雰囲気が違うな」
空には黒っぽい霧がかかり、観光客もまばらだ。こんな飛騨高山は初めて見た。
「でも、ちょっと安心したよ奏太郎。まだ隣の県だから。」
「ああ。」
「それにしても、なんで海から遠い飛騨に鮫を信じる巫女さんがいるんだろうね!」
「たぶんだけど・・・部族同士の争いに巻き込まれて命からがら逃れて来たんだろうな」
「そ、そんな悲しいことが・・・今はもうそんな争いないのに・・・」
「海の向こうの中国にも客家っていう戦乱から逃れて移住して千数百年経ってるけど元の土地に帰らない集団もいるんだ。たぶん磯部媛達もそういう集団なんだろう。磯部媛の世代ぐらいになるとこっちが故郷だから帰ると言っても違和感があるんだろうな」
「なるほど〜。ねぇ奏太郎、奏太郎の鮫の歯はどこ?」
「オレの鮫の歯は・・・よく見ると左手首にあるぞ」
言われて気づいたのだが、左手首には鮫の歯が縫いつけられた若緑色のミサンガが巻かれていた。なんとなく綺麗だった。
話してるうちに、遠くから奇声が聞こえて来た。急いで駆け寄ってみると、髑髏を何個も結んだ首飾りを身につけた巨大な肉塊のような怪物が少し離れたところにいた。ちょうどその時、ミサンガから磯部媛の声が聞こえて来た。
〈今お前達の目の前にいる悪霊は『骨肉喰らい』だ。彼奴は生きた人間の精神と体力を餌とする。彼奴に喰いつかれた人間は腑抜けになり、正気を失う。現時点で500人ほどが被害に遭っている〉
「ご、500人ですか?」
〈そうだ。そのせいで飛騨高山からは人並みが疎らになってしまった〉
「ということは、私たちは戦わなければならないのですか?」
〈さよう。ただお前達も初陣だからな。吾がある程度導こう。行け!!〉
言われるままにオレ達は悪霊の前に向かった。直に見ると矢張り禍々しい。眼はなく、頭らしき部分から出ている何本もの触覚で微妙な動きを感じているようだ。また、異様に口が大きく、何本もの鋸歯が生えているのが見える。
〈まずは奏太郎、前に進んで敵の気を引くんだ!〉
不安に思いながら、骨肉喰らいの目の前に立ち、オレを狙え!と叫んだ。案の定悪霊は触覚を何本も伸ばしてオレを縛り付けた。どうすればいいんだ・・・誰か!助けてくれ!!
〈左手首の歯を見ろ〉
言われて歯を見ると、歯が自ら動いて触覚を切り裂いていた。やっと自由の身になれた。
〈歯に念を送れ!お前の鮫の歯の霊力は風、悪霊を吹き飛ばす霊力だ!!〉
歯から風が出てきていた。今こそ念を込めるべき時だ!!
「ハァーーー!!!!!」
風が強くなる。手元にまるでジェットエンジンがあるようだ。
「ハァーーーーー!!!!!!」
左腕を伸ばして悪霊の方に向けた。すると一気に数百メートル先の宮川の橋の向こうへと吹き飛ばされていった。
「ふぅ〜、フラフラだ・・・」
なぜか急に意識が消えていった。