鮫山の洞
気がつくと、私は岩のようなものの上に倒れこんでいた。さっき倒れこんだ場所は土の上だったのに。しかも、上からピチョ、ピチョと水滴が落ちてくる。ここはどこ?そう思いながら眼を開けると、明らかに来たことのない場所だった。
近くにかがり火がある以外は光がなく、まるで鍾乳洞のような空間にいつの間にか来てしまっていたようだ。なんで来たのかはわからないけど、少なくとも学校の近くじゃないということはわかる。ハッと思い出したかのように、私は男の子の名前を叫んだ。めったに見ないタイプの、ちょっと暗めだけどかっこいい男の子の名前を。
「奏太郎ーー!!!」
返事はなかった。その代わりに
「起きたか」
というドスのきいた低い女の声がした。声の方向を見るととーっても美人だけどキツそうな雰囲気をまとった巫女さんが立っていた。
「あ、あなたは誰ですか?」
「吾の名は磯部媛。汝の名は?」
「あのな、なのなって何ですか?」
「はぁ・・・、いつもの癖で古語が出てしまった。分かり易く言おう。我が名は磯部媛。お前の名は?」
初対面でお前という女の人はめずらしいと思ったけど、性格なのかな。
「わ、私の名前は琴音です・・・」
なんとなく、フルネームを知られるとまずいと思ったので下の名前だけ答えた。すると磯部さんは、
「琴音か・・・、いい名だな。そんな事より今、この日本に何が起きているかわかるか?」
と言った。何もわからない私は首をかしげた。
しかし、瞬く間に彼女は話しはじめた。
「ここ数年、国中で悪霊の気が濃くなってしまった。愚か者どもが歴史を知らずに古くからの社を壊したり、国を守る防人の意思を踏みにじるからだ。悪霊は普通の人間は見ることができない。しかし、もうお前は鮫神の守護を得たから見える筈だ」
「鮫神の守護って・・・あの光った歯のことですか?」
「そうだ。あの歯はお前達のような者にしか光って見えないのだ。何も感じない者には単なる化石だ」
説明を飲み込むことができず、空中にはてなマークが何個も浮かんでいた。
ふとスカートのポケットを触ると、入れたはずの鮫の歯がない。
「そ、そういえば鮫の歯がなくなって・・・」
「それなら右腕を見ろ」
言われたとおりに右腕を見ると、かなり強そうな材質の蜜柑色の糸で編まれたミサンガが巻かれていた。その真ん中には鮫の歯が縫いつけられていた。
「あった・・・よかった・・・」
「この歯は秘術によって巻きつけられている。今はお前の身体の一部だ。この歯は決してお前と仲間を傷つけない」
「な、仲間って・・・奏太郎は無事なんですか??」
「奏太郎・・・あぁお前と一緒に来た若造か。まだ眠っているが無事だ。説明に時間を掛けてしまったな。すまなかった。もうすぐ初陣だ。まずは奏太郎とかいう若造と共に麓の町へ行け!」
「えっ!?というより、ここはどこなんですか?」
磯部さんは、冷静な声で
「飛騨の山だ。名前は仮に鮫山としておこう」
と答えた。途端に私の身体は光り出し、洞の景色が消えていった。