ダンジョン管理者アマイモンの憂鬱
【注意】前作:菌類から始まるダンジョン放浪記
お風呂で考えたやつその2。
はじめまして。
私の名はアマイモン。
このダンジョン世界で、第二ダンジョンの管理を任されている魔王の一人だ。
「アマイモン様、人間の探索隊が第四階層に到達しました」
「うむ、すぐにゴブリン隊を出せ。これ以上人間にダンジョンを侵攻させるな」
そんな私の仕事は、人間のダンジョンへの侵攻を止めること。
その昔人間は地上で生活していたが、人間同士の争いで大地を荒廃させ、最終的にこのダンジョンに移り住んできた。
「看過しがたいな」
やつらは欲にまみれた種族である。
低階層に集落を作り、日々我々のダンジョンから資源を奪い取って増えていく。
「アマイモン様、さきほど一瞬だけ第七十七階層に人間の反応がありましたが……」
「なに?」
そんな馬鹿な。
七十七階層なんてとても人間にはたどり着き得ない階層だ。
「今その反応はどうなってる」
「……消失しています」
魔力探知機の故障だろうか。
私はさまざまな魔法器具が揃えられたレンガ造りの一室で、思案に耽る。
部下のゴールドゴブリンが私の顔を不安そうに見ていた。
「案ずるな、反応が消えたのであれば仮に人間であったのだとしても死んだのだろう。あそこには我がダンジョン軍の猛者たちがいる」
総じて言葉は通じないが。
「ゾンビキングあたりがすぐにその激臭で人間を殺したに違いない」
最高時速二百キロ。
匂いだけで人間を殺せる圧倒的戦闘力。
七十七階層は今の人間の軍事力でどうこうできるような生ぬるい戦場ではない。
「まあ、念のため調査隊を出して状況の確認に行かせろ。……そうだな、ワルキューレ隊がいいか」
戦場の乙女、ワルキューレ。
天使タイプのモンスターで、見目は麗しいが、その実戦闘力は非常に高い。
一度遊びで第六階層に侵入した人間にぶつけたことがあるが、一瞬でやつらを殲滅した。
外見タイプが似通っているのもやつらの戦意を削ぐのに役立った。
「一部ワルキューレに発情した人間もいたが……」
まったく度し難い生物だ。
相手が美しければなんにでも発情するのか。
「アマイモン様、ワルキューレ隊から出撃命令に対する拒否文書が送られてきました」
「なに!?」
「『あそこ汚いからヤダ』だそうです」
「ぐぬぬ……」
モンスターも一筋縄ではいかない。
種族がさまざまある分、性格もとおり一辺倒ではないのだ。
特にワルキューレ隊はわがままを言うことが多い。
中間管理職の辛さを少しくらいわかってほしいものだ。
「ほかに待機中の部隊は」
「ドラゴニアン隊が部屋で火吹き祭りしてます」
「と、止めろ! 先月もあいつらのせいでダンジョン支部の天井が崩れたではないか!」
「あ、また崩れました……」
「ああもう!」
くそ、まったく言うことを聞かないやつらだ。
竜人――ドラゴニアンは戦闘力こそ高いもののオツムの方が悪くていかん。
「もういい、ドラゴニアン隊に行かせろ。拒否したら懲罰も考えると伝えて――」
「あ、行ったみたいです」
「早いなおい!」
「ドラゴニアンって戦いが好きですからねー。七十七階層に超強い新モンスターが出現したって伝えたら一斉に走って行きました」
私はこのゴールドゴブリンがときどき怖い。
私より部下の扱いに長けている気がする。
「ま、まあいい、これで仮に人間が潜んでいたとしても殲滅できるだろう」
今日もダンジョンは平和なり。
ふう、ちょっと休んでから資源の配分表を作らないと……。
◆◆◆
「アマイモン様! 大変です!」
「どうした」
どうやら私は一休みしようと思って完全に寝入ってしまっていたらしい。
部下のゴールドゴブリン――長いから以下ゴルゴブ――の慌てた声を聞いて目を覚ました。
「ドラゴニアン隊が壊滅しました!」
「なにっ!?」
「唯一生還したドラゴニアン隊の隊長から報告が上がってきています!」
「すぐに読み上げろ!」
私はふかふかのソファから飛び起きて、すぐに執務机に直行する。
ゴルゴブもいつもの机に戻ってその上に置かれていた一枚の手紙を読み上げた。
「『しゃべる……キノコがいた……』、ドラゴニアン三号の死の直前の言葉だそうです」
しゃべるキノコだと……?
「続けてこちら――『しゃべる……蛇がいた……』、ドラゴニアン四号の言葉です」
しゃべる……蛇。
「最後がこちら――『やたらテンションが高い……ゾンビキングが……いた……』、ドラゴニアン五号の言葉です」
それはちょっと怖いな。
時速二百キロで走りながら臭い息でも吐いていたのだろうか。
いや可能ではあるんだが実際には目にしたくない光景だ。
「どういう……ことだ。七十七階層でキノコといえば、アメイジングキノコしか思い浮かばんが、あのキノコは言葉を発しなかったはずだ」
「ええ、私もそう記憶しております」
ゴルゴブと一緒にこの異様な事態に息を呑む。
「さらに、蛇。ジャイアントスネークだな」
「はい。こちらも本来は言葉は発しません」
だが、ドラゴニアンたちが最後の命を振り絞ってまで虚偽の報告をするとは思えん。
なにか、異常なことが七十七階層で起こっている。
「あ、アマイモン様! 人間がゴブリン隊を倒して第五階層に侵入したようです!」
「こんなときに……っ!」
今は人間の相手などしている場合ではない。
「……マッスル……メガネを出せ」
「えっ?」
思わずという感じでゴルゴブが訊き返してくる。
「マッスルメガネだ、ゴルゴブ」
マッスルメガネ。
元人間のモンスターである。
ダンジョン内に集落を築き上げた人間たちのうち、一部、みずからの肉体の研鑽に命をかけていた者たちがいた。
メガネという装身具を身に着けた、知的な人間集団。
彼らはみずからの肉体を合理的に研究し、その研究結果に基づいて激しい鍛練を行った。
その結果――やつらは途中で人間であることをやめた。
「純粋に、なにか一つを追い求める姿というのは、人間、モンスターにかかわらず美しいものだ」
人間の肉体では、彼らの満足し得る筋肉を得られなかったらしい。
やつらは人間にとって毒性とされるモンスター化植物を摂取し、マッスルメガネになった。
「し、しかし、マッスルメガネたちはみずからの肉体の鍛練以外に興味を持たない連中です。はたして第五階層に向かわせて人間たちを撃退できるでしょうか」
「大丈夫だ」
私には確信がある。
「やつらはマッスルメガネたちの視覚的圧力に耐えられない」
「意外とマジなトーンですね、アマイモン様」
肥大化したあの筋肉群は、美しくあると同時に恐怖だ。
「それに、第五階層は非常に通路が狭い階層だ。やつらを五階層に放てばそこで筋トレがはじまる。そしてそうやって筋トレするやつらの隣を、まったく邪魔をせずにくぐり抜けるのは不可能だ」
「なる、ほど……マッスルメガネたちは筋トレを邪魔されると激怒しますからね……」
ゴルゴブが名案だ、という顔をして神妙にうなずいた。
「では、手配は頼んだ。私はワルキューレ隊に直々に出撃命令を出してくる。七十七階層で起こっている異変を早急に明らかにしなければ」
ゴルゴブがマッスルメガネたちのトレーニングルームを時空間転移させている間に、私はワルキューレ隊への魔法通信を開いた。
さて、なにを与えれば彼女たちは動いてくれるだろうか。
ぶっちゃけマッスルメガネって単語を使いたかっただけ。