第8話 ~里と明日~
DQMJ3P楽しいです(小声)
日は完全に落ちました。
どうも、アランです。
現在はギンの後を追いながら森を進んでいます。
俺には竜眼があるので周囲の様子が分かるのだが、ギンはこの暗闇の中どうやって視界を確保しているのだろうか? 竜眼の様に周囲を把握するスキルを持ってるのだろうか?
暇だったのでギンに聞いてみたところ、
「『魔力反響』を使用しています」
との事でした。
バナヴァルムが言っていたな。確か、自身の魔力を放出して周囲を把握する技術だったか。
その技術でギンは真っ暗闇の森を迷うことなく進んでいたわけか。
納得すると同時に気付く。
ギンの魔力が減っている?
生物は常に魔力を放出している。そして、同時に体内に魔力を蓄えている。
これは森を進む過程で理解したことだ。
出会った当初は、森の中で見た生物の中で最も多くの魔力を有していたギンだったが、今はその魔力が半分以下にまで減ってしまっていた。
俺に魔法を撃ってはいたが、ここまで減ってはいなかったはずだ。となると考えられる原因は『魔力反響』か?
そう思いギンを注視すると、確かに『魔力反響』を使うために前方に魔力を放出していた。
しかし前方だけ、それも、かなり狭い範囲のみだ。
明らかに魔力を節約していることが分かる。
マジか。『魔力反響』ってこんなに魔力を消費するのか。
もっと、こう、スマホで地図見るみたいに手軽にできるのかと思ってた。
しかし、これはマズイ。
案内役のギンが動けなくなっては、今夜の寝床の確保が難しくなる。
折角約束を取り付けることが出来たのだ。なんとしても彼等の里には辿り着きたい。
いざとなれば俺が先頭を歩けばいいが、この暗闇の中、ギンの手を引いて森を進むのは困難である。
実は最初の方に、俺が先頭を歩こうかと提案はしたのだ。
白の魔力で草木を消したら移動が速くなるだろ? と提案したのだが、何か言いたそうなビミョーな顔できっぱりと断られたのだった。
色々と考えている最中もギンの魔力は減っていく。節約はしているようだが、このペースでは後十分が限界だろうか。
さすがに無理をさせるのは忍びないので、交代を促したが、
「問題ありません。あと数分で到着します」
と再び断られてしまった。
あと数分か。それならばギンの魔力も尽きることはないだろう。
一安心である。
さて、里に着くまで暇になってしまった。
そういうときは復習である。内容はギンとの戦闘についてだ。
戦闘とはいっても、実際には火球を一発撃たれただけである。
それでも学ぶべき点は多い。
まずは魔法を見れたこと。
前世の知識では、魔法といっても多種多様なものがあった。
魔方陣。詠唱。無詠唱。魔法道具……等々。
ここは異世界だ。魔法という技術が当たり前に跋扈する世界。
俺の知ってる魔法から、知らない魔法も当然あるはずだ。
俺がこの世界で生きるためには、それらの魔法にも対応しなければならないだろう。
そうゆう意味では、ここで魔法の一つを見れたのはデカい。
魔法がどうゆうものなのかを知ってれば、咄嗟の事態にも対処できるかもしれないからね。
もちろん、ギンの放った魔法が魔法の全てとは思っていない。
今後も要勉強である。
そして重要なのが一つ。
俺の危機感について。
実は銀との戦闘の際、俺は危機感というものを殆んど感じていなかった。
白竜樹に潰されそうになった時に気持ちは切り替えたのだが、その後、少しして気付いた。
横に飛ばずに、白の魔力で防御すれば良かったんじゃね? と。
結論から言えば、そのとおりである。
白の魔力は、倒れくる樹木であろうと、触れてしまえば一瞬で消し飛ばす力を持っているのだ。
白の魔力の恐ろしい力は、森に入る前から重々理解していたが、真に恐ろしきは使用者に与える影響ではないだろうか。
前世で例えるならば、白の魔力は銃火器の様なものだ。
体格や力量差に関わらず、他者の生殺与奪を握ることが可能となる銃火器。
銃火器を持てば、他者からの脅威は緩和され、心にも余裕ができる。
俺は平和な日本生まれなので、銃社会の事は詳しく知らないが、白の魔力を持っている今ならば理解できる。
心に余裕ができる。それは悪いことではない。心に余裕が出来たからこそ、人は食物連鎖の頂点に立つまでに文明を発達させられたのだろう。
しかし、余裕も度が過ぎれば慢心となる。慢心は自信となると同時に慎重を潰す。
ギンとの戦闘の際、俺は慢心していた。
何かあれば白の魔力でどうにかなる。と。
実際は白の魔力でどうにかなったのだが、こんなことを続けていれば、いつか必ず身を滅ぼす結果となる。
大切なのは緊張感だ。緊張があれば思慮深くなり、迂闊な行動をとることも無くなるだろう。
しかし緊張感だけではいけない。緊張と同時に余裕を持たなければならない。
余裕があったからこそ、狐人の里で寝床を借りる交渉が出来たのだ。
緊張と余裕。この真逆の二つをバランスよく両立させることが大切だ。
余裕に関しては大丈夫だろう。俺には白の魔力がある。この魔力は前記したとおり、かなり危険だ。並大抵の生物ならば、触れると同時に死んでしまうほどだ。
問題なのは緊張感だ。今までの様な小さなものではなく、もっと大きな、全身の細胞をフル稼働させなければならない様な、そんな緊急事態が必要だ。そのくらいでなければ白の魔力に釣り合う緊張は得られないだろう。
正直言えば、そんな命の危機は味わいたくない。
触らぬ神には祟りなし。他人の不幸は見知らぬふり。
厄介事には首を突っ込みたがらない日本人。もちろん、俺もその一人だ。
命の危機なんかからは縁遠く、ゆっくりのんびり暮らしたいのが俺の考えだ。
しかし状況が状況である。甘いことは言ってられない。
幸い(?)俺は一度死んでおり、命の危機というのは理解しているつもりだ。
問題はそれを実際に生かせるかどうか。
そのためには経験が必要だ。
やっぱり実戦が一番だと思うのだが、白の魔力を持つ俺が本当の危機感を得られるのだろうか?
それと、実戦に関してもう一つ問題がある。
命の危機やら何やらで思い出したのだが、この身体に関するバナヴァルムの言葉だ。
あいつはこの身体について何て言ってた?
そんじょそこらの雑魚には傷一つ付けられない身体
確かにそう言ってた。
”そんじょそこらの雑魚”とは誰のことを言ってるのだろうか?
まさかギン達のことではあるまいな?
もしそうだとすれば、あのギンの魔法ですら傷を負わないことになるぞ。
それは流石に言い過ぎとして、確かにこの身体は頑丈だ。裸足で岩肌を歩いても傷一つないし、地面にダイブしても痛みすら感じない。
問題なのは、その頑丈さが何処まで有効なのかである。
色々と試してみたいとこではあるが、試したくないというのが本音である。
試してみた結果、ポックリ逝っちゃいました。では笑えないのだ。
話を戻すが、そんな頑丈な体を持つ俺が実戦で緊張感を得ることが出来るのだろうか?
身体の頑丈さに余裕を扱き、慢心を加速させる結果となるのではないだろうか?
あれ? それじゃあ、この森で命を脅かす存在はいないってこと? 何それ超ラクショー。
じゃなくて! そうゆう慢心が駄目だっていってんだよ!
毎度毎度、楽をしたがる自分の性根には嫌になるものだ。
ううむ。戦闘に関しても要検討だな。
「到着しました」
内心で今後について考えていた俺にギンが声をかける。
え? もう?
辺りを見渡すが、依然として鬱蒼とした森の中である。
あれ? 里は?
困惑する俺に前方より誰かが近づいてきた。
少し腰の曲がった老人で、柔和な顔付だが、左頬にある大きな切り傷が目を引く。
頭の上の三角耳を見るに、狐人で間違いはなさそうだ。
そんな狐人の老人が、こちらに向かって魔力を放ちながら近づいてくる。
恐らくは魔力反響を使っているのだろうが、グングンと老人の魔力が減っていくのが見て取れる。
おいおい大丈夫か? あのペースなら後数分も持たないぞ。
無茶すんなー。あの爺さん。
なんて考えていると、爺さんが俺らの下へたどり着く。
「お待ちしておりました。御用件は案内の者から聞いております。あなたが竜人様でございますね?」
柔らかく丁寧な口調で老人が俺に話しかけてくる。
竜人様?
ギンよ。おまえ何て説明したの?
なんか変に敬われてるんだけど?
「夜分遅くにすいません。一晩だけお邪魔させてもらいます」
とりあえず、こちらも挨拶を返す。
ギンの時とは違い、こちらは紳士的に対応だ。
こっちはあくまで宿を借りる身。下手に出るのが基本である。
約束さえ取り付けてしまえば荒波立てる必要は無いのだ。
ギンが気味悪いモノでも見るかのような顔でコッチを見ているが、気にしない。
いや、ちょっと気になる。てゆうか心に刺さる。
うう……。本気でそんな顔されると悲しくなってくる。
そりゃあギンの気持ちも解るよ?
今まで高圧的だった相手が突然下手に出たら、誰だって気味が悪いさ。
でもさ? そこまで露骨に顔に出す必要は無いんじゃないかな?
これも一つの処世術なのだ。解ってくれ、ギンよ。
俺が精神的ダメージをくらっているところに、爺さんが一喝。
「これ! 竜人様に向かってなんて顔をしとる!」
「グッ……! ……も、申し訳ありませんでした……」
爺さんナイス!
爺さんの一喝のおかげで、ギンは一瞬苦い顔になり俺に謝罪してきた。しかし、その後はしょんぼりと項垂れてしまう。
ううむ。今度はギンが可哀想になってしまった。実際、ギンは悪いことはしていないわけだし。
まあ、あの顔は傷ついたけどさ、怒られるほどじゃないと思うよ。
狐人の教育みたいなものだろうか。
頑張れギン。皆こうして大人になるんだ。
……なんか、新人の成長を見守る先輩みたいになってしまったな。
ギンと俺の関係ってこんなんだっけ?
うん、絶対違う。
一応殺されかけた仲ですし。
そうなるとギンの態度も理解できるってもんだ。
逆に理解できないのは爺さんの態度だ。
なんだよ、竜人様って。
「申し訳ありませんでした。この者はまだ若く、竜人様を知らなかったのです。道中も竜人様にご無礼を働いたようで、この責任は狐人の長老であるこの老いぼれの首でご勘弁を――」
「気にしてない! 気にしてないから!」
今にも切腹しそうな勢いで爺さんが謝罪してきた。
首って。
どこぞの妖怪じゃあるまいし、首なんか欲しくない。
「おお! 竜人様の寛容なお心に感謝します!」
いちいち大げさだな。この爺さん。
あとギン。
その「え? マジで?」みたいな顔でコッチ見んのやめろ。
お前も俺を首を欲しがる妖怪かなんかと勘違いしているのか?
ギンの中での俺のイメージが気になるところだ。
「本来ならば族長が御挨拶に出向くところですが、我々も現在立て込んでおりまして。明日の朝に改めて御挨拶に伺いますが、よろしいでしょうか? 竜人様?」
「え? ああ。お構いなく。明日の朝には発つ予定ですので」
族長との挨拶はやんわりと断っておく。
元々長居はしない予定だし、さっさと森を抜けたいのが本心だ。
そもそも普通はコッチから挨拶に出向くモノじゃないか?
脅したとはいえコッチは宿を借りる身だし、挨拶に出向いて少しでも友好を築くべきでは?
あれ? そうなると、挨拶を蹴ったのはマズった?
うわ、どうしよ。今更挨拶に伺いますとは言えないしなぁ……。
「そうもいきませぬ! 竜人様への挨拶を蔑にするなど狐人の名折れで御座います」
またもやナイスだぜ爺さん!
これで挨拶に行ける口実ができた。
「そうですか。では、里を発つ前に挨拶に伺わせていただきます」
挨拶は大事。コレ社会人の基本。
ついでに自分からできれば尚良しである。
これなら荒波を立てずに里を後にできるだろう。
と、思っていたのだが、突然爺さんが慌てだす。
「りゅ、竜人様御自らが出向かれるなど恐れ多いことで御座います! 挨拶にはこちらから伺わせていただきます」
そう言うなり深々と頭を下げてきた。
おいおい、どうなってやがる。
本格的に俺への態度がおかしくなってきたぞ? なんでこんなに媚びへつらう感じになってんだ?
ギンも爺さんの行動を見て慌てて頭を下げるし。
なんか変だぞ。
うーむ。考えられる可能性は二つ。
一つは、これが狐人の常識であること。
ここは異世界。前世の常識が通じないことが多々あるはずだ。
それでも解せないことは多いけど。
もう一つは、さっきから爺さんが言ってる”竜人様”ってやつのせい。
つまり誰かと間違えてるってこと。
そもそも、俺の種族は確かに『竜人』ではあるが、一目でそれを断定するのは難しいのではないだろうか?
『人』は形を見れば分かるが、『竜』と判断するのは難しいだろう。
全身うろこで覆われているが、翼も無ければ尻尾も無いのだ。竜というよりかは蛇である。
それなのに竜人様と断定しているのは、見た目以外の要素が関わっているのではないだろうか?
可能性があるのは白の魔力。
白の魔力はバナヴァルムの竜核が俺に宿ってることで行使できる魔力だ。
ならば、生前のバナヴァルムも使えた可能性は高い。
バナヴァルムと同じ魔力を使う=竜?
みたいな考えが彼らの中にあるのだろうか。
そうなると、あながち人違いってわけではないんだけどね。
それでも俺を敬う理由が無い。
やっぱり狐人特有の何かが原因なのだろうか?
考えたって答えは出ないし、保留ということにしておく。
とりあえず頭を下げてる爺さんたちを何とかせねば。
あと竜人様って呼ばれるのも何だかむず痒くなってきたし、辞めてもらうようにお願いしよう。
敬われるのはきらいじゃないが、元々は小市民であった俺だ、どちらかといえば仲良くしたい性分である。
「えっと、頭を上げてください。挨拶の件は其方にお任せします」
「おお! 感謝いたします」
「それと、竜人様ってゆうの辞めてもらっていいですか? なんだか照れくさくって……」
「で、では、何とお呼びすれば?」
俺の言葉に頭を上げ、感謝の意を示す爺さん。続く俺の言葉に問いを返してきた。
そのまま名乗ろうかと思ったが、その前に一つ。
ギンよ。会話に入れず困惑する気持ちは解るが、隣で百面相をするのはやめてくれ。笑いを堪えるのが大変だ。ギンはあれだ、感情が顔に出るタイプだ。トランプとかやっちゃダメな人だ。
出会った当初の印象ではクールな青年って感じだったが、案外表情豊かである。というよりも、本人の気付かないうちに顔が変化してる感じか。
気を取り直して、
「まだ名乗ってませんでしたね。自分はアランといいます」
新しい名前をこうやって他者に名乗ると、自分の名前だという実感が湧いてくる。
感慨深くなってしまったが、おかしなことに気付く。
爺さんからの返事が無い。とゆうか、フリーズしてらっしゃる。
あれ? おーい。爺さーん?
不思議に思ってると、ギンが爺さんの身体を小突いた。
「…………はっ!? お、おお。申し訳ありません。この歳になると呆けることがありまして……」
なんだ。呆けてただけか。
こんな暗い森の中で呆けるとか、勇気あるなこの爺さん。
「それでは、アラン様。今晩の宿へとご案内させていただきます」
そう言うと、こちらに背を向け、森の中へと進んで行ってしまう。
宿って。何処にもそんなん見当たらねーぞ。
しかし、ギンも爺さんの後を追ってしまうので、取り残されるわけにもいかず、俺も後を追うのであった。
三十秒と経たずに、ここが里だという理由が解った。
なるほど。これは盲点だった。
普通、森の中の里といわれて考え付くのが、森の木々を伐採し、確保した広いスペースに家や畑を作り生活しているものだ。
しかし、狐人の里は違った。
彼らは文字どおり森の中に棲んでいた。
俺の考えと違ったのは、広いスペースに家を建てるのではなく、森の空いたスペースに家を建てていた点である。
そのため、狐人の里には森と変わらず木々が鬱蒼としている。
森と里の境界線が一切存在しないのだ。遠目でここが里であると看過するのは不可能に近いだろう。
「森の中に棲む」という表現がここまでハマる生き様は、天晴の一言である。
そして、そんな彼等の御住まいはとゆうと、日本家屋と丸太小屋の中間のような家であった。
昔話に出てくる農民の家の様と言えばイメージできるかな?
とはいえ、森の中にあるせいか、かなりボロイ。
壁が剥がれている家もあれば、屋根が崩れている家もある。中には壁からキノコが生えている家もあった。
これは……。今晩のお宿はあまり期待できない感じか? いやいや、何を言っている。泊めてもらうだけ有難いのだ。文句をゆう筋合いは無い。
と、今晩の宿に思いを馳せたところで、面白いモノを発見。
あれは……苗?
ある家の前に置いてある、植木鉢の様な器から生えている植物。よく見ると、その植物には食用なのか、茄子の様な形をした実が生っていた。色が赤いのでトマトにも似ている。
そういえば狐人って何を食べているのだろうか?
狐といえば肉食のイメージだが、人の形をしている彼等は野菜も食べるのだろうか? ちょっと気になる。
そうこうしてる内に目的地に到着。案外近場だったな。小さい里なのか? もしかすると、狐人は数の少ない種族かもしれない。
さてさて、どんなお宿だ? って、あれ? 何この圧倒的新築感? ホントにココ?
確認を取ると、
「左様でございます。薄汚いところでございますが、我々に用意できる寝床はこれが限界になりますゆえ、ご容赦願います」
との答えが返ってきた。
いやいやいや。薄汚いってアナタ。どう見ても新築でしょコレ。
確かに前世の常識で言えば”薄汚い”に分類されると思うけどさ、ここに来るまでに見た狐人の家と比べると、圧倒的に清潔ですよ? しかも倍近くの大きさだぞ? 謙るところじゃないよ?
あ、もしかして中が汚いとか?
そう思い玄関を開いてみる。
家の中はというと、全面板張りの広い部屋が一つ。奥の方は壁で仕切られており様子は解らないが、家具が一つも無く、汚れすらないことから考えるに、新築、しかも、昨日か一昨日ぐらいに建てられたモノだ。
ここを使うのは流石に気が引けるぞ……。
もうちょっとこう……ランクを落した感じの家をさ、ね?
そうゆうわけで、爺さんに家を変えてもらおうかと思ったが、
「それではアラン様。明朝に族長と共に御挨拶に伺わせていただきます。それまで、どうぞ御寛ぎください。では、我々はこれで……」
そう言うなりさっさと森の奥へと消えていってしまった。
せっかちな爺さんである。
しかしこれで家を変えることは出来なくなってしまった。
ううむ。寝るだけだから大きい必要は無かったんだがな……。勝手に家を変えるわけにはいかないし……しょうがない、今晩はここで寝よう。
そう決心し、家に上がろうとして気付く。
このまま上がってもいいのだろうか?
洞窟からここに至るまで俺は常に裸足であった。無傷ではあるが、汚れは付いている。流石にこのまま上がるのはマズイと思い、汚れを払うが、それでもまだ結構な量の汚れが付着している。
水とかないかな?
と思うも、ここは深い森の中。当然、水道なんてあるはずもない。
ううむ。どうしようか。
玄関の形から察するに、屋内では靴を脱ぐタイプだ。つまり日本と同じ。
欧米の様な靴を脱がないタイプならばこのまま上がっても問題は無いと思うが、残念ながら違うようだし……。
汚れを払ったといえどまだ汚いわけだし……。しかも新築っぽいし、綺麗にしてから上がりたいものだ。
考えながらもきょろきょろと辺りを観察してると、今まで気付かなかったが、玄関の隅っこに土器の様なものがある。
何あれ? 壺?
怪訝に思いながらも中を覗いてみると、中には水が入っており、水面には見慣れぬ男の顔が映っていた。
尖った耳。両頬にある白い鱗。口から覗く鋭い歯。総白髪の長い髪。
だれだコイツ? と思ったが、この状況で水面に映る奴なんか一人である。
はい、俺でした。
この世界にきてから初めて自分の顔を見た。へー。俺、こんな顔してたんか。
案の定真っ白であった。……まあ、期待はしてなかったよ。
顔立ちはそこそこ整っていた。アイドルのオーディションで良い線いくんじゃね? ってレベル。前世の面影なんか殆んどなかった。
唯一残った面影といえば、万年眠たそうにしている目だけだ。
何故ここだけ面影を残したし。せっかくのイケメンが台無しである。
思わぬところで自分の顔を確認できた。変な顔じゃなくて一安心だ。鱗が生えてたりするのは十分変だったりするんだけどね。そこらへんはもう割り切っている。
そんで、壺の中に入ってた水だが、これは使用してもいいのだろうか?
まあ、こんなところに置いておくくらいだ、重要なものでもないのだろう。
というわけで遠慮なく使わせてもらう。水を掬って足の汚れを落としてゆく。玄関が少し濡れてしまうが、ここらへんは勘弁してもらおう。
そういえば狐人はどんな靴を履いているのだろうか? 気になるところである。
足の汚れを落としたので、これで堂々と家に上がれるようになった。いや、別に疾しい事とかはしてないんだけどね。なんてゆうか、気持ちの問題なのだ。
とゆうわけで早速上がらしてもらう。まあ、上がったところで何が起きるわけでもないんだけどね。
とりあえず奥まで移動し、奥の部屋の扉を開ける。手前の広い部屋と同じで、何も無い小さな部屋が一つあるだけだった。
布団すらねぇや。
しょうがないので床で寝ることにする。
寝る場所は奥の小さい部屋だ。広い部屋は何というか……こう……落ち着かない感じがする。転生しても、こうゆうところは小市民のままである。
そんなわけで、奥の部屋に入り、床に寝そべる。
あー……落ち着く。
しっかし、これからどうするかね?
狐人に頼んで人間の町までの道を教えてもらうか? 彼等の生活状況を考えると、人間と交流があるとは思えない。なら森の出口までの道のりを教えてもらうか? 森の出口ってどこを指すんだって話になるよな。
うーむ。どうしよう? 考えれば考えるほど色んなことを思いつくが、どの考えも思考にピリオドを打ってくれない。
あー! 止めだ! 止め!
続きは明日だ。今日はもう休む。
そうやって思考を打ち切ると、ここまで持ってきていた白竜の実を一つ齧る。捥いでから時間が経っていたが、味に変化はない。これで残りは二つになった。明日には痛んでそうでちょっと怖いが、そのときはそのときだ。
白竜の実を食べ終わり、目を閉じる。いまさらだが、この身体に睡眠は必要なのだろうか? 既に一日近く洞窟と森を歩き通したが、いまだに疲れも眠気もない。ちょっと不安になりながらも目を閉じて暫くすると、ゆっくりと意識が微睡んでくる。どうやらちゃんと寝れそうである。
安心したところで、俺は心地よい微睡みに意識を託したのであった。
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アランが眠る家から場所は離れ、ここは狐人の里の端にある小屋である。
今この小屋には、ギンと長老をはじめ、十数名の狐人が集まっていた。皆、緊張した面持ちをしており、小屋の中は重苦しい雰囲気になっていた。
「さて、皆よく集まってくれた。状況は念話で知っておるとおりじゃ」
長老が口を開き、小屋の中の静寂を破る。
「今朝の件に思うことはあるかも知れんが、今は竜人様を優先すべきと儂は考えておる。皆はどう思う?」
長老が問うと、一人の狐人が手を挙げる。
「長老様。私は竜人様とやらを見ていないのでお聞きしたいのですが、その者は本当に里の脅威となるのですか?」
その発言に、周囲の狐人も我が意を得たりと頷く。
「確かに。怪しい者とはいえ、ただそれだけのこと。我等狐人の脅威になるとは思えませぬ」
「しかも奴は一人。対する我々は二百名。戦力差は明確かと」
「早々に叩くのが得策では?」
口々に意見を言い合う狐人達。しかしその内容は自分たちの優勢を疑わないものばかりである。
そんな彼等の様子を見て、長老は内心ため息を吐く。
彼等の気持ちも解らなくもない。
狐人は森の中では上位に位置する種族である。天敵と呼べる存在は居らず、強者として振る舞っていた。そんな彼等だからこそ、自分達より上位の者、それも、種族全体の脅威となる存在を認められないのだろう。
長老は思い出す。まだ幼かった自分と、里に降りかかった災厄を。いまでも夢に見る、たった一人で里を蹂躙した女の姿を。
森の上位者でありながら長老は知っていた。この世には、決して手を出してはいけない存在がいると。その存在の前では、自分達がどれほど無力な存在なのかを。
あの者はまさに手を出してはいけない存在。下手を打てば、再び里に災厄が降りかかることになる。それだけは止めなければならない。
「皆の意は理解した。が、実行に移す前にギンの話を聞いてほしい」
長老がそう言うなり、皆の視線がギンへと集まる。
「ギンの話を、ですか?」
「左様。念話で伝えられなかった話じゃ。ギンよ、聞かせてあげなさい」
「……はい」
そしてギンは語り始める。森での遭遇から、自分の渾身の攻撃が消し飛ばされたこと。その後、流暢に狐人の言語を喋り始めたこと、道案内の最中に背後で消えていった草木のこと。
語っていたのは十分程度だが、その十分が何時間にも感じるほどに濃密な内容だった。
先ほどまで意気込んでいた狐人達も、今ではすっかり大人しくなっていた。
ギンが語り終えても、誰も口を開こうとしない。暫しの沈黙の後、一人の狐人が呟く。
「ありえん……」
今の皆の心中を表す一言であった。
「これで解ったじゃろう。皆も知ってのとおり、ギンは指折りの妖術使いじゃ。そのギンの渾身の妖術、それも”狐炎弾”を防がれたとなると、儂等の攻撃は通用しないと考えてよいじゃろう」
長老の言葉に、皆、黙って項垂れるばかりである。
「敵対は自滅と同じ。ならば、事を起こさず、早々に立ち去ってもらうしかあるまい。幸いにも、明日の朝には里を発つようじゃしの。それまで、あの方の相手は儂とギン、族長の三名で対応する。皆には事が終わるまで外に出ぬように伝えておけ」
「「「はッ!!」」」
長老の一声で今後の方針が決まり、皆が解散しようとしたその時、手を挙げる者がいた。
「あの、一つ質問をよろしいですか?」
「なんじゃ?」
「その、竜人様は何処に行くかって、知ってます?」
少しつっかえながらも、質問を投げてきた。
「儂は知らんが……ギンや、お主は何か知っておるか?」
「詳しくは知りませんが……自分が出会った時は、御山の方から此方に向かって歩いてました」
「御山の方から? となると、西に移動していたことになるのぉ……」
その一声に、再び場はざわめく。
「西だと? もしや、明日も西に向かって発つのか?」
「西には奴等の住処があるぞ」
「ふぅむ……。少々マズイことになったのぉ……」
「長老様。このまま西に向かわせるのは問題かと」
「そうよのぉ、こればかりは明日、竜人様に直接訊いてみるしかあるまい。その件も含め、明日は儂等に任せよ」
長老がそう言うと、今度こそ会議は終わりとばかりに皆小屋から出てゆく。
残ったのはギンと長老のみ。
「ふぅ……大変なことになったのう」
先ほどまでの緊張感が嘘だった様にギンへ話しかける。
「申し訳ありません……俺があの者に見つかったばかりに」
「よい。気にするな。あの方に見つかるなという方が酷とゆうものよ。今回は巡り合わせが悪かったのじゃ」
「…………」
「それよりも明日じゃ。今日を悔やむくらいなら明日に備えよ。お主も今日は疲れたじゃろう。もう休め」
「……失礼します」
そうしてギンも小屋から出ていく。
残ったのは長老だけ。
誰もいない小屋の虚空を見つめ、明日に思いを馳せる。
不安。恐怖。迷い。全てが頭の中で渦巻く。
いくら考えようとも未来のことなど解るはずもない。それなのに、頭は何度も何度も明日の事を考えてしまう。
「ほっほっ……儂もまだまだ未熟よの」
そう虚空に呟くと、長老も小屋を後にする。
残ったのは、静かな夜の帳だけであった。
族長も登場させる予定だったけど長引いたのでここで区切ります。
スムーズにお話書くのって難しいですね。