第7話 ~狐人と交渉?~
そろそろ日が沈みかけてきました。
どうも、アランです。
森を進み続けて半日以上経過した。
そろそろ寝床を探さないとヤバい。
最悪、野宿でもいいかな、と考えていたのだが、そうもいかない事態になった。
それは、この森に棲む生物に関係する。
実は、ここに来るまでに何体か遭遇していた。
この森に棲む生物は総じてデカい。
蛇。蜘蛛。鹿。果てはミミズまで。
とにかくデカい。
よくあの大きさで森の中を動けるな、と言いたいぐらいデカい。
因みに戦闘は起きていない。
何故だかは解らないが、俺の姿を見るなり一目散に逃げ出していく。
……なんかショック。
無駄な戦闘が避けれて万々歳のはずなんだがなぁ……。
若干メンタルにダメージを負いながらも、解ったことが一つあった。
それは、生物は常に魔力を放出している。である。
俺の遭遇した生物は、身体にオーラのようなモノを纏っていた。
なんだろうと思って、『魔書作成』を試したら取り込むことが出来たのだ。
おかげで、魔素化せずとも生物の情報が手に入った。
解ったことが一つあったが、解らないことも一つ増えた。
何故俺は魔力を放出していない?
現在、俺は竜眼を発動している。
発動してなくとも視界は確保されているのだが、『魔書作成』や白の魔力を使用する際、確認の意味もあり、発動している方が都合がいいのだ。
その竜眼で自分の身体を見ても、魔力は一切放出されていない。
可能性は色々あるが、どれも確証がない。
うーむ。これも保留かなぁ……。
話を戻そう。
野宿が出来ない理由だが、単純に襲われる可能性があるからだ。
何故かここの生物は俺を襲わないが、寝ている時もそうとは限らない。
ただの鹿や熊ならば、火を焚けば大丈夫と思っていたが、相手は人を丸呑みできる大蛇や大蜘蛛である。焚火を恐れるような輩とは到底思えない。
木の上で寝るのも考えたが、蛇や蜘蛛ならば木登りは余裕だろう。
つまり、安全に夜を明かす手段が無いのだ。
最後の手段として、徹夜するという手もある。
既に一日近く歩き通しているのだが、なんとこの身体、疲労、眠気、空腹等が一切ない。
ホント、スゲェ耐久力してんな。この身体。
誰もが羨む社畜ボディだぜ。
チクショウめ! と言いたいところだが、今はその社畜ボディが役に立ちそうだ。
しかし、徹夜は最終手段だ。
今は疲労が無いにしても、いつ電池切れが起きるか分からない。
休めるときには休んでおきたいのも本音である。
食事に関してもだ。
現在、俺の腕には三個の白竜の実が抱えられている。
実は数時間前に白竜樹が姿を消した。
単純に白竜樹の生息域を抜けただけなのだが、それは同時に食料の消失を意味する。
空腹も疲労と同様に、いつ限界が来るかわからないので、非常食として持ち歩いている訳だ。
さてさて、どうしたもんか……。
と考えているうちに辺りが暗くなり始める。
うわうわうわ、ヤベェヤベェヤベェ!!
あと数十分で完全に日が落ちるぞ。
俺が焦り始めたその時――
目の前の木陰から人影が現れた。
まず目を引くのが綺麗な長い銀髪である。
水が流れる様にサラリとした髪を、背中で一つに纏めている。
そして、美男子という言葉がハマり過ぎる整った顔。
その顔は、今は驚愕の表情で俺を見ていた。
人がいた!
しかし、すぐにその考えは間違いであったと気付く。
驚愕に染まる美男子の顔のすぐ上。
銀髪に包まれた頭頂部、そこに猫の様な三角の耳が生えていた。
そして、ここからは見えにくいのだが、腰の後ろあたりから銀色の毛が生えていた。
……尻尾……だよ、ね?
「…………」
「…………」
暫し無言で見詰め合う、俺と銀髪美男子。
……え?
人……じゃない……よね?
え? でも人に似てるし……。
ど、どうしよう?
とりあえず挨拶?
あ、日本語通じるのか?
え、えーと……。
た、助けて! 『魔書作成』!
俺が混乱して、『魔書作成』で美男子の魔力を取り込んだと同時に、こちらを指さし、美男子が口を開く。
「*********!!」
ヤベェ!! 何言ってるかサッパリだ!
――――解析完了。種族:狐人。リベラの森奥地に生息する獣人の亜種。魔力操作に長けており、〈妖術〉という独自の魔法技術を駆使する――――
へー。狐人っていうのか。
言われてみれば確かに狐っぽい。
って、納得してる場合か! 言葉が分からずにピンチだろーが!
――――意思疎通が可能な言語を確認。翻訳しますか? YES/NO――――
マジで!?
翻訳できんの魔書作成!?
当然、YESだ!
――――承認を確認。翻訳を開始します。……情報不足。新たな情報を要求します――――
え? 情報?
あの狐くんにもっと喋らせろってこと?
うーん……多分伝わらないけど、ちょっと会話してみるか。
「あー……コンニチワ?」
なんか片言になっちゃったけど、伝わらないし、大丈夫だよね?
「***!! **************!!」
俺の声に反応し、何かを叫ぶ狐くん。
あ、あれ? なーんかマズイ雰囲気じゃね?
言ってる内容は解んないけど、なんか怒ってるみたいだし。
できれば穏便にいきたいが、会話が出来なきゃ説得もできん。
クソッ! 翻訳はまだか?
現状に焦り始めた俺に対し、狐くんが手を前に突き出し、再び叫ぶ。
なんだ? と思うと同時に、狐くんの魔力と周囲の魔力が彼の手に集まってくる。
え、ちょ、おいおいおい! マジでマズイんじゃねーの!?
――――翻訳完了。 以後、常時翻訳します――――
よっしゃ! 翻訳終わった!
とりあえず会話だ。
あの物騒な魔力を引っ込めてもらおう。
「おい。ちょ――」
「――くらえ! 狐炎弾!」
狐くんが叫ぶと同時に、彼の手にバスケットボール程の火の玉が生まれ、こっちに向かって飛んでくる。
俺は慌てて白の魔力を纏わせた手を前に出す。
そして、狐くんが放った火の玉は、俺の手に当たる前に白の魔力に触れ、跡形もなく消えてしまう。
いや、一応、魔素は残ってるんだけどね。
それも『魔書作成』で取り込めば、文字通り跡形も無くなるわけだ。
――――解析完了。火属性の下位魔法です――――
『魔書作成』さんも仕事がお早いことで。
さて、どうしようか。
現状、あの狐くんは俺に対して敵対行為を行ったわけだが、俺は無傷。ここから穏便に事を運ぶにはどうするか?
それに、やっと見つけた知的生命体だ。見逃す手は無い。
幸い、『魔書作成』のおかげで会話は通じる。
できれば今晩の寝床の提供をお願いできれば良いのだが……。
普通にお願いしても絶対に無理だよな。
前世で例えるなら、発砲して無傷だった相手から寝床の提供を要求される。だもんなぁ……。
常識的に考えれば怪しすぎるからな。
うーん……。
あまり気は乗らないけど……脅すか。
脅すといっても、そこまで強く脅さない。
こちらに敵意は無く、手を出さない方が賢い選択だと思わせるのだ。
幸か不幸か、脅しの手段は大量にあるしな。
「おい」
俺が呼びかけると、それまで呆然としていた狐くんがハッっと気付く。
「な、何なんだ……貴様は……」
「ん? 俺か? 俺はアランだ。よろしくな」
先ほどの攻撃が何でもない様に答える。大物の余裕ってやつだ。
「俺も名乗ったんだ、君も名乗ってくれないか?」
相手の質問に答えて、こちらも質問を投げる。これで答えを返してくれたら、会話がスムーズにいくんだが……。
「グッ……」
唸ると同時に、狐くんの足が一歩下がる。
ま、そうなるよね。
勝てない相手からは逃走が基本だし。
だからといって見逃しはしないけどね。
「おっと、逃げるなよ? お前を捕まえる事ぐらい、容易い事なんだからな」
そう言って逃げ道を塞ぐ。
仮に狐くんが逃走した場合、俺は狐くんを捕まえる事はできないだろう。
白の魔力で木々を消せるとはいえ、森の中で生活する狐人に追いつけるとは思えない。
つまり、さっきの発言は嘘だ。
とはいえ嘘も方便だ。
こっちも、やっと見つけた一縷の希望を逃したくはないのだ。
悪いね。
そして、駄目押しとばかりに、近くにあった手頃な木を竜爪で切断する。
「下手な事はしないでくれよ? 君も、この木の様にはなりたくないだろう?」
そう言いながら竜爪をチラつかせる。
どうやら脅しは効いているらしく、狐くんの額には、冷汗が大量に流れていた。
おお、困ってる困ってる。
なにせ、自分の攻撃が通じず、逃走もできない相手だ。彼は今、絶体絶命のピンチに陥っているわけだしな。
これで、手出し無用の相手というのを、理解させる事はできただろう。
そろそろ交渉を、と思ったところで気付く。
狐くんの後ろから、紐の様なものが空に伸びていた。
なんだアレ? 出会った時には無かった筈だが? いや、出会った時は気が動転してたし、単に見落としてただけかも?
とりあえず『魔書作成』を試すと、範囲内の紐の様なものは全て取り込めた。
取り込んだ時に狐くんが怪訝な顔をしたので、恐らく彼が何らかの行動をしていたのだろう。
――――解析完了。狐人の魔力で造られた、スキル『同族念話』による魔力線です。尚、取り込んだ魔力に乗せられていた念話は、「――にがあった?」「解りません。しかし、とんでも――」です――――
『魔書作成』が全ての謎を解いてくれました。
魔書作成がいると、予想することをいつか放棄しそうで怖い。
便利な事には違いないんだけどね。
それで、念話、だと?
俺とバナヴァルムがやっていた、念じるだけで会話ができるっていうアレか。
離れた同族――つまりは仲間と会話していたと?
前世でいうとこの携帯みたいなものか。
念じるだけでいいぶん、こっちの方が優秀だけどね。
しかし今回は運が良い。
俺は、最終的には寝床を借りたいわけだ。そうなると、必然的に彼の仲間にお世話になる。その彼の仲間に事前に連絡できるならば、交渉もうまくいきそうだ。
というわけで、脅迫再開。
「さてと、まず、俺は君に危害を加える気はない。そのことを前提に話を――」
「ま、待て! まず、その…お、お前はいったい何処から来たんだ!」
俺の言葉を遮り、狐くんが叫ぶ。
まぁ、予想はしてたさ。
念話の為の時間稼ぎ。ついでに情報の引き出しか?
質問が覚束なかったのは、咄嗟に質問を口にしたからだろう。
残念だが、俺はそんな茶番に付き合うつもりはないのだ。
辺りもかなり暗くなってきたしね。
「俺が何処から来たかなんて関係ないだろう? 重要なのは俺が君に危害を加えないことだ」
「き、危害を加えないなど、簡単に信用できるわけ無いだろう!」
「未だに君に手を出していないのが動かぬ証拠だろう? 殺すつもりなら、とっくに殺している」
「だ、だからといって……」
「とりあえずでいいから、まずは俺の話を聞いてくれよ。念話する時間は待っているからさ」
念話、と口にしたとたん狐くんの顔が歪む。
そりゃあ、頼みの綱の念話が相手にバレテてたうえに、終わるまで待ってるなんて言われちゃあ顔もしかめたくなりますわ。
しっかし、美男子は顔をしかめても美男子なんだな……。
ちょっと羨ましい。そして妬ましい。パルパルパル……。
「何が……望みだ……」
その言葉を待っていました!
ここまでくれば、後は寝床に在りつけるだろう。
寝床を貸すだけならリスクは無いし、断って得るのは俺の不機嫌だけだしな。
「まぁ、大した事じゃないよ。ただ、一晩だけ君たちの住処に泊めてほしいだけさ。明日の朝には発つし、君たちが何もしなければ俺も何もしないからさ」
「…………仲間と考えさせてくれ」
かまわんよ。と言って、俺は近くの木に背中を預ける。
狐くんは目を閉じて、念話に集中し始めた。
少し時間ができたので、狐くんを改めて観察してみる。
顔は相変わらずの美形だし、髪はサラサラの銀髪。
身長は俺より少し低いか? そもそも俺の身長はどのくらいだ? 視線の高さ的に百七十センチ以上はあると思う。なら狐くんは百六十センチ前後ぐらいか? あれだね、顔はいいのに背が低い残念系だね。
歳は……解らないが、かなり若いと思う。となると、まだ成長途中だったりするの? このイケメンがまだ成長するの? 何それズルい。
服装は……和服? っぽいが何か違う。毛皮を和服っぽく着こなしてるだけ、みたいな感じ。
ふーむ。可能ならば一着頂きたいが、どうだろうか?
毛皮ってことは、量産は出来てないみたいだし。
ここまで半裸で来たんだよ! と涙流して説得すれば同情して一着くれるかな?
なんて考えてると、念話が終わったのか、狐くんが目を開ける。
何やら不服そうな顔をして口を開く。
「先ほどは申し訳ありませんでした。お……私も気が動転していたのです。どうか、お許し願います」
「お、おう……気にしてない、よ?」
な、何だ!? 何があった狐くん!?
先ほどまでの勇ましい態度は何処へいった!?
念話で何か言われたの? 虐められてるの?
もしかして、俺のせい?
普通に考えたらそうなるよね……ちょっと申し訳なくなってきた。
「宿泊の件ですが、族長に尋ねたところ、是非我らが里へとのことです。御案内致しますので、後ろに着いてきてください」
そう言うなり、狐くんは踵を返して進んでしまう。
言葉は丁寧だが、こちらへの敬意は皆無らしい。
それもそうか。脅された相手に敬意なんて払わないか。
とりあえず、置いて行かれぬように、彼の後に着いてゆく。
「あ、そういえば答えてもらってない質問があったな」
「……何でしょうか」
そうそう、最初の質問にまだ答えを貰ってないんだよね。
「君の名前は?」
いつまでも「狐くん」じゃあ不便だしね。
そう思って訊いたのだが、なぜか彼は少し戸惑ってから、
「……銀、です」
と、名乗った。
「なるほど。それじゃあギン、道案内、よろしく頼むよ」
そう言って、俺たちは狐人の住処へと歩き始めたのだ。
歩き始めると同時に、ギンが少しだけ安堵の表情を浮かべたのは気のせいだろうか?
やっと主要キャラを出せました。
次回から続々と登場する予定です。