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お題40『OFF会』 タイトル『半日ラヴァーズ』

「おっす、久しぶり、ごんちゃん」

「おいっす」

 俺達は広島駅で久しぶりの握手を交わす。ネットゲームの中では毎日会っているが、リアルで会うのは半年ぶりだ。

「クペ、元気そうじゃな」

「それしか取り得ないからね」俺は両手の親指を立てていう。「今から大阪に行けると思ったら気分上々だよ。今日は全部で何人くるの?」

「七人かな」ごんちゃんは指を折りながら数える。「俺とクペと、みっつあん、ぼぶ、きらきら、キティちゃん、それに幹事のメイファじゃな」

「いいね、みっつあんとぼぶは初めて会うんだよなぁ。楽しみだ」

「お前の目当てはそれじゃないじゃろ」ごんちゃんは不敵に微笑む。「お前はメイファと初めて会うのが楽しみなんじゃろ?」

 そうなのだ。俺の今日の目的はゲームで出会ったメイファに会うことにある。

 俺達はシルクロードオンライン(SRO)というMMORPG、いわゆるネットゲーム仲間で、今日は大阪でその飲み会があるのだ。その仲間の一人、メイファという同年代の女の子に俺は惚れてしまっている。

「ああ、正直めっちゃ楽しみだよ」俺は噛み締めるように頷く。「チャットだけでも楽しいんだから、実際に会ったらもっと楽しいはずだよ」

「そうやろうな。でも俺は二回目やけどな」ごんちゃんは目を細めてにやにやしながら俺を見る。「お前がせこせこ就活に勤しんでいる時に俺は彼女と会ったんよ。どうや、広島のオフ会の写真見せたろか?」

「別にいらないもんねー」俺は舌を出して抗議する。「就活終わったからいくらでも会い放題だし、問題ないもんねー」

 今日のオフ会は3回目だ。最初は九州地方のメンバーで俺の地元の福岡に集まり、二回目に広島と場所を移動している。今回の大阪はメイファの地元なため、今日は幹事をして貰っているのだ。

「健気やな。メイファに彼氏おるの知ってるくせに」

「関係ないよ。彼女がいい子なのは間違いないから」

 そう、メイファには彼氏がいる。俺はその相談に乗りながら、彼女のことを知っていった。高校の時に簿記一級を取ったこと、最近アスパラガスのベーコン焼きにはまっていること、休みの日はおばあちゃんの病院通いしていること、彼氏がいるが博打に嵌り相手にしてくれないこと……。

 俺だったら、絶対にそんなことをしない。そう思いながら彼女と話す度に恋慕を深めていく、彼女に他に好きな人がいると嘘をつきながら――。

「実際に会ったらびっくりするやろうなぁ、クペは。メイファはほんまにええ子よ。お前が狙ってると聞かんかったら、オレが狙ってたくらい」

「……狙ってなんかないよ」俺はごんちゃんの冗談に乗らず答えた。「そういうのはいいんだよ、今日は皆で盛り上りたいんよ! いつもの変態トークで!」

「ああ、それでこそうちのギルドマスターよ」

 そういってごんちゃんは微笑んだ。年は5つも離れているのに、少年のような屈託のない笑顔を見せる。正直な所、なぜ彼にタメ口がきけるのか今でもわからない。

「じゃあ、現実世界はよろしくお願いします、兄貴! 大学生で金ないっす、ゴチになります!」

「男に奢るくらいなら、メイファに奢るわ!」ごんちゃんはそういって自分の愛車のBBを指差した。「取りあえず乗りんさい。マスターが遅刻したらいかんやろ」

「途中運転変わるからね」

「おう、よろしく」

 助手席のシートベルトを繋ぎ窓ガラスの向こうにある未来を覗き込む。チャットでしか声を交わしていない未だ見ぬ彼女に、俺は会いに行く――。



「じゃあ、皆、グラスを持ったかな? かんぱーい」

「「かんぱーい」」

 俺達は一気にビールを飲み干して泡を拭う。開始早々お代わりを頼んでいる所だ。皆、酒に強く豪快な飲みっぷりである。

「やっぱり最初のルービーは最高だぜ」

「ああ、このたこ焼きも、もんじゃ焼きもうましっ」

 俺達は仕事帰りの飲み会のように居酒屋でくつろいでいた。普段会わずにいても、ネットでの日常が俺達の世界を違和感ないものにしてくれる。

「あれ、メイファはまだ来てないんかな?」

 ごんちゃんが尋ねると、みっつあんが答えた。

「ああ、営業の仕事が終わってから来るってさ。だから一時間くらい遅れるって。寂しいやろ、クペさん」

「寂しくないもんねー、全然」

 俺は意地を張ってグラスを空にする。会っていない状態でも心臓は高鳴り、実際に彼女に会えばショック死しそうなくらいには腫れ上がっている。

「また強がっちゃって」みっつあんが俺を見てにやにやする。「ゲームの中でもメイファがおる時と、おらん時の差が激しいからな、クぺさんは。なあ、ぼぶ?」

「ああ、そうだね。今日は隣同士にいながらネカフェでゲームするんでしょ?」

「やらないよっ。暗すぎるわ、そんなん」俺はぼぶに突っ込みをいれる。「それにしてもみっつあんとぼぶとも初対面なのに、どうしてこう違和感ないんだろうね?」

 俺が率直に思ったことをいうと、みっつあんは神妙な顔をした。

「俺達も不思議だよ。会った瞬間、こいつはクペやなと思ったもん。な、ぼぶ?」

「ああ。そうやな、クペポからはエロい匂いがしたもん」

「気持ち悪いよ。なんで男にフェロモン出すんだよっ」

 俺が再び突っ込むと、場が盛り上がる。何だかゲームの中にいるみたいだ。俺達はこうやってしょうもないことで盛り上がりながら橙色のギルドチャットを埋めつくしていく。

 みっつあんとぼぶは同じ愛知県出身で、お互いが仲良いリアル友達だ。俺自身も彼らと会っただけで声を交わさずともどちらも認識できたのは不思議な感覚だ。

 趣味で繋がっていれば、人の外見は意外にも必要なく、雰囲気で伝わるものなのかもしれない。

「クペポ、就活お疲れさん」

「ああ、ありがとう。きらさん、キティちゃんお久しぶりっす」

「クペちゃん、お疲れ様。東京で就職なんて出世したねー」

「アホ、今からじゃ」

「そうやった、てへ」

 きらさんの突っ込みの後、三人で一気にビールを飲み干す。この場だけで見れば親子で飲みに来ているようだ。

「楽しいね、楽しいね。こうやって皆で集まれるのは楽しいね」

「キティ、お前、もう酔ってるんか?」

「こんなもんで酔うわけないでしょ」キティちゃんはきらさんの肩を音を立てて鳴らした。「今日はとことん飲みますよー二次会でも三次会でも」

「飲み過ぎたら、立たんがな」

「立たんでええがな」キティちゃんがきらさんのほっぺを両手でつねる。「今日は女遊び、許しませんからね。皆でわいわいやるんだから、抜けたら駄目よ」

「はい、すいません。ここで抜けたらギルドからも追い出されるし、そんなことは一切致しません」

 そういってきらさんはがはは、と大声で笑った。

 きらさんとキティちゃんは石川県の金沢から来ている。きらさんがゲームに嵌り、愛人のキティちゃんのPCまで買い与えネットゲームに誘った結果、俺達は全員で仲良しになったのだ。彼らの正確な関係はわからないが、きっとリアルでもネットでも変わらないのだろう。

 この席の集まりは色んな職種の人がいて、予想外なことばかり起こる。でもそれが楽しくて、今日もゲームに入れば何かあるだろうと、期待に胸を膨らませてパソコンのスイッチを入れるのだ。ギルドのメンバーとのチャットがあればレベル上げも苦に感じない。

 レベル差が激しくなると、同じボスに挑むことができず連帯感が薄れてゲーム自体から離れていく者もいる。だからこそ俺達は皆に負けまいとレベルを上げ、皆でこの一瞬を楽しむ。この時間が永遠ではないことをわかっているからこそ、思い出を刻み絆を深めていけるのだ。

「ごめんな、皆。お待たせ」

「お、幹事様が来たぞー、グラスを持てい」

 そういって皆はグラスを掴んだが、空になっている。それだけで皆笑いながら再び注文ボタンを押す。

「なんや、楽しそうやな」メイファが俺の方を見て手を振る。「お、クペ、初めましてやな」

「おお、メイファ。初めまして」

 ……か、かわいい。

 俺はスーツ姿の彼女に挨拶を交わしながら未だ冷めやらぬ心臓を抑えた。自分が予想していた通りの女の子が目の前にいるのだ。幻想と現実のちょうど中間に存在するような、2,5次元の世界から出てきたような女の子が今、目の前に立っている。

「ごめんな、スーツで。今日、契約が決まってな、飲みに行こうって誘われたんやけど、さすがにそれは断ったわ。おばあちゃんが危篤っていって。これで6回目やけど」

 長生きなばあちゃんやなぁ、とみっつあんが突っ込むと、皆で一斉に笑った。メイファが来る前にこの場はすでに暖まっている。幹事の心境としては複雑かもしれないと俺は心の中で不安に思う。

「メイファ、何にする?」

「とりあえずウーロン茶をお願いします」

 メイファはそういって届いたグラスで乾杯した後、牛乳飲みポーズで一気に流し込んだ。

「あー、美味しい。この時期はやっぱりお茶が美味いわ」

「ばあちゃんかっ」

「ちゃうがな、本物は病院やっ」

 メイファが鋭く突っ込むと、皆で彼女を拍手で賞賛した。これが大阪人の突っ込みやと俺達はアトラクションを見ているように感激する。どうやら俺の心配は杞憂だったらしい。

「あかんて、そんな褒めたら調子乗るから」メイファは酒も飲んでいないのに顔を真っ赤にする。「うちは軽いのしか飲めへんけど、それでもええ? クペは何にするん?」

「俺もカクテルとか飲んでみようかな」

「似合わんぞ」「ルービー最高とかいってたやないか」「のっぽ」「巨人」「変態」

「なんでや、別にクペがカクテル飲んだってええやんな? なあ、クペ?」

「お、出ました。嫁のバリアーが。まったくいい夫婦ですな」

「「そうですなー」」

 俺が何をいわずとも、皆の息のあったコンビプレーを見せられ呆然とする。だがこの軽快なやりとりが大好きで、このギルドを作ったことに誇りすら覚えている。

 ただのフリーゲームだからこそ、俺達は必死になれるのかもしれない。

「まあ、そういうことにしておきましょうか、旦那さん。じゃあ、今日はクペの横に座ろうかな」

 そういってメイファは俺の隣の席に座り吐息をつく。外回りの仕事のためか、彼女は額に汗を掻いている。その姿すら艶らしく感じるのは俺が彼女に恋をしているからなのかわからない。

「クペ、就活お疲れさん。東京の営業が決まったんやって?」

「うん、飛び込みじゃなくて契約している所を回るだけやけどね」

「それがいいよ、飛び込みはきついわぁ」

 そういってメイファは新しく来たカクテルをストローで掻き混ぜながら飲む。その仕草に俺はOLのお手本を見ているように感じ、年下の彼女に憧れを抱く。

「契約おめでとう、中々渋ってるっていってたけど、上手くいったんやね」

「うん。おかげ様で」彼女は満開の笑顔を見せた。「コピー機を売るのって中々難しいんよねえ。単価が高いし、いきなりポンと決まるもんでもないし……。でもギルドの皆と話してたら、悩むのも馬鹿らしくなるわ。今日も来れて、ほんまよかったわ」

 彼女の笑顔を見て刺激が強すぎると思った。彼女の見た目だけでなく、声のトーン、仕草、息遣い、視線、笑い方、全てを共有できるのは嬉しいが、初恋のように体が固まってしまう。

 俺が顔を赤くしていると、ギルドメンバーから野次が飛んだ。

「いやあ、お似合いですな」「二次会はお前ら別室でいいぞ」「脱走するなよ」「酒が足らんぞ」「青春だねぇ」

「そんなわけ、あるかいな。ただのおしゃべりやんな、クペ?」

「……あ、ああ。当たり前やん。今日は全員でオールするって決めてるんだから、よろしくぅ!」

「「こちらこそよろしくぅ!」」

 ……あまり飛ばし過ぎたら持たない。

 俺は気合を入れながら冷静に務めようとした。明日はメイファのガイドによる大阪見学が待っているのだ。このまま彼女と一緒にいて我慢できるだろうか。酒を飲みすぎないように控えなければ。

「皆、大阪の食い物は堪能したな。そろそろ店を変えようか」

 みっつあんの言葉で時計を見ると、すでに2時間が経っていた。体感時間ではまだ30分も経っていないのにだ。

「よし、んじゃ飯食ったし、カラオケでも行きますか。クペとメイファは別室でもいいぞ?」

「いやいや、そんなことないから」俺は驚いて全力で否定した。「皆といる方が楽しいよ。なあ、メイファ?」

「……うん、そうやな。楽しまないと損やな」

「よし、そうと決まればカラオケや」「歌うで!」「踊るで!」「飲むで!」「遊ぶで!」「やったるで!」

 様々な掛け声を聞きながら店を出ると、大阪は夜の街と化し人で溢れていた。

 ……この出会いは凄い偶然だな。

 俺はアーケード街の人混みを見ながらメイファのことを再び考えていた。これだけ人がいる中、俺は彼女と出会ったのだ。一つのゲームを通して。

 ……今日はいい思い出にしよう、この気持ちは今だけのものだから。

 心の中でメイファへの思いを封印する。今日は皆で楽しむためにここに来たのだから、台無しにしたくない。


「おー、ごんちゃん歌上手いなぁ」

「いやいや、キティちゃんも上手かったよ。さすが飲み屋さんで働いてるだけあるわ」

「んじゃ、次、みっつあん行きましょうか」

「あいよ、歌うで!」

 カラオケボックスでも酒を止めない彼らのエネルギーに俺は驚愕し、隣のメイファを見ると口を開けたまま固まっていた。 たかがゲームでも会話が面白ければ深夜2時までするのだ。俺は大学生だが、彼らは社会人。圧倒される他ない。

「皆、歌上手いし、なんか凄いな……」

 別次元にいるように呟くと、メイファが手を口にあてながら笑った。

「そやな。でもクペも上手かったよ」

「そんなことあらへんがな。何かの間違いでんがな」

「そんなことあるがな」彼女は俺の関西弁を真似ながら答えた。「ちょっとかっこいいと思ったもん」

「彼氏がおる人間のいうこと、ちゃいますな」

「そうでんな」

「お前ら、何そこでごにょごにょ会話しとんねん」みっつあんが俺らを指差していう。「ここはキャバクラじゃないんやさかい、歌って踊らな損やで」

「みっつあん、いつの間に関西弁になったん?」ごんちゃんが再びみっつあんに突っ込む。「そんなんじゃ、地元に帰って味噌が食えへんくなるで」

「ごんちゃん、あんたもや! もみじまんじゅう食えへんで!」

 そういって二人は笑い合う。もはや脳味噌は一次会に置いてきているようだ。

「クペ、ちょっとこっち来い」

 ごんちゃんにいわれた通り、隣に座ると彼は耳元で囁いた。

「明日もあるんやから、今日は皆で楽しもうや。今日でメイファとお別れやないやろ?」

「そうやな。ごめん」

 俺達は拳を合わせた。確かに皆に気を使わせるようじゃ、マスターとして失格だ。ここは俺が皆を盛り上げなければ!

「ギルドマスター改め、変態スマター・クペポ、歌いまーす! 音痴ですが、頑張ります!」

「いいぞーやれやれ」

 俺がテンションを上げて歌い始めると、皆もマイクなしに歌っていく。酒の酔いもあり騒げれば何でもいいようだ、一気に曲を終えると皆、再びジョッキを空にした。

 ……後何時間、これが続くのだろう。

 俺が時計を見るとまだ20時を過ぎた頃だった。これで朝まではきつすぎる。

「あ、次うちの番や」

「お、待ってました! メイファ。グレイ行くんやろ、この間の歌、格好よかったで!」

 キティちゃんが手拍子で皆を盛り上げるが、なぜかメイファは女性のバラードを歌い始めた。それでも歌が上手いことには変わりない。

 ……どうしたんだろう、メイファ。

 ゲームの中でも男の歌が好きだといっていた彼女が一片して、バラードを歌うとはらしくない。

「ごめんな、ちょっと歌いたい気分やったんよ」

「いやいや、よかったよ。逆にびっくりしたわ」キティちゃんがメイファをフォローする。「ハスキーな声やけ、また格好いいわ。私もその声欲しいわ」

「うちもキティちゃんの胸が欲しいわ」

 メイファが乗っかると、なぜかきらさんが口を挟んだ。

「これはやらんよ。メイファでも駄目!」

「あんたのじゃないでしょ」

 キティちゃんがきらさんに突っ込むと、再び爆笑の渦に嵌り元の空気が流れ出した。

「……ごめんな、ちょっと歌いたい気分やったんよ」

 メイファは再び俺の隣に座り肩の力を抜いてソファーに座った。

「めっちゃ嵌ってたよ。初めて歌声聴いたけど、本当よかった。惚れそうやったもん」

「そこまでいわんでも、嬉しいけど……」

「なになに、クペちゃん、やっぱりメイファに惚れてるの?」

「惚れてますー、メロメロですー、何かいけないんですかー」

 キティちゃんの野次に妬けになって答えると、メイファはローヒールで俺のスニーカーにあてて小声で囁いた。

(……いいよ、そこまでいわなくても。知ってるから)

 ……いいや、君は全く俺の気持ちをわかってないよ。

 俺は心の中で呟く。再び彼女に気持ちが揺らいでいき、このままだと再び暴走する可能性がある。それならばちょっと距離を置いた方がいい。

「ごめん、ちょっとトイレ行ってくるわ」

 ……危ない危ない、冷静にならなければ。

 俺は現実の世界にいる彼女を見ずに、ゲームのキャラクターを想像した。彼女はキョンシーのキャラクターを使っていて、現実にはいない。これはただのお遊びの世界だ。

 俺がトイレから出ると、メイファが缶ビールを両手に持ったまま立っていた。

「なあ、ちょっとだけ抜けださへん?」



 俺達はベランダに出て、缶ビールで乾杯した。夜景を見ながら飲むビールもやはり旨い。

「やっぱビールは最高やな。てか、メイファ飲めないんじゃなかったっけ?」

「一本くらいはいけますよ」他人行儀になりながらも彼女は再び俺を見てにやりと微笑んだ。「あのな、報告せないけんことがあるねん。彼氏と別れたんよ、うち」

 隣のビルのネオンガラスから当たる光が彼女をさらに妖艶に映す。

 彼女に期待したら駄目だ。俺は背を向けて深呼吸して答えた。

「……そっか。メイファならすぐにいい人見つかるよ」

「クペはどうなん?」

「俺は……未だ迷っているよ」俺は目の前にいる彼女を思いながらいった。「就職も決まったし、仮に上手くいったとしても遠距離になるしね……やっぱり今からは仕事が恋人ですよ」

「そっか……」メイファは視線を外しながらいう。「それがいいかもな。うん、頑張ってな」

「ありがとう。これからゲームもできなくなるし、皆に置いてかれるだろうな。メイファとチャットで話す時間も減るだろうし、寂しいよ」

 ……俺はそう遠くない未来を想像する。

 俺が東京に住むようになって、ゲームに入ることができなくなればレベル上げもできなくなる。そうなれば、皆と距離を感じるようになるだろう。そうなれば、メイファとだって……。

「どうして寂しいの?」

「そりゃ……君のことが好きだから」

 慌てて口を押さえたが遅かった。最悪、彼女がゲームを止めてしまう言葉をいってしまったのだ。

「ごめん、冗談でんがな。忘れて下さい」

 俺がとぼけると、彼女は真剣な瞳で抗議した。

「本当に冗談?」 

 ……ここは正念場だぞ。

 ここでの対応によって彼女との関係性が大きく変わってしまう。いくらでも言い訳の言葉は思いつくのに、俺の口は嘘みたいに固まってしまっている。

 チャットならどうとでも対応できるのにだ。

「……いや、冗談じゃない。俺は本当に君のことが好きだ」素直に心の内を吐露する。「おかしいと思うだろう? 初めて会った人を好きになるのってさ。体目的とかでもないし、本当に君のことが純粋に好きなんだ。全てを知ってるわけじゃないし、俺の知っている君が、本当の君かどうかもわからないのに、俺は……本気で君に惚れてる」

「……そっか」

 メイファはそういって後ろを向いた。その小さい背中にはうっすらと拒絶が見える。

 ……ああ、これでギルドも崩壊だな。

 俺は再び遠くない未来を想像した。これでメイファがゲームに来なくなったら、皆に合わせる顔がない。というか、今からあの部屋に戻るのも嫌な気分だ。

 せっかく繋がれた友情を壊したくなかった。それでも、彼女に本心を告げないといけない気がしたのはなぜだろう。

 ……この気持ちは現実なんだ。

 俺は再び心の中で思った。たとえゲームの世界で出会ったとしても、チャットの声は俺の心だ。この思いは嘘にしたくない、リアルで会って再び惚れ直した彼女に対して、きちんと誠意を伝えたかったのだ。

「……よし、決めた。半年待って、うちも東京に行くわ」

「え? 何の話?」

 俺がぽかんとしていると、彼女は真顔で続けた。

「うちらは両思いってことでしょ? だからうちが東京に行くっていう話」

「いやいやいや」俺はダチョウ倶楽部のように高速で手を振った。「何でそうなるの? え、メイファも俺のこと、好きってこと?」

「うん。おかしい?」

「いやいやいや」俺は再び手を振る。「え、だって彼氏は? 別れたのはわかったけど、急過ぎるよ」

「ごめんね、彼氏の話は全部嘘。うちもこの気持ちが本当に好きかどうかわからんかったんよ」メイファは謝りながら続けた。「だって実際に会ったことないやろ? でもオフ会の話を聞いて、クペ以外の人に会った時、あの世界はゲームだけのものじゃないってわかったんよ。やけ、クペに会って決めようと思ってたんよ。で、クペに会って私も決めたってわけやんか」

「……そ、そうなんか」

「うん、そうなんです」

 彼女のいっていることはわかるが、頭が回らない。仮に俺達がリアルの世界でも付き合うことができるようになるのは嬉しいが、問題は山積みだ。

「でもメイファ……おばあちゃんが危篤っていうのは……」

「うん、だから半年待ってってこと。もしかしたらそれ以上になるかもしれないけど、私、クペについていくことにしたん」

「……そ、そうでっか」

「私の気持ちも嘘じゃないよ」俺とは裏腹にメイファは務めて冷静に標準語でいう。「この気持ちはゲームだけで終わりにしたくないって思ったの。もしクペがよかったらだけど、今からお試しで一夜限りの恋をしてみませんか? それで相性が合わなかったら、今の話も白紙にしてもいいし」

「まったく……女子がいうセリフじゃありませんな」

「……そうですな」

 メイファが恥ずかしそうに答えると、俺達は顔を見合わせて笑い合った。結局、このギルドのメンバーは皆、破天荒で自分の思いは素直に告げるのだ。なら主である俺が乗らないわけにはいかない。

 時計を見ると、まだ21時だ。これから朝の集合の時間まで12時間もある。

「抜け出しますか、ゲームも、リアルも」俺はごんちゃんにメールだけ送り携帯電話の電源を切った。「んじゃ後は観光大使にお任せしますよ。えっと……」

「真希です、よろしく」メイファは胸をぽんと一つ叩いた。「それじゃ行きますか、クペちゃん。心の準備はいいですか?」

「俺の名前は聞かんでいいんかい!」

 俺が突っ込むと、彼女は誇らしげに答えた。

「本当の名前はベッドの上で聞かせて貰うぜ。実は行きたい所あるんだけど、そこに行ってもええ? 一人じゃ行きにくい所で」

「もちろんです、ご休憩する場所でしょ?」

「ラブホじゃないわっ、アホっ」彼女は大声で突っ込んだ。「スカイタワーっていう40階建てのビルがあるんやけど、行ってみたかったんよ。……恋人と」

「お供しますよ、王子様」

 俺が冗談半分でいうと、彼女はキメ顔で微笑んだ。

 ……え、何この展開。

 俺は彼女の笑顔にときめき、自分の性別が男であっているのかわからなくなった。

 だがそんなことはどうでもいい。今から半日、俺達は恋人同士だ。一日にも満たない半分の恋、それでも、今まで培ってきたものよりも楽しい時間になるのはお約束だ。

 この恋は初めましてで終わるのか、始めましてになるのか、わからない。それでも後悔しない覚悟が俺にはある。

 君と一緒ならどこでも構わない。

 それがたとえリアルでも、ゲームでも、まして別の世界でも、この心は確実に彼女を捉えているだろうから――。

 




読んで頂きありがとうございます。

また会えることを願って。

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