08. アルビノの少女
「あ、あの……」
抱きついてきたノエルやエクスタをなでくりまわし鼻の下をのばしていた俺に、声がかけられた。
マッドベアに襲われていた例の幼女だ。
七歳から九歳ぐらいの人間……。正直このぐらいの子の年齢は、よくわからんが。
真っ白な髪に、驚くほど白い肌。それに赤い目。
前世で言う、アルビノ――色素欠乏症だろうか?
日焼けすると、肌が火傷したようになってしまうと聞いたが。
とりあえず『はじめまして』の挨拶をするか……
「よう、幼女、無事だったか! 歴戦の冒険者ファーラインがお前を助けてやったぜ! 感謝して迷子の俺たちを人里まで送り届けるんだ!」
魔物撃破の興奮でハイテンションになったが問題はない。冒険者なんて、こんなもんだろう。
ついでに村か町への案内を頼んだ。
「は、はい、です! ありがと、ございました!」
あわててお辞儀をする彼女。
真っ白な髪が、その動きにあわせて、さらりとゆれる。
「……ファー様、あの子の髪に目」
エクスタのささやき声。それを聞いた幼女がビクリと震える。彼女は足元に落ちていたツバ広の帽子を拾うと、それをかぶり、髪や顔を隠そうとしていた。
「……ん? よくわかんないけど、日光には弱そうな肌だね!」
今日は、さんさんと日が照っているし、アルビノなら憂うつになりそうな天気だ。
「い……いえ、そうじゃなくて……。たしか白い髪に赤い目って『邪神の巫女』とか『邪神の使い』とか呼ばれて、人間の世界で恐れられているんです」
うつむいて顔を隠そうとしている少女について、エクスタが情報をくれた……。なるほどね。
まあ、前世でもアルビノを『悪魔の手先』とする迷信はあったそうだからな。吸血鬼の元ネタ=アルビノ説もある。
「うん。それについては心配ないぞ! あれは単なる病気だ! 他人にはうつらないしな!」
科学的知識を持つ俺はビビらないのである。
その言葉に、幼女が驚いたように俺を見て……
「わたし……きもち……悪く、ない?」
うるんだ瞳の幼女にうなずいてやる。
「ああ! 気持ち悪くないな! むしろ可愛らしい顔立ちだ! だから早く俺たちを人里に連れてってくれ! 肉と柔らかいパンが食べたい!」
俺は微笑んで彼女を勇気付けてやった。――後半、考えていたことがダダ漏れになったが……
その言葉に、にへらーっと笑顔を見せた彼女。しかし、また、うつむいてしまう。
どうしたのかな? なんかミスったかな? 俺はご飯にまだありつけないのかな? と不安になっていると、パタパターっと幼女の近くに飛んで行って顔をのぞいたノエルが――
「ファーちゃーん! あの子照れてるよーッ!」
そんなことを伝えるもんだから、彼女が余計照れてうつむいてしまう……
恥ずかしがりやさんなのは可愛いけれど、話ができないな、と悩んでいると男の声が。
「アリス、大丈夫か! 何があった!」
見るとハンマーを手に持つ、がっしりとした体格のおっさんが、こちらに駆け寄ってくる。
「おとうさん!」
短く刈った茶色の髪と茶色の目の男。
彼に、幼女――多分、アリスという名前なのだろう――が呼びかけた。
「そこの幼女が燃える熊に襲われていてな! 熊は俺が倒したぜ!」
マッドベアの魔石とドロップアイテムが落ちているところを指差す。
「これは……赤い熊の毛皮に、魔石か! でかいな!」
彼が驚いた魔石は、俺の三分の二ぐらいの大きさがあった。
アリスの父であろう、その男が魔石と毛皮を拾い上げる。
「熊は強かったぜ! ちなみに命の恩人に感謝して、その魔石と毛皮を換金場所まで運んでくれても良いんだぜ! ついでにどこか泊まれる宿なんか紹介してくれたら最高だ!」
冒険者フェアリーっぽく、グイグイと交渉する。
「おおっ、娘を助けてくれたのか! すまなかった……鉱石を探しに、少し離れていて……いや、違うな。俺がここにいても、こんなでっかい魔石を落とす魔物には勝てなかった……。助かったぜ! 礼というわけではないが、泊まるとこがないなら、ぜひうちによってくれ! 村から離れた場所の鍛冶屋だが、フェアリー三人が泊まれるスペースはある! 食い物は果物でいいんだろ?」
「甘い果物が良いよう!」
「果汁ジュースなんかがあると最高ですわね」
「肉とチーズとパンもよこせー!」
幼なじみと一緒に、もう一押ししてみる。
「わかった! 俺が手に入れられる、最上級のものを用意する! 明日以降になるが、ハチミツなんかも探すからな!」
どうやら交渉術が功を奏し、冒険者として高待遇を得ることに成功したようだ。
次いで男は自分の娘、アリスのほうを向く。
「薬草はじゅうぶん採れたか?」
「う……うん……」
アリスは足元に転がっていたフタつきのバスケットを拾い上げ、その中身を男に見せる。
男は納得したようにうなずくと、俺達に移動を開始することを告げた。
そして移動途中――
ノエルはヒマだったんだろうな……
「ねーねー、この草ってなんなのー?」
アリスの持つバスケットに座った彼女が、カゴの中に入っていたらしい草を持って、そんなことを聞いている。
「え、えと……お肌にぬったり、目にぬったりする、おくすり……。それを、これで作るの……」
アリスが、とつとつとしゃべる。
「うちの娘は肌や目が弱くてな! 日の光から体を守るための薬が必要なんだ! これでもアリスは薬師の職業持ちだからな……、けっこう良いもんを作るんだぜ!」
「えっ、すごい! まだ小さいのに!」
小さなアリスが職業を持っていることに、ノエルが驚く。
一部に例外はいるそうだが、人間が職業を取得するには、かなりの修行が必要と聞いていたからな。
俺も驚いた。
「ねーねー、アリスちゃん、アリスちゃん。アリスちゃんは生まれて何ヶ月ぐらいなの?」
……フェアリーは十二ヶ月……一年で成長が止まるから、こんな質問になったんだろう。
「え……えと……じゅう……に?」
ノエルの質問に答えるアリス。多分、十二歳ということだ。
七歳から九歳ぐらいと思ったんだが、発育悪すぎじゃないだろうか。
「ああ……十二ヶ月も生きていれば、職業ぐらいは取れるのかなー……。もう大人だもんねー」
ノエルが勘違いしているが、別にいつものことなので俺はスルーする。
「あ、あの……じゅ、十二ヶ月しか生きていないと、まだあかんぼだから、言葉もしゃべれないんじゃ……」
ノエルの天然に慣れていないアリスは、がんばって間違いを訂正しようとしているが、せっかくだから引っかきまわしてやるか。
「俺は産まれて十二ヶ月ちょっとだが、言葉は問題ないぜ! むしろ産まれたときから、この世界の言葉をしゃべれた!」
「えっ、すごい……」
アリスが目を丸くしている。
最初は転生チートかと思ったんだが、どうやらフェアリーは、産まれた直後から言葉がしゃべれる不思議種族みたいなんだ。
「私も産まれたときからしゃべれたよう!」
「わたくしもですわ!」
ノエルとエクスタの二人も手を挙げた。
「ふえええ、みんなすごいんだねー……」
「三人とも天才だからな!」
そんな嘘をアリスに教え込みながら歩き続け、俺達は目的地に到着した。
彼女の父が指を差す。
「ここが、俺達の家だ!」
木々に囲まれた小屋。
小ぢんまりとしていて……『大きな森の小さな家』って感じだな。ここは山だが。
「ちなみに村は、あっちだ」
指差すアリスの父。
人里は、アリスの悲鳴を聞いたところから、けっこう近くにあったようだ。
空からは見えなかったんだが……山の裏側、俺達から見えなかった位置にあったのか。
「じゃあ、歓迎するぜ! 俺の嫁さんは料理もうまいからな! ゆっくりしていってくれ!」
ニッカリ笑う彼に、俺達も答える。
「ああ、一晩世話になるぜ! アリスの父!」
「一晩お世話になるよう! アリスちゃんのパパさん!」
「お世話になりますわ。アリスちゃんのお父様」
「うん……自己紹介を忘れていたな! 俺の名前はヘンリーだからな! よろしく頼むぜ!」
「わかった、ヘンリーだな! 覚えたぞ! アリスの父!」
「私も覚えたよう! アリスちゃんのパパさん!」
「問題ないですわ。アリスちゃんのお父様」
そして俺は要求する。
「とりあえず簡単なもので良いので飯が食いたい! アリスの父よ、用意を頼んだ!」
「……お前ら、俺の名前を覚える気ないだろ」
ため息をつき、アリスの父は小屋の中に入っていった。
パンとチーズで良いか? なんてことを俺に聞きながら。