07. vsマッドベア
眼下には山々が広がっていて――
「今日は、お日さまがポカポカして気持ちいいねー」
「そうですわねー」
俺の左右で、あははは、うふふふ、と笑い合うノエルとエクスタ。
のん気だなー、と半分あきれた気持ちで彼女達を見ていた。
誰のせいでもない不幸な事故により爆発四散した例の山小屋を出発して四日目――
俺達は村や町を求めて、いまだ山が多い地域を飛び続けていた。
商人の小屋を出たとき、一応、人っぽい何かが通った道らしき場所には向かっていたのだが、残念なことにそこは獣道だった。
遠目に見えた人っぽい三つの影は魔物だったよ……。緑の肌の小鬼――ゴブリンという魔物だ。
むかついたので、手の届かない上空から攻撃し殲滅してやった。
例の、剣から衝撃波を飛ばし、離れた場所から敵を切り裂く俺の能力。あれは、ずいぶんと強いようだ。当たった敵は、ことごとく真っ二つだったから。
魔物は倒されると煙になって消え、魔石とドロップアイテムを残す。それが魔物と動物の違いの一つだ。
フェアリーの体は小さく、あまり物は持てないので、魔石もドロップアイテムも放置してきた。
あの時ゴブリンが残したドロップアイテムは、透明なビンに入った青い液体だったか……
エクスタの知識によると、『ゴブリンの血』という虫除け代わりに使われるアイテムらしい。
フェアリーには、なぜか蚊がよってこないので無用の長物だな!
「風もないし、ポカポカしていて気持ちいいのはわかるが、警戒は続けてくれよー」
お日様の光を楽しむノエルとエクスタに声をかけた。
俺達は小さいので、鷹やトンビなどの鳥も脅威なんだ。
俺の敵を切る能力がいくら強くても、真上からの不意打ちはどうしようもない。
特に今は木々の上を飛んでいるわけだからな。
「「はーい!」」
何も面白いことはなさそうなのに、キャッキャと嬉しそうなノエルとエクスタが、そう答えた。
元気だなー。
保存食はつきかけていたが、俺以外のフェアリーは森からとれる果実だけで充分満足できるみたいなので、あまり危機感もないのだろう。
彼女達は木の枝の上などでの野宿も、楽しそうにこなしていたしな!
俺は魔物やフクロウなんかを警戒していて、あんま眠れてないけど……
「あっ、ファーちゃーん、あそこに六本足の狼っぽい生き物がいるよ。十頭ぐらいかなー。まあまあ大きいし、魔物だと思うけど倒すー?」
ノエルが聞いてくる。
前世の世界にいた生き物は、この世界ではほとんどの場合動物だ。
六本足の狼の群れは前世では聞いたことが無かった。魔物である可能性が高いが……
「んー、魔力がもったいないからパスで」
剣に光をまとわせ、衝撃波を飛ばす能力。あれは魔力を使っているようだ。
三、四十発撃っても問題ないことは、すでに試し撃ちで確認しちゃっているんだが……、よく考えたら、いきなりドラゴンに襲われたりするかもしれないしな。いざというときのため、山の中で迷っている今は無駄に使いたくなかった。
まあ、衝撃波の形を『切る』だけでなく、こんぼうで『殴る』ような形にして飛ばせることも発見していたので、無駄ではなかった……と思う。
――ある程度、衝撃波の形を変更できるみたいなんだ。
「……そういえば、ファー様が、どのぐらいの数、あの衝撃波を飛ばせるのか。限界を、ちゃんと試さないといけませんねー。早く魔力を使い切っても大丈夫な、安全な場所に着くと良いんですが……」
ここらへんの様々な情報は、ノエルやエクスタも共有している。
俺が『そうだな』とエクスタにうなずこうとしたときだった――
「たすけてーッ!!」
甲高い悲鳴が聞こえてきたんだよ……
「わっ、ファーちゃん、今の聞いた? 人間さんか何かの声だよ! 私たち、人里近くまで来ていたんだね! よかったよー!」
嬉しそうに言うノエル……って、ちょっと待て。
「何で、さっきの悲鳴を聞いて、そんなのん気そうなんだ! 助けに行くぞ!」
あせる俺。エクスタと一緒に、悲鳴の方向に急いで飛んでいく。
「わー、待ってよ二人ともーっ!」
そんなノエルの声が、後ろから聞こえた。
「ファー様、あそこを!」
弾丸のように飛んでしばらく……
エクスタの指差す先に小さな少女――幼女かな? の姿があった。
真っ白な髪と肌。
彼女の足元には、水筒のようなものや帽子、バスケットが転がっており……
その彼女に向かい、六本足の炎をまとう熊が襲いかかろうとしていた――
「オラァ!」
剣を抜き、横になぎ払う。衝撃波が熊を襲い、ヤツの肩の皮膚と肉を切り裂いた。
「オオッ! あの熊、ファーちゃんの変な技を耐えたよう!」
ノエルよ。俺の剣撃を飛ばす技は『変な技』ではなく『かっこいい技』だ。訂正を要求する。
「……体全体をおおう炎が強くなっています。あれは熊の能力でしょうね」
エクスタの言うとおり、六本足の熊がまとう炎が、より強くなっていた。
「しかし、炎をまとう熊か……」
そんな魔物、聞いたこともない。
冒険者を目指し、ゴブリンやコボルドなどの情報を積極的に集めていた俺が、そうなんだ。かなり特殊な魔物なのだろう。
幼女から上空を飛ぶ俺に注意を移し、怒りの咆哮をあげている熊。ヤツを見ながらそんな考察をしていると、エクスタから情報が。
「ええ……、炎をまとう熊は、お婆さまが皆にしていた授業で教えていましたね……。マッドベアという名の魔物だったでしょうか……。けっこう強い魔物で……たしか回復力も高いはず。――ほら、ファー様がつけた傷が、もう癒えている!」
……そういえば俺は、授業中はノエルと遊んでいることが多かった。
いや、違うんだよ? 俺のせいじゃないんだよ? ノエルが勝手にちょっかいをかけてくるから、つい遊んじゃうだけなんだ。
ちょっかいをかけられなければ、まじめなんだから……
誰にでもなく、そんな言い訳を脳内で繰り広げる。
「あれ? ファーちゃん、見て! あの炎おかしいよ! 木の枝に当たっているのに、葉っぱとか全然焦げてない!」
ノエルが、そんなことに気がついた。
――もしや幻影の炎か?
「ふっ……俺が、そんなこけおどしの炎にビビるとでも思ったかーッ!」
剣撃を飛ばす技は、実は近づいて剣で直接切ってやるほうが威力は高い。――剣が痛みそうなので、あんまりやりたくないけど!
「俺の必殺技をくらえーッ!」
剣で直接熊を切るべく突撃し……
「あちー!?」
炎に巻かれて戻ってきた。
――服が、服が燃えてルーッ!
「ファー様ーッ!」
暴れていると、そんな悲鳴とともに上から水が……
見るとエクスタか……。人間が使う大きさの水筒を手に持っている。
あれは、幼女の足元に落ちていた水筒だな。
「助かった!」
声をかける。
ハネがぬれたが、飛ぶのも問題ない。
「まかせて下さい! さあファー様、これで炎に巻かれても大丈夫! あのマッドベアを一刀両断にしましょう!」
……え、もう一回行くの? 火、めっちゃ熱かったんだけど。斬る前に途中で戻って来ちゃったんだけど。水かぶったぐらいで、どうにかなると思えないんだけど。
俺がエクスタを見ていると――
「ファーちゃん……、どうやら、あの炎は敵だけを焼く魔法の炎みたいだね。あの熊は危なすぎる……本当は殴ってでも止めたい。でも私はファーちゃんが突撃するのを止めないよ! 応援するのが女の子の役目だもんね! がんばってファーちゃん!」
ノエル曰く、ファーちゃんって人が、あの熊に突撃したくてしようがない状態らしい……
く……くっそー、近づきたくねー。
……だが、期待に応えられないようじゃ男じゃねーな。
覚悟を決めた。
「行くぜッ!」
俺は突撃し――
「オラァ!」
熊の一メートルほど前で、光をまとわせた剣を振る。
ここは『ヤツの炎』も『俺の剣』も、届かない位置。
剣から出た衝撃波がマッドベアを襲う。
意識して、いつもより少し形を変えた、風のような形の衝撃波――
それに煽られ、一瞬だけ俺の目の前の炎が薄くなる。
豪風に煽られ、目をつぶるマッドベア。
「ウオオオオッ!」
もう一度剣に光をまとわせ、薄くなった炎の中へ。
――くらえーッ!
火を肺に吸い込まぬよう、呼吸を止めながら、光る剣を直接叩きつける。
ザン!
そんな音がして、俺はマッドベアを十センチにも満たない剣で両断した。
敵の体内で衝撃波が伸びて、それが体をぶった切るイメージか。
マッドベアの死体を確認すると、どうやら魔物は煙になり、魔石とドロップアイテムを残したようだ。
「ファーちゃん、すごいー!」
「やりましたわー!」
幼なじみ二人が抱きついてきた。
薄くなったはずの炎は水をかぶってても超熱かったが……、倒した甲斐があるというものだ!