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05. 羊の皮

 俺は今、商人のおっちゃんが背負うリュックの中に身を潜めている。

 かなり、きゅうくつで……

 外が見えないのでわからないのだが、多分ここは集落からかなり離れた森の中だ。


 ノエルや、簀巻きにして猿ぐつわをかませたエクスタも、一緒に詰め込まれていた。


 エクスタの猿ぐつわには、商人のおっちゃんがくれた眠り薬を染み込ませている。

 そのため彼女は、眠り玉の効果時間が切れた今も、眠り続けたままだ。


「それでは、お世話になりました」

「おう! 次回も頼んだぞ!」

「はい……」


 商人のおっちゃんと、一人で見送りに来ているらしい長老とのやり取りが、外から聞こえた。

 本来ならば、俺達が隠れていることがばれないか、緊張しなければいけない場面なんだろう……


 しかし俺はせまいスペースの中、密着するノエルやエクスタの体の感触と、彼女達から漂ってくる甘い香りで頭がいっぱいだった。


 ああ……女の子の身体って、なぜこんなにやわらかいのだろうか……

 イケナイと思いながら、近くにあるもので、ついフニフニと彼女達の体を触ってしまう。


 するとノエルが、密着していた体を、さらに俺に押し付けてきて……

 ふおーッ! いいね、これ! 相思相愛な感じ! 俺のモテ期が有頂天(うちょうてん)-ッ!


 ひゃっほーい! と興奮していると、ノエルも俺の身体をまさぐってきた。


 マッサージみたいで気持ちいいなーと思っていたら、それが、だんだん下のほうにのびてきて……あっ、ちょっとノエルさん? そこは大事なところだから。二つの大事なとこだから……。男は、その弱点つかまれるとヒイってなるの。タイ式マッサージじゃないんだから、そんな強くもんだら……あっ、だめ、あっ、だめ、あっ、あっ、あっ……。ラメーッ!


 そんな風にして、俺達は無事集落を脱出した。

 長老に見つかるんじゃないか、気まぐれをおこしたノエルに握りつぶされるんじゃないか……、そんな恐怖と戦いながらの旅路だった。


 あの気持ちよさと怖さが絶妙にマッチするマッサージ……

 それを悲鳴一つ漏らさずに乗り切ったことを、俺は誇りに思う。


   ◇


 フェアリーの森を抜け、山を縫うように作られた街道。

 そこで俺達は、短い食事休憩をとっていた。


「ふう……。まだまだ安心はできないけど、フェアリーの集落からは、ずいぶんと離れることができたねー」


 商人のおっちゃんが話しかけてきた。


「はい、おかげさまで。……ほんのちょっとですが、一息つけそうです」


 うなずく俺。


「んー……、でもエクちゃんが目を覚まさないのは心配だよう……」


 ノエルの心配。

 大事なところで騒がれないよう、眠り薬を彼女の口の中に入れていたから……


「あー……、ちょっとフェアリーには薬が強すぎたかもしれないね」


 商人のおっちゃんが頭をかく。


「……でも、まあ、安全な薬だから大丈夫だよ」


 なだめる、彼。


「寝てる間、食事も取らないで良くなるし、排泄もしなくなる……とっても便利な()()の薬なんだ……」


 安心させるはずの彼の言葉に、逆にノエルの顔が不安そうになる。

 もしかしたら『強い薬とか飲ませちゃって、大丈夫なのかな……』とでも思ったのかもしれない。


 俺のほうは、『商人のおっちゃんは、そんな薬も扱っていたのかー』と感心していた。

 この世界、飲むと傷が治るポーションとかあるから……。

 ハチ使いが収穫する蜂蜜(はちみつ)も傷を治したりしていたし……、副作用がない強い薬など今さらである。


「あ……、あとファーライン君の服だけど、もうちょっとオスだとわからないほうが良いと思うんだけど……。これで良いかな?」


 商人のおっちゃんが、メスのフェアリーが着るような服を出してきた。

 スカートではないものの、上下ともにヒラヒラしてフリルが多い。


 ……一応、オスが着てもメスが着ても違和感がない、着ると性別もわからなくなるような服を選んで着てきたつもりなのだが。

 珍しいオスのフェアリーということで、人間の世界で悪目立ちはしたくなかったから……


「……今の服……そんなにマズいですかね?」


「微妙なとこだけどね! まあ、イヤなら着ないでもいいよ。半分、君に着せてみたかったって理由だから」


 面白半分の行動か……

 この人も、少しイタズラ好きな模様。もちろんノエルほどのひどさはないだろうが……


「……もうちょっと考えさせてください」


 中性的な容姿だし、今の服でもオスだとはバレないはずだ。


 俺は黒パンの最後のかけらを口に放り込み、商人のおっちゃんにもらったスープで流し込む。


「うふふ」


 そう笑いを漏らす商人のおっちゃん。

 彼は食事の間、ずっとそばにいて、俺と話をしていた。


 彼を見ていたら、ふわあ、とあくびが出た。

 いやに眠い……

 集落からの脱出など、今日はいろいろあったからか?


 一足先に同じ食事を食べ終わったノエルも疲れていたんだろう。

 俺にもたれかかって、すぴー、すぴー、という寝息をたてていた。


 俺も……まぶたが……重い……


「ファーライン君……眠ってしまいなさい。私が運んであげるから」


 ……ちゃんと自分のハネで飛ばなくてはと思うが、同時にこの睡魔には勝てそうにないと感じた。


「……すみません。少し眠ります。ちょっとだけ寝たら、起きて自分で飛びますので……」


「ああ、そうしなさい……。君達は軽いんだから、遠慮する必要なんてないんだよ……」


 俺のまぶたが閉じられる中、ニターっとあくどそうな笑顔を浮かべる商人のおっちゃんが見えた気がした。


「また二ヶ月後」


 彼の不可解な言葉を最後に、睡魔には勝てず、俺は目を閉じることになる。


   ◇


「ファーちゃん! 起きて!」

「ファー様、目を覚ましてくださいッ!」


 幼なじみ達の声で、意識が覚醒しそうになる。

 やめてくれよ……まだ眠いんだ……。まだだ……まだ俺は起きない……


 そう決意を固くし、耳をふさいだのだが――


「おや……? ファーライン君には予定を変えて追加の薬を投与したはずなんだけど……。もう目覚めるのかい」


 男の声。

 警戒心が刺激され、急速に俺の意識が覚醒した。


 目を開ける俺。

 そこには商人のおっちゃんの姿が……


 ……だが、おかしいな? 目の前には透明の壁がある。

 これは……ビンか?


 俺は今、ビンの中に入れられているようだ。

 上を見ると、ポツポツと穴が開いた鉄っぽい蓋が……あれは空気穴だろうか。


「うーん……、容姿が好みだったから、趣味でこっちのほうに入れちゃったけど……、ちゃんと鉄かごに入れるべきだったな。エサを入れるのが面倒くさい」


 彼の言葉を聞き流しながらキョロキョロとあたりを見回す。

 ノエルとエクスタの姿を見つけた。

 彼女達は金属製の鳥かごのようなもの……その中に入れられていた。


 俺が持っていた荷物は周囲にはなく、腰にぶら下げていた剣もなくなっていた。

 服の中に隠しておいたダガーだけは残っていたが……どちらにしても、フェアリーの力では、剣やダガーでこの状態をどうにかするのは難しいだろう。


「これは、どういうことだ?」


 商人に問いかける。


「ん? 見たまんまだよ。君は悪い奴隷商人に捕らわれてしまった。そんな感じかな……。――その小さな脳みそでは理解できないかい?」


 うん……あのニコニコと笑う男の()(たま)をぶん殴ってやりたいな!


「いやー、生け贄として、強い『祝福』の力を持つフェアリーを探していたんだけどねー。本当は、君んとこの長老様を捕まえたかったんだけど、あれは強すぎるから……。代わりに君を捕まえられたからね! 僕は本当に幸せ者だよ!」


 ……『祝福』……か。


 俺は、産まれるときに強い『祝福の光』というのを体から放っていたらしい。

 だから、この商人の望む『強い祝福の力』とやらを持っている……そう判断されたのだろう。


「しかも、人質に使えそうな長老様のお孫さんまで君が確保してくれたからね。……おバカな君には感謝しても感謝しきれないさ!」


 わざわざ俺の入っているビンに顔を近づけ、言ってくる男。


 彼の挑発に、イラっとする。


「うるせーッ!」


 ガラスを殴り、ゴンッという大きな音がした。


「あっはっは! いくら戦士職って言っても、フェアリーじゃ、そのビンは壊せないよ! かなり特殊なガラ……いや、待て、――()()()()()()()()?」


 アホみたいに固いガラス。それを殴った痛みにもだえる俺は、商人の言葉で自分の手を見る。


 これは……右手が光っている?


 まるで『戦士』の職業を得た、あのときのように手が淡い光を放っていた。


 あのときにも感じていた、光が何かを伝えてくるような不思議な感覚。


 ……殴るんじゃない?

 横に振ればいいのか?


 光に導かれるかのように、右手を横に振るう。目の前のガラスに向かって。


 あっさりと――俺を閉じ込めていたガラスの檻が砕け散った。


「ば、バカな……!」


 後ろに下がっていたためだろう、残念だが商人に被害はない。

 だが、一度能力を使ったことで、こいつの特性は理解した。()()による理解――


 ――武器を持つと、もっと強くなるようだ。


 身体に降りかかったガラスを払い、俺は服に隠していたダガーを抜く。

 俺をつかもうと、飛びかかろうとする商人。


 ダガーに光が集まったのを確認し――


「オラァ!」


 横一閃。


 振るわれたダガーから衝撃波が産まれる。


 衝撃波は商人に向かい、彼の首を切断――、さらにその後ろにあった壁までをも切り裂いたんだ……


 バタン、という首を失った商人の体が倒れる音。ボトン、という彼の首が落ちる音が続く。

 ダクダクと流れ出る赤い液体。


 ――こ、これは……


 鉄の臭いに気分を悪くした俺は、壁を切り裂いたことでできた一メートル半ぐらいの亀裂の近くに行く。

 亀裂からは外の空気が流れ込んでいて……ここなら一息つくことができそうだ。


 血が体にかからなくてラッキーだった……



 光をまとった武器を横や縦に振ることで衝撃波を飛ばす。――素手なら『殴る形』はダメで、チョップとか裏拳みたいな形にしないといけないらしい……

 直接、光る武器で敵を切ることにより、さらに威力が高まるようだ。


 普通は成人の儀式を終え、半年から一年経たないと手に入らない『戦士』としての特別なスキルを、俺はすでに受け取っていたみたいだ。

 戦士の職業を授かった時も、俺の手は光っていて、その光が何かを伝えようとしてくる感覚はあった。

 もしかしたら、あのときにはすでに、この能力を使えるようになっていたのかもしれない。


 普通のフェアリーは、半年から一年が経たないと、このような特別なスキルを使えるようにならない。

 ノエルはまだ魔法を使えるようになっていないし、『ハチ使い』のエクスタも、まだミツバチと特別な(きずな)を結べない。

 何で俺だけがこんなにも早く、職業が持つ『特別なスキル』を使えるようになったのかはわからないが……産まれるときに強い『祝福の光』というのを体から放っていたらしいからな……。そのせいだろうか?


 これが、俺が自らの(チート)を自覚した、(はつ)の出来事だった。


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