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04. 自由すぎる彼女

 商人のおっちゃんを見つけたノエルが、彼を空から急襲し、その頭部にしがみついた。


「ファーちゃーん! 商人さん捕まえたよー!」


 うん……捕まえているようには見えないな……

 どちらかというと、人の体にしがみつくコアラの赤ん坊のようだ。


「やあ、ファーライン君。今日は早いね」


 ニコニコした商人のおっちゃんが、ノエルを頭部に引っ付けたまま、こちらに歩いてきた。


「ああッ! 完璧に押さえつけているはずなのに……、こいつ、動くぞッ!」


 ノエルが楽しそうだ。


「おはようございます。まだ、出発されていないようで、よかったです」


 とりあえず挨拶をする。


 ここはフェアリーの集落近くにある森の広場。

 人間などの客人が立ち入る場所だ。


 彼らが使える小屋があり、俺達は、そこで商人のおっちゃんを発見した。

 今は、商人のおっちゃん以外に客人はいないので、彼一人でこの小屋を使っているはずだった。


 好都合なことに、他のフェアリーの姿もない。


「んー、何か買いたいものがあって、やってきたのかな?」


「あー……そういうわけじゃなくて……」


 どう説明しようか迷っていると、ノエルがあっさりと要求を口にする。


「旅に出たいので、私達をこっそりこの集落から連れ出してよう!」


「……なるほど」


 ひとつうなずいた商人のおっちゃん。


「とりあえず、小屋の中で話を聞こうか」


 そう俺達を誘った。


   ◇


 小屋の中。

 どこまで話そう、どう話せば頼みを聞いてもらえるだろうか……そう迷っていたのだが――


「なるほど……。ファーライン君が監禁されそうなので、その前にここを逃げ出したいというわけかい」


 この商人のおっちゃんの言葉からわかる通り、ノエルがあれよあれよという間にすべてを話してしまった。


「そうだよう! ファーちゃんを助けるためだから、つれてってくれるよね!」


「うーん……条件によっては……かな」


 難しい顔でうなずき、言葉を続ける。


「ファーライン君を連れ出して、それがバレると、大切な商売先であるこの集落とのつながりが切れてしまう……。商人としては普通は断るだろう、ということを前提に聞いて欲しいんだけど」


 な、なんだ? 断られるのか?

 そう思ってドキドキしていると――


「君達が三年ぐらいタダ働きしてくれるなら、連れ出してあげても良いよー」


 あっさり、さっくり。

 軽いノリで商人のおっちゃんはオーケーを出した。


「おおっ! さすが商人さん! わかってるよう!」


 ノエルは歓声を上げたが、俺は自分の要求がこうも簡単に通ったことを、にわかには信じられない。


「い、良いんですか……?」


「うん。職業(ジョブ)持ちを三年タダでこき使えるなら、いろいろなことができるからね」


 ニコニコしている商人のおっちゃん。

 あれ……でも……?


「……前に『俺以外のフェアリーはイタズラ好きが多いから、旅に連れてくのはちょっと厳しい』……みたいなこと言ってませんでしたっけ?」


ちょっと表現は違ったかもしれないけれど。


「……ああ……………それは『お給金を払うなら』という前提での言葉だね。さすがに天下の職業(ジョブ)持ち様をタダで雇うのは難しいと思っていたからさ」


 なるほど……

 フェアリーは全員職業(ジョブ)持ちだからな。

 一緒に旅してもらうだけで、かなりめっけものなのか。


 説明を聞いていたら、ほんの少しだけあった、なんかうまく行きすぎているなーという違和感も消えてしまう。


 商人のおっちゃんは、俺達の職業の状態についても知っているから、あとで『話が違う』と怒られることもないと思うし問題はないだろう。

 俺が戦士であることはさっき伝えたし、ノエルが半年から一年は魔法を使えるようにならないこともわかっている……はず。


「よし、話がまとまったところで、出発の準備をするよう! 私も手伝うよう!」


「あはは……。では、荷物をまとめますか」


 ノエルが決定を下し、商人のおっちゃんが苦笑をしながら同意した。


 そして準備を始め、しばらくが経ち――


「うはははは! ポヨンポヨンするよう!」


 支度を手伝うと言っていたノエルだが、()きたようで、完全に遊びほうけていた。

 商品の山の中から青いゴムボールのようなものを発見したみたいで、それを商人のおっちゃんからもらったみたいだ。


 ボールの上に座って、ポンポンと跳ねている。


 バランスボールで遊ぶ子供みたいだな、と思っていると、商人のおっちゃんから注意が。


「あー、ノエル君……。それは魔力を通さなければ安全なはずだけど、爆発するアイテムだから気をつけるんだよ。『眠り玉』って言って、地面とかに叩きつけると煙幕を出すアイテムなんだ。吸い込むと眠っちゃう煙幕だから……」


 ……へー。衝撃を与えると、爆発とともに、謎の煙幕がブワっと広がっちゃうアイテムなのか。

なんとなく忍者の煙玉みたいだ。


「おおう……爆発は危険だよう……」


 警告を聞き、眠り玉から降りるノエル。

 しかし気になっているようで、いまだ玉をぺちぺちと手で叩いている。


 ……まあ、魔力をこめなければ爆発はしないらしいからいいか。

 そう思っていたのだが、ノエルが変な顔をしているのに気がついた。まるでスリルを楽しんでいるときのような笑顔……


 嫌な予感がして眠り玉に意識を集中すると、脈動するような不思議な気配を感じ……


 魔力に敏感なフェアリーだから、わかった。――アイツ……魔力を込めてやがる。

 もしかして、爆発しないギリギリの威力で玉を叩くのを楽しんでいるのか……?


 あわてて、彼女を止めようとしたときだ。


 バン!


 音にビクリとする。

 一瞬、眠り玉が爆発したのかと思ったが、全然違った。窓が開けられた音だ。


「ファー様、見つけましたわーっ!」


 エクスタだった。

 彼女が小屋の中に入ってくる。


「どこにもいないんで探しましたわー! 何していらっしゃるんですのー?」


 俺は今、商人のおっちゃんと一緒に、彼が背負う荷物袋の中にスペースを作っていた。

 俺とノエルが隠れるための場所だ。


 見られて怪しまれると面倒だ。彼女のほうに飛んでいく。


「あー、エクちゃんだー!」


 ノエルも飛んできた。両腕に眠り玉を抱えて……


 とりあえず、ふにふにと玉を揉むのはやめてくれませんかね。

 爆発しそうで怖いんで!


 注意しようとした俺だが、その前にノエルがトラブルを起こす。


「ねー、エクちゃん! ファーちゃん逃がすために旅に出るんだけど、エクちゃんも一緒に来るよねー?」


 ニッコニッコしながら、俺達の秘密の行動をばらしてくれた。


 えっ!? という顔で、空中でピタリと静止するエクスタ。

 なんかやばそうな雰囲気を感じ取った俺は、近くまで来ていた彼女(エクスタ)の腕を掴む。


「……えっ? ええッ! だ、ダメですよ! ノエル! ファー様を、この集落から連れ出したら、子供が産まれなくなってしまいます! 今のオスフェアリーが死んだら……あの方は、もう老齢なんですよ!」


 ……エクスタは、俺を監禁することに賛成だったのか。

 いやな予感は正解だった。


「えー、エクちゃんさー、長老様を説得してファーちゃんに媚薬飲ませるのはやめさせるって言ってたけどさー、ぜんぜん成功しそうにないじゃない! もう、あきらめてファーちゃん連れて外行こうよう! 集落なんて、どうでも良いじゃん!」


「だ、ダメです! 私の一族には、集落を治める者としての責任が……! ファー様、手を離してくださいッ!」


 逃げようとするエクスタだったが、俺のほうが力が強い。

 彼女は俺の手をふりほどけない。


 大声を上げられないよう、俺はエクスタの口をふさぐが……

 しかし、ここからどうしたら良いのか。


 逃がさない以上のことができない。

 女の子、それも幼なじみの彼女に暴力的な手段を取りたくなかった。


 部屋の真ん中、空中でもみ合う俺達。

 迷っていると、ノエルの声が聞こえてきた。


「しかたないよう……。エイッ!」


 見ると、彼女は手に持ったものを投げつけていた。

 眠り玉だ。


 ボン!


 軽い爆発音。青い煙が足元で広がる。

 たしか、吸い込むと眠りを誘う煙幕だったか。


 飛びながらエクスタともみ合う中、俺達は天井近くまで来てしまっていた。

 比較的、高い天井を持つ小屋。煙幕は、ここまで届いていない。


 なら……


 俺は息を止めると、逃れようとするエクスタを抱え、その煙幕に飛び込んだ。

 しばらくバタバタとしていた彼女だったが、しばらくするとその体から力が抜けグッタリとなる。


 眠ったか……

 煙幕の眠りの効果は、それを吸い込まなければ問題ないようだ。


 効果時間が切れたのか、じょじょに青い煙幕も薄れていっている。

 ここは室内で、風に吹き散らされているというわけでもないのに……


 不思議な煙幕だなー、と思っているうちに、俺の周囲から完全に青い煙が消えた。


「大丈夫かい? ファーライン君」


 商人のおっちゃんだ。

 彼も息を止めていたのだろう。眠ってはいなかった。


「ファーちゃーん! ダイジョブだったー?」


 トラブルメーカーのノエルも元気なようだ。

 煙幕を吸い込んで眠ってないかなと、ちょっとだけ期待していたのだが……


 俺は肺の中に溜めていた息を吐き出し、呼吸を再開する。


「ふう……大丈夫だったぞ……。あと、エクスタも捕まえておいた」


 その情報に喜ぶノエル。


「オオッ! これで旅先でも蜜玉が食べれるねえ!」


 ……ちょっと言ってる意味がわからなかったが。


 『蜜玉』というのは、ハチミツから作るフェアリー族の食べ物だ。

 職業が『ハチ使い』のフェアリーが、主にその食べ物を生産している。

 エクスタも、その『ハチ使い』の職業を持つフェアリーだった。


「……もしかして、エクスタも俺達の旅に連れてくつもりか?」


 彼女を連れて行って、『ハチ使い』の力が使えるようになったら、旅先で蜜玉を生産させるつもりなんだろうか……


「そうだよう! エクちゃんは、長老の『フェアリーの王』のスキルに強く縛られているだけだからね! しばらく長老から離れればファーちゃんと敵対しようなんて行動はしなくなるよう!」


 ……長老――エクスタの祖母の、自分の配下であるフェアリー達を縛る力か。

 彼女達は一緒に暮らしているから、支配の影響が強いのかもしれない。


 産まれたときから一緒に行動することが多かったノエルとエクスタには特別な(きずな)を感じている。

 もし味方になってくれるなら嬉しい。

 エクスタの意思を無視しているのかもしれないが、俺は彼女を連れて行きたいと思った。


「……あの……もう一人同行者が増えても大丈夫ですかね?」


 その質問に、商人のおっちゃんはうなずいた。


「ああ、かまわないよ!」


「えと……もし、エクスタが望むようなら、その時は彼女を、この集落に送り返したい……とも思っているんですが……」


「その時は冒険者に頼めば良いさ。多分、うまくやれるし、依頼料も僕が立て替えてあげるよ」


 商人のおっちゃんが、にっこりと笑った。


 長老のスキルが解けたあと、もしエクスタに『集落に帰りたい』と言われても、問題なく帰せるようだ。

 居場所が伝わってしまう可能性を低くするなら、ここに置いていったほうがいいのかもしれない。頭の悪い行動なのかもしれないが……


「よかった……。ありがとうございます」


「本当に、ありがとうだよう!」


 わっはっはー、と笑いながら、ノエルが商人のおっちゃんの頭をピシピシ叩いていた。

 小さい手で叩いているのに、すごく大きい音がしている。


 あとで謝らなくては……


 ノエルの行動が自由すぎる……


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