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03. 失意の時

 見張りも戻っておらず、俺は例のオスフェアリーの住処を誰に見咎(みとが)められることもなくあとにした。

 暗い穴の中を出れば、時刻は夕方。森の中も暗くなりかけだ。


 どうするか……

 集落から逃げたほうがいい気がするが……


 俺は自由が好きだ。

 あのオスフェアリーのように監禁、拘束され、媚薬を使われ意識をおかしくされるような生活はごめんだった。


 自分の家に向かって飛びながら、家出に必要となる物資について考える。

 金と飯、野宿をしたり身を守るのに必要な道具類……そういったものがいるだろう。


 うまく逃げおおせたとしても、金を稼ぐ手段が必要になるわけだが……

 せめて職業(ジョブ)が魔法使いだったら……


 ……いや、同じか。

 一緒に成人の儀式をした『戦魔使い』のノエルも、まだ魔法は使えるようになっていない。


 魔力自体の強化はされているはずだが、魔法を使えるようになるのは、儀式から半年から一年。

 そのぐらいの期間が必要だった。


 なので、仮に俺の職業が魔法使いだったとしても、今の状況とあまり違いはなかったはずだ。


 俺は暗い気持ちのままフェアリー達の家々がある森の区画へ。


 このフェアリーの集落は、日中は、本当に綺麗なんだよな……

 光が地面まで届く、明るい森の中。そこにハチのエサとなる花々が咲き乱れる。


 今は日がほとんど落ちているせいで、その姿を確認することはできない。


 声をかけてくる他のフェアリーに適当に言葉を返しながら、ハタハタと自分の家へ飛ぶ。


 木の枝の上に作られた、たくさんのフェアリーサイズの小屋。

 大体は部屋も一つで、寝る場所と、ものを食べるための椅子や机が置いてあるだけの家だ。


 使い勝手は、ワンルームのマンションをさらに不便にしたみたいな感じか。


 フェアリーにとっては『家』というより『部屋』という感覚らしい。

 俺の住処も、オスフェアリーに一人部屋をプレゼントした、みたいな感じで与えられたのだと思う。


 自由気ままに過ごせるし、これからする集落から逃げる準備を見咎められなくていいのだが……

 近くの家を通り過ぎるときに聞こえた談笑の声が、少しうらやましく感じる。


 俺は自分の家へたどり着いた。

 中に入り、手探りでランプを見つける。魔力を通すと明かりがともる一品だ。


 魔法の明かりに照らされ、机の上に『蜜玉』が三つ乗っているのが見えた。

 黄色いもの、透明なもの、少し黒いもの。


 『ハチ使い』に使役されたミツバチは、特殊な能力に目覚める。

 主人とテレパシーのようなものでやり取りができるようになったり、ちょっと変わったハチミツを作れるようになったり……


 それらのハチミツを玉状にした『蜜玉』。それがフェアリーの主食だった。

 味がないクリーミーなだけのハチミツをもとにした透明なものや、甘くないしょっぱいハチミツをもとにした黒いもの。


 味にもバラエティーがある。


 近くのフェアリーのお姉さんが用意してくれたのだろう三つのそれを、もそもそ食べ始めた。

 ゼリーとお餅を足して二で割ったら、ちょうどこんな歯ごたえや喉ごしになるだろう。


 もにゅもにゅと口を動かしながら、そういえばフェアリーの集落を出ると、この『蜜玉』も食えなくなるなーと思い至る。

 エクスタが、人間の町には売ってなかったって言ってたから。


 集落の誰かに頼めば、パンとか二十粒ぐらいの白米、俺の身体の半分ぐらいの大きさがあるソーセージやチーズ(食いきれない)なんかも持ってきてくれる。『蜜玉』も実は味にバラエティーがあって好きだったんだけど。


 しかし(しょく)のためにここに残って、変な薬を飲まされるハメになるのはバカみたいだ。


 長老が敵に回っているのはまずかった。

 彼()は『フェアリーの()』という特殊なスキルを持っているのだ。


 それを使い、この集落のフェアリー達を支配している。

 あのスキルを使っても『絶対の支配者になれる』というわけではないはずなのだが、説得がうまいのか、彼女が決めたことは、ほぼ遵守されると聞いていた。


 逃げなくては……

 まあ、他の安全そうなフェアリーの集落に亡命するという手もあるのだが。


 そんなことを考えていたら、食事が終わる。

 次にすることは、明日の準備だ。


 魔法のランプに照らされた薄暗い部屋の中をあっちに行ったりこっちに行ったり。

 一週間ほど野宿できそうなアイテムを集め、持ち運び用の袋にギュウギュウと詰め込んだ。


 これで良いか……


 明日のことが気になって、今日は安眠できそうにないぜ……


 そう思いながら横になった俺は、三秒ぐらいで眠りについた。

 一瞬で睡眠に落ち、めっちゃ熟睡できたよ!


 俺は深く思い悩むような性格ではないらしい。


   ◇


「ファーちゃん! ファーちゃん!」


 体をゆさぶられ、目が覚める。


「ノエルか……。おはよう」


「聞いて、聞いて! 今日はファーちゃんにプレゼントを持ってきたんだよー!」


 朝からテンションが高い……


「ジャーン!」


 そんな効果音とともに何かを俺に押し付けてくる。

 これは……


「剣と……ダガー?」


 人間であれば人形に持たせるような、とても小さな二本の武器ということになるだろうか。

 フェアリーの戦士にはピッタリのサイズだ。


 鞘やベルトもあって……。これは、どこにつけるのかな?

 剣は腰の横にぶら下げる感じか? ダガーは服の下に隠せるのか! 格好良いな!


 鞘から抜いてみたり、ベルトを身体にくくりつけたりと武器をいじくり倒す。

 そんな風に、もらったおもちゃ(金属の実用剣だけど)に夢中になり、昨日用意していた家出用グッズの存在をすっかり忘れていた。


「ファーちゃん、ファーちゃん! この荷物ってなーに?」


 昨日、がんばって家出用グッズをギュウギュウに詰めた袋。

 ノエルは、それを見つけてしまったようだ。


 袋を手にとっていじくり回し、さらには「んしょ!」とか「よいしょ!」という掛け声とともに、中から物を引き抜いている。

 つめなおすのが大変なので、やめて欲しいんですが……


 しかし質問にはなんて答えよう。


 昨日覗き見したやり取りでは、ノエルは俺に薬を飲ますのに反対な様子だった。

 もしかしたら正直に話しても大丈夫かもしれないが……


 「うりゃー!」とか叫び、袋をさかさまにして、荷物を床にぶちまけるノエル。


 ……これに協力を求めて、大丈夫なんだろうか?


 好奇心が旺盛だったり、考えなしな行動をとったり……

 フェアリーというのはトラブルメーカーの気質があり、それはノエルも同じだった。


 ……まあ、でも、彼女は数少ない味方だ。


「実は、この集落から旅に出ようと思ってな。用意をしていたんだ」


 ドキドキしながら言ってみる。


 ノエルがびっくりした顔になり……

 ついで、何かを納得した顔になった後、へにゃっとした表情になった。


「あう……職業(ジョブ)の力が目覚めきっていない今は、止めたほうがいいのかもしれないけど、賛成するよう。ファーちゃんは知らないだろうけれど、実はファーちゃんは今ピンチの状態だからね……」


 うん……知ってる。


「でも、この集落から出て行くのは難しいかもしれないよう……」


 ん? 何でだ?


「私も、昨日初めてお友達に聞いたんだけど……。なんか『ハチ使い』のフェアリー数人が、集落の周囲の森をいつも見回っているみたいで……。魔物がいるところまで行こうとすると、職業の力が目覚めきっていない子は、必ず捕まって集落に戻されるって言ってたの。成人してる子も、そうなんだって」


「……前は、そんなことなかったんだが」


 魔物が出現するようになる場所は、集落からけっこう離れた地点だ。

 離れさえすれば、どこでも見つかる。


 俺はそこまで行って、ウサギの形をした魔物相手に石を投げていた。


「うん。……ほら、前にファーちゃんが集落から離れたところまで遊びに行っちゃって、『飛びウサギ』の群れに追いかけ回され、命からがら集落まで逃げてきた事件があったじゃない。あれ以降、()()()なフェアリーを森に配置して、見張らせているらしいの」


 ……見張りが配置されたのは、俺のせいだったか。


 数少ないマジメなフェアリーなんだから、もっと別のことに使えばいいのに。

 これじゃ集落から逃げられない。


「そのせいで、人間の町に一週間かけて、こっそり遊びに行ったりするのもできなくなっちゃったって言ってたよ」


 すまんかった……名も知らぬフェアリーさん。


 しかし、集落の近くの森は大丈夫。

 集落から離れた森まで行くと捕まる……という状態か。


 どうするかなー、と困っているとノエルからの提案がくる。


「私、思うんだけど! ファーちゃんと仲が良い商人さんに、連れ出してもらえば良いんじゃないかな! なんかファーちゃんと旅したがっていたし! あの人はファーちゃんにほれてるから、ファーちゃんが上目遣いで頼めばいちころだよ!」


 待て……商人のおっちゃんと仲は良いが、ほれられた覚えはないぞ。


「あの商人さんは頭良いから頼りになるし、ファーちゃんは商人さんから貞操を守るために私を頼ることになる。みんなが幸せになる、完璧な策だと思うよう!」


 どこがどういう感じで完璧なのかはわからなかったが、俺は、まあいいやって思った。

 なんか良さそうな案に思えたし、発言を聞く限り、ノエルも俺の旅についてきてくれるみたいだしな!


「よし! まだ集落にいるかわからないけど、会いに行ってみるか!」


「うん!」


「……その前に、ノエルが散らばした荷物は、ちゃんと元に戻してくれよな……」


 昨日、がんばって詰めた家出グッズ……ノエルが床にぶちまけた袋の中身を指差し、俺は頼んだ。


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