02. すにーきんぐみっしょん
うーん、やっぱり面白いものではなかったな……
フェアリーの集落近くで開かれた若いフェアリー達への性教育の場。
木々に囲まれた小さな広場で、エクスタやノエルも授業を受けている。
それを俺は、茂みに隠れてこっそり覗いていた。
女の子同士による実技などを期待したのだが、そういうものも無かった。
長老を先生に、幻影魔法を補助にした、言葉による説明が主だったな。
フェアリーが卵生……卵から産まれる、みたいな情報も話していたが、それも知っていた情報だし……
さっさと帰るか。
あの成人したばかりの子の集団に『盗賊』のような索敵に優れた職業を持つ女の子がいるかもしれないし、あっさりと見つかるとイヤだ。
まあフェアリーの場合、職業を成人の儀式で手に入れてから、その能力を完全に使えるようになるまで半年から一年かかる。
だから仮に『盗賊』の子がいても、まだ優秀な素人のレベルだと思うが……
そう思いながら後ろに下がろうとしたのだが、どうやら俺が逃げる前に授業が終わったようだ。
「……というふうにした結果、子供が産まれてくる。みんな、わかったかな?」
そんな長老の言葉が聞こえてきた。
……下手にゴソゴソ動くより、皆がいなくなるのを待って、それから帰ったほうが気がつかれにくいか。
俺は動きを止める。
「それでは皆、何か質問はあるか?」
長老の質問に、一体のフェアリーが手を挙げる。
「はい、はい! 長老様! オスの人体、幻影魔法ではよくわかりませんでした! ここは実際の殿方のものを見せたほうがよろしいのでは! 裸にして!」
積極的な子だな……
長老は絵心が無いせいで幻影魔法が下手だから、実物を見たいという気持ちは分かるが。
「うむ、そうだな。……ファーラインを剥いても良いのだが良い機会だ。我が集落もう一人のオスフェアリーのものを見せるか」
長老が聞き捨てならない言葉を吐いた。
俺を剥く云々のほうではなく、もう一人のオスフェアリーを見せるというほうだ。
この集落に他のオスがいることは知っていた。
彼はエクスタやノエル、他のメス達の父だ。
俺の父ではない。――俺は卵の状態のときに、他の集落からつれてこられたそうだから。
このオスは、フェアリーにしては珍しい引きこもりと聞いていたが、祭りや何かの儀式のときに二度ほど見たことがある。
ベールで顔を隠し、人形のようにボーっとしていた。
めったに姿を見れないフェアリーだ。
森の中に住処を持っているようだが、場所も知らない。
その彼を見る……そんなお祭りっぽいイベントを俺抜きで済ませようとは。許しがたし!
隠れながらついてって、みんなと一緒にオスフェアリーを見てやるぜ!
「本来は、もう少しあとの教育でやるつもりだったが……問題ないだろう。ついて来い!」
長老の号令で、移動を始めた集団。その後を、こっそりついていく。
わいわいがやがやと話す声や、「キャー! 楽しみー!」なんていう黄色い悲鳴が、良い感じに俺の気配を消してくれたようだ。
バレずに、オスフェアリーがすむ場所までたどり着いた。
「ここだ」
森の中。長老が指す場所は、地面にあいた穴だった。直径は四十センチぐらいかな。
狸とか狐の巣が、こんな感じだったか。
「えー、ここー?」「家に見えない!」
集団から驚きの声があがった。
俺達は、木の上にフェアリーサイズの小屋を作って、そこに住んでいる。
この穴とはずいぶん違う形の『家』だから、そんな感想が生まれるのも納得だ。
長老が穴の中に呼びかける。
「おい!」
「はーい……って、あれ? 長老、今日はどうしたんですか?」
しばらくし、短杖を持つ一体のフェアリーが出てきた。メスだ。
「見学だ」
長老が、自分の後ろにいる成人したばかりのフェアリーの集団を示す。
「それと、あと一体の見張り役はどうした? 奥か?」
穴の中をのぞく、長老。
「あー……実は、ちょっと家に忘れ物を取りに行く、と言って外に出たまま戻ってこなくて」
「なるほど……サボりか」
長老の顔は見えないが、額に青筋ぐらいは立ててそうだ。
「長老がしばらくここにいてくださるなら、その間に相棒を探しに行きたいんですが」
「かまわないぞ!」
「ありがとうございます!」
即断即決。長老の許可を得た見張りフェアリーが、パタパタとどこかに飛んでいった。
「よし、では見学だ。皆、ついて来い!」
「「「はーい!」」」
杖に明かりの魔法を灯した長老。彼女を先頭に皆が穴に入った。少し時間を置き、俺も。
長老の明かりを目印に集団を追う。
暗い穴の中。意外に広く、通路もけっこう分岐がある。
「ここだ!」
長老の声。俺は見つかる危険を冒しながら、さらに集団へ近づく。
「わー」「きゃっ!」
フェアリーの少女達の声。
視線の先には、裸のオスフェアリーが……
でも、なんで牢獄みたいな場所に入れられてるんだ?
時代劇に出てきそうな木の格子から『土牢』という単語を思い出す。
長老に気がついたオスフェアリー。彼が格子の隙間から手を伸ばした。
「うー、あうー」
「よしよし、イイコにしてたかー?」
長老が彼の手をさする。にへらーっと笑う彼の口元から、だらしなくよだれがたれた。
「素敵……」
一体のフェアリーのうっとりとした声。
どこが素敵なんだと、後頭部をハリセンではたきに行きたい。
俺をおびき寄せるための罠だろうか?
長老が集団のほうを向く。
「一部のものは知っていると思うが『彼』には脱走癖があってな……。自由を拘束し、またフェアリーのオスは性欲が少ないからな。身体に問題が出ない程度に媚薬を飲んでもらっている」
そんなことになってたのか……
長老が言った、性欲が少ないという話だが、これも知らなかった。
俺の性欲は大体前世と同じぐらいだ。フェアリーとしては絶倫なのかもしれない。
これはビッグマグナムに火を噴かせるときが楽しみだな!
ビッグっつっても身体全体が縮んでるから、三センチぐらいの長さなわけだが。
バカなことを考えていると少女達の声が聞こえてくる。
「……脱走癖……だって」
「ファーライン君みたいな感じなのかな……?」
……俺にそんなクセは無い。
せいぜいが森の遠くに魔物見物に出かけるぐらいだ。冒険者になる勉強のためにやっていた。
そんなことを思っていたのだが……
「そうだ。ファーラインみたいな感じだな」
あれ……?
長老が、うなずいてしまっている。
「あ……あの……じゃあ、ファーライン君も、そのうち『彼』みたいに拘束されて媚薬とか飲まされてしまうんでしょうかッ!」
手を、ズビシっと突き上げて、女の子が聞いている。
それは無いよ……。俺は愛されキャラだもん。恨みも買ってない。
長老も含め、そんなひどいことをしようなんてフェアリーは、この集落にいないはず。
この子の間違いを正してあげて、長老!
俺の心の声に応えるように、長老が口を開いた。
「そうだ。ファーラインも、こんな感じに拘束される」
……。
「まあ、このクスリは精神を壊しやすいのでな……、お前達の一部に反対している者はいるようだが、ファーラインの職業が『戦士』とわかった時点で、集落の大人達からの賛同は得た。脱走グセを抑えるための薬でもある。――問題はない」
問題大ありの発言をする長老。
「……母様が生きていたら、拘束するのも薬を飲ませるのも反対するように思います」
ノエルが俺の味方をした。
一部に「そうね」などと同意する声が上がるものの……
「だが、お前の母は行方不明だ」
長老の言葉で、勢いは立ち消える。
も、もう反対してくれる子はいないの……?
やり取りを見ながら、ちょっとした絶望の気分になる。
……ていうか、もしかして、俺が今こっそり覗き見してるってバレたらまずいんじゃなかろうか……?
「ああ、それと皆。ここらへんの情報は、もちろんファーラインには知られないようにな」
長老が、俺の考えが正解であることを教えてくれた。
ありがとう。でも、罵倒の言葉を送りたいよ。
見張りも戻ってくるし、逃げなきゃ……!
「まあ、そこらへんはあとでお前達の親とも一緒に話すとして、性教育の続きを始めようか。私が実例を見せるから、お前達はそこで見ているが良い!」
長老の言葉を聞きながら、俺は、その場をあとにした。