27. 光の柱
集落にほど近い(らしい)森の中。
ミュッカさんの帰巣本能に頼りながら、フェアリーの集落へと移動していたときだった。
「これは……」
あたりを見回すリディアーナさん。
上空を暗い雲が覆ったと思ったら、急に周囲の草木が変色ししおれ始めたのだ。
さらに、エルフの一人が何かに気がついたようだ。
「何ものだ!」
鋭い声を発する。
「あれ?」
そんな声が上から聞こえてきた。
空から落ちるように目の前にやってきた一つの影。フェアリーの女性だな。汗だくだが、急いでいたのか?
彼女の姿には見覚えがあった。二度ほど会ったことがある。
俺たちの集落で生まれ育ったフェアリーで……、たしか、職業が盗賊のフェアリーだった。
「ファーラインくんがいる!」
変装もしていないんで当たり前だが、あっさりと俺に気がついた。
その俺達の間に、さっとエクスタが入ってきた。
「この黒く変色した木々は何ですか? あなたと何か関係が?」
うん……何かおかしなことが起こって、そこにフェアリーがいれば、大体そいつのせいだからね!
エクスタは周囲を指差して聞くが……
「あれ! なんでエクスタちゃんが! それにノエルちゃんやミュッカもいる!」
質問を聞いていない盗賊の彼女。
「あ、あれ? じゃ、じゃあ……長老が助けようとしていたのは……何?」
「……お婆様が、どうしたのですか?」
状況は把握できていないのだろうが、エクスタが『長老』という言葉に反応した。
「い、いや、あっちで長老がエクスタちゃんを返すよう交渉していて……、戦闘? になったんだけど負けちゃったみたいで……」
その言葉にエクスタが驚く。
「お婆様が負けたんですか?」
コクコクとうなずく、盗賊のフェアリー。
一方、ミュッカさんとリディアーナさんの精霊使いコンビは、盗賊フェアリーの指差した方向を見て、納得したような表情だ。
「やっぱりあっちかー」
「違う原因かもしれないが、この精霊の動揺のしかた……。それに、この草木が黒くしおれる現象も、邪神が復活したときに起こったとされるものと同じだ……」
リディアーナさんが、俺を見る。
「……半信半疑ではあるが、もしこれが邪神関連の何かなのなら、あの神は精霊の敵だ。少し様子を見に行きたい……。ついてきてくれないか?」
たしか俺の衝撃波を飛ばす技……『一閃』と言ったかな? あれは邪神を撃退した伝説がある技なのだとか。そいつが欲しいんだろう。
俺はうなずく。
「いいぜ」
「すまない。それと……念のため、『邪神の使い』には気をつけてくれ。――邪神から強い力を授かると、頭髪が、金属を思わせる白銀色になる。さらに白目を含む眼球全体も、赤くなるそうだ。そういうのを見つけたら、躊躇せず攻撃してくれよ」
リディアーナさんが真剣な様子。
そういや、アリスと同じ白髪赤眼は、人間達に『邪神の巫女』や『邪神の使い』などと呼ばれ恐れられているとか。
多分、この話がもとになっているんだろう。
「あと……悪いがアリスにも来てもらって良いか? いざというときは、精霊樹のポーションの強化をお願いしたい。……他の二人のエルフに必ず守らせるから」
精霊樹のポーションは、俺の『一閃』という技を強化してくれる。
そのポーションの、さらなる強化……薬師の彼女には、それが可能なのだ。
アリスの父はしぶい顔だが、彼らもまたうなずいた。
「なに、なに? よくわかんないけど、エルフさんが、長老を助けてくれんの?」
盗賊フェアリーが、リディアーナさんの顔の前に飛んでいく。
「どうなるかはわからないが……、そうなるかもしれないな」
歯切れの悪い回答だったが、盗賊フェアリーにはじゅうぶんだったよう。
「じゃあ、私が案内するよ! 集落にはハチが知らせに行っているから問題ないし……」
そう言った彼女が、さっき自分が指差した方向へと飛んでいく。
「ついてきて!」
躊躇することなく、彼女を追い始めたエルフ達。
それに釣られるように、全員がついて行く。
けっこう全速力だ……
アリスは大丈夫かな、と思って見てみれば涼しい顔をして走る姿が。
魔物狩りのせいか、ずいぶんと身体能力が上がっている様子。
十分ぐらいは経っただろうか。
「もうちょっとだよ!」
案内をする盗賊の彼女の言葉に、俺は戦闘の用意をする。
しかし、目的地につくよりも前に異変が起こったようだ……
俺達が向かう方角。
そこに、天から降りる、赤い光の柱のようなものが現れ、数秒で消えた。
「……あれは邪神が行う攻撃の一つに似ているな。罪人が、あの光の柱に当たると塩になると聞く……」
「えっ、怖い」
「フェアリー泣かせの攻撃だねー」
リディアーナさんの情報に、ミュッカさんやノエルが恐れおののいた。
フェアリーは、産まれついてのトリックスターだから……。無駄に罪を負ってそうである。
「誰かが邪神の怒りを買ったのか?」
そんなリディアーナさんの考察の後に、俺達の周囲がピカリと光った。
「「ギャーッ!」」
ミュッカさんと盗賊フェアリーの悲鳴。
「熱かった! 今のピカッとしたの熱かった!」
「みんな、なんで何でもないの! 嘘でしょ?」
俺ですら、何も感じなかったんだが……
彼女達は、一体どんな罪を犯しているんだろうか。
「多分、あれが罪人を塩に変える光だ! 敵は無差別に周囲の生物を攻撃しているのかもしれない。気をつけろ!」
「「ヒーッ!」」
ミュッカさんと盗賊フェアリーが塩になることを恐れている。
そんな時、前方に魔力を感じ――
「オラァッ!」
俺は木々を縫って飛んできた、黒くてでっかい球状の何かに衝撃波を放つ。
人の体ほどの大きさの黒い球は、衝撃波に当たり爆発した。
攻撃的な魔力だったので迎撃してみたが……当たりだったな。
ファイアーボールが黒くなったような魔法だ。
続けて数発の黒い球が――
「いっけーッ!!」
同じように迎撃。全部を爆散させた。
そして、向かう先に、魔法を撃った者の影が見えてきた。
「邪神にしては攻撃が小規模だと思ったが……」
リディアーナさんのうなる声。
「お婆さま!?」
エクスタの言うとおり、そこには長老がいた。




