21. エルフの子
揚げパンを食べるノエルの母、ミュッカさん。
「いやー、落ちてる揚げパンには劣るけど、パン屋で買う揚げパンもおいしいねー」
わけがわからない発言。
「拾い食いして、おなか壊したばかりじゃん! もうちょっと反省してよ!」
娘のノエルも怒った。
俺達は、食中毒から復活したミュッカさんとともに、適当に食料を仕入れ、例のボロ切れをまとった子供達が暮らす建物にやってきていた。
もとは孤児院だった建物だが、運営をしていた老夫婦が死んでしまい、そのまま孤児達の住み処となっているそうだ。
全部で五人のその孤児達が、俺達の前で、配られた食べ物に群がっている。
「……それで、ミュッカ様は、どういう経緯でこちらに?」
「そうだよう! 魔物と飛んでいっちゃった後、どうしてたんだよう!」
エクスタとノエルが問いかける。
ミュッカさんは、集落の近くに来た魔物の迎撃に出陣し、そのまま行方不明になっていた。
魔物は、ロック鳥というドラゴンほどの大きさがある空の魔物で……
逃げるロック鳥にへばりつき、攻撃魔法を連発するミュッカさんの姿が、最後に目撃されていた。
「じつはねー、ロック鳥に数日間しがみついて、それを殺したのは良かったんだけどねー。なんか気がついたら、よくわからない森の中にいて……。どうせなら、あちこちのおいしいものを食べながら帰ろうとウロウロしていたら、いつの間にか時間が経ってたのよ!」
ミュッカさんが、ノエルを見る。
「娘の成人の儀式の日までには帰る予定だったんだけど、すっかり忘れてたわ! ごめんね!」
かるーく謝る彼女に、ノエルも呆れ顔だ。
「……それじゃあ、ミュッカ様は、この町には長いこといるんですか?」
エクスタの問いに、首を振る彼女。
「最近、来たばかりだよー。精霊からイメージを渡されてねー。ファー君やノエルが人間に捕まったみたいだから……、それを助けようと、精霊の導きに従って、あちこちでけんかを売ったりしてたんだよ!」
胸を張る彼女。
「……でも、まあ、君達は自力で逃げ出していたみたいだけれど」
胸を張った彼女が、そのままの姿で、ちょっと落ち込んでいた。
「ファー君達は、この町で捕まっていたんだよね? ここに来たときに、『捕らわれの小さな生き物が、入っちゃいけない場所にいる』みたいなイメージを精霊からもらって、私は、その生き物を助けようとしていたんだけれど」
聞かれたので首を振る俺達。
「捕まったけど、私達はすぐに逃げ出したよー。逃げたのも、この町じゃないから、その『小さな生き物』は私達じゃないねー」
「近くのエルフの子供が数人さらわれたそうですから……その子達じゃないですか? ……ただ、エルフ達なら、この町に子供が隠されていないかぐらい、もう調べてそうな気はしますが」
幼なじみ達が、詳しい説明をしていた。
「……とりあえず、その集落のエルフが、今この町に来ていますから……知らせますか?」
エクスタの問いかけに、考え込むミュッカさん。
答えを出したのか、首を振る。
「知らせなくていいよー。そのエルフの子供は私が助けるからー」
「……ミュッカ様が……ですか?」
エクスタに、うなずく彼女。
「うん。多分、私と親しい精霊が、子供を助けたがっていたから……。将来、精霊の友達になれそうな子がいたりするんだろうね。だから、私が助けるよ」
そして彼女は告げる。
「エルフ達はマジメで、私と相性悪いから、知らせないでね。手出しされると邪魔だから」
……それは良いのか?
「よくわかんないけど、私もお母さんを手伝うよう!」
「……では、わたくしも」
幼なじみ達の言葉。
「ありがとう! 魔力足りなくなったら、貸してちょうだいね!」
……彼女達だけだと心配だ。
「俺も手伝うけどさ……。その前に、アリスを安全そうな……リディアーナさんのところに送りたいな」
俺達の話を静かに聞いているアリスを指す。
こうすれば、アリスからリディアーナさんに、エルフの子供についての情報が伝わるはずだ。
ミュッカさんは『知らせるな』と言っていたが、この情報は、伝わったほうが良いと感じた。
なんといっても、これは彼女達エルフの問題なのだから。
俺の言葉にしばらく考え込んでいた様子のミュッカさん。
「……そういえば、孤児院の子達も変な連中に狙われていたわね。一緒に、一日か二日、保護してもらえるかしら?」
「うん! 大丈夫だよう! リディアーナさんは、押し付けてしまえば断れないタイプだから問題ないよう!」
そう言ったノエルは、悪い顔をしていた。
「……この子供達を狙う『変な連中』というのは、ファー様が吹き飛ばしていた犯罪者の刺青がある男達のことですよね? あの人たちって、結局なんだったんでしょう……?」
「んー? あれは、このあたりを根城にするチンピラどもだよー」
エクスタの質問に答えるミュッカさん。
「孤児院の子と一緒に、ちょっと商売をしてたんだど、ショバ代を請求されてね。それを払わなかったらトラブルになったんだ」
へー。
「ちなみに売っていたのは、この精霊のお守りね! 私の精霊が好き勝手に効果をつけていたから、どんな効果があるのか知らないけど! いる?」
ミュッカさんが、部屋のすみに置いてある箱から、卓球玉ぐらいの大きさの石を抱えて持ってくる。
フェアリーの小ささだと、両手で持ち運ばないといけない。これは、いらんな……
「……ねーねー、お母さん。この『お守り』、いやな気配するものもあるんだけど……」
「うん! 私の精霊が、勝手に効果をつけたからね! 『女難に遭えるお守り』とか『生きるか死ぬかの大冒険に出くわせるお守り』とか面白いのがあるはずだよ!」
……買ってしまった人は、ご愁傷様だな。
そんな感じで雑談や外に出る用意をしながら、俺達は孤児達が食事を食べ終わるのを待った。
「それじゃ、みんな食べ終わったみたいだから、そのリディアーナさんとやらのところに向かおうじゃない!」
ミュッカさんが言い、俺達は、孤児たちと一緒に外に出たのだ。
「あっ、お母さん。あのエルフが、リディアーナさんだよう!」
みんなでガヤガヤと冒険者ギルドの近くにまでやってきた。
リディアーナさんは、扉の外で俺達を待っていたみたいだな。彼女がこちらに手を振る。
エルフの子供達の情報について、『エルフ達には知らせないで』などと言っていたミュッカさん。
エルフの彼女を見て、どう反応するかとドキドキだったが――
「たわわな胸だねー!」
どうやら、あまり気にしていない様子。
もしかしたら俺の意図に気がついていたかもしれないが、少なくとも何も言われなかった。
「じゃあ、みんなー! 今日一日だけだけど、あの人にお世話してもらおうね!」
ミュッカさんが孤児達に伝え、そのまま彼らを連れて行く。
子供達に気がつき、いぶかしげに俺達を見るリディアーナさん。
近くに行った一番小さな子数人が、キュッとリディアーナさんの服をつかみ、上目使いに彼女を見た。
「この子達は……?」
戸惑った様子の彼女。
「じゃあ、その子達のお守り頼んだよう!」
「私達は、ちょっと用事がありますので!」
「頼んだよー!」
リディアーナさんに伝えると、幼なじみたちとミュッカさんは、その場を離れた。
俺は、アリスの近くに行き、彼女に耳打ちする。
「すまないけど、リディアーナさんに詳しいことを伝えておいてくれないか? 全部終わったら、また冒険者ギルドに行くから、そこで待っててくれよ」
そして、急いでフェアリー達の後を追ったんだ。




