18. エルフの訪問
「そういえば、アリスちゃんのお父さんは、まだ仕事が終わらないのー?」
夕方、いつもの魔物狩りからの帰り道。
幼なじみのフェアリー、ノエルが、アリスにそんなことを訊ねていた。
「うん。なんか新しい鍛冶の依頼がきたって言ってたから……町に行くのは、当分先かなー」
ちょっと、しょんぼりとしている。
アリスは町で新しい毛染め薬の原材料を買いたいと言っていたから、町に行けないのが残念なのだろう。
俺も毛皮なんかの、魔物のドロップアイテムを、町で換金したいと思っていたから……町に行けないのは残念である。
「あれ? ファー様ー。何かアリスちゃんのおうちの外に、エルフさんがいますわよー」
エクスタの言葉にそちらを見る。
あれは……リディアーナさんか。
エルフにしては珍しい、胸の大きな女性だ。
彼女の住む集落のエルフは、謎の人間の集団に、子供達をさらわれてしまったとか。
アリスの父と一緒に、扉のところで何か話をしているようだ。
観察していると、アリスの父のほうが、俺達に気がついた。
「おっ、帰ってきたぞ! おーい!」
遠くから、彼の怒鳴る声が聞こえた。
トタトターっと彼らの元に駆け寄るアリスの後ろに、俺達もついて行った。
リディアーナさんが手を挙げる。
「ひさしぶりだな!」
「ひさしぶりだよう!」
ノエルが、リディアーナさんの右の乳にタッチしながら、挨拶を返す。
「おひさしぶりですわー」
エクスタは左の乳にタッチして挨拶をした。
……なんか乳タッチをした彼女達が、めっちゃ期待している目で俺を見ているんだが。
そしてリディアーナさんの警戒する目……
いくら俺でも、再会早々、乳を揉みに行ったりはしないからな……
「おひさしぶりです」
普通の挨拶に、幼なじみ達が残念そうな顔をし、リディアーナさんがホッとした顔をした。
「おう、ファーライン! なんかリディアーナのヤツが、お前たちに用事があるんだと。ちょっくら話を聞いてやってくれよ! ……まー、といっても、外じゃなんだからな。とりあえず、みんな中に入ってくれ! 食いもんなんかも出すからな!」
アリス父の手招きに応じ、全員でワラワラと家の中に入っていく。
アリスの母、リーナさんが食べるものを用意し、皆がテーブルに着いた。
まあ、俺達フェアリーは、テーブルの上に立ったり座ったりして食事をいただくわけだが……
「それで、どんな用件があって、ここまで来たんだよう!」
「ファー様はあげませんわよ?」
テーブルの上に立った幼なじみ達が、リディアーナさんの胸を下からプニプニと押しながら問いかけている。
上下に揺れる乳に意識が吸い寄せられるが、リディアーナさんは、そんな状況にも動揺しない。
「うん……実は、さらわれたエルフの子供達を探す途中で、精霊からイメージを渡されてな。それが、『空を飛ぶ小さな生き物が、町でエルフの子供を助けようとしている』というイメージだったんだ」
彼女は俺達を見て問いかける。
「どうも、この『小さな生き物』は、精霊と『親しい』存在らしいのだが……。ファーライン君が、精霊にずいぶんと感謝されていることを思い出してな。何か関係あるかもと思い、ここに来たのさ」
その説明に首をかしげたのは、ノエルだった。
「……『精霊と親しい存在』って、優秀な……『精霊の言葉を理解するのがうまい精霊使い』の可能性もあるんじゃないのー?」
「……うん、『精霊と親しい存在』というイメージは『優秀な精霊使い』を指す場合が多いな。だから『優秀なフェアリーなどの精霊使いが、町でエルフの子供を助けようとしている』という解釈も考えていたが……よく、わかったな?」
リディアーナさんが、不思議そうにノエルを見る。
「お母さんが、優秀な精霊使いだったから、なんとなくわかるよう!」
「ほう……フェアリーの精霊使いは、精霊から渡されたイメージを解釈するのが下手なんだがな……、もしかしたら、この『精霊と親しい、小さな生き物』は、君の母親の事か?」
リディアーナさんが目を輝かせるが、ノエルは首を振る。
「ううん……お母さんは、もう死んでしまったから…‥」
「そ、そうか……。それは嫌なことを思い出させてしまった」
沈痛な面持ちのリディアーナさん。
ノエルの母親は、集落の近くに来たロック鳥――ドラゴンぐらいの大きさがある、でっかい鳥の魔物だ――を追い払うために出撃し、そのまま行方不明になっていた。
逃げようとする鳥にしがみつきながら精霊魔法を連発し、どっか遠くに飛んでいってしまったとか。
しんみりとしている二人に割って入ったのはエクスタだ。
「それで……リディアーナさんは、ファー様を町に連れて行けば、そのエルフの子供を助けてくれるかも……とでも考えているんでしょうか?」
「ああ、そうだ。精霊達は未来予想はあまり得意ではないんだが、少しでも可能性があるなら試してみたいと思っている!」
彼女は俺達フェアリーを見て尋ねる。
「……君たちは、近々、町に行く予定はないのか?」
予定なら、あるな。
「買い物や、魔石なんかの換金に行くつもりだったぞ! 案内人やアリスの保護者がほしかったんで、アリスの父親の仕事が終わるのを待っていたんだが……。リディアーナさんが代わりについてきてくれるのなら、明日にでも町へと出発できるぜ!」
「おお……そうか。――ならば、私が人間の町を案内しよう!」
よっしゃ。
「アリスも来るだろ?」
ついでに彼女も誘ってみる。
自分の父親を、不安そうな顔で見る、アリス。
「いっても、いい?」
それに「うーん」と考え込んでしまった彼。リディアーナさんに聞く。
「……トラブルに巻き込まれるかもしれないんだろ?」
「そうだな……。他の町に、『優秀なフェアリーの精霊使い』を探しに行ったエルフ達が、あたりを引いている可能性もかなり高いのだが」
彼を気遣うように、リディアーナさんが声をかける。
「危険があるかもしれないからな。……大事な一人娘なら、家に置いておくべきだろう」
その言葉に、うなずいたアリスの父。
「たしかにな……。……だが、こいつはうちが代々親しくしていた、エルフの集落の一大事でもある。戦闘用のアイテムを使えば、アリスは俺より強いかもしれないし……、町のことも、多分、リディアーナより知っているから役に立つだろう」
彼はアリスを見る。
「行ってもかまわんぞ。仕事でいけない俺の代わりに、エルフ達の力になってやれ」
父親の言葉に、アリスが「わあ」と歓声を上げたのだった。
そして翌日――
「よいしょっと……」
家の中、大きなリュックを担ぐリディアーナさん。
「けっこう重いな……」
リュックには、俺達が集めたドロップアイテムなんかが、ギッシリと入っているからね!
「じゃあ、リディアーナ……それにファーライン達も。……アリスのことをよろしく頼むぜ」
あらたまった様子のアリスの父。彼が、自分の妻、リーナさんに寄りそわれながら俺達に声をかけた。
「うん、任せてくれ!」
「任せろ!」
リディアーナさんと一緒に、俺もうなずく。
「それじゃあ、お父さん、お母さん、いってきます!」
「行ってくるよう!」
「何か、お土産を買ってきますわー」
アリスや幼なじみ達が出発の挨拶をし、俺達は家をあとにしたのだ。
◇
「人間の町かー。久しぶりだなー」
道中、そんなリディアーナさんのつぶやきが聞こえてきて、俺は、うん? と首をひねった。
「……あんまり、人間の町にはいかないのか?」
町を案内してくれるって話だったけど。
「ん? 集落のエルフの中では、けっこう行ってるほうだぞ。目的の町にも、つい最近行ったしな。たしか、あれは……」
指を一本ずつ立てて、何か計算をしているリディアーナさん。
五本で止まったから、五週間か五ヶ月……最悪五年ぐらいだろうと思っていたら――
「五十年ぐらい前だな!」
すがすがしい顔で言われてしまった。
最悪の予想より、桁が一つ多いとか……
町を案内してくれると言っていたリディアーナさんだが、あんまり役に立たないかもしれない。
アリスがついてきてくれて、よかった……
彼女は、父親と一緒に町へ行っていたって話だから、案内人として役に立つだろう。
決断をしてくれたアリスの父には、本当に感謝だよ。




