17. 痛み玉
俺は、アリスやフェアリーの幼なじみ達と一緒に、山の中に来ていた。魔物狩りのためだ。
アリスに魔物を倒させるのが目的。
数日間は、俺が魔物を瀕死状態にし、それにアリスがとどめを刺していくような形で狩りをする。
そうすることで、ゲームでいう『経験値』みたいなものが手に入り、『レベルアップ』的なものが行われるらしい。
この世界の人は『魔物を倒せば、力や魔力が上がる』という理解みたいだが。
「魔物は、ここらへんで狩ればいいのかな?」
あたりを見回す、俺。
山の中でも、木の密度が少なく、平らな場所だ。
「うん……ここらへんが、お父さんが言っていた『おすすめ』の場所だって。あんまり『群れ』の魔物が出ないんだって言ってた」
アリスは手に持った小さな槍で、あたりをグルっと差す。
大量の魔物に襲われると、どうしても一人では相手しきれないからな……
アリスの安全を考えると、『群れ』で行動しない、『一匹』だけで行動する魔物との戦闘をメインにしたかった。
「あっ、ファー様ー、あちらから何か来ますわー」
魔物を見つけるのが、うまいエクスタ。
彼女が指さした方向にはサイの角のようなものを持つイノシシがいて――
「よし、さっそく見つけたな! 俺が動きを止めるから、アリスがとどめを刺すんだぞ!」
「うん!」
「オラァッ!」
剣から斬撃を飛ばす。
イノシシの魔物は真っ二つになる。
――死んだ魔物は、煙となり消えた!
「あ、あれ……。ねえ、ふぁーちゃん……、これだと、わたし、とどめ刺せない……」
……うん……どうやらアリスの魔物狩りの前に、俺の訓練が必要なようだ。
魔物を殺さず、瀕死にする訓練がな!
そんな風にして朝から魔物狩りを進め、もうすぐお昼というころ……
「行っけえッ!」
数発の斬撃を飛ばす。
斬撃は魔物の前足と後ろ足を斬り飛ばすと、そいつを地面に沈めた。
「おおっ、あの魔物、まだ動いているよう!」
「良い感じに瀕死状態ですわ! さすがファー様ですわー!」
ふははは、そうだろう、そうだろう! 幼なじみたちよ、もっと褒めてくれ!
「さあ、アリスよ! 気をつけて、止めを刺すのだッ!」
「うん! えいやっ!」
可愛らしい掛け声とともに突き出された槍。
串刺しにされたイノシシは死んだようで、ドロップアイテムのハムと魔石だけを残し、煙となった。
五匹目で、やっと彼女に魔物を倒させることに成功した。
魔物を瀕死状態にするつもりで殺してしまったり、逆に手加減しすぎて手負いにしたあとに逃げられたり。
意外に大変だったと、感慨に浸る俺。
その横では、アリスが手を握ったり開いたりしている。
「……うん……なんか、ちょっと強くなった気がする」
この程度の魔物を一匹倒したぐらいじゃ、あまり変わらないはず。
しかし、魔物を倒したときの『経験値』が流れ込んでくる感覚……それがわかると主張する人もいるからな。
「まー、とりあえず、その感覚が少なくなるころまで、こんな感じで魔物を狩ろうか」
俺の言葉にコクリとうなずき、彼女は、魔物のドロップアイテムや魔石を回収した。
――しばらくは、とどめを刺すことで得られる『経験値』だけで、アリスの能力は高くなっていくはず……
ある程度強くなったら、彼女も一緒に戦うようにする、もしくは彼女一人だけで魔物と戦わせる予定だ。
とどめを刺すだけでなく、ちゃんと魔物と戦わせたほうが、魔力なんかの能力も上がりやすいそうだから。
……槍で魔物を殺しているだけなのに魔力が上がるってのも、おかしな話だが。
こうして俺達は夕方まで魔物狩りを続け、また次の日も朝から魔物狩りへ。
そういった生活を、五日続けた。
◇
「えいっ!」
今日も朝から、いつもの狩場にやってきた俺達――
アリスの突き出した槍がイノシシをとらえる。
魔物は死んだようで、ドロップアイテムと魔石だけを残し、煙となる。
「アリスちゃん、強くなったねー」
「本当ですわー」
幼なじみ達が感心している。
アリスは、俺の助けなく、あのイノシシの魔物を倒していたからな……
「うん……おとうさんも、驚いていた」
元冒険者らしいアリスの父。
彼が槍の振り方なんかを指導しているんだけど、ここ五日間で、アリスの体のキレが信じられないくらいに上がっているとか。
「薬師の職業を持っていても、五日間じゃ、ふつう、こんなに強くならないって言ってたけど……これって、ふぁーちゃんの祝福の力?」
アリスに聞かれたが、俺にはわからない。
自分や仲間に効果がある、『経験値』の取得量を増やすようなチートでも持っているのかもしれないが。
アリスだけでなく、俺のほうの能力もどんどんと上がっているから、そうなのかもしれないな。
まあ、エルフの集落でもらった精霊の加護がかかっているらしい『お守り』もあるから……あっちの力の可能性もあるのかな?
精霊樹の葉っぱが入った小さな袋で……
『小さい』とはいっても、それは人間基準での話で、フェアリーには大きすぎる。
邪魔になるので、普段はアリスに持ってもらっていた。
今も、彼女の首にかかっているぞ!
そんな考察をしていたら、エクスタから言葉がかかる。
「あっ、ファー様ー、あっちから人間さんがやってきますわよー」
彼女の指す方向、けっこう遠くに、三人の少年達の姿が見えた。
あの少年達は、アリスの家に来たばかりのころ会ったことがある。
狼の魔物と戦っていた三人組だ。
アリスの悪口を言われてムッとしたので、ちょっと脅かしてやった記憶があるが……
「……こっちに気がついたとたん、回れ右して、どっか行っちゃったねー」
「挨拶もしないとは失礼ですわね!」
幼なじみたちが、ぷりぷりと怒っている。
「あっち、手ごわい『群れ』の魔物が出る方向なんだけど……、だいじょうぶかな?」
アリスだけは、そんな心配をしていた。
「あっ、ファー様ー、魔物がこっち来ますわー!」
エクスタの声に、彼女は、あわてて槍をかまえる。
こんな風にして、いつも通り、俺達はここらへんでイノシシの魔物を相手に狩りを続けた。
「あれー?」
ノエルが何かに気がついたのは、少年達を見てから、五匹目の魔物を血祭りに上げたときだった。
「ねーねー、ファーちゃーん。さっきの子達が、なんか楽しそうに走ってるよー!」
へー、何してんだろ。
ノエルが指差す方向を見たら、さっきの少年達が魔物の群れにまとわりつかれながら必死で逃げている姿が……
あんまり楽しそうではないな……
彼らを追いかけているのは、『飛びウサギ』。
うちわのような形の大きな耳を羽ばたかせ空を飛ぶ、ウサギ型の魔物だ。四十体ぐらいいる。
姿だけはかわいい魔物だから、遠目から見れば、少年達がウサギさんと戯れているようにも見えなくはない……か?
様子を観察していると、彼らが俺達に気がついたようだ。
こちらに方向転換する。
遠くから「助けてー!」という声が聞こえてきた。
「た、大変! 何とかしなきゃ! で、でも、どうしよう!」
赤いボールのようなものを持って、アリスが困っていた。
……あのボールは、魔力をこめて投げると、煙幕のようなものが出る魔法のアイテムかな。
薬師の力で作ることが出来るアイテムの一つで、青いボールは、眠りを誘発する煙幕を出す。
赤のボールが、どんな効果を持つのかは知らないが。
あのウサギの魔物の群れにボールを投げつけたいようだが、そうすると少年達も巻き込んでしまいそうで困っているというところか。
今、全ての飛びウサギが、少年達を攻撃するため、地面近くの一ヶ所にいる。
まとめて煙幕でつつめるチャンスなのだが……
「私に任せるんだよう!」
ノエルが、アリスが持つ赤いボールを奪う。
彼女は、それを上空に運び、ポーンと投げ落とした。
高所から放り投げられたボールは、見事、ウサギの群れの中にいた、剣を持つ少年にヒット!
赤い煙幕が広がり、少年達の悲鳴と、飛びウサギの悲痛そうな鳴き声が響いた。
上空から戻ってきたノエル。
「アリスちゃんは、『ボールを投げても届かないかも』って困ってたんだよね! 私が代わりに投げといたよう!」
ドヤ顔をしていたが、アリスがめっちゃパニックになっているから、多分、君の予想は外れだと思う。
「ふええええ、『痛み玉』が人に当たっちゃったよー!」
アリスの言葉から、あの赤いボールの名が『痛み玉』だということがわかった。
少年達も悲鳴をあげていたから、あの煙幕につつまれると『痛み』を感じるのかな?
「ファー様ー! 飛びウサギの動きが鈍くなってますわー!」
「おっ、なら今がチャンスか! アリス、攻撃の用意は良いか!」
「えっ? うっ、うん!」
「よっしゃ、突撃じゃー!」
叫んだ俺は、アリスと一緒に飛びウサギに向かっていく。
「オラァッ!」
少年達に当たると怖いので、彼らから遠くにいる飛びウサギを中心に衝撃波を飛ばしていく。
「えいっ!」
アリスは逆だ。赤い煙幕に触れないようにしながら、少年達の近くにいる飛びウサギを槍でしとめていく。
ここ連日の魔物狩りで体のキレがよくなった彼女と一緒に、ざくざくと敵を倒していき、やつらを次々と煙にしていった。
「これで最後じゃ! 行けーッ!」
逃げ始めた飛びウサギに剣から衝撃波を飛ばす。
数匹は逃がしてしまったが、ほとんどを魔石、そしてウサギの皮や肉のドロップアイテムに変えることができた。
「おーい、お前ら大丈夫だったかー」
戦闘が終わったので、パタパタと少年達のほうへ飛んでいく。
「あ……ああ……すまなかった……」
剣を持った少年が、いやにしおらしく俺に返答する。
「アリスちゃんが強くなっていて、ビビってるみたいですわ」
エクスタが、こっそり耳打ちしてくれた。
魔物狩りをする前でも、飛びウサギを退けるぐらいアリスはできたと思うが……
彼女は『痛み玉』のような護身アイテムを持ち歩いていて、今回は使えなかったようだが、薬師の力で効果を強化したりもできるみたいだから。
目の前で力を見せつけることができて、よかったのだろうか。
「戦う相手は慎重に選べよー」という俺にペコリとお辞儀をして、彼ら三人は、この場を去っていったのだ。
「誰も死人が出なくてよかったねー」
ホッとした様子のアリス。
彼女と一緒にドロップアイテムや魔石を集め、その日は帰宅した。
ちなみにアリスを見るたびに、何か変な言葉をかけてくることが多かった少年達だが、この日を境に、そういうこともなくなったとか。
この世界、他人に見せつけるための腕力も重要なようだな。




