10. 少年達
「あー……」
日光がまぶしい……
アリスの頭頂部に大の字にへばりつきながら、俺はもう一度眠ろうと無駄な戦いを試みていた。
「ねーねー、アリスちゃん、アリスちゃん。これってアリスちゃんが探している草じゃないかな?」
「んと……、これ茎の形、ちがう。毒草」
「ノエル、多分、こっちのが正解ですよ」
「ん……それ」
「わー、エクちゃんすごいー。よくわかったねー」
俺達は、家から離れた山の中に来ていた。
木が少なく、さんさんとした太陽が眠りの邪魔をしてくる……
あの適度な暗さのある、フタつきのバスケットの中に戻りたい……
摘み取られた草がぎっしりと詰まっているカゴを見て、そんなことを思っていた。
「エクちゃん、何気に薬草について詳しいよねー」
「……薬草については、お婆さまに、ある程度教わりましたから」
そんな幼なじみ達の会話。
「……ところでアリスさん、この草は、もっと必要なんでしょうか?」
「んと……これだけあれば大丈夫」
エクスタとアリスの会話だ。
「みんな、ありがとう」
どういたしまして! とアリスに俺が返すのも変か……。何もやっていないからな!
「それじゃー、魔物に気をつけて帰ろうかー」
ノエルの号令で、家に帰ることになる。
歩いてしばらく――
「おやー?」
ノエルが何かに気づいた。
「何か人間さんがいるよー?」
「村の少年達でしょうか?」
ノエルとエクスタの声。
光から逃げるため、アリスの髪に潜り込ませていた顔を抜く。
木々に隠れながらも、少年三人の姿が見えた。
「あっ、待ってノエルちゃん!」
パタパタと彼らの方向へ飛んでいくノエルを、アリスが追いかけた。
「ねー、ここで何してるのー?」
「うわ、なんだ、お前達!」
ノエルが話しかけたのは、メンバーの中で一番背が高い少年だ。剣を持っているな。
そして彼がアリスの姿に気がつく。
「……あいかわらず気持ち悪い髪と目だ……」
ビクリとした彼女は、あわててポケットから帽子を取り出し、自分の髪と顔を隠そうとする。
頭の上に乗っている俺が邪魔で、実行できなかったようだが……
彼の取り巻き二人も絡んでくる。
「餓鬼ども、こんなとこで遊んでんじゃねー。家に帰れよ」
「そーだ! ここは遊び場じゃねー! あぶねーぞ!」
棍棒を持つ小太りの少年に、槍を持つヒョロッとした少年……
「ねーねー、お兄さん達はここで何してるのー?」
ノエルの質問に、リーダー格らしい剣を持つ少年が答えた。
「魔物狩りだよ! 邪魔だからあっち行ってろ!」
ふーん……
全員が職業もちのフェアリーを見て『邪魔』とは、えらい自信家だな。
アリスの髪と目を気持ち悪いとけなした、この十代前半の彼が、村の『強い人』なのか?
とても、そうは見えない。
「えと……」
何かに気がついたようにエクスタが遠くを指差し――
「……もしかして、あなた方が探してる魔物って、あれのことですか?」
彼女が示す先。そこには六本足の狼が十頭いた。
「あいつらだ! お前ら、殺るぞ! 餓鬼どもは、ほっとけ!」
「わかった!」
「おう!」
剣を持つ少年に他の二人が応じる。
そして、成人しているフェアリー達を餓鬼扱いした彼らが、魔物に向かって走っていった。
ふむ……十代前半の少年三人に対し、狼の魔物は十頭か。
――こいつは危険だな! 前途ある若者を助けてあげなくては……!
そう判断した俺は、上空に移動――
ぶつかり合っていた十頭の狼と三人の少年に向かい、剣から衝撃波を飛ばした。
「オラァッ!」
どがーん、と着弾する衝撃波の音に混じり、「ギャーッ!」「うわーッ!」「木がーッ!」などという、巻き込まれた少年達の悲鳴が聞こえてくる。
「ウハハハ! 木も魔物も、真っ二つじゃーッ!」
逃げ惑う少年達と魔物に向かって、しゅっぴんしゅっぴん衝撃波を飛ばし、狼だけに衝撃波を当てていく。
「死ねぇッ!」
最後に、倒れた木が、剣を持つ少年を巻き込んだりはしたが――
「お前が、最後じゃーッ!」
衝撃波が最後の狼を真っ二つにすると、十頭の魔物は全滅した。
「あっはっは! 少年達よ無事だったかな! なーに、礼はいらないゾ! 気まぐれで助けただけだからなっ!」
かっこよく上空から告げる俺。
ひと暴れしてスッキリしたので、アリス達のところに戻ることにした。
「人助けしてきた!」
「さすがファーちゃんだよう!」
「ファー様、素敵でしたわ!」
「ひと……だすけ……?」
出迎えた彼女達。
アリスの顔は引きつっていたが、倒木に巻き込まれた剣を持つ少年のことを心配しているのかもしれない。
アリスは優しいな……
自分に向かって『気持ち悪い髪と目』なんて言った人間を心配するんだから!
彼は、元気に木の下から這い出していたから大丈夫だぞ! ――倒す木は、ちゃんと細いものを選んだからな!
無茶をする若者を助けることができ、ついでにアリスの悪口を言った人間に一撃を加えることもできたので、俺は非常に満足だった。
今日は良い一日だったな!
◇
「ただいまだよう!」
「ただいま帰りましたわ」
「肉とチーズとパンを出せー!」
アリスの家に戻り、フェアリー三人で帰宅の挨拶をした。
「あらあら、お帰りなさい。……ファー君は、もうおなかがすいてしまったの?」
リーナさんが困ったように笑う。
「ただいま、おかあさん」
アリスも挨拶をする。
「おかえり、アリス……。無事に帰ってきてうれしいわ。何も変わったことはなかった?」
「え……? えと、ジョーンズさんとこのおにいちゃんと会って……」
その言葉にリーナさんの顔が曇る。
「……また、何か、おかしなことを言われたの?」
「うん……、でもファーちゃんが助けてくれたから……」
「そう……! それは、よかった!」
リーナさんは、ほっとした顔になる。
「ファー君、ありがとう! お礼に、すぐご飯用意するからね!」
ひゃっほーい!
俺、狂喜乱舞である。
「帰ったぞー」
リーナさんからもらった肉をおかずにチーズを食べていると、アリスの父が帰ってくる。
「お帰りなさい、あなた。遅かったですね」
「ああ……ジョーンズんとこの上のガキが『狼を倒す』って言って、仲間を引き連れて魔物退治に出たみたいでな……。ジャックとかと一緒に、連れ戻すために駆けずり回ってたんだよ……」
そしてアリスの父が俺を見る。
「なんか悪ガキ仲間の一人――槍を持ってたやつかな――が言ってたんだが、剣を持つ謎のフェアリーが狼の魔物を全滅させたとか……。ジョーンズんとこのガキはどう思ってるかしらねーが、村のやつらは魔物を倒してくれたことに感謝してるからな! ありがとよ、ファーライン!」
口いっぱいに食べ物を詰め込んでいた俺は、受け答えをすることができず、どういたしましての言葉の代わりに、ぐっと親指を立て、その言葉に答えたのだった。
アリスの父も、手に持っていた狼達のドロップアイテムを床に置くと、俺にサムズアップで答えたのだ。




