09. 盲点
「帰ったぞ、リーナ」
家の扉を開け、アリスの父が女性に声をかけた。
「お帰りなさい、二人とも。……あら? そちらの可愛いお客さんは?」
二十代後半ぐらいだろうか。
リーナと呼ばれた、ホッとするような感じの美人さんが、俺達フェアリーを見てたずねる。
うむ……綺麗な人ならば、しっかりと自己紹介をしなければな!
「はじめまして、リーナさん! 俺はフェアリー界ナンバー・ワンの戦士、ファーラインだ!」
「ファーちゃんの正妻のノエルです」
「ファー様の第一夫人のエクスタですわ」
思い思いの挨拶をした。
ちなみに職業『戦士』のフェアリーは俺しかいないと思うので、ナンバー・ワンは嘘ではない。
「うふふ。はじめまして。アリスの母、リーナです」
微笑んだ彼女は、とっても可愛らしい。
名前まで素敵に思えてくる。
「おかあさん、ファーちゃんは、わたしを助けてくれたんだよ!」
そんなアリスの言葉を、彼女の父親が補足した。
「俺達は、いつものところに薬草採取に行っていたんだかな、そこに熊の魔物が出たらしい。こいつが、その魔物の落とした魔石とアイテムだ」
リーナさんに大きな魔石と赤い熊の毛皮を見せると、彼女の顔が曇った。
「これは……」
「一応、あとで村のものにも知らせるつもりだが……。しかし、最近、このあたりの魔物の動きがおかしいぜ。あそこは、せいぜいが小型の魔物が出るぐらいなんだが」
その言葉を聞いて「え?」という疑問の声をエクスタが上げた。
「ん? どうかしたか?」
アリスの父がエクスタにたずねる。
「いえ……アリスちゃんが熊に襲われた近くで、わたくしたちが六本足の、それなりに大きな狼を見ていまして」
……ああ、そういえばアリスの悲鳴を聞いたとき、たしかに俺達は狼の群れを観察していた。
「十頭ぐらいで……、一頭が、大体ここからここぐらいの大きさの狼でしたから、『せいぜいが小型の魔物が出るぐらい』の場所にしては、おかしいな……と」
エクスタが示したその大きさに、アリスの父がしぶい顔をする。
「……ちっ、そいつも多分、熊の魔物と同じように、どっかから流れてきた強い魔物だな。ここらへんには、もっと小型の魔物しかいない」
彼はリーナさんを見て言う。
「悪いが、こいつらに軽い料理を食わせてやってくんねーか? 俺は、ちょっくら村長やジャックんとこに行って、今回のことを相談してくるから」
「わかりました。アリスの命の恩人ですもの、精一杯もてなすわ」
「頼む」
そう言ったアリスの父が家を出て行き、残ったリーナさんが俺達に微笑みかける。
「それで……、ファーライン君達は、どんなものが食べたいのかしら?」
「私は果物食べたばかりだからイラナイよう! それより、この家を探検して、お宝探しするよう!」
「わたくしもお夕飯が食べられなくなるので……、あっ、ジャムか果汁ジュースがあれば少しいただきたいですわ」
「肉とチーズとパンだー!」
俺達は、思い思いの要求をしたのだ。
◇
アリスの家にお世話になり翌日――
魔物などを警戒し眠れない日が続いた俺は、朝食をとってからの二度目の睡眠を楽しんでいた。
場所はアリスの部屋。
夫婦の部屋で寝て、元気な彼らの夜の営みを観察しても良かったのだが、ノエルがアリスの部屋を寝床と決めたため、ここで寝ている。
アリスのベッドの枕側に、薬師である彼女が調合をするための高めの台がある。
その上に布などを集め、フェアリー三人のベッドとしていた。
ゴロゴロして、うっかり台から落ちると、アリスの顔に向かってボトンとフェアリーが落ちるナイスな位置取り。
彼女にとっては、いい迷惑だろう。
「帰ったぞー」
家の外に続くドアが開いた音。アリスの父が帰宅したようだ。
うつらうつらしながらも目を半開きにし、隣の部屋でされる会話を聞く。
「あなた、どうでした?」
アリスの母、リーナさんが、アリスの父に問いかける。
「ファーライン達が言ってたとおりだったな。ジャックが確認したよ。ここらじゃ見ない、狼型の魔物の群れがいるようだ」
どうやら俺達が伝えた情報を調べていたらしい。
「……ちょっと前に大規模な魔物狩りをしたばかりなんだが、どうやら、また村の大人を集めて戦うことになりそうだぜ」
「そうですか……」
部屋の扉が少し開いているせいだろう、リーナさんの不安そうな声がよく聞こえた。
「まー、あの狼の魔物は、そんな強くは無いって話だから大丈夫だろうが」
そうなぐさめたあと、彼はアリスへ問いかける。
「……そういえばアリス、うちの薬草の蓄えって、どのぐらいだったか? 村のほうで、傷薬が足りてないみたいなんだが」
「んと……もう少ない。今日、取ってくる」
「あっ、いや、無いなら、いかなくて良いぞ。狼の魔物の件もある。危険だ」
「ん……行く。襲われても、薬師の力で追い払える。こういうところで、しんらいをえるんだって、前にお父さんがいってた」
「……ねえ、あなた……アリスについて行ってあげることはできないんですか?」
リーナさんが聞く。
「いや……俺も魔物狩りのために武器の手入れや矢の作成をしないといけなくてな……」
困った様子の彼。鍛冶屋だから、村人の分も彼がやるのかも。
そこにノエルとエクスタの元気な声がはさまれた――
「護衛ならファーちゃんに頼むと良いよう!」
「むしろファー様を、そこらへんに放てば、あたりの魔物を狩りつくしそうですしねー」
朝からおうちのお手伝いをしていた彼女達だが、余計なことを言ってくれた。
俺は、まだ眠いんじゃー。お前らは昨日の夜、アリスと一晩中おしゃべりしていたのに、何でそんなに元気なんじゃー。
護衛は村の強い人とやらに任せて、俺は寝ようと決意する。
眠ってテコでも動かなければアリスもあきらめるだろう。
そう思って、布団代わりの布を体に巻き、目をつむる。
「あー……ファーラインがいれば大丈夫か。じゃあ、すまねーが護衛を頼む……依頼料は」
「アリスちゃんとは友達だし、いらないよう!」
「あっ……ファー様用の武器のメンテナンスとかが良いかもしれません」
「メンテか……そんぐらいなら、言ってくれれば無料でやるんだが……。まー、他にも何か考えておくぜ!」
そんな会話のあと、アリスと幼なじみ二人が部屋に入ってくる音がする。
外套を着る音、バスケットを持ち上げる音がし、最後に『絶対に目を覚まさないぞ! ここからテコでも動かないぞ!』と決意する俺をつかんで自分のバスケットに入れると、アリスは薬草採取に出発したのだった。
まさか持ち運ばれるとは……




