プロローグ. 職業判定の日
ハタハタと背中のハネを動かしながら、二人の幼馴染と一緒に、俺は森の木々を縫って飛んでいた。
俺達は人間の体を十五センチぐらいまで縮め、透明なチョウのハネのようなものを背中につけた生き物だ。フェアリーと呼ばれている種族。
肉体的には脆弱な生き物だったが、種族としては、この世界でもまあまあ高い戦闘力を保持している。
その理由は『職業』
どこかファンタジーゲームにも似た法則を持つ、この世界。
人々は『魔術師』『盗賊』などの『職業』を持つことで、強力な能力を手に入れることができた。
大抵の者は、きびしい修練を積むことでやっとこ手に入れる『職業』を、フェアリーは何の修行もせず使えるようになる。
『成人の儀式』を行い、大体半年から一年で、その『職業』の能力を完全に使えるようになるとか。
その『成人の儀式』をする場所に、俺達三人は向かっていた。
「ファーちゃんが、どんな『職業』を持っているのか、楽しみだねー」
少し後ろを飛ぶ幼馴染の女の子、ノエルが話しかけてくる。
俺と同じで、生まれて一年しか経っていないが、見た目は人間の十四、五歳ぐらい。明るい緑色の髪をポニーテールにしている。目も髪と同じ色だ。
それに答えたのは、青い瞳と金の髪を持つ、年上に見えるもう一人の幼なじみで……
「そうですわねー。ファー様は産まれたときに、まばゆい『祝福の光』を発していたと聞きますから……、『職業』も強いものを持っているに違いありません!」
エクスタはそう言って俺の足にしがみつくと、イタズラっぽい笑いを漏らしながら、ペロリとそこを舐める。
「あっ! ファーちゃんを舐めた! ズルイ、私もっ!」
ノエルが、俺を舐めたエクスタに気がつき、ガシッとしがみついてくる。
「えいっ!」
かぷっと耳が甘噛みされた感触。エクスタと比べると小さいが、柔らかい胸の感触が体にあたり……
うはははは! 我が世の春である!
産まれたときからモテモテの俺だったが、いまだにこの環境を楽しみまくっている。
フェアリー族としての特徴なのか、異様にかわいらしい顔立ちと、さわり心地のいい明るい栗色の髪。澄んだ金の瞳を持つオスだったが、モテる理由はそれだけではない。
このフェアリー族、オスの数が極端に少ないのだ。大体メス百体に対して、オスの数が一体ぐらいだとか。
そのため希少なオスは、メスに取り合いをされるといううらやましい日常を送ることになる。
他のオスフェアリーであるならば、産まれたときからモテモテで、それが普通だ。
今の状況にも何も思わないかもしれないが……、しかし、俺には前世の記憶があった。
日本という国に住んでいたころの記憶だ。
あまりモテていなかった俺は、産まれて一年が過ぎようという今でも、このモテモテ具合が楽しくて楽しくて仕方なかった。
「おお、エクスタよ! ファーライン達を案内してきたか!」
しばらくし、目的地である森の広場に到着する。
俺達を、切り株の上に立つフェアリーの美女が出迎えた。
「はい、お婆さま! ファー様とノエルを連れてきました!」
エクスタが、俺の足にしがみついたまま、その赤い髪の美女に答える。
この美女は、我が集落の『長老様』だ。フェアリーは成人後、老いることが無くなる。十歳ぐらいの見た目で成長が止まったり、二十代ぐらいの見た目で成長が止まったり……
我らが長老は、長い年月を生き、集落を統率するのに適した特殊能力なんかも取得していた。
「うむ! 今日はお前たち三人の成人の儀式の日! 皆がいったいどのような職業を持っているのか、楽しみでしかたないな!」
「ファー様は、だいたいどんな職業かあたりがつきますけどね」
「あー……、まー、産まれたとき、強い祝福の光を放っていたからな。順当にいけば『大魔導』か『聖霊使い』『神獣使い』、ハズレで『盗賊王』なんかか。フェアリーがなれる強力な職業は限られているからな」
エクスタと長老の会話。
フェアリーは、全員が何らかの『職業』を持っている。しかし、その種類は人間ほどの多様さがない。
だいたいが『魔法使い』、まれに『精霊使い』。フェアリー族だけがなれる特殊なレア職の『ハチ使い』の他に、『裁縫士』や『薬士』などの生産職、ハズレとして時々『盗賊』。――そして、これらの職業をちょっと変えたような変異職や、上級職が出ると聞いている。
ハズレとされている『盗賊』は、人間なんかが持っていれば強い職業なんだが、フェアリーは体が小さい。まち針ぐらいのショートソードを持って魔物に突撃したりしても、あまり攻撃力はないため、使えない職業とされているみたいだ。
それでも、まあ『盗賊』は、肉弾戦をメインにする『戦士』になるよりはましだったろうが……。
人間とかなら別だが、フェアリーの大きさでは『戦士』の職業はうまく扱えないだろう。
――フェアリー達が『戦士』の職業を取得できないことは幸いだったな。
おとぎ話の中にもフェアリーの戦士なんてものは存在しない。
もし、フェアリーで『戦士』を取得したヤツがいたら、相当にかわいそうだ。
不遇さナンバー・ワンのフェアリーとして歴史に名を残すだろう。
なったフェアリーが出たら、指を差して笑ってやりたいよ。ぷくく。
そんなわけで、人間あたりには出やすい『戦士』の職業ではあったが、フェアリーの間では、人間達にはレアな『魔法使い』が標準的――もっとも出やすい職業となっていた。
「では一人ずつ成人の儀式を行おうか! まずはエクスタからだ。こちらに来い!」
「はい、お婆さま!」
長老は、唯一の血族である、自分の孫から儀式を行うことにしたらしい。
空中をホバリングする俺の足を放し、エクスタは長老が立つ切り株の上に降り立つ。
「では、行くぞ。――ハーッ!」
長老の彼女が手に持っていた短い杖を掲げ、気合いの声を上げる。
ぺかーっと、光がエクスタを照らした。
「終わったぞ!」
あっさりだな……
「長老様! エクちゃんの職業は何だったんですか?」
ノエルがエクスタの職業を聞いていた。
「うむ! 『ハチ使い』だ!」
長老の言葉に、エクスタが手を叩く。
「わっ、『ハチ使い』ですか! ミツバチを使えば、ファー様の居場所をすぐに見つけられますね!」
……ミツバチを使った人海戦術で見つけるつもりなんだろう。
集落の中ぐらいの広さなら、探すのも簡単だ。
喜んでいるエクスタを見て、彼女がストーカー化しないか少し心配になった。
「次はノエルだ!」
「はい!」
「行くぞ、――ハーッ!」
さっきまでのエクスタと入れ替わるように、切り株の上に立ったノエル。
長老が短い杖を掲げると、光が彼女を包む。
「おお! 体の中から力が湧いてきます! 長老様! 私はいったい何の職業についたのでしょうか!」
「『戦魔使い』だな! 爆発や毒ガスなどの攻撃魔法のみに特化した、珍しい『魔法使い』の変異職だ!」
「すごい! この力があれば、魔物だろうと、他の生き物だろうと、爆殺し放題です!」
「……うむ。魔物以外は、むやみに爆殺しないようにな」
長老のノエルへの注意。
この世界では、ゴブリンや人食いネズミなどの魔物は殺しても、空中や地中などからわいて出てくる。
しかし兎や鹿などの動物は、普通に繁殖で増えるので、根絶やしにするとなかなか数が回復しない。
「はい!」
長老の注意に元気よくうなずくノエル。
「では魔物以外には、毒ガス魔法をメインで使うようにします!」
……。
ノエルよ、長老は『魔物以外を、やたらに殺さないで欲しい』と言いたかったんだと思うよ。
「うむ……。ノエルへの注意は、後でこってりとやるにして……だ。儀式の最後はファーラインだな。こちらへ来るのだ」
長老が俺を呼んだ。
「ファー様の職業、楽しみですね!」
「ファーちゃんの職業かー! なんか爆発する感じの職業だと楽しいね!」
切り株に降り立った俺の頭の上をハタハタと飛ぶエクスタとノエル。
同じように、俺もウキウキしていた。
「では行くぞ。――ハーッ!」
長老の掛け声とともに、光が俺を包んだ。
おお……、この光、お日様のような暖かさがある。
体の奥底から何かが湧き上がってくるような感覚もあって……
気のせいか、自分の手が淡い光をまとっているようにも見えた。
興奮でよくわからなかったが、手の光が何かを伝えてくるような不思議な感覚。
これが、この世界で『職業』を手に入れるということか。
新しく手に入れた力が体の隅々、指や足先の一本一本、そしてハネの先まで満ち溢れているような気がする。
脆弱だったフェアリーの体が、まるで別の何かになったような気分だ。
こいつは上級職だな! 間違いない!
そんな確信を得ながら、俺は長老の顔を見た。
するとそこには、なぜか額に汗をたらし、俺からツイっと目をそらす長老の姿が……
どうしたんだ? と思っていると、ノエルが長老を指でツンツンする。
「長老様、長老様! ファーちゃんの職業は、どんなのになったんですか? 大魔導ですか? 聖霊使いですか? 私はフェンリル様をモフモフしたいので、神獣使いが良いと思います!」
「ん……? う、……うん」
言いにくそうに口をモゴモゴした長老。
彼女が意を決したぞ、という表情になるまで、けっこうな時間がかかった。
「しかたない……」
覚悟を決めた長老が放った言葉とは――
「ファーラインよ……、お前の職業は、何の上級職でもない、ただの『戦士』だ」
え……、『戦士』……?
なったフェアリーがいたら指を差して笑ってやりたいとか思っていた、あの……?
幼なじみ達が発する驚きの声を聞きながら、俺は切り株の上で、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。