第八回
英雄百傑
第八回『智将、陽動の策で用兵を魅せ。決死隊城壁を登る』
―あらすじ―
昔々、巨大な大陸を統治する皇帝がいた時代。
ミレム、スワト、ポウロの三勇士は官軍に合流すると
南国、黄州は四谷郡の香川に掛ける難攻の要害
『鏃門橋の砦』攻略の任についた。
評定にて決死隊100人による夜襲の策を献じた智将ミケイは、
応答したジャデリンの弱気を察知し、猛る心を挑発によって取り戻させた。
夜襲の話を聞いたミレイ達三勇士は、ポウロの進言により
ミケイの募る決死隊に名乗りを上げた。
次の日、三勇士率いる決死隊が香川の上流に筏を浮かべた時、
初陣のミレムは臆病の虫を起こし、震えが止まらなくなったが
ポウロの機転によって、ミレムは旺盛に奮起し、流暢な言葉で
不安や憂いのあった決死隊を鼓舞した。
対岸からの火の手の合図と共に決死隊は香川を降り始めた。
そして智将ミケイは1000の三軍と共に砦への陽動作戦を始めた。
砦兵2000に相対するミケイ率いる官軍1000。
しかし、すでに頂天教の援軍5000が砦の背後に迫っていることは
官軍の誰一人気づいていなかったのである。
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鏃門橋 中腹
ミケイの兵1000は砦へと煌々と光る松明を掲げながら
およそ1里(4km)の鏃門橋の南から徐々に足を速め突撃していった。
智将ミケイ率いる1000の兵の陣容は異様であった。
前面は身を多い隠せる大盾を持つ歩兵と道具を持った工作兵500、
中面には短距離用の小弓を持った弓兵が300、その後ろには騎兵が200。
それぞれの軍は、その兵科ごとに固まり、軍と軍の間を少しあけて行軍している。
ミケイは歩兵の後方の列、つまり弓兵の前に座陣し
橋の中腹にかかると、手をかざし再び指揮を始めた。
「騎馬隊はここにて待機せよ!砦の門が開くまで決して突撃してはならん!その他前面の歩兵隊、弓隊は一気に突っ込むぞー!」
「「「オーッ!」」」
かくしてミケイの陽動作戦が始まった。
鏃門橋の砦 城壁
「兄者なんじゃあれは、少ない兵が更に少なくなって突っ込んでくるぞ」
「ははは!なんて鈍足な突撃だ。率いる将は出来る奴だと思ったが、わしの勘違いであったわ」
鏃門橋の砦の城壁に構える守備兵2000とズビッグ、エウッジは
おかしな陣容で突っ込んでくるミケイの軍を見て
少し侮ったような声でそう言った。
陣の動きを見て、多少の用心をしていたエウッジであったが
砦門の前の平地に差し掛かる橋の袂周辺まで間抜けにも
ノロノロと突撃してきた官軍の兵を見て、すでにその気持ちは無かった。
「ふふふ、用心するまでもなかったな!後ろの援軍が来れば、まさに袋のねずみ・・・官軍恐るるに足りず!ズビッグ!既に先方の兵は弓の射程に入った!阿呆どもに矢の雨を浴びせよ!」
「お任せを!弓隊構え〜ッ!」
キリキリキリ・・・!!!
「うすのろ官軍に矢を放てーッ!!」
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン!!!!!!
ズビッグがそういうと、キリキリと弓を構えた指が一瞬にして解かれ
弦がビィンと弾かれる音を立て、一斉に鋭い鉄のやじりを持った矢が
ミケイの軍に向かって無数に放たれた!
「歩兵隊、大盾構えーー!」
弓兵の前のミケイが城壁の動きを察知すると、天をも突くような大声で
そう言い放ち、スッと手を動かす。
すると、歩兵隊300は一斉に背負った身を隠すほどの
丸みを帯びた鉄の大盾を頭上に押し上げた!
カツン!カツン!カツン!カツン!
まさに瞬間の出来事であった!
歩兵の隙間無く張られた大盾は、巨大な鉄の壁となって弓矢を弾き飛ばし
矢は歩兵隊を捕えることもなく、大盾に当たり威力をなくした無数の矢は、
当たった衝撃で使い物にならないほどであった。
しかし、多数の矢の勢いに、流石の大盾にも矢傷が生々しく残り、
何度も防ぐことは難しそうだ。
「歩兵隊!松明の明かりを消せ!工作隊!全力で砦の前へ進み井草を投げ込め!」
ミケイの声と手が前面に向けられると、歩兵隊の煌々と光る松明の日が消され
その姿は夜の闇へと消えた。
すると歩兵隊の中の200の工作隊が、前面の大盾を構える歩兵隊の道を通って、足の続く限りの全速力で砦の前に向かうために動き出した!
工作隊の手には少量の油と火打ちの石、背中には一つに纏められた
井草(良く燃える枯れた草の塊)が背負われていた。
「「「ワァーッ!!!」」」
兵士の踏み足と共に、突っ込む工作隊の声が闇夜に上がる。
200という少ない数でありながら、その声は城壁にいる
エウッジ、ズビッグ率いる弓兵にも聞こえた。
「ふん、うすのろ官軍め・・・闇にまぎれて小細工をしようというのか」
「弓隊ッ!もっと矢を放って敵を近づけさせるな!」
ヒュンヒュンヒュンヒュン!!
そうズビッグが叫んだが、弓は工作隊を捕えることは出来なかった。
ただでさえそれまで煌々とついていた官軍の松明の明かりが消えたことで
見えにくくなっている闇の中、この砦の城壁の高さが災いしたのだ。
弓を下に向けて、直角に近い角度で敵に当てるのは相当難しいことで
煌々と光るものを見た後で、目の錯覚が残る兵士の矢など
当てられるものではない。
智将ミケイはそこまで考えて、わざと敵の砦近くまで
煌々とした松明を絶やさなかったのだ。
カチッ!カチッ!シュボ!!ボォォォオオオオ!
工作隊が井草に手に持った油をかけると、火打ち石で火をつけ
燃え始めた井草を砦の前に投げ込んだ!
メラメラと燃える火は、砦の前のあらゆる物を焦がし
井草からは黒煙が舞い上がった!
「ひぃー!官軍の火計だー!わーっ!」
「オラ、火は苦手だよ!」
「たすけてくれー!焼け死んでしまうだー!」
ボォォォォ!ゴォォォォ!!
井草の火は平地の塵などを巻き上げ、焦がし、轟々と音をたてて燃え
火と火は小爆発を起こしながら合致し、大きな炎のうねりが
黒煙と共に城壁に立ち上ると、守備していた弓兵はそれを見て狼狽し始めた!
いくら士気の高い精兵でも、頂天教の兵達は
大火に慣れていない民出身の者が多かったため、
弓を構え放っていた手は止まり混乱した兵達は
隊列を乱し、右往左往するものさえいた。
「兵士達よ!落ち着け!隊列を乱すな!砦を焼けるほどの火ではないわ!ただのこけおどしよ!」
「だめです!なにぶん火に慣れるものが少なく・・・」
「言い訳はいい!部隊長は自分の部隊の兵達をさっさと落ち着かせよ!」
エウッジの声もむなしく、炎に怯え、隊列を乱す兵は後を絶たず
守備兵2000のうち半数以上が既に戦列から抜け、火の届かない
北門の城壁へと移っていた。
「兄者!このままじゃだめだ!打って出て軍の士気を回復させよう!」
「馬鹿者!それこそ敵の術中にはまるようなものだ!」
「御大将!敵の中軍に動きが!」
「むう…。使える兵だけを前面に出し!後の兵は下がらせよ!」
「はっ!!!」
頂点教の兵士達が狼狽するその火の勢いはたしかに凄いものであり、
その上、官軍の動きが活発になったとすれば、普通は慌てるものだが
流石に将軍のエウッジは勇士であり、冷静だった。
指揮系統を乱したまま士気を上げるために、平地で戦いをすることが
多くの消耗を招くことを知っていたエウッジは、
武に頼る弟ズビッグの進言を諌めると、士気のある兵を纏め上げ
すぐに砦の隊列に戻すように指示した。
「官軍がいくら攻めてこようとここは天嶮の要害。そうそう落とせるものではないわ!矢を放つ手を止めるな!敵軍の火の見えない場所に矢を射掛けろ!もし大盾で防ごうとしても、多数の強矢に対してそういつまでも持たん!撃つのだ!撃って撃って撃ちまくれ!!」
ヒュンヒュンヒュンヒュン!!!
ガン!ガン!ガシッ!ドスッドスッ!
「うわーーー!」
「ギャアーッ!」
「ぐうう、た、盾が持たぬ!」
炎の城壁ごしに、再び無数の矢がミケイの軍めがけて飛んでくる!
ミケイの歩兵隊は大盾を構えるが何人かの兵士が勢いに負けて
あるものは大盾ごと吹っ飛ばされ、あるものは耐え切れず
その場に突っ伏し、次に来襲した矢に全身を撃たれ、橋に無残な死体を晒した。
「くっ、歩兵隊!ここが正念場ぞ!ひるまず大盾構え前進し死守せよーッ!弓兵は城壁に向かって威嚇射撃の用意!」
降りかかる矢を剣で退けながら、ミケイの言葉が戦場にこだまする。
予想していたことながら、これほど早く体勢が立ち直ると思わなかった。
流石に良将が守る砦と少し感心しながらも、ミケイの脳裏は
時間がたてば不利になる現状と、100人の決死隊の事の不安で
一杯であった。
「・・・(この勝負、長引けば我が軍に攻略の余地は無い。頼むぞ決死隊!)」
鏃門橋の砦 西の門の城壁
そのころ三勇士率いる決死隊100人は、鏃門橋の砦の西に位置する
川沿いの森林に筏をつけると、ミレムの先ほどの鼓舞が利いているのか
天を貫くほどの意気があり、勢いもそのままに岸に筏を置き去りにし
殆ど兵士の居ない西門の城壁を登り始めていた。
「あのミケイとかいう将軍。大口を叩くだけのことはある!先ほど流れてきた敵兵は後方に下がり、使える兵は前面に集結している。我らは楽々城壁を登れる、なんと見事な陽動だ」
「それに比べて我が大将ときたら・・・」
「ズゴーー!!ンゴーーー!」
決死隊は城壁に縄杭(城壁に引っ掛けて登る道具)をつけて、
城壁をするすると登っていく。
流石に城壁を登るのは一苦労だが、陽動作戦によって
兵隊が注意を南門に向けているため、まったく勘付かれずに登れていた。
しかし、さっきまで意気揚々だったミレムは
余りに強い酒を飲みすぎたのか戦場で寝てしまい。
スワトの背中に、まるで乳飲み子のように背負われている。
「グゴーッ!グゴーッ!」
「まったく、うちの御大将は・・・武器を持ちながら人一人を背負って城壁を登るのは大変だというのに!」
「騒がない騒がない。我々は隠密、それに敵を前にしてこれほどの高いびきをかけるものは他には居ないでしょう。ははは」
内心、なんとも緊迫感の無い男と思った二人であったが
戦場でこれほどいびきを立てて寝れる男は、ある意味、真の大物なのでは
と思ってしまうほど、ミレムは大いびきで寝ていた。
闇夜のおかげで、決死隊にその姿が見えない所が不幸中の幸いだった。
鏃門橋の砦 南門
未だ官軍と頂天教軍の間に圧倒的な意気の差は出ていないものの
ミケイの不安は的中しつつあった。
5分、10分、一刻一刻時間を重ねるうちに
城壁では着々と意気の高い兵士の纏め上げと、後方の援軍を向かえ
迎撃する準備が出来上がっていった。
「ズビッグ!お前はここの兵300を連れて動揺した兵達を纏めて、後方の援軍のために北門を開け!援軍が来て戦意の回復したところを一気に攻め、敵軍の野営地ごと焼き払ってくれるわ!」
「へへっさすがは兄者!じゃあ早速兵を纏めてくるぜ!」
ズビッグは大手を振って兵をかき集めると
兵達を連れ、城の北門に向かって走り始めた・・・
その時だった。
な、なんと城壁を登りきったミレム率いる決死隊と遭遇したのだ!




