第七回
英雄百傑
第七回『決死百人隊。闇夜に香川を渡河して初陣す』
―あらすじ―
昔々、巨大な大陸を統治する皇帝がいた時代。
大陸の東、関州(地方)は楽花郡(県)で一人の罪人ミレムは牢屋にて嘯き、
その小さな嘘から出会った豪傑スワトと一緒に脱獄し、これを成功させた。
その後、ある惣村に立ち寄ると、星乱れるを見て乱世を予見したポウロは
凡人ミレムに気運を感じ、これを諭し、ついにミレムは立ち上がる事を決意した。
三勇士は100人の兵を連れ、逆賊『頂天教』の討伐軍に加わり
郡の猛将ジャデリン率いる官軍と共に、南国、黄州は四谷郡の香川に掛ける
難攻の要害、鏃門橋の砦攻略の任についた。
その夜、官軍の幕舎にて評定が行われ、群雄達の言の中
知将ミケイの進言により、ジャデリンは憤慨しながらも
ミケイの策を受け入れ、ミケイは闇に紛れ少数精鋭を砦に潜入させる
夜襲の策に決死隊100人を募った。
それを聞いたミレイ達三勇士は、ポウロの進言により
ミケイの募る決死隊に名乗りを上げたのだった。
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夜襲の晩 香川上流のほとり
ミレム、スワト、ポウロの三勇士の決死隊は、意気揚々と
官軍の野営地から2里半(約10km)ほど離れた香川の上流に待機した。
ここは鏃門橋の西の丘陵に位置し、多くの林に囲まれ、
静かに川を降るには絶好の場所であった。
決死隊は野営地から持ってきた機材を昼のうちに組み立てると
その機材は、人間二人と武具が乗るほどの小さな筏に変わり
日が沈む夕方頃には50隻程度の筏が出来上がっていた。
そして日が沈むと、穏やかな川の流れに流されぬよう石杭に縄を張った
筏が浮かべられた。
リーリー・・・ホーホー・・・ザーザー・・・
夜行虫や鳥の鳴き声、木の枝が風に揺られる音は聞こえたが
河川は穏やかで済々とし、あたりは不気味なまでの静けさに包まれた。
しかし、それは嵐の前の静けさであった。
夜空が曇り、闇夜が舞い降りると、河川は殺気立った空気に包まれた。
夜襲には絶好の機会…決死隊は筏に武具と城壁を登る道具を積み込み
鏃門橋の南端を覗き込む。
あとはミケイ将軍の合図を待つばかりであった。
「ミレム様、いよいよですな!それがしも腕がなりまする!」
「・・・」
「どう致しましたミレム様?顔が青ざめておりますぞ」
「・・・」
筏に武具を乗せ終わり、合図を待つ三勇士と決死隊であったが
意気揚々のスワトやポウロを尻目に、ミレムの表情は青ざめ優れなかった。
その様子に気づいたスワトは、高らかに笑うとこう言った。
「ハッハッハ、戦場の臆病風に吹かれましたかな!だらしのない!しかしご心配なく!それがしが横についておりまする。それにそれがしが教えた武術を持ってすれば、そこらの雑兵には負けはしませぬ!」
「スワト殿、ミレム様にとっては初陣なのです。少々臆病になるのも無理はありませんよ。しかしミレム様、兵の前…しかも100人を持って砦内2000の兵へ夜襲を仕掛けるのです。どの者も決死の気持ちで臨んでおるのに、大将だけ臆病顔では余りにも…。夜襲成功のため、兵のため、もっと心を強くもちなされ」
「ふ、ふふ…どんなに臆病と罵られても、心を強く持てと言われたとしても、どうしても震えがとまらんのだ。笑わば笑え、私は無力だ」
「では臆病に利く特効薬を差し上げましょうか…」
そう言うとポウロは、懐から皮製の水筒をミレムに差し出した。
フタをあけると、果物の匂いというか、酸味のある柑橘類の匂いというか
なんとも言い難い不思議な香りが漂った。
「これが特効薬なのか・・・?」
「これは我が家に伝わる霊験新たかな神水。飲めばたちまち万力を得、迷いは消え、俊英の如き冴えが体中に渡りましょう」
「このような物が何故あって何故早く勧めなかったのかは聞かぬ……戴くぞ!」
ゴクッゴクゴクッ・・・ゴクッゴクッゴクリ・・・
「!!!!!!!!!!!!!!!」
甘味のような酸味のようななんとも言えない匂いと
喉を焼くような強烈な刺激が全身を駆け巡る!
「うおおおーーー体が熱くなってくるぞ!あはは!うははは!ウヒョヒョ!この特効薬!まさしく特効!うははは!これは利くな!ポウロよ!」
衝撃的な味と香りのせいか、ミレムの脳内には高揚感が駆け巡り
いつの間にか臆病な心や、震えなどは消え、
先ほどまで恐怖の余り蒼白で優れない顔面も、血の気を戻し、
むしろ煌々と紅潮しはじめたのだ!
「それは良かった。では戦の前に我ら決死隊の意気をあげるため、大将自ら声を上げてくだされ」
「おう、まっかされーよ!」
そう言うと、顔面を更に紅潮させミレムは筏の中央に立ち
後ろに居る100名の決死隊に向けて、言葉を発した!
「我が決死の軍団よ!恐れることなかれ!敵は所詮どこぞの賊に毛の生えた烏合の衆!邪教に狂い、己のため帝の領土を略奪する逆賊ぞ!そんな者達に我ら義によって集まった精鋭が負けるはずあるまい!我らの前では奴らの剣なぞ柔らかな羽毛の如く!矢は蚊虫の一撃!城壁は葦!鎧などはその辺の泥も同じじゃ!葦に住む泥毛虫の兵で我らに立ち向かう頂天教なぞ何するものぞー!ヒック!」
「「「 オ オ オ ー ッ !!」」」
ミレムの声が高々にあがると、静かに覚悟を決めていた兵士達の
不安な顔も消え、鬨を上げると同時に天を突くような意気に飲まれた!
「な、なんたる妙薬。ミレム様だけでなく、兵達の意気も上げるか!むむむ、ポ、ポウロ殿!お願いでございます!それがしにもその神水一杯くれませぬか!?」
「はっはっは!豪傑殿には必要ないでしょう」
「な、なぜじゃ?決死の作戦の前じゃ、もったいつけずに分かち合おうではないか!」
「…いえいえ、スワト殿。神水と申しましたが、あれは私の村で一番度数の高い蒸留酒に梅酒と杏酒を混ぜた、ただの酒でございます。臆病者の気付けに特効薬として重宝しますが、翌日の朝を考えると身震い致しますな。ワッハッハッハ!!」
「作戦前だというのに、な、なんという・・!」
ポウロがスワトに真相を耳打ちすると、スワトは驚いて思わず
筏から落ちそうになったが、グイッと体を持ち上げると遠くの
鏃門橋のある方向を見て異変を感じた。
ボッボッボッボッ!
鏃門橋の南で合図となる幾数の松明のかがり火が見え出したのだ!
「むっ!ミレム様!合図ですぞ!」
「おうスワト!決死隊100名!鏃門橋の砦に向けて出陣じゃーっ!!」
「「「 オ ー ッ ! 」」」
「・・・(む、むう。しかしあれほど利くとは思わなんだ・・・)」
こうしてミレム、スワト、ポウロ率いる決死隊100騎は
嵐の中央…鏃門橋へと川を下り出陣したのであった。
同刻 鏃門橋 南端
夜の闇に煌々と光るように松明を持った総数1000程の歩兵、弓兵、騎兵達。
その前面に意気揚々と立ち、その鋭気を光らせるように輝く
白銀色の甲冑を着た細身で華奢な武者の姿があった。
黄州は四谷郡の誇る、若き知将ミケイ。その人である。
「よいか!今から鏃門橋の砦に向かう!敵兵は凡そ2000!しかし我らは砦兵をひきつけるための陽動である!程ほどに戦っては引き、引いては戦うを繰り返し、時間を稼ぐ!そのうちに決死隊が火をつけ、城門を開けるだろう。その時が勝負の時である!皆のもの覚悟はよいな!砦に火の手があがるまでの辛抱だが、勝てば我が官軍の誉れぞッ!では歩兵隊!進めーッ」
「「「ワァァァーッ!!」」」
兵達の鬨が上がると共に、ミケイ軍1000は
幅の狭い橋に歩兵を前、弓兵を中間、騎兵を後ろに一気に砦に向かって
軍を走らせた!
同刻 鏃門橋 砦の城壁
鏃門橋の砦の城壁の上には頂天教の兵2000がすでに配置を終えていた。
対岸で上がる無数の松明を見て、その意気すさまじいと思った
砦の守将、頂天教のエウッジとズビッグ兄弟は城壁の上で
互いに敵軍を見つめ、敵兵を今か今かと待ちわびていた。
「エウッジ兄者。夜襲に備えて兵を配置しておいて良かったなあ」
「ふふ、ズビッグ。虚を突いての夜襲など官軍の考えそうなことだ」
このエウッジとズビッグという者は、元官軍の将で、世を憂いて
頂天教に入りメキメキと頭角を現し、頂天教の中でも一目を置かれる
将達であった。
兄のエウッジは統率に優れ、弟のズビッグは武に優れた。
「やや兄者、あのかがり火を見るに奴ら思ったより数が少ないぞ」
「あの様相…操ってる者が違うな。1000程の兵が万にも見える意気だ」
「ハッハッハ、だがこの強固な要塞、鏃門橋の砦は抜けまい」
「ズビッグよ。例え勝てる戦にも念には念をいれんといかんぞ」
「??どういうことだ」
「クックック、すでに北、西、東の3つの要害の我が軍に援軍を頼んでおいた」
「さすが兄者!冴えるな!」
「ふっふっふ、この期に一機に官軍の本拠地を叩いて、次の攻略の布石にしようと思ってな。城壁の弓兵は正面に固めろ!矢の雨で強撃し、敵の出鼻をくじくのだ!」
「弓兵隊前面集結ーッ!準備よーし!」
エウッジ、ズビッグ率いる頂天教軍の兵2000が大挙して砦の城壁に構える。
そこに今まさに襲い掛かろうとするミケイ将軍率いる官軍1000。
そして川を降り、初陣を飾ろうとするミレイ達三勇士の夜襲決死隊100。
今まさに官軍と頂天教軍の戦いの火蓋が斬って落とされようとしていた。
果たして勝利の軍配はどちらに下るのか?
天をも知らぬその答えは、ただ香川の流れだけが知っていた。
「「「ワァァァーッ!!!」」」
鏃門橋の戦いの始まりである。




