第六回
英雄百傑
第六回『官軍、鏃門橋に至りて評定を開き。知将策を披露す』
―あらすじ―
昔々、巨大な大陸を統治する皇帝がいた時代。
大陸の東、関州(地方)は楽花郡(県)で一人の罪人ミレムは牢屋にて嘯き、
その小さな嘘から出会った豪傑スワトと一緒に脱獄し、これを成功させた。
その後、ある惣村に立ち寄ると、星乱れるを見て乱世を予見したポウロに
ミレムは嘘を見破られ、あわやスワトに手打ちに(処刑)されそうになったが
これをポウロが諌め、スワトもまたミレムの態度を見て感じ入った。
そしてポウロは天下が乱世を迎えると告げると、うだつの上がらない
凡人ミレムに気運を感じ、これを諭し、ついにミレムは立ち上がる事を決意した。
ポウロは、自らの私財を投げ打って100人の兵士の軍馬や装備を用意すると
ミレムは皇帝の嫡流を名乗り、三勇士は皇帝に謀反を起こした逆賊である
頂天教の討伐に南へと向かい、現地の官軍に合流したのである。
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南国 黄州 四谷郡 鏃門橋
南国入りしたミレム達三勇士の軍は、現地で頂天教と戦う官軍と合流し
義勇軍として立った事情を説明すると、快く官軍に受け入れられ。
官軍の遊撃隊として戦うよう任命された。
遊撃部隊として彼らは最初に、南国黄州は
四谷郡の香川の北にかけられた
陸を繋ぐ大橋『鏃門橋』攻略の任についた。
ここは大河の支流の香川を前にし、鏃門橋の砦は見通しの良い丘の上にあり
左は樹木に囲まれ、右は鋭い岩だらけの悪路であり、砦の四方には
香川から引かれた水が流れ、まさに守るに有利な
天嶮(自然)に恵まれた砦であった。
なおかつ後方には屈強な城塞『背兎城』が控え
もし砦が急を要すれば、直ぐにでも兵を送れる位置にあったのだ。
しかし、南国の要所として存在していたこの砦も
頂天教軍による襲撃を受け陥落し、今では賊軍攻略の最大の難所の一つと
なってしまったのだった。
背兎城の四方の砦や要所は既に頂天教軍によって陥落し、城は
他の土地と分断され孤立した背兎城は、分断により物資が運び込めないことから
兵糧も少なく、守備兵は逃げ出す者も多く、まさに一刻の猶予もない
風雲急を告げる様相であった。
討伐軍の幕舎
砦から3里(約12km)ほど離れた場所に
官軍の討伐軍は陣を張っていた。
多数の松明の揺らめきと共に、討伐軍の幕舎には多くの影が蠢いていた。
その影とは、幕舎の中で一つの大きな机を囲みながら、
なにやら会議をするために集まっていた郡将達の物であった。
「諸侯も知っていようが、あそこは守に有利な地の利を持つ強固な砦。我々が戦った情報を元にすると、砦の賊軍はおよそ2000程。しかし、なかなか精鋭が揃っておるらしく、我が官軍も攻めあぐね、あの強固な砦に挑んだが幾度となく敗れ、そのつど煮え湯を飲まされている。我が軍の総数は10000。数では勝っているが、数を有利に攻め取れる場所とも思えん…。諸侯らの中にこれを打開する案ある者、策ある者あらば、進言して欲しい」
机を真っ直ぐにして上座、正面真ん中に立っている黒の鎧兜をつけた男
四谷郡の頂天教軍討伐隊の総大将であるジャデリンは悩んでいた。
今まで郡の兵を用いて大挙して、この砦の攻略に武を持って臨んできたが
開いてみれば敗戦に次ぐ敗戦、どれも無残な惨敗だったからだ。
悩みぬいた末、ジャデリンは己の面子も捨て
集まった官軍の将達に弱気を見せ、議論を交わしてもらい
良き意見あれば採用しようと思ったのだ。
「陛下に上奏し、援軍を頼みましてはどうでしょう」
「それでは時間がかかり過ぎるではないか!」
「迂回して回り道をし、三方の要所を攻略しては如何でしょうか」
「回り道をしている間に背兎城を落とされたらどうするのじゃ!」
「雑言を浴びせ挑発をし、いぶりだしてみては如何でしょう」
「前にやったが、砦内の兵はそのような挑発には乗らん!」
「このまま睨み合い、兵糧攻めを行うのはどうでしょうか?」
「その間に後方から敵軍の増援が来たらどうする。それに我々は人数が多い分、奴らより兵糧の減りが早いぞ」
「川に毒を流してみては・・・」
「馬鹿者!河川に生きるものを全て殺せというのか!それに背兎城にも水が繋がっていることを忘れたか!!」
ワーワーッ!ザワザワ!
「・・・むう」
『ああでもない、こうでもない』と、うだつの上がらない
郡将たちの議論を聞き、ジャデリンはすっかり参ってしまっていた。
「将軍。真に僭越ながら、私の論をお聞きなさいますでしょうか?」
そういったのは郡将の中でも一際目立つ姿。
白い生地に黒い線の入った衣服を纏い、一際細い華奢な体と剣を携え、
美しい星をあしらった装飾が施された兜を被り、戦場にあって、
その美しさから『併華将軍』の異名をとる
一軍の雄、ミケイ将軍であった。
「おう、ミケイ将軍。申してみよ」
「はっ。敵はいくら精鋭ともいえど所詮2000の民出身の兵。我が鍛えられた官軍には劣りましょう。平地での戦なら問題なく勝てます。問題なのは挑発が利かず、砦からおびき出すのが難しいことと、橋の奥に聳える砦です。鏃門橋は大軍が通るには狭い上に、砦へ向かう最短の一本道であるのですが、なにぶん長い橋故に軍の行軍は見え見え、ここに大挙して城門を崩そうとしても、砦の弓や落石などで、正面に当たる兵の数…つまり『厚さ』は敵軍の方がむしろ多いでしょう」
「ふぅむ。ではどうすればいいのじゃ」
「策は二つ。一つ目は、日の出と共に全軍にて大挙し、程ほどに戦って退却し、敵軍にわざと勝利を得させます。大勝利に浮き足立ち兵士達が砦から出てくれば幸い。森林に伏兵を用意し、平地の戦闘で敵を叩きます。敵に大打撃を与えられます」
「なるほど陽動の策か。しかし守将が優れたものであって、我々の陽動に気づき、砦から出撃しない場合や、取り逃がした場合はどうする?」
「ふふふ、だから先ほど『出てくれば幸い』と申したでしょう」
「む・・・。では二つ目を申してみよ」
「二つ目の策。それは少数精鋭の決死隊を作り、夜の闇に紛れ砦に近づき夜襲をかけるのです。幸い、この頃の天は月が隠れ闇が覆う曇り空。進入を許したことのない砦の兵士達は動揺し、そこに火を放てば混乱するでしょう。決死隊が城門を開けると共に我々がなだれ込み、砦を奪取します」
「たしかにそれが成功すれば間違いなく大勝利。兵達の被害も少なくできるだろうし万々歳だ。しかし、守兵の監視も厳しい。敵に夜襲に備えがあった場合どうするのだ。城壁は隙間無き石垣に守られ登るに苦難。それに、それをやってのける度胸のある豪の者がここにおるだろうか・・・失敗は士気にも関わるしのう、ううむ」
稀代の猛将と謳われたジャデリンの余りにも弱気な
その姿を見たミケイは、蒼白の顔面に生えた黒眉をピクッと動かし
スゥとゆっくり息を吸い込むと、強く諌めるような口調で言を発した。
「ふふ、策は常に代償を背負うもの。代償を背負う故に見合った大勝利もありえるのです。策も無く、いたずらに兵を失い、代償を払う度胸も無く、それを恐れる将に兵が預けられるでしょうか?世が救えるのでしょうか?郡、州・・・いや大陸にその名を刻む武才の士、猛将ジャデリン将軍は何処へ行ってしまったのでしょうか!」
「ぬううッ!なんたる暴言!ようし、その高言、撤回することはまかりならんぞ!ミケイ将軍!では、そなたが夜襲の隊長となり見事成功してみせよ!」
「神明に誓って成功させてみせましょう!では明晩!砦に火の手があがり次第、兵を向けてください!決死隊を編成するため、これにて失礼する!」
憤慨するジャデリン将軍の反応を見て、強い語調でそう言うと
フッと笑みを浮かびミケイ将軍はゆっくり他の将軍達に会釈をした。
そして、白い肩掛け物を翻し、幕舎を後にすると
後に残ったのは怒り、黙ったままのジャデリン将軍と、
その場に居た郡将達の中傷の言だけであった。
幕舎の外に出たジャデリンは、曇る夜空を見上げ
物思いに耽るように、その蒼白の美顔についている唇を緩ませた。
「これで抜かれた猛将の牙も生え変わり再び鋭く光るであろう」
―――数分後、誰も居なくなった幕舎の左手の席
幕舎の布に松明の光が注がれると、三つの影が動いているのが見える。
「ミレム殿、あの態度、どう思われます?」
「さあなぁ。しかしあの将軍…ミケイとかいう男。只者ではないようだ」
「それがしにはわかりませぬ。武で攻めれば決着などすぐではござらんのか?」
疑問を浮かべるスワトに対して、ミレムは
少し笑みを浮かべながら判りやすく、こう言った。
「いやいやスワトよ。私も今、兵法というものを学んでいるが、用兵の基礎、自由自在の攻め守りによって、多数を相手に勝利を得る。どんな武に優れた者も、圧倒的妙策に陥れば弱者になる。逆にどんなに弱者でも兵法と策さえ持ち合わせれば、どんな強大な敵も倒せる。なかなかどうして、兵法とは奥が深いものだ」
「そんなものですかね。それがしは己の武によって敵を一人でも多くなぎ払い、武功を立てるのが将だと思いますが」
スワトは聞いているようで聞いてないフリをした。
余り自分の持っている信念のものとは価値観が違うようだ。
しかし、その言葉を聴いたポウロは笑いながらこういった。
「流石豪傑。わかってらっしゃる」
「なんのことじゃポウロ殿?」
「・・・?」
キョトンとする二人を尻目にポウロは手を掲げると
高らかに幕舎の中で、その言を放った。
「武功を立てるのが将の役目!つまりあの将軍の決死隊に名乗りを上げ、成功をもって将としての武功を立てるのです!」
「な、なんだと!?」
誰も居ない幕舎の中で、松明の光に踊る陰が三つ。
・・・そして時は、次の日の晩を迎えた。




