表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/56

第五回

英雄百傑

第五回『徳者、凡人を諭し決意新たにし。凡軍、惣村にて出立す』



―あらすじ―


昔々、巨大な大陸を統治する皇帝がいた時代。

大陸の東、関州(地方)は楽花郡(県)のとある町で、男が罪を犯し投獄される。

男は、苦し紛れに自分は皇帝を救った英雄だと嘯いた。

同じ牢内に居た豪傑スワトはこれに感動し、義によって牢破りを行い

鉄の牢を破る怪力と韋駄天の如く俊敏さで脱獄を敢行し成功した。

一方その頃、天の異変に気づき、燻っていた功名心を再び燃え上がらせた

盛草村の村長の息子ポウロは、夜中に星の流れと共に現れた

スワト達に何かを感じ、スワトと男を三日三晩手厚くもてなした。

理由も話せず、嘘を続けることも出来ない男は悩み、周りに誰か居るのかも

確認せず、自分の心を思わず吐露してしまったのだった。


―――――――――――――――――――――



コン、コン。


「ならば死ぬつもりで三つを手になされ。私がお手伝い申そう」



「えっ!?」


ドカッ!ドサッドサッ!


戸を軽く叩く音とその声に、優男は肝を抜かれるような思いがした。

勢いあまって優男は寝ていた床から転げ落ちると、無様にも地に突っ伏した

格好で、落ちた痛みをこらえながら、驚きと焦りの表情で

戸を見上げるように覗いた。



(い!今の話聞かれたか!?ま、マズイ・・・!!)

「だ、だれじゃ!そこにおるのは!」



自分の心中を誰が居るともわからない部屋で軽はずみにも吐露した事、

その余りにも迂闊過ぎた自分を責めた優男であったが時すでに遅かった。



「失礼いたしますぞ」



戸の前で声が聞こえると、ガタッと両側の開き戸が開け放たれ

キィと音が聞こえるとそこには見覚えのある若者が立っていた。



「この村の長の息子、ポウロでございます」



キィー・・・パタン。


ドアの戸がゆっくり閉じられると、灯篭の明かりの下にぼんやりと人が現れた。

面長の顔面に少々のヒゲを蓄え、中背で少し痩せ型の体に

袖長のゆったりとした緑と黒の刺繍の入った着物を纏った

この家の長の息子ポウロ、その人であった。



「おやおや、どうされましたか?床に突っ伏して何かのまじないですか?」


「い、いや!ちと泳法の練習などしようと思いまして!ハ・・ハハハ!」



ヌルッ・・・ポタ・・・


「それにそのお顔、滝のような汗が出ていますぞ」


「こ、これは…少し酒を飲みすぎて体が熱くなりもうして!」



スッ…

そう聞くとポウロはニッコリ笑いながら踵を返す様相を見せた。



「ふふふ・・・では扇ぎ手の者(召使)を呼びましょう」


「い、いやいやこれ以上何か世話になっては、私も心狭くなる一方ですので…」



応対の理由にしては、なんとお粗末で、なんと無様な様子だろうか。

優男は口では強がって話すが、内心は殆どパニック状態だった。

焦る余り常軌を逸し、顔面・腕・背中などなど、

全身のありとあらゆる場所から滝のように噴出す汗を流し

手足は震えが止まらず、喋る唇でさえ震えることをやめず

所々どもりながら優男は必死にポウロの質問を返していった。



「ふふ、英雄にしては随分と謙虚なことですな・・・」


「し、して何か用ですかなポウロ殿。わ、私は酒宴で疲れました。用無ければ寝かせてくれれば、さ、幸いです」


「いえ、私は何か声が聞こえたので、英雄に何かあってはまずいと思ってはせ参じました次第でございます」


「そ、そうでしたか。で…私の声は何も聞こえなかったのだな?」


「ええ、聞こえませんでした」



そのポウロの言葉にホッと胸をなでおろし、

やっと気持ちの平静を保てるようになった優男。

全身から流れ出す汗も止まり、表情も必死さが消え、その強張りを解いた。


しかし、安心した優男を少し笑うようにポウロはニンマリと唇を広げると

ある言葉を優男に向けて投げかけた。



「ふふふ。ええ、聞こえませんでしたとも…『どうしたらいいんだ。本当の事を言えば殺されるだろうし、言わなくても何れ殺される。俺に嘘をつき続ける程の度胸があれば…あの大男をねじ伏せれる話術があれば…この世を動かすことのできる権力があれば…』などとは、絶対に聞こえませんでした」






「げえーっ!」




ガラガラガラッ!ドカンッ!バタッ!



上りかけていた床の間から、再び回転するほどの物凄い勢いで

音を立てながら地へと倒れる優男。その音は家中に伝わるほどの音で

余りの爆音に、隣の部屋で寝ていた豪傑スワトが寝室へと駆け込んできた!



ガンッ!バターーン!


「ザンゴー様!どうかいたしましたか!?ええぃくせものか!我が英雄と知っての狼藉か?!何処だ!何処にいる!出てそれがしと勝負せい!」



鬼のように顔を真っ赤にしてドアをぶち破ってきたスワトに

ふふっと笑いを浮かべるポウロと、地面に突っ伏し

まるでまな板の鯉のようになっている優男。

入ってきたスワトの形相を見て、優男はその時こう思った。

「終わった」と。



「ハッハッハ!早とちりですぞ!スワト殿の早とちり!曲者など何処にもございません!ただザンゴー様が床の間から滑り落ちただけです」


「は!?は?ああ、そうでござったか、それならば安心安心」


「ふふ、そうじゃ。早とちりなのじゃ。全てはスワト殿のな」


「はっはっは!それがしの昔からの悪い癖でな。これはすまんことをした」



スワトの大声で笑うと鬼のような形相を解き、平静を取り戻した。

だが、ふと優男のほうに目をやると同時に疑問を感じた。

自分の聞いた音は滑り落ちたにしては、余りにも大きな音だったし、

優男の落ちた格好が不自然すぎるのも腑に落ちなかった。

見れば優男の着物は水でもかぶったかのように汗が滴り

顔面は死んだように血の気が引き、青ざめている。

少々の疑問を感じたスワトは、ポウロに言を投げかけた。



「あ、あのう…ポウロ殿。ザンゴー様は酒が回ってあのように落ちたのでしょうか?」


「…!!」



狼狽し、慌てる優男を尻目に、ポウロは淡々と答えた。



「ふふふ、ザンゴー様は酒に強く。万が一にも転げ落ちるようなヘマは致しません。なあに泳法の練習でもしていたのでしょう」



ポウロがそういうと、スワトは再び疑問を投げかけた。



「では、なぜあのように着物が濡れておるのだ?」


「水もしたたる良い男というではないか。それに酒を飲めば体も熱くなり汗もかこう?普通のことではないか」



ニヤリと笑うポウロの視線を感じ、一言一言を聞いていた優男は

まさに針のむしろに座るような思いであった。

そして、スワトは最後にこう質問する。



「では、なぜザンゴー様の顔面は死んだように蒼白なのだ?」


「は・は・は!それはあなたに殺されると思っているからでしょうな」


ガタッ!

言葉を聞くや否や、スワトが伸び上がる巨木の如く長身を立ちあげ

首をせせこましく振りながら、ポウロと優男に視線をやり、狼狽する。



「そ、それがしが!?なぜ!?」


「ふふふ」


ニコッと不敵な笑みを浮かべるとポウロは目を瞑り、

手を優男のほうへスッと出すと、いつもの声でこう言った。



「もういいでしょうザンゴー様・・・いえ、名も無き罪人よ」



「!!!!!!!!!!!!??????????」


驚いたのは優男よりスワトのほうだった。

電流が走ったように顔面は硬直し、開いた口は閉まるということを知らなかった。



・・・



―――しばしの沈黙が部屋を包み、

外で鳴く虫の声がなんとも悲しげに聞こえ始めた頃。

優男はワナワナと震える体にグッと力を入れると、乾燥した口内を潤すために

傍においてあった水を勢い良く飲む。



「…(おそらくこれは俺が飲む最後の…死に際の末期の水だ)」



ゴクリゴクリと喉が潤う感覚を得た優男は、

息を2,3放つと、ついに重く閉ざされた口を開いた。



「…ポウロ殿の仰る通り。私は無銭飲食を働いた、ただの流浪の旅人でございます。名をミレムと申しまして、毎日の食にも事欠き、お恵みや施しを受けて生活をし、口先三寸と小さな嘘で世間を騙す、しがない子悪党にございます」


ガタッ!


「な、なんだと!!では某へのあの言や、あの嘆きは嘘だと言うのか!!」


「その通りです!私はヤケになって英雄の嫡流と嘯き!闇より現れた貴方様が私を嘘を信じ、それから間もなくして鉄の牢を打ち破った姿を見て恐ろしく感じてしまい、その時とっさに真を語ることができなかったのです!あの時、私が嘘を嘘だとスワト殿に言っていれば…いえ、今となっては全て妄言でしょう。さあ、どのような罰も受けます!」


バンッ!


「おう!その言や良し!それがしを謀りおって!!この場で手打ちにしてくれるわ!!!」


スウッ


「まあまあ豪傑殿、落ち着きなされ。たしかにこのミレムの嘘は罪です。しかし世には嘘も方便という言葉がございます。それに、早とちりしたスワト殿にも責任がございます」



「むむむ・・・!!」



口が開いて物も言えない風だったスワトが激流の如く憤慨の声を漏らし、

その場でミレムに掴みかかろうとしたが、とっさに

そこへ仲立ちするようにポウロが割って声をあげた。

スワトは、怒り心頭だったが理屈の通ったポウロの言葉に負け

その場にドシンと座り込んだ。


「・・・」


そしてスワトは目の前のミレムを見た。

ただひたすら土下座し、命乞いをするでもなく地に顔をただ埋め

許しを請うためにはどのような罰をも受けると言う、その立派な態度。

しかも、並の男の前ではない。

並み居る番兵を物ともしなかった、この豪傑スワトの前で

物怖じすることなく、まさに死を覚悟した態度を見せられると

スワトはどことなく、この男の根底にある『何か』が判るような気がした。


「・・・ふうむ」



そしてポウロは、そんな様子を見ながら、

ゆっくりと口を開いてこう言った。



「さあさあミレム殿。スワト殿も判ってくれた様子、顔をお挙げなされ」



そういうとミレムは臆することもなく、ゆっくりと頭を上げる。

その表情は少し前の優男の顔ではなかった。

目は下を向いていたが真っ直ぐポウロを見、姿勢はハリガネが通ったように

ピンと張っていた。


それを見たポウロは、ふふと笑うと真剣な口調で語り始めた。



「最初に会った時から私は気づいていた、そなたが英雄の血筋ではないことに。風体、徳、話術、腕力、知識、見るところどれをとっても英雄として光るところが無い。しかし、私はそう判っていても屋を貸し、三日三晩贅の極みを尽くしそなたに礼を尽した。それは何故か?」


「・・・私には皆目・・・」


「ならば教えよう。そなたには気運がある。罪をもって牢に閉じ込められたが豪傑と出会い解き放たれ、番兵差し迫る中を駆け抜けられ、暗い夜の道筋も星が照らした。そして天が乱れるを察知したこの私と出会い、その施しを受けた」


「・・・」


「それも全てそなたが束ね集め持っている気運というものなのだ。気運というものは、人がどうあがこうと定まっているもの。それを得た物は何者にも変えられぬ人物ということだ」


「・・・気運・・・」


「今、天下は頂天教の横暴を許し、帝に忠誠を誓う将星(群臣の星)も他の国へと流れた。そして、その後示し合わせたように我々は出会った。これは我らが力をあわせ、義を持って立ち上がれという天からの意思であろうと思わんか?」


「・・・」


畳み掛けるような論舌をミレムに説くポウロは、

大きく息を吸い込むと、再びゆっくり話し始めた。



「ミレム殿、私が先ほど戸の前で言ったことを覚えてらっしゃるか?」



「・・・死ぬつもりで三つ(度胸、話術、権力)を手になされ、と」



「度胸は世に揉まれればつく、話術は謀を学べばつく、世を動かす権力は大義さえあれば得れる。問題は定められた気運と覚悟。天を突くような勢いの気運と、根底にある覚悟さえあれば、どんなみすぼらしい小池の鯉も、時を得、雷雲を呼び、咆哮を上げ巨龍となり天空を飛び回るだろう」



バッ!


そう言うとポウロは着物を翻し、ミレムの前にひれ伏した。

何をと言いたそうなミレムをよそに、ポウロは続けてこう言った。



「ミレム殿。天下を動かすには天・地・人の三つが必要という。『天』、これは天運。つまり気運持ちしミレム殿の事でしょう。『地』は領土、財産。これは私の役目でしょう。そして『人』、つまり優秀な人物。これは豪傑のスワト殿のことでしょう。つまりここに天・地・人が揃っているのです。どうか我が明主として国を憂う英雄となってくださいませ!」


「む・・むう・・」


余りにも突然の出来事に、ミレムは内心混乱していた。

自分の気持ちに大志の芽が育っていくのを感じてはいたが

今の自分にそのような大役がまかりなるかどうかが、

増徴する大志を邪魔していたのだ。


そしてミレムは己の心が噴出したように、

自らの大志に言い訳をして、苦言を自ら口にした。



「し、しかし私は罪人。それに嘘をつき、英雄の嫡流の名を語ってしまった身だ。いくら気運が私にあったとしても、そんな嘘をつく名声無き罪人に軍や人を任せられようか?そんな罪人に世間の大義が得られようか?」



ポウロは、ミレムの弱い心への言い訳の言を聞くや大きく眼を開いて反論した。



「罪を感じる気持ちは大事ですが、それに捕われて動くことをしなければ、巨大な龍もただの大きな岩です。汚名は私が全力で対処します。それに、嘘をつく、つかないは問題ではありません。今は乱世に差し掛かり、これから世には様々な野心のものが出てくるでしょう。しかし、最後に勝つのは実直な覚悟です。名声はその後からついてくるでしょう。そういう意味で英雄ガムダの嫡流ではまだ小さすぎます。皇帝の嫡流を名乗るがよろしいでしょう」


「こ、皇帝の嫡流だと!?お、恐れ多いことを申す奴じゃ!」


「ふふふ、しかしこのまま凡人として過ごしても、どこかで野垂れ死ぬともしれない世の中にこれからはなりますぞ。義に立ち、兵を興して皇帝を救って大志を持った英雄となるのと、どちらが賢明な判断か、火を見るより明らかでしょう」


「むむむ・・・」


悩むミレムを見て、前にてただ実直な眼で平伏するポウロ。

幾分かの沈黙が続くかと思われたその時、

横で何かを考えるように黙っていたスワトが口を開いた。



「ミレム殿の実直さを見て某も今決した。頼む、我らが明主になってくれ。我が武勇、何を言われようがミレム殿と共にあることをここに誓うぞ!」


「私も誓いましょう!ミレム殿、ご決断をお願いいたします!」



「・・・本来なら手打ちにされても文句の言えない私の罪を許してもらい、その上貴公らに期待される・・・。私がそれほどの期待に答えられるかわからんが・・・わかりもうした!義のため!人のため!一緒に立とうではないか!」



「「 お お ! ! 」」





――こうして三人の勇士は自らの大志と義のため立ち上がった。


その夜は三人だけで酒宴の続きが行われ、翌日、ポウロの財を元に

装備、軍馬を整え100騎の軍団が出来上がった。

皇帝の嫡流を名乗った三勇士の名声は町を越えて郡に知れ渡り

その輝きは、小さな星の輝きにも似たものがあった。

そして三勇士を含めた100騎は、官軍と合流し

遊撃隊として、謀反を起こした南国の頂天教討伐へと向かうのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ