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第五十一回

英雄百傑

第五十一回『転向撃退 震天守将 鉄壁の守将、夕日に動く』



日は西に傾き、すでに時刻は夕暮れの様相を思わせる。

光を遮る雲は高く陰りを見せ始め、平地に射す晴れた秋空の見事な夕焼けは、英明山の山肌を燃えるような一面の赤色に染めた。

光は朱に彩られた長い一日の戦いの跡を照らし。

散らした多くの兵士の命を高らかに覗いていた。


名瀞平野中央部の激戦に辛くも生き残ったスワト、ガンリョの軍団は、

平野伝いに進行してきたオウセイの軍団と合流し、参謀タクエンの言ったとおりに琶遥谷からやってくるであろう敵を平野中央部で待ち伏せした。

しかしそこへやってきたのは、陣へと後退するステアの軍勢であった。


思わぬ場所でオウセイの軍勢と対決することとなったステアは不意をつかれ、火計による負傷者を抱えながら流石は四天王軍団とばかり奮闘したが、後ろから来るミレム、ポウロ、ヒゴウの2千の軍勢との挟み撃ちにあい、混乱する兵を纏めきれず惨敗を喫した。ステアは猛将カワバと精鋭数十人を引き連れて、武力をもって血路を開くと、キュウジュウの陣屋へ一目散に退却した。


オウセイ率いる官軍隊は勝利に沸きあがると、疲れる兵達のためにしばしの休息をとり、計略の完成のため、英明山の麓の四天王キュウジュウの陣まで再び駆け始めた。


英名山の麓 キュウジュウの陣


「四天王ステア様が御帰陣なされたぞー!」


陣を守備する兵士の大きな声が幕舎に響く。

悔しい涙と疲労の汗を流しながら帰陣したステア軍団は、官軍隊にまんまとやられた自分達の情けない姿に恥じながら木柵の門をくぐると、そこにあった信じられない光景を見た。


「おお…なんちゅうことじゃ…四天王軍団が皆負けちょったか…」


ステアの目の先には顔を虚ろにし、敗北に敗北を重ねた四天王軍団が居た。

ソンプトの命で琶遥谷を襲ったソンプトの部下トウサ、カオウの部隊は兵を失い壊滅状態、コブキの軍団は半数以上が残っていたが、未だ大将のコブキの生存はわからず、駆け込む伝令達の報告を聞くたびに意気消沈していた。


「ステア様、守備兵数の残りを目測で数えましたが、その数2千程かと…これでは敵の襲来に備えられませぬぞ…」


陣に残った大凡の兵数を数えていたカワバは焦った。自分の予想以上に四天王軍団の被害は甚大なものだったからだ。合戦前には一万以上あった四天王軍団の兵力は、今やキュウジュウの守る陣の兵と併せて多く見積もっても、3千弱。


「ううう…いてえ…いてえよぉ…」

「水を…水をくれぇ…喉が渇いてしかたねえんだぁ…」

「た、助けてくれ…もう腕の感覚がねえ…死にたくねえよぉ…」

「静かにしてないと傷が開くぞ!こっちは水か!ええい負傷者が多すぎて軍医がたらん!元気のあるものは誰か手を貸せ!」

「合戦で俺の親父も兄貴もやられた…くそっ」

「もうこんな合戦まっぴらだ…早く田舎に帰って生まれたばかりの息子と遊びてえだよ」


兵士達のうめき、どよめき、その声は痛いほどステアの耳に入った。

陣を守るキュウジュウの守備兵1千を除けば、逃げ帰った兵達の殆どが激しい合戦に大小さまざまの傷を負い皆痛みに耐えてはいるが、どの者も半死半生…もはや、そこに戦う意思を持つ者など居なかった。

ほぼ一日中駈けずり回った兵達の体は立つ事も辛く、手をつき膝をつき体を大地に寝転がせた。身を守り敵を倒す剣や槍は大地に放り投げられ、誉れ高い四天王軍団の士気を煽る大事な将旗は地に倒れ、生気をなくした土に汚れる旗は、まるで兵士達の心を表すようであった。


ステアとカワバは、耳が痛くなるような兵士達のうめきの声の中を闊歩し、

幕舎にいるキュウジュウに合戦の終始、事の次第を告げた。


「フッ、なんてザマですか。ステア将軍。確かにソンプトの計略が敗れたのは意外でしたが、占領した陣屋の状況もわからないまま、敵の火計を許し、追撃をかけて敵を打ち破ろうとは…おめおめと将も兵も失って敗北し、私の前に出れたことすら嘆かわしい。無様にも程がありますよ…なんて無能な将軍なのでしょう!」


「そ、それは…しかし…まさか敵が自分の陣に火をかけるとは思わず…!」


「カワバやめい。キュウジュウ将軍の言う事は本当のことでゴワス」


キュウジュウの嘲りに耐えかねたカワバは思わず声をあげるが

ステアはカワバの体を止めて、ただ落ち着いてその罵倒を聞いた。


「ふん…誉れ高き四天王の部下が言い訳ですか?情けない!だいたいステア将軍もステア将軍です。このように考えもなしにいつも無駄に被害を出して突っ込む匹夫ぶり…。フフッ…上司は部下を映す鏡とは良く言いますね。配下の武将がこうも武力一辺倒でイマイチ粒が揃わないのも、ステア将軍のせいではないですか?」


「むうう…言わせておけば!!戦いもせずにおのれ!」


「やめんかカワバ!」


今にもキュウジュウに襲い掛かろうとするカワバを、腕一本で止めるステア。

キュウジュウはその行動に驚きもせず、冷静な口ぶりでステアを何度も罵った。

聞くカワバは音が聞こえるほど歯軋りし、いつ怒りのあまりキュウジュウに襲い掛かるかわからないほど手足は力が篭り、キュウジュウが口を開けるたびにワナワナと震わせた。しかしその隣でステアは、ただ敗軍の将としてキュウジュウが次々放つ冷酷な罵りに耐えていた。


そこへ、ソンプトが慌てて駆け込んでくる。


「あ、アチキの完璧な策が敗れたって!そ、そんな馬鹿なことがあるかい!」


紫の甲冑を着込んだソンプトは、慌ててキュウジュウに詰め寄る。

キュウジュウは事の次第を後からやってくる兵士から聞いた情報を

簡略にして、敗戦の結果の旨をソンプトに説明した。


「そんな…あるわけが…アチキの策は完璧のはずだわよ…あ、あわわ…」


ドカッ!


説明を聞くと、ソンプトはその場に膝をついて倒れた。


ガリッ…!ガリッ…!


「アチキの策…アチキの策は…完璧…完璧…完璧なはず…完璧なのに…何故…ありえない…ありえない…ありえない…!」


ソンプトは青ざめた顔面を地に向けると頭を抱え、ブツブツと小声で何かを呟きながら、指で顔面を爪をたててかきむしり、頭を地面に叩きつけ、異常とも思えるその行動を何度も繰り返した。

頭や指を数度往復させる内に、顔は見る見るうちに赤みをおび、爪は肌を削り皮を裂き、顔の赤みは、いつの間にか朱の色に変わり、滲み出る少量の鮮血にソンプトの顔は染まった。


「…」


カワバとステアはその光景に絶句した。

いつも偉そうに己が策を披露して鼻にかける嫌な武将だと思っていたが、このように精神的に脆い一面があることを彼らは知らなかったのである。


「完璧…完璧…完璧なはず…微塵も敗北する可能性は…可能性は…」


ソンプトの策知、計略に関する高い自尊心。

四天王随一の鬼謀を自負し、自分の考えだす策に絶対の自信を持っていた…だからこそ己が策を用いて敗北したことが許せなかった。強気に発言する自信家ほど、その自尊心が崩れる時は弱いものである。唯一無二の自信という物を喪失する恐怖感と焦燥感は、他人の感じるそれを超越したものであった。


「「「ワーッ!!!」」」


その時、沈む夕日に照らされながら陣屋の東から喚声の声があがる。

平野を走り抜けて官軍総勢6千の兵がキュウジュウの陣の5百歩先に現れた!

騎馬隊を率いて先陣を担うオウセイ、槍兵隊を率いるスワト、歩兵隊を率いるドルア、リョスウ、ガンリョ。絶やさず松明に火をくべ、小弓隊を率いるミレム、その後ろにはヒゴウ、ポウロの工作隊が銅鑼をけたたましく鳴らした。

官軍兵士達の顔は、疲れてはいたものの、勝利を手前にして意気揚々であった。


「ひっ!て、敵襲だ!」

「も、もう戦はイヤじゃ。わしは一歩も動けんぞ!」

「うう、戦いたくとも体が言う事を聞かぬ…」


陣内で負傷しうめきを上げて倒れていた四天王軍団の兵士達は、

夕焼け空に美しく映える、その層々たる人物達が立ち並んだ官軍隊の姿を見てたじろいだ。


「くぬっ!敵が勢いにのって攻めてきたでゴワスか!」


「…キュ…キュウジュウ!…敵だ!…アチキの策を破った敵がくるぞ!どうしよう…どうしようキュウジュウ…」


数の多数に慌て始めた四天王二人を前に、キュウジュウは静かな顔を浮かべ、至って冷静さを保ちながら、こう言った。


「ふっ、ソンプト将軍まで…情けない…しっかり気を持ってください。たしかに合戦には破れました、ですが、行方知れずのコブキ将軍を除き、皆生きているではありませんか。それにここには堅固な陣と無傷の守備兵がおり。なにより後ろには英名山の鉄壁の関がまだ二つあります。フフッ、そしてこの私、四天王鉄壁のキュウジュウが居る事もお忘れなく…」


キュウジュウはそう言うと幕舎を出て、

差し迫る官軍隊の兵に向かって陣屋の端々に伝令を飛ばすのであった。


「オウセイ将軍!陣を取り囲む配置が出来ましてございます!」


「よし、では我ら騎馬隊は正面の門へかかるぞ!続けーーッ!」


「「「オオォォォーッ!!!」」」


オウセイの号令と供に、キュウジュウの陣屋に向けて正面からオウセイの騎馬隊、左手からはリョスウ、ドルア、ガンリョの歩兵隊が攻めかかった!また、右手にはスワトの槍隊がミレムの小弓隊を守るように配置された。


「よいか!キュウジュウ様の言われたとおりにやるのだ!よいな!」


「ははっ!」


陣を守る守備兵1千は、正面にキュウジュウ率いる5百、右方に部下トウロウ率いる3百、左方に同じく部下のバシュク率いる2百と分散し、それぞれがキュウジュウからの秘策を預かっていた。


「キュウジュウ様!敵軍が来ます!その距離2百歩ほど!」


「ふふっ、それでは…近づいてくる敵に十梗(ジュッコウ)を浴びせてやりなさい」


「ははっ!」


ガラガラガラ…


そういうと、キュウジュウの兵士達が持ってきたのは十梗(ジュッコウ)と呼ばれるものであった。総木工で作られたそれは、見た目は巨大な筒のような物であり、下部左右二つに長く飛び出た漕ぎ棒の先に、水車と水車を重ね合わせるような簡易な歯車が存在し、幾重にも重なる伸びる強力な弦が、その歯車と中央の巨大な木箱に直線となるように配置されていた。


「漕ぎ手は4人一組で行い!狙いは先頭の一人がつけなさい。敵が見えたら一気に攻撃を開始するのです!」


「ははっ!」


キュウジュウの指揮により、兵士達がそれぞれ決められた場所に移動すると、

前後ろ二輪ずつ付いた合計四輪の強固な鉄の車輪と土台に乗せられた十梗が差し迫る官軍に向けて、向きを傾けられる。


キリキリキリ…ギリギリギリ…


漕ぎ手と呼ばれた兵士達は、官軍隊を発見すると、左右に伸びた漕ぎ棒に手をかけて重い漕ぎ棒を前へ後ろへと徐々に回転させはじめた。


すると次の瞬間、


タンッ!タンッ!タンッ!タンッ!

ビュンッビュンッビュンビュンッ!


十梗の巨大な木箱のガラガラという音と供に、大筒の内部から無数の鋭い矢が放たれ、強くしなる矢は放物線を描きながら正面左右の官軍隊を襲った!!


「ぎゃあっ」

「ぬおあっ!」

「ごわわっ!!」

「げえぇっ!!!」


思わぬ場所から雨のような矢の応酬を受けて、ある者は鋭い矢を受けて落馬し絶命、ある者は逃げる暇も隙もなく矢に全身を突き刺され、官軍隊は一度に百人以上の死者を出した。


「な、なんだこの矢の数は!敵陣に万の兵でも潜んでおるのか!こ、これはマズイ!全軍一度ひけっ!ひけっ!ひくのだ!」


これには流石のオウセイやガンリョ達も兵を退かずには、いられなかった。

物見の情報から1千程と言われていた守備兵キュウジュウの陣から、一度に数千を超える矢が飛んでくるのだ。それも、どの矢筋も鍛え上げられた熟練の射手の小弓の威力と思えるほどの殺傷力を持っており、射程は迫った先鋒隊の頭を遠く飛ぶほどあったのだ。兵を束ねる将として、これほど怖い物はない。


「フフッ、官軍隊が逃げ帰りますよ。それっ次々十梗を放つのです!」


「ははっ!」


タンッ!タンッ!タンッ!タンッ!

ビュンッビュンッビュンビュンッ!


「ぐわあ!」

「ぎゃあああ!」


夕日に煌く矢が十梗を美しく照らし、官軍兵士の命を奪う!

たまらずオウセイの騎馬隊は差し迫る矢の雨に被害を出しながら、矢の届かなくなる5百歩ほど下がった場所へ来ると、これまた後退してきたドルア、ガンリョの歩兵隊と合流し、差し迫る雨のような矢を前にどう攻めるかを考えていた。


「皆大丈夫か!タクエン殿が無理攻めをするなと言われた理由がよくわかったわ。流石は鉄壁キュウジュウの軍…恐ろしい攻撃だ。ふうむ、しかしこれでは攻めるに攻めれん。火の手があがらなければキレイ様達の軍も動けん…誰か、どうにかして敵陣に火をかけられぬか?」


「「「………」」」


しかしオウセイの言葉もむなしく、キュウジュウの陣から放たれるあの矢の雨を掻い潜っていけるような妙案を考え付くような者は、この中には居なかった。

どの者も閉口し、考える間に辺りは暗闇が差し迫っていた。

そこへ、ミレムの歩兵隊が合流する。


「おおミレム将軍、ご無事でござったか」


「はっはっ、派手にやられたが無事でござる…ヒック!なあに心配することはないですぞオウセイ将軍。逃げる間に妙案が思いつき申したぁ」


「む…?それはまことでござるか!?ではミレム殿。妙案、お聞きしましょう」



ミレムは抜けきらない酒気の入った息でオウセイに淡々と語り始めた。

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