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第四回

英雄百傑

第四回『星乱れ、徳者野望沸き立ち凡等を施す。凡、感苛まれ吐露す』


―あらすじ―


昔々、巨大な大陸を統治する皇帝がいた時代。

東国のある郡の町の牢の中、無銭飲食の罪で捕えられた口ばかりの優男は、

哀れな自分を嘆き、自分は皇帝を救った英雄の末裔だと牢内で嘯いた。

男と同じ牢に捕縛されていた長身強力の巨躯を持つ豪傑スワトは、

嘯く優男の言を聞くと、天が与えた出会いだと勘違いし

世に蔓延る『頂天教』の野心を優男に説くと、出立のため

義によって牢破りを行い、脱獄を敢行した。

並み居る50人の番兵が立ちはだかったが、これを寄せ付けず、脱獄は成功し

スワトは気絶してしまった優男を脇に掴みながら

意気揚々と道なりを走っていった。


―――――――――――――――――――――



東国 関州 楽花郡 盛草村 


スワトと優男が脱獄し、荒野を走っていた頃。

牢のある町のおよそ3里(約12km)程離れた場所にある、

ここ関州(地方)楽花郡(県)盛草村は、四方100m程の平野で

小さく貧しい村であったが、温暖な気候と豊潤な風土に恵まれ

害ある虫や鳥なども沸かない事から、そこで取れる特産物が世の評価を買い、

その名は関州に留まらず東国四方までに響き、この郡では有名な村であった。


そこに一軒の家があり、そこには一人の男が住んでいた。



「うむ。今宵の星空は、近年稀に見る綺麗さだな!」



夜の闇の中に煌々と光る星を見ながら、男は呟いた。

この男の名はポウロ。

これといった能は無く、怪力の持ち主でも無かったが、

盛草村村長の息子であったこと、本人の気さくな雰囲気もあり

村では専ら人当たりのよさを買われる徳者であった。



「う〜む。俺もあの星のように輝きたいなぁ」



ポウロは2、3呟きながら星空を眺めた。

この男、村では徳者で通っているものの、内心は熱き野心と功名心を持ち

時あらば天下にその名を轟かせようといつも思っていたのだ。

しかし、この男には財力や人心を得る徳は持ち合わせていたが

いかんせん決断力に欠け、いつも心の中で野心の火を燻らせる

毎日を送っていた。



「俺に時が来ればなあ。この世をアッと驚かせるようなあの星の如き輝きを見せれるのに未だ時は来ない。世の中には頂天教などと言う宗教の名を借りた凡愚どもが我が物顔で暴れまわっているというのに、実に残念だ!」


ヒューゥ・・・


「む、少し寒くなってきたな。そろそろ寝るとするか・・・」


ギィー・・・


少しの間、星空を眺め自分の未来像を唱えるポウロだったが

流石に夜風が部屋の中に入ってくると寒くなり、戸を閉めようとした

その時だった。



「むっ!?あ、あれは」



眼前に広がるなんとも異様な光景。

今まで暗闇の合間に点々と西の空に集まり輝いていた星たちが

その光をそのままに、一つ二つと東の空に流れていくのだ!

なんとも異様な光景にポウロが目を疑うのも無理はなかった。



「お・お・お・・・!帝がおわす西の空に固まっていた星たちが、東の空に流れる…これは吉兆か、それとも凶兆なのか!」



ダッ!バタン!バタン!



夜空を見上げ、星の動きに目を奪われたポウロは

空全体を眺めたいと思い、内から盛り上がるなんとも言えない衝動に駆られ

いてもたってもいられず、着の身着のまま外へと飛び出した!



ガタン!バタン!


「ど、どうした何事じゃ」

「どうやらがポウロ坊ちゃまが目を覚まして外で何かを・・・」

「フアーア、夜中になんですか騒がしい」

「うう、明るいなぁ、もう夜明けかい?まだ、ねむたいのになぁ・・・」


ガタン!


「うっ!あれを見てみよ!そ!空が!星が!」

「げ、げえーっ!」

「フアー・・・ア!?ややっ!なんたる不可思議なこと!」

「まだ夢を見ているのかなぁ、星が流れていくよ」


すでに寝ていた家のものが、その音に目覚め、明かりをつけ

外で夜空を見ているポウロの姿を見に出てきたが、空の異変に気づき

あるものは夢だと思い寝床に戻り、あるものは凶事だと騒いだが

寒空の中、一番早く気づいた当のポウロは何も言わず、

ただ目と口を開けて星空を眺めるだけであった。



「…(東の空に帝がいる西の空の星が動くとは、天下乱れるという事か?ふふふ、俺にも時が回ってきたということか)」



盛草村の外れ



その時、盛草村の外れまで来ていた豪傑スワトと

脇に抱えられ気絶していた優男も走るうちに正気を取り戻し、

走りながら夜空の変に目を疑っていた。



「西の空が沈み、東の空があんなにも輝くとは…なんと妙な…!」


「ふふふ、我らが義という絆で出会った事、それが空をも動かしたのでしょう!」


「ふ、ふむ、そ、そうだな!いや、そうだ!そうに違いない!」


「ハッハッハ!ザンゴー殿!どうやら運も向いて参りましたぞ、あれを見てくだされ!」


「う、うん?」


スワトが指を差した方向を見ると、土の道路の遥か先だが村らしき

明るい灯火がついた家が何軒か見えるのを優男は確認した。


少しホッとした優男だったが、村らしきものが見つかった

そんなことよりも、この大男からどうやって逃げようか考えていた。


先ほど、気絶する前に見たこのスワトの怪力は己の目を見張るものであり

嘘をついて牢を出たのはいいが、嘘がばれればこの大男は憤慨して

その怪力で自分を殺すかもしれない。


そんな必死さと相まって、どうにかして力を出したり込めたりしながら、

抱えられたスワトの丸太のような筋骨隆々の太い腕を離そうとするが

優男の力ではびくともしないのは明らかであった。



「さあザンゴー様!もう一息です!あの村まで急ぎますぞ!」


ギュッ!ギュッ!


「す、スワト殿!もう少し力を緩めてくだされ!こ、これでは絞め殺されてしまう!」


「おお、これはすまぬ。どうにも急いて力が入りすぎるようじゃ!ハッハッハッ」


ギュッ!ギュッ!


「ぐっ、ぐぐぐ・・・ぐむー」



スワトの腕の力は優男の言を聞いているとはとうてい思えないほど

巨大で恐ろしい強い力で締められ、まるで大蛇の巻きつきにも似た感覚を

優男に植え付けると同時に、あまりの締め付けの力強さに

再び優男は気絶してしまうのであった。



――翌朝 盛草村 村長の家



朝鳥がチュンチュンと鳴く声が聞こえると

窓から差し込むような光が優男の顔を照らす。

いつの間にか優男は見知らぬ寝室の床の上で寝かされていた。

室内には見知らぬ男が一人立っており、こちらを見ている。



「うっ・・?ここはどこだ?」


「おお、お目覚めなされたかザンゴー様」


「お…お主はどなたかな?」


「私はこの盛草村の村長の息子ポウロと申す者。スワト殿という豪傑が、昨日深夜にかの英雄ガムダ様の御嫡流をつれてきたと聞き、狭い家ではありますが、我が家にお泊めいたした次第でございます」


「は、はあ、なるほど…それであの大男…いや、スワト殿はどこに?」


「走って相当疲れたのでありましょうな。隣室でまだ寝ていますよ」



このポウロの話を聞き、あの大男がまだ起きていないと聞いた優男は

そのまま素早く床の身を翻し、急いで履物を履きだし、

目の前に居るポウロに事の次第を話そうとした。


「おやおや、もう何処かへお出かけでございますか?」


「い、いやなに。一宿の恩、たいへん感謝する。だが、わしは…」



バタンッ!!!



本当の事を言おうとしたその瞬間であった。

けたたましい音を立てて部屋の戸が思い切り開き放たれたのだ!



「おお!ザンゴー様!お目覚めいかがですかな!」


「げっ、げえーっ!!」


「・・・?」


そこに居たのは昨日、自分を殺しかねないほどの力で

脇に抱えられ、気を失うほどの恐ろしい衝撃を与えられた

スワト、その人であった。


スワトは昨日の汚れた衣類のまま、優男の所まで走ってくると

膝を優男の床の前におろし、手を組み、スワトの顔を見たまま

あっけにとられている優男の顔を見るにこう言った。



「むむ?大事なお話ですかな?それとも何かそれがしの顔についていますかな?」


「い、いや、そ、そのう」


今から本当の事をポウロに話そうと思っていた手前

騙されてるとも知らないスワトの不思議そうな顔を見て、

「言えばこの場で殺される」と恐怖にも似た感情が湧き上がってしまったのだ。


「・・・?・・・アッ!」


スワトは更に不思議そうな顔をポカーンと浮かべると、

ふと何か思い出したように顔を優男の床から二歩さがって一言言った。



「これは失礼!今起きたばかりで洗顔もせず、ヒゲの手入れを忘れておりましたわ!今また顔を洗って出直しますので御免!」



バタンッ!!ダッダッダッ・・・・!



スワトは素早く立ち上がると、大きな音を立てて

また戸を閉じ、顔を洗いにどこかへ言ってしまった。



「ふふ、何やらまだまだお忙しいご様子。募る話もありましょう。我が家も今は収穫の時期では無いので暇ですし…どうでしょう?幸い部屋も余っていることですし、お二方が良ければ今晩も…」


「え!?いや、それがその実は・・・」


事情の説明をしようとした優男であったが、

それをさえぎる様にポウロの声が室内にこだまする。



「はは、遠慮など無用ですぞザンゴー様。我が家も英雄の一族が泊まるとなれば、それこそ誉れでございます、幾日立っても構いません。幾らでもお休みください」


「いや、そうではなくて・・・あ・・」



バタンッ!


ポウロはその場を立つと、どこか意気揚々と立ち去り戸を閉めた。

言うべき時を失った優男は何も言えず、そのまま流されるように

村長の家に厄介になってしまったのだ。


それからの毎日は、今までの優男の生活と比べると

天と地ほどのものがあった。

毎日が贅沢に溺れ、まるで蜜漬けのような生活であった。

毎朝毎昼御馳走が並々に注がれ、晩は盛大な酒宴が開かれ

一族の女達、村の美女達が素晴らしい舞を踊り給仕をつとめた。


貧しい村だと言うのに、まさにこの世の極楽と思われるほどの

生活だったが、優男にとっては良くされればされるほど、

豪華に振舞われれば振舞われるほど、針のむしろに座り

上から石畳を抱えるのと同じ気持ちであった。



―――そして、滞在して三日目の夜



晩の酒宴も終わり、寝室へ戻り少し考え事をしながら

優男は自身の嘘に対して悩んでいた。

牢を逃れるためについた自分の軽い嘘が、大事になってしまい

良心の呵責に苛まれていた。

元来、この優男は小さな嘘や言い訳は言うものの、根はそれほど悪い男ではなく

力は無いが、正義感が強い男であった。


優男は、本当に英雄の嫡流として生きようと考えたこともあったが

いつどこでボロが出たり、本物が出てきて殺されると考えるとゾッとしたし、

嘘をつき続けることに対しての自信が、この男には無かったのだ。



「ああ、俺はどうしたらいいんだ。本当の事を言えば殺されるだろうし、言わなくても何れ殺される。どうあっても死は目に見えてる。うう、俺に嘘をつき続ける程の度胸があれば…あの大男をねじ伏せれる話術があれば…この世を動かすことのできる権力があれば…。ああ、どうすれば・・・」






コン、コン。


優男が嘆いていると、自室の戸が軽く叩かれるのが聞こえた。



「ならば、死ぬつもりで三つを手になされ。私がお手伝い申そう」


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