第四十八回
英雄百傑
第四十八回『重戦武戦 如情不選 戦の無常、名瀞に死に花を咲かす』
名瀞平野中央部 北方激戦区
着々とタクエンの後虚車実の計略が進む中、官賊双方に激戦の続いていた
名瀞平野の中央部では、血で血を洗う合戦が未だ繰り広げられていた。
長い間合戦上を前後左右に動き続けた両軍の兵の声は次第にかすれ始め、
入り乱れて激突すれば命をかけての重い鍔迫り合いを何合も打ち重ねて、
兵士達の腕と足は、すでに鉛のように重くなって、筋が引き千切れるほど
耐え抜いてきた身体は、すでに限界の悲鳴をあげていた。
体力がなくなり始めた兵士の体は汗に滲み、動物の硬いなめし皮で作った鎧は徐々に湿り、全身には酸素の欠乏を起こし、呼吸は過度に深く、過度に浅くを繰り返し、乱れに乱れた兵士の息遣いは非常に荒かった。
しかし合戦は、互いの兵士の疲れをあざ笑うかのように、
大地に血を吸わせ、非情にも運命の終結を体験させる。
槍を刺し、刀で斬り、無残に倒れる互いの軍の兵の死体の総数が
1千程を数え始めていたが、未だ戦は動かず、膠着状態であった。
「ええい、四天王軍団最強を謳われたコブキ様の兵が、官軍相手になんとふがいないことだ!コブキ様!私にお任せくだされ!見事敵中を突破いたしてご覧にいれまする!」
憤る部下シュウトの声に対し、氷のような瞳でコブキは一言呟いた。
「…行け…」
手を前に出すと黒衣に包まれた人差し指を前に向け、シュウトの顔を見るコブキ。
「ははーっ!コブキ様!四天王コブキ軍団随一の将軍である、この私の吉報を待っていてくださいませ!!それっ!参るぞ!!」
痺れを切らした様子で、活き活きとした表情を浮かべたシュウトは
護衛する屈強の者数十騎を引き連れてコブキを囲む中軍から出陣した!
それを見ていたコブキのもう一人の部下シュムは、コブキを見て言った。
「あの前線の敵将の働きぶりを見る限り、敵は相当の使い手かと…。シュウト一人では不安でございまする。私も加勢に参りたく存じまするが如何でございましょうかコブキ様…」
「……任せる…」
「ははっ!では!このシュム!見事敵兵をかく乱いたしまする!」
シュウトに続き、シュムの軍勢も前線に向かった。
コブキはその後姿を見ながら、再び氷のような瞳で戦況を眺めていた。
官軍クエセル野賊隊
「「「ワーッ!!!!」」」
最強と謳われる四天王軍団コブキの兵を前にして、
官軍隊の先鋒軍団の中でも、一際飛びぬけて活躍していたのは
勇猛な野賊部隊と、その長であるクエセルだった。
ブゥン!ドカッ!
「ぐわああ!」
ブゥンッ!ドカッ!
「ぎゃああ!!」
クエセルの鉄の斧が空を裂けば、鈍い音と供に敵兵の首が飛ぶ!
四天王軍団コブキの軍団ともなれば、一筋縄ではいかぬ
訓練された屈強な兵も多いというのに、その差し迫る敵兵を、
ばったばったと薙ぎ倒していくその姿は、クエセルに必死な物を感じさせた。
「さがるんじゃねえぞ!他の隊には絶対に負けられねえんだ!」
「お頭!いくらなんでも、このままじゃ味方の兵が見えなくなりますぜ!前に進みすぎたら敵に囲まれるぜ!」
しかし、クエセルは敵をなぎ払い斧を振り回しながら前進するのをやめなかった。
それどころか、勢いよく敵の部隊の中へ飛び込んで、どんどん斬りこんで行く。
野賊隊の一人が、敵兵をなぎ払いながら、再びクエセルに話しかける。
「お頭!なんでだ!なんで俺達賊がこうまで官軍のために戦わなきゃならねえ!」
「わかってねえなお前!俺達は賊なんだよ!今は官軍の一部隊とはいってもな!この戦が終われば、いわずと知れた天下の賊なんだ!あのキレイとかいう将軍は賊に滅法嫌われた、とんだ切れ者だ。勝って俺達の首を斬るなんてのは簡単にやる男なんだよ!」
「そ、そんな。じゃあ俺達は一体何のために戦ってるんでさあ!」
「自分と金のためだ!勝てばいいんだよ。この戦で誰よりも強く、どの隊よりも多くの首をとりゃいいんだ!」
「で、でもそれで俺達が助かる確証はねえでさあ…」
「だから!だからこそだ!俺達野賊隊が、官軍で一番役に立つ兵だってところを見せ付けてやりゃ、あいつ等だって考え直す!そうすりゃ俺達はもう賊として追われることもねえ!寒さや餓えに負けて悪さをすることもねえ!官軍様から頂く金で、毎日を裕福に暮らすんだ!」
「お、お頭…そこまで考えていたんですかい…」
「わかったならさっさと敵の首をとりやがれ!ちんたらやってる奴なんていたら、置いてくぜ!」
「「「へいっ!!」」」
敵の一角を猛然と切り崩しながら進むクエセル隊は、部隊長クエセルを先頭にして敵軍の中核に差し迫るほど、無謀な斬り込みを続けた。クエセルは勇猛果敢に敵を倒し続け、勢いのままに遭遇したコブキ先鋒隊の片翼部隊の武将メダチョウを討ち取ると、一人で兵士30人程の首級をあげる活躍をした。
「シュウト様!前方の軍はズタズタです!これでは…」
「ふん、良く見ろ。突き進んでくるのは一隊の猪だけではないか。他は突き進まずに対峙しておると見ると…馬鹿め、作戦を無視して一人で戦をしているつもりのようだな!よし、左右百人づつの連隊であやつらを取り囲め!あの猪武者に、このシュウトの用兵、見せてやるわ!」
「ははーっ!」
シュウトは冷静にクエセル隊の動き、敵軍総勢の動きを見て、クエセルがただがむしゃらに突き進んできていることを悟った。そして、命令を飛ばし始めて時間が立つと、四天王軍団の兵達に一つの動きが見えた。前方の軍が退き、左右に兵がまわったのだ。そして前方を指揮する先陣に四天王軍団中軍のシュウトが駆けつけてからは、ひどく一方的な戦になった。シュウトは、まず将を討ち取られて混乱する兵達の長を呼び集め、それらを纏め上げると、部隊長をそれぞれ混乱する兵の元へ派遣して、怖気づく兵達全員を落ち着かせた。そして、野賊隊の周りに兵を動かすと、彼らの退路を塞ぐように兵を十重二十重に囲み上げたのだ。
すると次第に敵陣に突っ込みすぎたクエセル達の野賊隊は、退くに退けない状況に陥り、徐々にシュウトの用兵術にかかり、いつの間にか絶体絶命の位置へと誘い込まれていった。
「「「ワーッ!!!」」」
野賊隊の四方八方から喚声が上がり、屈強な兵士達が襲い掛かる。
「くそっ!囲まれたか!野朗ども!まだ元気はあるか!俺達の名をあげりゃ褒美は思いのままだぞ!死ぬ気で敵の囲みを突破するんだ!俺等の強さを敵に見せてやれ!踏ん張れ!踏ん張りゃ生き残れる!生き残るんだ!」
絶体絶命の前線で、大声を上げながら指揮をとっていたクエセルは、敵の屈強な兵士に次々と自分の部下がやられるのを横目で見ながら、必死になって腕に握られた鈍い鉄色を放つ斧をブンブンと振りまわして、部下達の士気をあげるために大声を放ち、続々と来襲する兵を討ち取っていったが…
「ぐえっ!」
「ウァギャアア!!」
「おかしら!も、もう無理だぁ!」
「は、はやく。おかしらだけでも逃げてく…ぐわああ!」
クエセルの頑張りもむなしく、その結果は散々たるものだった。
勇猛な野賊達は殆ど討ち取られ、クエセルを守るものも数えるほどになっていた。
「くそっ!敵の奴ら!いきなり息を吹き返したみてえに調子付きやがって!どんな手を使ってやがる!どこを突いてもまるで突破ができねえ!」
野賊達はそれぞれ勇猛だったが、数で攻めるということを知らなかった。
前進と命令を受ければ、ただ前へと考えもなしに突き進むだけ…
類稀なるシュウトの統率力と、訓練された兵士の数を用いた戦術から見れば、
それは野に放たれ一匹の猪が、がむしゃらに抵抗するのと同じ事であった。
クエセルの部隊が動けば、シュウトが右に左に命令を飛ばし、
そのたびにクエセルの戦力は削がれ、残された針の隙間ほどの脱出路さえも失われていった。
「…ちくしょう!そ、そうだ!ガンリョ将軍は!スワト将軍はどうした!このままじゃ抜け出せやしねえ!おい!誰かっ!誰かいねえのかっ!…ちっ!俺以外は殆どやられちまったってのかよ…!」
野賊の死体の山を周りにして、虚空に吼えるクエセル。
ガンリョ、スワト隊は、進軍するクエセルの救助に向かっていたが、
シュウトの後軍から援護に来ていた、シュムの用兵術にかかり
前と側面からの攻撃に対応して、足止めを食らっていた。
「やあーっ!」
「それっ!」
ブゥン!カキーンッ!ブゥン!!カキンッ!
「はぁ…はぁ…くそ!!この!このおぉぉッ…!て、手が痺れてきやがった…!うおお!味方は何をやってやがるんだ!ちくしょう!このっ!うおりゃぁッ!」
取り囲まれ、四方八方からとめどなくやってくる敵の屈強な兵を前にして
援護もなく、痺れる腕の感覚と焦燥感だけがクエセルを包んでいた。
ザッ!
その時、急にクエセルの死角から飛び出してきた兵士が一人、
クエセル目掛けて、真っ直ぐな槍を突き立てて勢い良く突っ込んできた。
疲れ始めていたクエセルの目には、その兵の影が見えなかった。
「敵将め!覚悟ッ!」
「うっ…!」
ビュウッ!!ズブブブッッ!!
「ぐがッ…ぶぁッ!!!!!」
兵の槍先は真っ直ぐに伸び続け、クエセルの腹を捉えるとその鎧を貫通し、
クエセルは今まであげたこともない苦悶の表情と痛みの滲む声を浮かべ、
自分の腹に刺さった槍と兵士を、ワナワナと震えるように睨んだ。
「こ、こ、の…う…!!てめえっち…!そんなにこの俺に討たれて死にてえのかぁ!」
ブンッ!!ドカッ!!
「ギャアア!」
槍に刺され、鮮血ににじみ始め激痛の走る己の腹を省みず、
クエセルは斧を振り下ろして、目の前の刺客を頭から一刀両断に葬り去った。
ザッ…ザッ…!
鮮血をあたりに散らしながら倒れる敵軍の兵士の先には、
一人、また一人とクエセルの命を狙う次の兵士が歩み寄ってきていた。
「ち、ちきしょう。ど、どうやら俺は…と、とんだ大ドジ踏んじまったか…だ、だがな。こんなところで俺は死ぬわけにゃいかねえんだよ!お、俺には、まだ、か、金に不自由しない人生を、ぞ、賊じゃない真っ当な人生を…楽しむって夢があるんだ!み、見てやがれ…こんな槍の一つや二つ…う、うおりゃぁあああああああ!!!!」
ズブッズブブブッ!ドボッ…ブシャァァ!
クエセルは苦悶の表情のまま、自分の斧を置くとその場にしゃがみ
顔面に脂汗を浮かべながら、激痛に震える声をあげ、
腹に突き刺さったままだった敵兵の槍を、一息に抜いた!
同時に、朱色に染まった槍の先端と、流れ出るクエセルの赤色の鮮血が
大地にゴトンと音を立てて落ちていった。
「さ、さあ、来るなら来やがれ…!お、俺のように…血まみれになって…死にてえやつは…この野賊の長クエセルが相手をするぜぇ!さ…あ!来やがれ!」
ザザッ…ザザッ…!
足をハの字に開き、赤く滲んだ震える手にもう一度力を込めると
自分の斧を握り、その場に仁王立ちするクエセル。
振り乱された髪、全身の生傷は赤く濡れてクエセルを彩り、
いつの間にか口からも流れ始めた流血は、兵士が刺した槍の一撃が、
致命傷に近い激痛であったことを、遺憾なく物語るようであった。
だが、顔を激痛に滲ませながらも…それでも威風堂々と立つ、
驚くべきクエセルの気力と精神力。
その生への執念の咆哮は、兵士達を圧倒し、その場にたじろがせた。
ドッドッドッドッドッ!
そこへ一騎の騎馬が兵を割いてやってくる。
「我こそは四天王軍団コブキの部下シュウト!貴様の命、この俺がもらった!我が九字凶槍を受けられい!」
悠然と栗毛の馬と供にやってきたのは、黒鉄の鋼に鍛え上げられ二又に分かれた蛇腹の槍『九字凶槍』を持ったシュウトであった。
「へ、へ、へっ、お、俺は、武家…生まれじゃねえからな…名乗る名はねえ…さっさと…かかってきやがれ!」
「それでは行くぞ!やあっ!!」
ドッドッドッドッ!ビュウッ!ガッ!!ガキッッッ!!!!
一合目。
栗毛の馬に黒い戦包をたなびかせ向かってくるシュウトの九字凶槍は
クエセルの斧に打ち合いの瞬間、火花を散らすように激しく当たる!
斧はしなるような反動を受けて、大きな音を上げたが
クエセルは斧を振り下げて腹から血を流すも、無事だった。
「そっ、そう易々と殺されるかよ…」
「…ふんっ、次参るぞッ!!」
ドッドッドッドッ!ビュウッ!ガッ!カキーンッ!!!
二合目。
再び互いの武器が火花を散らし、大きな音が響き渡る!
馬上より振り下ろされた九字凶槍は、狙ったかのように
振り下ろされた斧の切っ先にあたり、当たった反動で場に血を吐くクエセルだったが、またもや首はとられることなく無事であった。
「…け、怪我人相手に…ま、間抜けが!」
「参るぞ…これで最期だ!」
ドッドッドッド!ビュウッ!ガキィィィィンッ!ドカッ!!!!!
三合目。
ニヤリと笑みを浮かべた馬上のシュウトの九字凶槍は、
血にまみれたクエセルの斧を弾き、握られた柄を破壊すると
そのままの勢いをもってクエセルの首を、見事に一振りで断ち刎ねた。
ドサッ…!
放物線を描きながら、勢いよく首から吹き出る血と供に、
糸が切れたように倒れこみ、言葉を発する事も無くクエセルは絶命した。
宙に飛んだ彼の首、その目は力を失わず開け放たれたまま、
倒れた胴体は徐々に冷たくなる血を伴って名瀞平野の大地に染みこんでいった。
「敵将討ち取ったりーっ!」
「「「オーッ!!!」」」
高らかにあがるシュウトの声と供に、歓喜の湧き上がるコブキ軍団の兵士達。
シュウトは纏め上げた兵士たちを、すかさず別方向で戦うシュムの軍勢へと向けると、惨たらしい合戦の後が残るその場所を後にした。
ゴォォォォォ…
無常に死んでいった野賊隊と、その長クエセルの死体に
砂をかけるように、名瀞平野を強く寒い東風がふく。
冷たくなっていくクエセルと道端に雑然と詰まれた野賊隊の死体の横には、
無常を語る殺風景な場景と、血で濡れて悲しげな草花だけが、
彼らに備えられたように永遠と続いていた。




