第四十五回
英雄百傑
第四十五回『計略開始 対騎千合 再戦四天王!激烈極まる戦の序』
季節に伴って紅く色づき始めた森花、穏やかな秋風の吹きかかる名瀞平野に
両軍謀士達の知恵、智謀、策謀が渦巻き、その下知を受け、兵が動く。
合戦の準備の終了、その頃合は示し合わせたように同時であった。
対峙する両軍の兵達は今、名瀞平野の巨大な人波のうねりとなって構えていた。
西方は信帝国官軍キレイ軍団2万、対する東方は高家四天王軍団1万5千。
名瀞平野の北の湿地帯『拭徐野』には
キレイ、タクエンの歩兵隊4千が敵に気づかれないように密かに回り込み、
南の原野帯『望明野』にはキレイの弟キイと
2千の歩兵隊が闇に紛れて移動し、合戦場を前に息を潜めて潜伏した。
味方の陣にはポウロ、ヒゴウの工作隊1千が油を塗った藁や良く燃える木材を
陣の周りに配置しはじめ、その後ろにはミレム率いる弓隊2千が控えていた。
平野の中央、合戦の激戦区と思われる場所には、200歩の合間をあけて
一糸乱れぬ陣形を保つ精鋭の兵が立ち並ぶ二つの軍が存在した。
右方はガンリョの歩兵隊2千、クエセルの野賊隊1千、スワトの槍兵隊1千、
左方はオウセイの騎馬隊1千、ドルアの長弓隊1千、リョスウの歩兵隊2千。
そして官軍の重要拠点である、南方にある『琶遥谷』の兵糧庫には、ゲユマ率いる精鋭小弓隊3千の射手が、敵に気取られぬように密かに守備についた。
一方、東方の高家四天王軍団は、官軍の動きを察知して
すでにキュウジュウの守る1千の陣屋を後にして出陣していた。
中央にはコブキと、コブキの部下シュウト、シュムなどが率いる騎馬隊3千、
ステアと、ステアの部下カワバ、リュウホ率いる弓隊、歩兵隊あわせて5千、
南方にはソンプトの部下トウサ、カオウ率いる6千の兵が続いた。
両軍総力戦を思わせるその様相は、将兵に死屍累々の戦の激突を予感させた。
にらみ合う両軍を前に吹く一陣の風は、今まさに嵐の前を知らしめるものであった。
ドドドドドドドドッ!!!
東方から叩きつけるような、けたたましい陣太鼓が平野に鳴り響き、
それと同時に千を超える兵が平野を駆け始める!
まず先手をとって仕掛けたのは四天王軍団ステアの部隊であった!
「敵は猜疑にかかって士気も落ちとるはずでゴワス!高家四天王ステアの勇猛な兵の強さば知らしめ!敵に見せつけるでゴワス!進めぇー!官軍兵など一気に踏み潰すでゴワス!」
「「「オオオーッ!!!」」」
ドドドドドッ!
ステアの一声で歩兵隊5千の兵が一同に動き始める!
流石、兵を束ねるのが四天王ステア、率いる兵も良く訓練された精鋭である!
その隊列は一人とて乱れず、縦横に立ち並んで見事な陣形を整えた!
大将ステアを中軍、前衛に猛将カワバ、リュウホを配置して
将を囲むように4歩の間隔で兵を並べ、槍を持った兵を前後に配置し、
盾をもった重装兵を真ん中に配置し、前列と後列を交互に交替することで、
敵を突き崩す突進力と、陣形を崩さない耐久力を兼ね備えた攻撃の陣
『突甲車列の陣』である!
「コブキ様、ステア将軍が攻撃を開始しました!我々も行きましょう!」
一方、隣接して軍を滞在させていた四天王コブキの騎馬軍団も、
ステアの軍の動きに気づいてコブキの部下シュウトが、合戦今かと
はやる気持ちを抑えきれずコブキに進言した。
「………」
破天馬哭の鞘を鐙の横にくくりつけ、長い黒衣を風にたなびかせ、
黒毛の馬に颯爽と乗っているコブキは、その表情、その眉一つ動かさず
黒い兜から薄っすらと見える、恐ろしくも冷徹な眼差しを
部下シュウトに向けて放つと、悠然と戦場を眺めて、静かにこう言った。
「……全軍…進めッ!」
「「「ははーっ!」」」
ドドドドドドドッ!!
ステアの軍に遅れること少し、コブキの騎馬隊も前へと走り出した!
黒毛の馬でまとめられたその騎馬隊は、恐ろしくも美しく!
コブキを先頭に一文字の陣形で名瀞平野を駆けた!
「敵の大将はステアにコブキか…!よし!我が騎馬隊が正面を当たる!ドルア、リョスウは横につき、敵と対峙せよ!よいか!ステア軍との激突はなるべくさけて、破られたら即座にすべるように北上せよ!無理に反撃せず、守れぬところは崩せ!!本陣に向かう敵兵は無視せよ!」
「ははっ!」
一方その頃、ステアの動きを見たオウセイの軍は、オウセイの指示に従って
ドルア、リョスウの軍をオウセイを中心にして斜に構えた陣形をとり始めた。
機動力のある騎馬隊を中央に側面を歩兵と弓隊で固め、敵の攻撃力を
一手に騎馬隊に向けさせ、敵が集中する間に側面からの攻撃や移動を
たやすく行うことの出来る陣、防御移動に適した『斜方横退の陣』であった。
ドドドドドドドッ!
「ワアアアアアアアーッ!!」
名瀞平野に人の波と人の波が巨大なぶつかりを見せる!
将兵はそれぞれ勇ましく!突き立てる剣、槍は前へ前へと掲げられ
一突き、二振りするごとに名瀞の大地に草に血を吸わせる!
それは重なり弾ける渦潮のように苛烈!岩肌に叩きつける潮流のように激烈!
退いては返し、返せば退いて、次第にその数を消耗させていった。
「うわああ!」
カキーンッ!ブンッ!グシャッ!
「ギャアア!」
カキーンッ!ブンッ!グシャッ!
「官軍兵はまこと弱兵ばかりじゃのう!我が槍に耐える者もおらんとは、誰か強い武者はおらんのか!」
正面きって一軍を飛びぬけ兵を相手に馬上の武者が一人!
それは四天王ステア軍随一の猛将、カワバの姿であった!
筋骨隆々のカワバの腕が上下左右に動き、重く長い鉄槍が一振りされれば、
その分だけ名瀞の空に、地に、軌跡を描いて官軍の兵の首がひしゃげ飛ぶ!
「相変わらずの荒くれ者め!貴様の相手はここにいるぞ!」
バッと前へと躍り出たのは元ステアの部下、
今はキレイ軍団の一翼を担う武将リョスウであった。
「ほう誰かと思えばランホウの部下であったリョスウか。良いところで出会ったのう!この裏切り者め!草葉の陰で首をとられた味方がすすり泣いておるぞ!我が槍で成敗してくれる!」
「黙れ逆賊!」
ビュッ!ガッ!カキーン!
顔を見知った武将同士の一合目!
馬を走らせ、その勢いを借りて一撃を放つリョスウの槍がカワバの槍を捉える!
「ぬるい攻撃じゃのう!その程度で俺に勝てると思うか!」
「ぐ、なにをーッ!」
ビュウッ!ガッ!ビュウ!カキーン!
「くくく!実にお前らしい軟弱な槍だなリョスウ!お前の上官のランホウも弱い奴だったが、部下のお前も弱いのう!そのような攻撃で俺を討とうとは片腹痛いわ!」
ビュウッ!ガッ!
「くっ!」
兵が横で激突する中、馬上からリョスウの攻撃が何度も何度もカワバを狙うが
猛将揃いのステア軍でも飛びぬけて強いカワバは、まるで涼風を避けるが如く
リョスウの槍をせせら笑っては、素早くかわしていく。
「さて、ではそろそろ本気を出すかのうッ!それっそれっ!」
ビュウッビュウッ!!ガキッ!ガキーン!
「ぐっ…!ぬっ!ぐっ!」
カワバの鋭い槍の払いが空を薙ぎ、リョスウの槍に鉄を散らし激しくかち当たる!
一合、二合、重ねるうちに重みを増すカワバの技にリョスウは
いつの間にか防戦一方になっていた。
「ふはははは!裏切り者め、勢いは最初だけか!太刀を受けるばかりで能が無い!後ろに横に兵を待たせて、もう後は無いぞ!それっ!そこっ!」
ビュウッ!バキッ!!
「ぐわッ!!」
カワバの馬上からの鋭い払いを槍で受けようとしたが、槍は鉄の音を
あわせることもなく、リョスウの兜にあたり、リョスウは勢いに負けて
その場に落馬してしまった!
「ふふふ、裏切り者め。せめて俺に討たれることを誇りにあの世で語れッ!さらばじゃ!」
ビュウッ!
「ぐっ!無念…」
カワバはニンマリと下卑た笑みを浮かべて、鋭い槍を振り下ろした!
悔しそうな諦め顔で槍を握りながら死を悟るリョスウ、
まさにカワバの槍がリョスウの喉元へと届く、その瞬間であった!
ビュウッ!カキーン!
「リョスウ頑張れ!オウセイが参った!」
鉄の弾ける音と供に、土草に倒れた絶体絶命のリョスウを救う槍筋が一つ!
リョスウは諦め顔を直し、自分の槍を握り槍筋の先を見ると、
そこには中央で騎馬軍団の指揮をとってるはずである武者が一人、
悠然と双尖刀を握る馬上の猛将、オウセイの姿があった!
「おお!オウセイ将軍!助かりもうした!」
「リョスウ!馬に乗り他の軍団の指揮をとれい!ここは引き受けよう!」
バッ!
そういうとリョスウは自分の馬に乗って、
横縦で闘い続ける歩兵部隊の指揮へ向かった。
ガツッッ!
それを見ながら獲物を逃がされた事で怒りを覚えていたカワバは
眉をひそめ、大きく口をあけ、怒りを露にすると、目の前に悠然と立ち続ける
馬上のオウセイに向けて叫ぶように言った!
「武士同士の一騎打ちに水を注すとは…オウセイとやら推参なりッ!!!!!」
「ふっ!これは失礼をした!荒くれ武者に討たれる首が一つ必要ならば、不肖。このオウセイがお相手を致そう!首に武を引っさげるには丁度良い相手と思われるがどうかな!野戦にかける馬上より我が双尖刀の切れ味、その身に受けて驚くなよッ!」
「その若さゆえか!面白くもない大言を吐いて挑発のつもりか!?この無礼者め!寝言世迷言は、胴が首から離れてから言うんだな!ステア軍随一の猛将カワバの重槍で、貴様の大言を後悔しながら死ねぇい!」
ビュウッ!ビュウッ!ビュウッ!
叫ぶと同時に互いの馬が駆け、先手をとるようにカワバの重槍から放たれる連撃!
「よっ!とっ!はっ!それっ!」
ガキッ!ガキッ!ガキッ!ブゥン!!ガキーン!
「ぐぬうっ!な、なんという早業だ!」
「ふふふ、まだまだ序の口だぞ!次はもっと早いぞ!我が馬上の闘術!その身に存分に味わうがいい!」
ブゥン!ビュウビュウビュウッ!カキンッ!カキンッ!カキンッ!
馬上からオウセイがグイッと腕に力を入れて双尖刀を撃つ!
鋭く光る一閃が、敵の急所に重なり空を裂く!
「う、な、なんて鋭い突き…これは強ッ!ウオォァァァッ!」
疾風!怒涛!馬上の武者オウセイから放たれる鋭く重い太刀筋は
馬上でありながら、その方向を選ばず!正面!斜め!上下!左右!
全てが目にも留まらない死角を突く、自由自在の攻め!無為の技である!
オウセイの攻める槍の一点は強風の勢いを借りた豪雨が振る如く多数を数え、
いつしか点は面となり、まるで集中する一面の刃の幕であった!
勢いを買った猛将カワバだったが、馬上のオウセイが終始勝負を圧倒した!
「どれほどの者かと思えばこの程度!大将ステアのほうが数倍強かったわ!ええい邪魔だ!四天王軍団のカワバ恐るるに足りず!」
「ぐ、ぐぬぬ…」
ビュウッ!カキーン!
「まてい!四天王ステアが家臣リュウホが相手だ!」
「おおリュウホ!こやつ只者ではないぞ!気をつけよ!」
入り乱れる両軍を裂くように一騎でやってきたのは、
四天王軍団ステアの部下、荒くれ者で有名な猛将のリュウホであった。
分厚い鉄が光る鎧甲冑を身にして、リュウホの手には長く重厚な
鋭い刃を持つ薙刀が握られていた。
「一人で適わないものが、もう一人現れても役不足だ!二人でかかってきなされ!このオウセイの武者ぶりに花を添えるための一勝負!お相手つかまつられい!」
「我ら二将を相手にその大言!己の力に酔った若造め!首と胴が戦の露と消えるその間に!修羅の地獄に叩き落してくれるわ!」
ドッ!!ビュウッ!カキーン!
再びオウセイの恐ろしいほど早い、鋭い太刀一閃!
打ち付けられる杭のように重くのしかかる!
手に残る痺れるような痛み!体に帯びはじめる熱と寒気!
そう、猛将リュウホの感じたそれは、歴戦の腕に馴染む相対する武者への震え!
攻撃の重さを自分の薙刀で受けて、オウセイを若造と今まで舐めきっていた
猛将リュウホの額と背中にヒヤッとする微量の汗が滲み始めた。
「ほ、ほう!言葉だけではないな!流石に大言を吐くだけあって、貴様なかなかやるではないか…!うぉ!!」
ビュウッ!ガキーンッ!!
「うぬぼれるなよ!貴様ら賊軍に上目線を許した覚えなど無い!」
双尖刀を振るいながら、敵二将をギラりと睨むオウセイの目。
迷いも無く周囲の白の深く沈んだ黒の点は、武者の猛きを大きく見せ
敵に恐怖を覚えさす、まさに剛将の目であった!
「こ、このお!!!いくぞカワバ!」
「お、おう!こやつに戦の辛酸を教えてやる!」
ビュウッ!ブゥン!ガッガッ!ガキッ!ガキガキッ!カキーン!
唸る鉄腕!響く鉄音!
重槍から撃ち放たれる突きの数五十!刃を合わせること八十!
力、速度を落とさず打ち続けるカワバ、リュウホも凄かったが、
それを易々と受けきりつつ打ち返し、相手を圧倒するオウセイも凄かった!
しかしその時であった。
ドドドドドッ!
野を切り裂く馬蹄と波の如く現れる人の足音!
ステアの本隊の重装歩兵隊が今まさにオウセイの目の前に現れたのだ!
ビュウッ!カキーンッ!
「うっ、ステアの本軍が現れたか!二将よ!悪いがこの勝負お預けだ!」
「な、なにをまだまだ…」
「く、くそ体がついていけん…」
激闘を演じた後だというのにオウセイは平気な顔をしながら、
タクエンの作戦通りに軍を動かすため、背を向けて馬を走らせた。
それを追おうとするカワバ、リュウホであったが、オウセイとの打ち合いで
今まで味わった事の無い重く響く蓮華気を受けた体の疲れは、
すでに限界に達しており、オウセイを追うほどの力は無かった。
「全軍退けーッ!ステアの軍が来るぞ!抵抗せず逃げる事だけを考えよ!退けーッ!退くのだ!」
「「「ワアアアアーッ!!!」」」
ドドドドドドッ!!
周囲の兵の動乱を見ながら、大地に吼える剛将の声!
オウセイの号令がそびえる英名山を前にして名瀞平野に響くと
兵は前談の指図どおりにゆるやかに北上の部隊と合流を開始した!
四天王ステアの軍に突き崩される陣形を見ながら、馬上のオウセイは、
今、目に映る壮大な計略の始まりの刹那を自分の心へ刻み付けていた。




