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第三十五回

英雄百傑

第三十五回『饒舌挑発 忠士不恥 龍軍、名瀞で軍儀す』



木津郡 名瀞


電撃的な進軍速度で進撃し、策と用兵を用いて、続々と郡を平定し、

快進撃を続けていたキレイ率いる官軍隊は、ついに関州の国境である、

英名山手前の小高い丘地『名瀞(メイジョウ)』に陣を張った。

そして、別働隊を率いてこれも快進撃を続けていたミレム軍団、

キイ軍団との合流を待つ間にキレイは、敵から奪った兵糧を解放し

度重なる連戦と、進軍の速さに疲れを見せていた兵達をねぎらった。


雄雄しく、はるか眼前にそびえたつ英名山から陣を覗かせぬため、

山から十里(約40km)ほど離れて陣取ったキレイ達は、合流を待つ間、

密偵をつぶさに放ち、四天王軍の情報を集めていた。


4日後、別路から名瀞に進軍してきたミレムの先遣隊と合流したキレイは

彼等の戦勝を大いに喜び、酒と肉を振舞ってささやかな宴を開いた。

キレイは、自分の策をもって勝利を収めた事を『当然』と思っていたとはいえ

関州の三群を14日で落としたという実績、その勝利の事実は嬉しかった。

キイ軍団に先駆けて着陣したミレム軍団を兵に加えると、膨らんだ

キレイ軍の将兵は、その数1万を数えるほどになっていた。


そして着陣して6日後、英名山へ忍び込ませた密偵たちが

四天王軍の情報を報告をしに、続々とキレイの本陣へと駆け込んできた。



官軍陣 幕舎


木柵で囲われた陣には『信』と書かれた旗が立ち並び、

陣の中央、『将』と書かれた旗が雄雄しく立った場所にある

一際大きく白い幕舎の中には、関州平定へ尽力した将兵達が軍儀を開いていた。


「ミレム将軍旗下の将軍達、郡の将兵達の活躍目覚しく。関州平定まであと一歩となった。眼前の英名山の武赤関、武青関の二関を解放すれば、この関州から賊兵は一人として居なくなる。将兵達、もうひと頑張りだ、民のため、関州のため、ひいては信帝国のために頑張って欲しい」


「ははーっ」


首座に立ったキレイの一言に将兵達は言葉をあげて承諾の意をあらわした。

軍儀に参加した将達は、首座を中央にして木製の机を仕切りに二手に別れ、

右手にはミレム、スワト、ポウロ、ヒゴウ、リョスウ、

左手にはオウセイ、ゲユマ、ドルア、ガンリョ、クエセルと並んだ。


「密偵の情報によると、英名山の天険を利用した二つの山塞『武青関』には敵の高家四天王キュウジュウ、ソンプトと1万の兵、『武赤関』には高家四天王ステア、コブキ率いる1万5千の兵が篭り、我等の動きにあわせて守りを固めているらしいが、連戦連勝を続ける我等の兵は士気も高く、兵の数は増えたが今、この陣にいる兵は総勢1万余り…ここは守るか攻めるか、諸侯らの率直な考えが聞きたい」


ザッ


「恐れながらミレムが家臣、ポウロが申し上げまする」


ポウロが一歩前に出てキレイに深々と拝礼すると、

キレイは手をあげてポウロに向けると意見を求めた。


「ふむ、それではポウロ殿。意見を言いたまえ」


「ははっ、それでは率直に申しまする。ここは敗戦で下がった敵の意気と、将兵達の戦意向上を求める意味で攻めるが肝要かと」


「ほほう、屈強な要害を持ち、敵の数は我が軍のおよそ三倍であるのに、そこを攻めよと申すか。関を攻めて勝利を得る勝算はあるのか?」


「フフッ、勝算が無ければ、この口も喋りませぬ。それよりも天下の恐将ともあろうキレイ将軍が、何を申されるかと思えば弱音ですか?情けない!」


「ッ・・・!!」


落ち着き払いながら真剣に喋るキレイを前にして、

ポウロは、不謹慎極まりなく眉をひそめ、口を横に広げ、

他の部将たちに聞こえるようにフフッと声にだして笑みを浮かべた。


「御大将の前でなんと無礼な言葉であろう、謝りなされポウロ殿!!」


ポウロの対角線上に居た郡将のゲユマが、ポウロの不遜な態度を見て

思わず机の前へ一歩でると、幕舎全てに響く大声をあげ、憤りを露にする。

まるで刃のように鋭い視線、血走ったゲユマの目に睨みつけられながらも、

当事者のポウロは何食わぬ顔で平然としていた。


「……ふふふ、勇猛なゲユマ将軍。何を申される。私は正しい事を言ったまでですぞ。キレイ将軍は敵の数が数倍、敵将が四天王だということで恐れ、勝気に勝り、英気も士気も最高潮の我が強兵達を見ておられぬ。軍を任される将たる者、攻めることに萎縮し、敵を恐れたまま戦に勝つつもりでいるなど傍から見れば、実に頼りないものであり!それが天下の恐将キレイの率いる軍だとすれば滑稽でございましょう!言葉一つ一つが、弱音以外の何者でもありません。私はそれを情けないと思ったのです!」


ザッ!


「き、貴様!味方だと思って許せば、ぬけぬけとよく申すその口!許されると思うな!俺の手で今すぐ、そっ首ひねり潰すこともできるが、御大将の手前でそれはできぬ。俺の手が伸び、お前の華奢首と胴体が別れることになるまえに、早々に御大将にあやまられい!」


「フッ、猛きに勝る将は論じても匹夫必然の如く。そのような小器では、キレイ将軍の家臣の名が泣きますぞ」


「ぬぬぬゥゥ…!!御大将!こやつ許せませぬ!俺の弓の的にしてくれるわ!」


「まてゲユマ殿!戦の前に味方の血は不吉ぞ!」


思わず横にいたドルアとガンリョが今にも襲い掛かろうとするゲユマをとめた。

ゲユマの目はさらに血走り、刃のような視線はさらに鋭さをまし、

二人が止めねば、手は机のしきりを飛び越え、ポウロの体を掴み上げ、

その筋骨隆々の腕で、即座に細首を絞め殺さんばかりであった。


「………」


しかし、無礼をうけた対象であるキレイは、

ただ押し黙って将達の動きを見ているだけであった。



「い、いかん!ポウロ殿が危機じゃ助けねば…」


「ふふ、やめておけ。奴の功名の虫が騒ぎ、あのような目立つ行いをさせておるのだ。スワトよ、決して言葉を発するなよ。押し黙り、平静を保ち、平然としていなさい。むやみに動けばポウロの虫を殺す事になる」


「し、しかしミレム様!」


「まあまあ、見てなさい…」


ポウロの横にいたスワトは気が気でなかった。

ポウロの発言はどうみても無礼の範疇を超えた無礼、場が場なら殺されても

文句は言えない言葉の数々を言い放ってしまったのだ。

しかし、今にも飛び出して庇おうとするスワトにミレムはそっと手を出し

安心させるような涼やかな顔と言葉によって牽制した。


ジリ…ジリ…


照りつける灼熱の夏の日差しが幕舎の布を伝わって、立ち並ぶ将達の顔に

うっすらと汗を浮かべ、伝って流れ落ち衣服ににじませる。


サァァァ…


薄茶けるほど乾燥した荒地の草の匂いが、小風に乗せて

丘に立てた幕舎と陣中に吹き込むと、その軽砂を掃くような音が

立ち並ぶ英傑達の緊張感に包まれた幕舎の中では、異様なほど耳についた。


張り詰めた空気と一瞬の沈黙が、永遠の時間とも思えた頃、

沈黙を切り裂くように首座のキレイが笑い出した。



「はっはっは、ゲユマよ、ポウロ殿の挑発に一本食わされたな。この男、わざと私の怒りを助長させるような言葉を放ち、それを逆手にとって目立ち、自分の策を取り上げてもらおうという算段だ」


「な、なんですと!」


ゲユマはもとより、ゲユマを必死に止めていたドルアとガンリョも

思わずゲユマの体から手を離し、キレイの言葉に驚いた。


「ふふふ、それにミレム殿達を見よ、家臣のポウロ殿が今にも猛将の腕でひねり潰される所であるのに、平然としてまるで助けようともしない。むしろスワト殿以外は笑っておられるようにも見えたが?ふふ、論じて匹夫はどうやら私たちのようだぞ、ゲユマ」


「流石はキレイ将軍。天下の恐将は人を見る目もお持ちだ。その見据える慧眼に、このミレム、心底御見それいたしまする」


そういうとミレムはポウロのほうに目をやり、お互いに目を示し合わせると

ニヤリと同じような小さな笑みを浮かべて、目配せをした。


「しかし、無礼は無礼。それに変わる策が無ければ懲罰の刑は免れぬぞ。わかっているな。では、どう攻めればよいか申すがよい」


「ふふ、何も難所を進み、堅固な関を攻めよと申してはおりません。敵の心を見極め、その易所を攻め、腱となる易城を落とすべきだと言ったまでです」


「ほう、易所易城を攻める。それはどういうことか」


「前の戦の逆を我等がやるのです。おそらく敵はこれ以上の敗戦を恐れ、守衛に集中し、攻め入る事はないでしょう。我らがここで敵を釘付けにしている間に北方を攻めるメルビ将軍と、後詰めのキレツ様の軍団に打電し、それぞれ迂回して同時に攻め、敵の本拠地を奪ってしまえばいいのです」


「ほう、汰馬城合戦で四天王ステアが行った策を今度は我等が使うのか」


「はい。しかし、もちろん前の戦通りの布石では気づかれて敗戦は必死ゆえ、ここは攻めの腱を前方に置きます。キレイ将軍は兵を進め、あえて陣を英名山の見えるところに配置し、我がミレム軍団がその左右を固めれば、敵を牽制する事もでき、あわよくば痺れを切らした敵を撃退することも可能かと」


「ほう。しかしさっきも言ったが、敵勢は数倍。平地の戦では兵の数が物を言うが、前方に陣を構えて勝てる証拠があるのか?」


「ふふ、私ポウロが申さずとも、将軍にはわかっているはずです。我が官軍には猛将オウセイ将軍、ゲユマ将軍をはじめ、我が殿ミレム率いる軍団が自慢の将、豪傑スワトもおりまする。敵が四天王とて何を恐れる事がありましょう、ここで敵の肝を仕損じれば、官軍の士気にも関わりまするぞ」


「ふむ、前から思っていたが、そなたは面白い事を申すな。泣いた赤子がもう笑ったか。さきほど自分で貶した将を、今度は引き合いとして持ち上げるとは、実に節操のない事だ。そなたの舌は何枚だ、口は何個だ?」


「舌は人の数、口は星の数ほど」


「はっはっは!星の数の口を持つ男か!」


恐将と呼ばれたキレイに無礼を働き、今また

キレイの家臣を上げたり下げたりと、策を取り上げられるという

その功名に加速するポウロは、いつにもまして実に饒舌であった。


「…」


場が笑いに包まれる中、ゲユマの表情は沈み黙ってうつむいていた。

キレイはゲユマのそれを片目で見るに、首座近くのオウセイを呼び

何かを呟くと、そのまま姿勢を正し、場にいた将達に命令を飛ばした。


「ふむ。ポウロの言で我が軍は攻めに決まった。至急父上とメルビ将軍に対して打電を致せ。次にオウセイ、ガンリョ、ドルア、クエセル。そなたらは4千の兵を連れて夜のうちに支度をして、英明山のふもと近くに陣を張れ。行軍を悟られぬように旗指物は少なくし、気取られぬように木材物資を運ぶのだ。陣をたてたら炊煙をあげて、戦の準備をしているようにせよ。それに乗せられて敵が出てくれば陣を堅守すればよい」


「ははーっ!」


「ミレム将軍とその軍団には2千の兵を与える。オウセイの陣の右手二里後ろにある草原地帯に隠れるように陣を張って、もしオウセイの陣に何かあれば敵の虚を突き進軍し側面から敵を攻撃、つねにオウセイの陣に目を光らせ、敵を撃退する攻め手となれ」


「はっ!」


「私とゲユマは、オウセイの陣の後ろにある平野に3千の兵をもって陣を張る。他の陣がほどよく見える場所に陣を配置し、各陣に何かあれば私の一軍が他の陣に入り、その陣の守りを行う。リョスウと残りの兵はこの陣を守り、後詰めのキイ軍団を待て」


「ははーっ!」


「陣はそれぞれ繋げて三日月となるように配置することを忘れるな!では解散!」


キレイの命令が幕舎にとどろく。

解散の命とともに、それぞれ準備をするため幕舎を去る将軍達。


キレイが言った三日月の布陣。実は、これは守るに有利な布陣であった。

三日月を模した布陣、弓矢で言えば弓の張りの端部分がミレム、

矢じりの部分がオウセイ、弦の部分がリョスウ、矢を放つ指の位置がキレイ。

このように陣を配置することにより、どの陣に動きがあっても

攻・守・援護をもとにした守りと攻めを行う事のできることから、

このように限定された戦闘で、古来より良く使われてきた布陣である。

名を『一行三月陣』という。



…ヒュー



丘の上に吹く小風を受けながら、幕舎を後にするキレイやミレム達を尻目に、

顔を下に向けて、ただ何も言わずに動かない将がいた。


さきほどポウロの策を見抜けず思わず怒ってしまったゲユマ、その人である。


他からすれば見え見えの挑発にのり、何も知らずにただ怒った自分は

ポウロに言われたように『小器、匹夫、キレイの家臣として相応しくない』

その言葉のとおりになってしまったのではないかと、

ゲユマはふがいない自分自身を恥じていたのだ。


ポウロの心を読みあえて黙ったミレムや、それを見抜いたキレイ。

どの将も止める事をしなかったのに、自分は感情を出してしまった、

その己の論に対して、その匹夫さを悔しがっていた。


ポンッ…


優しく手のひらで包むようにそっと肩を叩く音。

皆が幕舎を出て行ったのを確認すると、首座近くにいたオウセイが駆け寄り、

ゲユマの肩に手をおいたのだ。


下を向き、その厚い忠義信ゆえに悔しがり、恥じるゲユマを見て

オウセイは優しく諭すように横からつぶやいた。



「…ゲユマよ、我らは若に仕える忠義無比の者。おぬしが怒らねば、私が怒っていただろう。主君が侮辱されて怒らぬ家臣は不忠者であり、きっと若もそれを見抜いてやられたのだろう。若は顔には出さなかったが心配そうに、私にこの言葉をおぬしに伝言してくれと頼んだ。『ゲユマは厚い忠義の士であるから、先ほどの事を恥じると思う。だが己の全てを恥じる事はない。武に長けるものが、文で指摘されることはあたりまえ。文は文、武は武である。それより戦で武将が武に遅れ、主君に不忠を働くことのほうが恥であろう』とな」


「…」


オウセイの言葉に、うつむいたゲユマから思わず一筋の水滴がこぼれた。

顔をあげればこぼれることもないのだが、ゲユマも男子たるものであり

その涙を見せるのは恥といわんばかりか、下をうつむいたままであった。


とめどなく流れるゲユマのそれを確認すると、オウセイは懐の布を渡し、

手を取った湿りを感じながら、何も言わず幕舎を後にした。







幕舎の布が音を遮ったが、それでもなお轟々と一人の男の泣く声が聞こえた。

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