第三十一回
英雄百傑
第三十一回『知将我供 我其不知 戦の勝敗、大局極まる』
汰馬河欄干 ランホウ部隊
「やっと兵が集まったが、いったい先行隊の戦況はどうなっているのだ!」
後軍を任されていたランホウの弓隊2千は、
前方のトウゲン、バショウの部隊から1里ほど離れた場所に進撃していた。
攻めるに向かない陣から、やっとのことで兵を出撃させ汰馬河の橋を渡り
汰馬平野の一方へと集結させたランホウは、弓隊の整列を急がせると供に、
物見を前方へ向かわせ、戦況を調べさせていた。
「伝令ーッ伝令ーッ!」
広大な汰馬平野に響く声が、大きく一陣の風となってランホウの所まで響く。
軍中でも足の速いので有名な物見の男は、その自慢の早足で平野を駆け抜け
手に、足に、頭に、全身のありとあらゆる場所に汗をかきながら
ランホウの軍団が集まる場所へと大急ぎで駆け込んできた。
「ランホウ様、物見が帰ってまいりました!」
「おおっ!前方の戦況はどうじゃ!」
物見役は前方の戦況を逐一話した。
物見からバショウの軍団が押されていることを知ったランホウは
逃げる味方を前にして、敵の情勢を強めてはならぬと思い、
敵軍の押し返すためにもと、弓隊の進撃を開始した。
「進めーッ!進撃じゃ!」
「ら、ランホウ様!お待ちくだされ!」
ランホウの号令を聞いて、驚いた副将のリョスウは
走り始めたランホウの部隊へ駆け足で歩み出ると、その口調も重く進言した。
「御味方の危機はお察しいたしますが、物見の様子ではトウゲン軍団の敗北は確実。バショウ歩兵隊も後退しつつあり、我らの兵達は今やっと陣より出て、ここへ終結したばかり。未だ陣形も整わぬ我が軍団で敵に突っ込めば、勢いを頼みに敗北したトウゲン軍団と同じ目にあいまする。ここはこの場所にとどまり、味方軍団と合流して敵を打ち崩しては・・・?」
未だまばらに集結したばかりで、整列も陣形もままならない弓隊を見て
まずは軍団の形勢を取り戻してからと思っていたリョスウは、
あまりに早いランホウの進撃命令になんとも言葉に言い表せない
一片の危険を感じていた。
「リョスウ!日ごろからお主は慎重すぎる。合流して敵を破る前にバショウの歩兵隊が崩れたら如何にするつもりか!機に敏じて敵を崩し味方を助けるが我らが役目なら、今この瞬間こそが出撃の時なのだ!」
「しかし我が軍団は・・・」
「ええい、お主も武将なら上官の命を聞き分けよ!よいな!味方を救うのだッ!弓隊全員進めーッ!」
リョスウの不安もそのままに、ランホウの軍団は
平野中央部へと向かい、その2千の兵を進撃させた。
流石にランホウの弓隊は疲れていなかったため進軍速度は増し
後退する歩兵隊に追いつくのは容易であった!
汰馬平野 中央
ランホウ隊は、後退してきたバショウ隊と無事に合流した。
ランホウは後退する軍の中にいるバショウを見て、混乱するバショウ隊の
兵の中へと駆け込み、大声で名前を呼んだ。
「バショウ将軍ーッ!ご無事でございまするかー!」
「おおっ・・・ランホウ!ランホウではないか!良いところへ来てくれた!」
前方部隊の大混乱に、焦りを感じ緊張を隠しきれていないバショウの顔が
ランホウと味方の旗印を見て、一瞬にして顔の緊張を解きほぐし
思わず安堵の声をあげた。
「歩兵隊の後退は危機と思い、駆けつけた次第でございまする」
「そうか!よくきてくれた!敵の小勢を見て、数を頼みに敵将を侮ったトウゲンは敵の矢に討たれ、先行騎馬隊は壊滅状態、我らが歩兵隊も敵の神妙な奇策にかかり、統率の取れないトウゲンの部隊と我が部隊が、前後の同士討ちで大被害をこうむり、困ったところであった」
ランホウはあたりを眺め、前方で味方の軍と戦い続けて負傷した
バショウの歩兵隊の兵の数を見て、その散々にやられた歩兵で攻め戦うのは
不利だと思い、バショウへ進言した。
「指揮が乱れ、この負傷者の数では戦になりませぬ・・・おお、そうだ。バショウ将軍は統率できる兵を左手の平野伝いにまとめ、橋まで後退してくだされ!あそこなら我らの軍ともかち合わず、同士討ちが始まることもありませぬ。さあさあ、お急ぎを!そのうちに、まだ戦に参加していない元気な我が部隊を前に送り、敵を駆逐してごらんにいれまする!」
「おおっ、その言葉頼もしいぞ!では頼んだぞランホウ!歩兵隊は左へ集まりつつ後退するーッ!」
「ははっ!」
ドドドドドド…!
歩兵隊、数多くの負傷兵が徐々に方向を変え、広大な汰馬平野の左に
進み歩く音と供に、湿った土が兵士達によって巻き上げられる。
その歩兵隊後退の歩みの勢いに対して、ガンとして平野にとどまっていた
ランホウの軍を、あろう事か混乱した歩兵隊の一部が兵を突き飛ばし、
その将兵の甲冑を汚した。
バサッ、バサバサッ!
「ぬっ!!こらっ将兵の甲冑に土をつけるとはなんと無礼な・・・!」
兵士達にとって甲冑は戦いの中にあって唯一頼れる身を守ることのできる装備。
これをいかな理由があっても汚すのは無礼の極みであるとして伝えられ、
信帝国の法では、同士の和解や、謝罪があっても刑罰が必要であるとされ、
武士の習わいとして絶対にやってはいけない事であった。
しかしランホウはそれに怒ることも無く、その場にてニコリと笑うだけであった。
副将のリョスウは、それを見て怒りのあまり拳をギュッと強く握り
怒気をはらんだ口調で、ランホウへと進言した。
「味方の兵をなぎ倒し、その甲冑に土をかけるとは、な、なんたる無礼!ランホウ様、許してよいのですか!」
「…何を怒るかリョスウよ?真の国士は耐え忍ぶものであるぞ。今は平然と土をかぶり笑うが、後になってあやつらは後悔するであろう。誰に土をかけ、誰の恩を買ったのかをな…。ふふふ、あっはっは!さあ弓隊進め!敵の小勢を駆逐せよッ!」
「は・・・はっ」
こうしてランホウ率いる弓隊2千は汰馬平野の中央へと進軍し、
同士討ちで統率のとれていないバショウの歩兵隊は、やもなく陣へ向かって
後退をし始めたのである。
しかし、この事でランホウ率いる兵士達の士気は見るまでもなく低下していた。
いくら卑屈なランホウを上官とする兵といえど、みな元々は信帝国の兵であり
武士の習いは学ばざるとも、各々知っていることであった。
武士の習い、即ち武士であるということを捨てるともとれる気概の無さを、
ランホウは自分自身で兵の前で見せてしまったのだ。
これには流石に兵も呆れ顔で、兵を統率する者にとってこれは
士気にも関わる重大な問題であった。
しかし、卑屈で上官に媚びへつらうようなランホウの平素はどうであれ
少なくとも戦の情勢は読める男だと思っていた、副将のリョスウは
ランホウの言動に実に腑に落ちない所があった。
この場でバショウの歩兵隊の統率を待って、数を頼みに攻めれば敵の数など
ものともせずに倒せるというのに、なぜ士気と兵力を低くしてまで敵に
当たろうというのだろうか、リョスウにはそれが理解できなかった。
ランホウの顔をうかがいながら、リョスウは大声で進言する。
「ランホウ様!いくら敵が小勢なれど、バショウ様の歩兵隊の協力も必要なのでは?」
しかし、ランホウの口から出てきたのはリョスウを愕然とさせるものであった。
「ふふふ、なあにこれで勝てばトウゲン、バショウの軍でも適わぬ敵をこのランホウが打ち破る事になる。これで四天王ステア様の一の部下が誰かわかるわけじゃ!もう奴らにおべっかを使う事もあるまい・・・逆にこの俺がおべっかを使われる立場になれば、ふふふ…楽しみだ!」
「な、なんですとっ…!手柄や功名のためにわざわざ兵を減らしたのですか!」
「なんとでもいうがいい。この戦に勝ってステア様の第一の部下がこの俺であることを証明してやるわ!さあ弓隊!前の敵を蹴散らすぞ!」
「「「オーッ」」」
ザッザッザッザ…
「な、なんということだ…みすみす勝てる戦をふいに…なんという…」
副将のリョスウは、土をかぶってニコリと笑うランホウを見て敗北を理解した。
リョスウが見たランホウの目には、今まで虐げられた上官への復讐心に燃え、
自分自身の私利と野心しか映っていなかったからだ。
「…(トウゲンを打ち破り、用兵術で味方同士を同士討ちさせ、味方を大混乱に陥れるほどの敵の有能な指揮官を前にして、なんと我が上官の不遇無能なこと。私利功名に走って、敵情把握も出来ていないのに小勢と決め込み、勝気に急いて大勢ではなく小勢で侮りの戦をする…。これでは敵を侮って討ち取られたトウゲンの二の舞ではないか…)」
進軍するリョスウの心は複雑であった。
敵の指揮官が有能であればあるほど、無能な指揮官をもった自分が
情けなくなってくる。その無念さがありながら有能な敵と戦わねばならない
負け戦と知りながら戦わねばならない、なんと武将の儚い運命か。
しかし、その不遇も不条理も『武将の常』として心に刻み込み、
リョスウは悪い予感を気にしつつもランホウと供に汰馬平野の先へと進軍した。
汰馬平野 河前半里 バショウ歩兵隊
「ふ、ふう。なんとか助かったのう」
「バショウ様、兵は散り散り。ここで少し休息をとっては?」
この時、バショウに付き従う歩兵隊は5百を数えるほどであり
その中に負傷者も多く、およそ前方から逃げてくる2千程の歩兵は
未だに足並みがそろうことなく、長蛇の列を続けていた。
「おお、そうじゃのう。兵も疲れておる、そうしよう」
「歩兵隊休息ーッ!休息じゃー!各自休めーッ!」
副官の声が平野に木霊すると、兵士達は
戦で今まで保っていた緊張感を解き、まるで泥のようにその場に倒れこんだ。
「誰か!御大将に水をもってまいれ!」
「はっ!わたくしめにお任せくだされ!」
「おう、早くもってまいれ」
傷ついた歩兵隊の兵士の一人が、バショウの副官の命令を受けて
なめし皮で作られた水筒を持ち橋のかかった河の上へと向かった。
ザッザッザッザ…
膝まで生い茂る草道を息を上げて走る兵士。
それもそのはず、この兵士は矢で右肩を負傷しており、
合戦のはじめから走り続きで、すでに体は疲れ、喉は渇き
河へ水を汲みに行くと進言したのも自分の喉が渇いていたからであった。
バシャーン!
河へとたどり着くと兵士は、河の水を見るや武器も投げ出して
河へと飛び込んだ。
「はぁ…はぁ…わしも水が飲みたい。まずは御大将の水より、わしの命の水じゃ、喉の渇きを潤さねばガブガブ…ふー戦の最中であると思うと、こんな水でもうまいと感じるものじゃガブガブ…うるおいじゃーうるおいじゃー」
…ドドドドドドド…ッ!
「ガブガブ…ゲェーップ!うん?なんの音じゃ」
水をいっぺんにたらふく飲んでしまった兵士は、
大きなゲップをこしらえると河の上流から聞こえる音に耳と目がいった。
上流からはうっすらと走ってくる部隊が見える。
「グフー…なんじゃわしらの歩兵隊の残りが帰ってきただけか。人が至福を味わっておるというに、まったく耳障りじゃのう。おっと、そういえば御大将の水を汲んでいかねばならんのであった。さあさあ水筒に水を…」
ドドドドドドッ…!
「なんじゃ…?われらの歩兵隊の退却組ではないのか…?」
音がだんだん大きくなると、流石に兵士も目をよくこらし
河の上流からバショウの歩兵隊がいるところに向かって一直線で向かう
兵隊の旗印を見始めた。
バシャン!
「ば、ばかな!あれは!」
旗印を確認した瞬間、見る見る青ざめていく兵士は、
思わず手に持っていた水筒を河に落としてしまった。
「「「ワーーッ!」」」
「げ、げえっ!あれは官軍じゃーッ!」
ドドドドドドッ!
兵士が見た部隊は、まさに河の上流からわき目も振らず
真一文字に駆けてきたスワトの槍隊であった!!!
「それっ!槍隊突っ込むぞー!!」
「「「ワーーッ!!」」」
ドドドドドドッ!
スワトは持っている大薙刀を大きく天に掲げると、
人の足音と鬨の声は、関を切ったように平野に高らかに響きわたり
率いる300の槍隊は休息中であったバショウの歩兵部隊を襲撃した!
「何事だ!」
「御大将!敵の伏兵部隊です!」
「なにっ!ええい!応戦しろ!」
「「「ワーーッ!!」」」
休息中のまさかの事態にバショウは驚いたが
兵を統率することにおいてはトウゲンよりも上と言われていた歴戦の将である
バショウは、またたくまに歩兵隊を休息状態から応戦状態に向かわせた。
ドドドドッ!!
「さあさあ臆病弱兵ども!この薙刀の錆にしてくれる!首と胴体が繋がっていたくない奴はそれがしの前へ出よ!この猛将スワトが一刀にして叩き落してくれるわ!」
ブゥン!ブゥン!
「おのれ田舎侍めッ!まとまって奴等の攻撃をとめよ!」
ザッ!ザッ!
バショウの歩兵は負傷した体でありながらも、瞬く間に5人や10人で
槍と剣の壁を作りスワト隊の突撃を防ごうとした。
「ハッハッハ!その程度でそれがしを止めるなど甘い!そうりゃ!」
バッ!!!
地面の土が一瞬弾けるように空中に跳ねると、破裂するような
すさまじい音と供に、スワトの巨漢が加速と跳躍をそのまま同時に行い
剣や槍で武装した兵士の壁の二、三列を軽々と飛び越えたのだ!
「な、なんじゃと!この距離を飛んだぁー?!」
「ば、ばかな」
「ええい、なにをしておる、応戦せよ!」
ドサッ!ヒュッヒュッ!
スワトが着地した場所に向かって兵達の槍や剣が飛び込んでくる。
しかしスワトは大薙刀を再び天へと掲げると、右手に力瘤を一杯にためて
こう言った。
「それがしをなめてかかれば地獄行きだぞ!そうりゃ!」
ブゥン!ブゥンブゥン!カキーン!バキッ!ガキッ!
「うわーっ!け、剣が吹っ飛んだ!」
「ぐ、ぐぐ、まるで暴風じゃ!当たっただけで体がもっていかれる…!」
「ひ、怯むな!数で防げ!」
ザッザッザッ!
「ふむ、この一撃を見てめげないとは敵兵ながら立派でござる!ではそれがしもその意気にお応えするため全力で参るぞ!うぉりゃーーっ!」
ブゥン!ブゥン!!バキィィィッィィン!!
「ギャアアーッ!」
「ウワアーッ!」
「うおおああっ!」
バゴォッ!バァァァン!ドサッ!ドサッ!
巨漢のスワトから繰り出される大薙刀の一刀は、空を斬るや暴風のように
風を吹かせ、兵の体を竦ませ、守備兵達の槍や剣は薙刀に触れれば勢いよく
吹っ飛んだり、豪快にひしゃげたり、まともに当たれば兵が甲冑をつけたまま
空中に投げとばされるほどであった。
「ええい、誰か奴をとめられぬのか!」
「バショウ様、あやつは猛将、一筋縄には参りませぬ。ここはわれらに任せ、バショウ様は対岸の陣へお逃げを!」
「黙れ!あやつが猛将だからなんだというのだ!うろたえる前にわしが誰であるか思い出せ!わしは四天王ステア一の猛将ぞ!奴に格の違いを見せてやるわい!」
ダッ!
「あっ、バショウ様!」
副官の言葉も聞かぬまま、バショウは自分の大矛を持って
目の前で暴風の如く武器を振るうスワトの前へと出た!
ブゥンブゥン!
「邪魔だ邪魔だ!敵の将は猛将かどうか!わしが判断をしてやる!」
「おお、やっと手ごたえがありそうな者が出てきたな!それがしと勝負だ!」
ブゥン!
「食らえ我が大矛の一撃をー…」
ガキッ!ヒュッ!ドカッ!
まるで一瞬の出来事であった。
バショウが大矛を突きだして言葉を発する前に、
スワトは大薙刀を一瞬にして振り下ろし大矛を薙ぎ飛ばすと供に
勢いもそのままにバショウの胴体に薙刀を突き刺し、天に向かって
薙刀は一直線に放たれバショウの半身を見事に切り裂いた!
ブシューッ!
時が止まったように、その場で立っていたバショウで『あったもの』は
切り開かれたバショウの胴体が重く大地に音を立てて倒れ
スワトの大薙刀の軌道にそって空中に血液を撒き散らした。
「なんじゃ、口ほどにもない。ただの雑魚ではないか!役不足もいいところだ!」
スルッと反転してスワトは次の敵を探そうとしたが
バショウの副官が、兵の奥から来て思わず叫んでしまった。
「あぁ!バショウ様!御大将!」
スワトは驚いた顔で副官のほうを見た。
「あ、え?今のが大将だと?え…うーん、ということは、おお!なんという幸運じゃ!敵将バショウ、このスワトが討ち取ったりーッ!」
「「「オーッ!!」」」
ドドドドドッ!
「さあ!敵軍の将は討った!あとは残る敵を押しつぶせーッ!」
「「「オオオーッ!!」」」
スワトの号令とともに槍隊は勇猛果敢に敵兵を攻めたてた!
スワト自身の奮闘と敵将を討ったことで士気のあがる槍隊と
同士討ちで士気も下がり負傷した上に大将を失ったバショウの兵では
いくら数の違いはあっても、結果は日を見るより明らかなものであった。
スワト隊は当たるを幸いとして、敵の部隊を壊滅させ
前方に待つランホウの部隊へと再び突撃体勢をとった。
敵軍の前軍と後軍がやられた今、汰馬城のキレイ率いる兵と河から迫る
スワト隊の挟み撃ちを受けて中軍のランホウの弓隊だけではどうにもならず
ランホウ隊は、なす術も無く降伏した。
まさにこの戦いの大局は決まったようなものであった。




