第二回
英雄百傑
第二回『天下乱流の時、牢に凡人在りて天を仰ぐ』
ここは皇帝が治める大陸の東国のある郡の牢屋。
鉄で出来た格子に、冷たい石の床、雨水が流れこみポタポタと流れる水滴が
いかにも牢屋という気分をかもし出している。
スタスタスタ・・・
牢屋の外の通路の奥から、二人程の足音が聞こえてくる。
「町で無銭飲食などけしからん!お前のような奴は牢にぶち込んでやる!」
「お役人様人違いですよ、私は無銭飲食などしておりません」
「馬鹿な事を申すな!店主は一部始終を見て言っておるのだ!」
着物の上に鉄の鎧を着た役人らしき男が、左手一本で優男を捕え離さずにいる。
優男はその拘束を解こうと必死になっているが、口ぶりと表情はどこか
余裕が見えるというか、落ち着いているというか、まあ必死ではない様子だ。
「お役人様、私は無銭飲食ではなく、犬に餌をやっておっただけでございます」
「犬に餌を?それはお前の犬か?」
「いえ、私の犬ではありません」
「では何処の犬だ!」
「野良犬でございます」
「野良犬に餌をやるために無銭飲食をしたのか!」
『子どもが考えつくような嘘』と言っては子どもに失礼だが、
そんな馬鹿馬鹿しく幼稚な嘘をつかれ、役人の真っ赤な顔が
さらに怒りに満ちて真っ赤になっていく。
「では問うが!店の品物を故意に野良犬にやったのはお前なのだな?」
「はい、可哀想な野良犬に餌をやるために頼んで食事を運んでもらいました」
「では金はお前が払うのが当然ではないか!」
再び憤慨する役人に対し、ニコッと屈託の無い笑みを浮かべると優男は言った。
「いえ、私の犬ではないただの野良犬ですが、もしかしたら皇帝陛下が飼われた由緒正しい『お犬様』かもしれません。それを何も知らない『民』の私が身銭を切って払うというのは『お門違い』というものでしょう役人様」
「こ、こやつ。なんたる屁理屈だ!」
とてつもない馬鹿馬鹿しい嘘を並べ、屁理屈をこねる優男に
これまた憤慨する役人であったが、この嘘に一つ乗って
屁理屈のぐうの音も出ないようにするため、再び優男に問いかける。
「百歩譲って犬が食べたとしよう。では、犬の餌に手はつけなかったのか?」
「はい、私は畜生の餌には手をつけるほど落ちぶれてはおりません」
「はっはっは!貴様の嘘もこれまでだ!」
「?」
「馬鹿者め!店の者が見ていたわ!お前が丼を抱え込み食らう姿をな!」
「…んぐ。」
流石に店主の他に店の者が見ていたのでは言い逃れできまいと
表情を少し曇らせた優男を見て役人は勝ち誇ったように言う。
「さあさっさと牢に入れ!刑は追って沙汰する!」
牢の前まで行くと左手を開放し、優男を牢の中に入れようとする役人だったが
優男は役人の左手から離れると、何かすっきりしたように役人に語りかけてきた。
「お待ちを、飯を喉に詰まらせまして上手く喋られなかったのです」
「この期に及んで時間稼ぎなど、面白くも無いことをする奴じゃ!」
しかし、役人は反論を聞く良い人物であったため
一応優男の言い分も聞いてやることにした。
「丼を抱え込んだのはたしかに私ですが、野良犬・・・いえ、お犬様がもし丼の毒物などに当たり、体を壊しましては、ご寵愛された皇帝陛下の悲しむ姿が目に見えます。それを回避するために私が毒見をしたのです。私の陛下への忠義の心がそうさせたのですお役人様」
「ぬぬぬ、口の減らぬ盗人め。また屁理屈をこねおって!」
また幼稚な言い訳で切り抜けようとする優男に憤慨する役人。
だがそれをよそに、さらに口の勢いが強くなる優男。
「それに、あの店主は元から私を蔑み、忌み嫌っておりました」
「・・・」
「忌み嫌う客に対してあらぬ罪をけしかけ役人様を動かすとは・・・」
「・・・」
「客を客とも思わぬ所業!奴こそ牢にぶち込むべきです役人様!」
「・・・」
「私怨から私がしたことを罪にするなど、凡愚の気持ちはわからぬものですなぁ」
「・・・」
「それでは役人様、私はこれで。いえいえ誤逮捕の謝罪の要求など滅相もございません。人間誰しも間違いはございますからね、ハッハッハ」
その一言を聞き、今まで黙って怒りを押し殺していた役人が
ついに顔面を真っ赤にして、逃げようとする優男に言い放った!
「黙れ愚か者!!!盗人たけだけしい!言うも言ったり凄まじいわ!ワシがお前が金を払わず逃げるところを見つけて捕まえたのだ!間違いなどない!」
「げえーっ!」
ドンッ!ガシャン!!!
勢い良く放たれた役人の蹴りが優男の腹に当たると、
優男の体は牢の中の石の壁まで吹っ飛び、それを確認した役人は
重苦しい鉄の格子を閉め、けたたましい音と共に戸を閉め、施錠した。
「うぐぐ・・・もう少しで成功するところだったんだが」
牢屋の中に入った優男は、腹に食らった一撃と
背中の石壁に当たった衝撃で、食べたものを吐きそうなくらい
気分が悪くなっていた。
「あの役人め、俺がこの郡の太守になったら即刻逮捕して同じ目にあわせてやる!」
冷たい石の壁、鉄の格子によたりながら必死に幻想を訴える
優男であったが、牢屋の役人はすでに奥の椅子に座り、自分の書き物に
熱中しているようであった。
その様子を憎たらしく思った優男は、怒りに任せて
とんでもない嘘を言い放った。
「おい!そこの役人!私のような忠義者をこのようなところに閉じ込めてよいと思っておるのか!私は100年前、大臣ゴーロギーンの専横に立ち向かった時の英雄ガムダが嫡流!ザンゴーであるぞ!」
「うるさいぞ囚人!ギャアギャアわめくと極刑にするぞ!」
やれやれと言った感じで脅しの文句を送る役人。
流石に嘘をつく囚人達には慣れているのか、流石の優男も
極刑、つまり死刑は嫌だと思い、鉄格子に手をついたまま黙ってしまった。
「ううう、悔しいが死刑はたまらぬ。世の中、命あってのものだね。生きていれば良いこともあるだろうし・・・」
優男はふと石の壁にめり込むようにあった、唯一の外界との接点である窓を見た。
窓の外は暗く、すっかり夜になっており、輝きだした星空が
牢屋の中を少しではあるが照らしている。
「光の差し込みさえ少ないが、なんという見事な星空だ。外を出れば俺も酒でも飲みながら、見れるのになあ…」
牢屋で見る星空の余りの見事さに、優男は何を思ったか
鉄格子につけていた手を窓に掲げ、嘘を嘘として考え
どこか芝居がかった感じで今の自分の境遇を嘆いた。
「天よ!見ているのなら私を救いたまえ!たしかに私の不徳ゆえに今を招いたことは認めよう!だが英雄の血を引く私の血が言っているのだ!再び麻のように天が乱れ!地が割れ!乱世となり!この国が再び危機に瀕している時!どうして英雄の血筋である私が、このような場所に居なくてはならないのか!?」
「うるさいぞ囚人!本当に極刑にしてやろうか!」
ガンッ!!
牢屋中に伝わる怒号が優男の演技を一気に冷めさせ、優男は
驚きの余りに自分が吹っ飛んだ石の壁に再び躓き転び当たった!
「くうう・・・」
優男は自分の愚かさと覆いかぶさる痛みに嘆き悲しみ、その場で涙を流した。
ガタッ、、、
「おい、さっきの話は本当か?」
その時、音と共に優男の横から声をかける影が一つあった。




