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第二十八回

英雄百傑

第二十八回『鎧袖一触 軽挙妄動 将に団結無く、兵に平静無し』



汰馬河 東岸 敵陣屋


汰馬城から2里(8km)ほど離れた、汰馬河を挟んだ東岸に立てられた

四天王ステアの部将四名と1万の兵が篭る敵陣屋は、流石に築城陣屋造りの

名手、老将ジケイの仕事と思わせるほど屈強な造りであった。


敵を寄せ付けない外周の柵は部将ごとの陣屋に二重になっており、三本で連結した木材の柵の合間に麻で出来た布を緩く三重に張り、木材に四角い空洞を作ると、そこから敵を監視できる監視窓をつけた。それらを乾燥した堅い蔓で縛り、柵の外側に間隔をあけ、人が入れるほどの8尺ほどの横広の穴を掘ると、そこに鋭い竹を立て、汰馬河に向けて正面の通路を狭くし、容易に攻められぬようにした。


三重になった緩い麻布は矢の威力を劇的に削ぎ、殺傷力をなくさせ

穴を掘り河にそった正面の通路を狭くしたのは、敵の騎馬隊の進行を防ぐ

外からは布で内部の状況がわからないが、周囲の状況は監視窓でわかる

これほど敵が攻めにくい陣屋も無いものだ。


しかし、これは敵に攻めいることを予期していない陣屋であった。

防御力を高めるため、側面には通路を作らず、正面と後面の狭い通路は

多くの兵を陣屋から出すには向いておらず、いざ出陣し、兵を出し

多くの兵を使った突撃や攻撃に転じるに時間がかかるのは目に見えていた。


そして陣屋の兵達はキレイの睨んだとおり連戦連勝の自軍に酔いしれ

守備する1万の将兵の気は、その多勢に緩み、トウゲンとバショウは

定例の軍儀だというのに朝から酒を飲む有様だった。


「トウゲン将軍、バショウ将軍、どんどん御飲みくだされ」


「飲めと言われて飲まんとは言えぬのぉ、これもっと注げい」


「ガッハッハ!目覚めて飲む酒の美味さはたまらんのう!」


「おおっ、流石は四天王ステア旗下の勇猛な将軍達ですな、飲みっぷりも勇猛にして豪胆!いやはや何度見てもこのランホウ!惚れ惚れいたしまする!ささ、酒はまだあるゆえ、どんどん御飲みくだされ」


「お二人、酒を飲むのもよいが、官軍は援軍の先鋒隊が汰馬城へと来場し、ここに攻め入るやもしれんぞ。いざという時に酒を食らい、前後不覚で兵を統率できず動けねば、いくらこの屈強な陣屋とて持つまいぞ」


「前後不覚ぅ?この猛将トウゲンとバショウの二人の前で、酒などは水を飲むに等しいこと。それに四天王ステア様は絶対に敵は攻め入らぬと申したではないか。老将はお歳のせいか心配が過ぎるぞ!」


「しかし…敵の先鋒隊の大将は賊征伐で名うての恐将キレイじゃぞ。奴が一計を放てば、酒を食らったお主らなどたちまち手玉にとられるぞ」


「あん?なんじゃとぉ?老将は我らが、あの若輩のキレイなどに劣ると思っておるのか!老いにかまけて戦をさぼり、その不安を植え付けようとは、ジケイ!我らを愚弄するつもりならば貴様打ち首にするぞ!」


「まあまあトウゲン将軍。戦の前の老人のたわごとにござる。老人一人を斬ったところで士気には変わりませぬが、酒の席で血を見るのは無粋にございますぞ。さあさあ、杯を受けてくだされ。今日は春だというのに冷えまするゆえ、お喋りで酒が冷めてはいけませぬ。ささっ、ずずずいと酒を御飲みなされ」


「ふんっ!そうじゃな!老いぼれの戯言で心乱されるところであったわ!我らに前後不覚などありえん!不覚があるとすれば、武功も立てられない老将の作った、この陣屋の虚弱さぐらいであろう!がははははっ!」


「…ぬぬぬ…」


四天王ステアの命令とは言え、二人のお目付け役としてついた

老将のジケイだったが、武功が無いことで疎まれていたジケイの言葉に

二人は耳をかさず、諦めて苦虫を噛み潰すような顔を浮かべると、

彼らはさらに罵声を老将ジケイに浴びせる。

しかしたしかに武功の無いジケイは、言葉を返すことができなかった。

一方、もう一人の将ランホウは、勇猛でステアの娘婿であり権力のある

二人の将におべっかを使い、定例軍儀だと言うのに目上のジケイをなじり、

軍規を乱す二人にいそいそと酒を注いだ。


すでに兵士の殆どがジケイの言う言葉など聞かず、実力を認めるのは

直属の上官である四天王ステアくらいであった。


二将の行動に憤りを感じたジケイは踵を返し、憎んだ顔を見せる

恥辱をさけるため、二人に見られまいと後ろ向きでこう発言した。


「…わしは自分の幔幕に帰るとする!邪魔をしたな…ッ」


「おっ、老将殿。一人では危ない、このランホウが手を貸しましょうか」


ランホウが酒をつぐ小さな甕を机におき、そう言うと、

二将はますます手を叩いて下品な笑いと罵声を浴びせ、老将をなじった。


「ガッハッハ!そうじゃのうランホウ!老将は最近歩くのも大変なお方じゃ!お主がついていってやるがよいぞ!ハッハッハ!」


「はッ!それでは老将殿…」


「よい!自分ひとりで歩けるわい!!」


「まあまあ…」


そして酒に溺れ2将の幔幕を抜け出す二人、幔幕の中では老将を嘲り

罵倒し、そのつど笑いが起こるのが、外で守備をする兵士にも聞こえた。


少し間がたつと、老将の後ろをついてまわっていたランホウは

幔幕からの笑い声が聞こえなくなったのを確認して、老将に語りかけた。


「ジケイ将軍、先ほどは大変失礼致しました」


「なんじゃランホウ。老いぼれに手など貸さんでも良い。お主はあの二人の飼い犬じゃ。奴等の酒を溺れるまでついでやるがよい」


「ジケイ将軍、実を言うとランホウ。権力があるとはいえ、定例軍儀に酒を飲み、老将を嘲るような無礼な奴等には、ほとほと愛想が尽きております」


「…」


「ジケイ将軍のような築城の名手にあのような非礼!このランホウ!口では将軍を嘲りましたが、我が心はジケイ将軍を讃え、将軍に心服しておりますゆえ。あのような力だけの匹夫!白痴二人の発言は、許されざるものがありまする!」


「…」


「あのような猪武者、奴等に将軍のありがたい言葉などもったいなく。高家四天王のステア様に仕える我ら信義の将に比べれば、奴等など畜生以下でございますれば、ジケイ将軍の本当の苦労を知りえずよくもまああのような……」


ジケイはランホウの言葉を流すように黙って聞いていた。

戦は苦手だが思慮深く、長く生きてきた老将ジケイにはわかっていたのだ。

この次々とおだての言葉を放つランホウという男の魂胆、その根底の浅さが。

放つ言葉はジケイを讃え、2将を貶めているが、この男の心は

その実、誰にでも甘い言葉を放ち、どちらからも信頼を得ようとする

八方美人の心。そのものであった。


そして、ジケイはついに口を開いた。


「ランホウよ、あの2将は畜生にも劣るのか?」


「はい!劣りますとも!」


「ではお主は…それ以下じゃな」


「は・・・?」


「畜生以下の将軍にも、老い先短いわしにも、甘言を用いるお主の行為は、畜生以下のそのまた以下だと思わぬか!」


陣屋を駆け巡る老将の滾りの一喝!

その声は老いたりとて心に響くほど大きく、前に居るランホウは

思わず作っていた笑顔をひくつかせ、目の前の老人を見て恐怖に慄いた。


「あわわ…しょ、将軍!!誤解でござる、私は将軍の忠実な…」


「黙れッ!二度とわしの周りに立つなッ!この蛆虫めッ!」


バンッ!

ランホウを振り払うように齢60の体の最大の力をこめて

思い切り拳をぶつけると、ランホウは威力に負け

その場に情けなく甲冑を着ながらしりもちをついた。


「あわわ・・・しょ、将軍待ってくだされ!将軍…」


ゆっくりとと歩くジケイの後ろ姿を前にして

いまだ八方美人を貫こうとする、惨めな蛆虫がそこにはいた。

そして、ジケイが自分の幕舎に入ろうとした、その瞬間であった。



「おーい!信帝国の獅子身中の愚かな蛆虫どもー!官軍の先鋒隊の部将ミレム推参!勝負を致せ!それとも飯と酒を食いすぎてぷっくりと太った腹が邪魔で戦にならんか?アーッハッハッ!」



汰馬河の陣屋の対岸に嫌なほど聞こえる大声が響く。

幕舎に入ろうとしたジケイも、さしものこの声には驚き

前線の監視窓へと大急ぎで向かい、敵の姿を見た。


「出てこぬとは図星かな?それ兵達よ、あそこに陣を構える臆病者を盛大に罵り、笑ってやれ!アッハッハッハッ!」


「やーい!奥羽州の一の臆病者!飯を食うだけがお主らのとりえかー?」

「四天王の影に隠れなければ何も出来ない無能者め、出て来いーっ!」

「そちらの兵も大変だな!無能な将のために戦うこともできんとは!」


「「「アッハッハッハ!」」」


河にかけられた橋の先端、陣屋の目と鼻の先に一人の将と少ない騎馬隊が見える。

人を怒らせるように並んだ言葉と、人の逆鱗に触れるような高らかな笑い声の主は、キレイに挑発の任務を受けたミレムの早馬騎馬隊であった。


「なんじゃあ!?敵の先鋒隊か!?」


ガシャン!

その罵声は大きく響き、陣中全ての兵士達に聞こえ、主要の幕舎に居た

酒びたりのトウゲン、バショウにも聞こえていた。

状況を把握できない2将は酒でほろ酔いであったが、放たれた罵声を理解し、

怒りのあまり酒を注いだ杯を地面へ放り投げた。


「ハッハッハ!臆病者をもっと笑ってやれ!」

「「「プププックプー、アッハッハッハーッ!」


罵声と笑い声を浴びせられながら、状況を知った部下のものが幕舎に入る頃には

守備する四将のうちランホウや、ジケイなども2将の幕舎に入っていた。


「あの不愉快な雑言と笑い声を唱えているのは何者だ!」


「敵の先鋒隊のようです!率いる将の名はミレム!橋の袂あたりから陣屋にかけて騎馬隊を滞在させ、我らに雑言を浴びせております!」


「敵の数はどの程度じゃ!?」


「数は少なく、多く見積もっても200から300程度と思われまする」


「200から300!?おいおい笑わせるな!そのような数で我らと合戦し、この陣を攻め落とすつもりか!アッハッハ!こりゃ愉快だわい!」


数を知りケタケタと敵を侮り笑うトウゲン、バショウの二人。

そして、2将に付き従うランホウは合いの手を入れる。

しかし、老将ジケイは違った。


「おそらく…挑発じゃ。出れば策にかかるぞい…」


「ふふっ、老将よ。挑発にしても200、300の兵で何ができる?我が軍は1万、いくら小細工をしようとしても数で飲み込んでしまえば簡単なことではないか」


「おぬし達、ステア様に言われた事をお忘れか?『陣屋をよく守り、絶対に動いてはならぬ』と。ここは敵の挑発などには乗らず、この陣屋を固めるべきじゃ」


「あっ、そ、そうか。ステア様は動くなと…ふ…ふむ…では仕方あるまい」


「そうじゃ…軽々しく動いてはならん…」


老将の言葉などは聞かない流石の2将も、自分の義理の父親であり

自分達の総大将でもある四天王ステアの言葉は絶対であった。

陣を守備する四将は黙ったまま、自分達の幕舎に帰っていった。

だが、その帰る間にもミレム達の挑発的な言葉と笑いは耐えなかった。


「ハッハッハ!最後まで臆病な奴等じゃ!少々疲れたので帰るが、敵が背を見せて襲わぬのは、まさしく畜生以下じゃのう!ハハハ!それではまたのう!」


ミレム達は、数時間の罵声を浴びせると頃合を見計らって退却した。



「なんじゃあやつら。敵を目の前にして背を向けて帰ってしもうた」

「ふ、ふん。あんな下手な挑発。笑って流すのが一番よ」

「そ、そうじゃのう。ふ、ふ、あっはっは」


挑発的な台詞を耐え切った将兵達は、内心滾るものを感じながら

ホッと胸をなでおろすように、いつもの陣屋の守備に戻る。


「おーい!また来てやったぞ臆病者ッ!」


しかしミレム達は日が沈む前の夕暮れ時になると、

また数時間の罵声を浴びせに陣屋の前に到来した。

守備する将兵の多くが聞き流していたが、朝夕のそのしつこさと

巧みな言葉の数々にだんだん怒りを露にしていった。



挑発から四日目


「はっはっは!さて今日も来てやったぞ!しかし飽きもせず、このような罵声を三日も耐えるとはお主達の将は相当の臆病者か、罵声の意味も知らない余程の物知らずなのかのう!?」


「「「大軍用いて出陣するも〜♪我らが恐くて篭もり病〜♪剣や槍を錆びつかせ〜♪震えて出るのは甲冑の音だけ〜♪臆病兵士に臆病将軍〜♪三日も耐え抜く意地らしさ〜♪堅い陣屋に隠れて見えるのは〜♪蛆虫どもの憎まれ顔〜♪♪」」」


「良いぞ〜良いぞ!もっと言え!もっと言え!」


朝夕連続して行われるミレム隊の罵声の数々は三日も続き、

挑発を文字り、調子のついた歌まで歌われる始末であった。


陣屋を守り耐える兵達は、その巧みな嘲り、罵声に各々憎しみを増幅させ、

ギリギリと音を立てて歯軋りをし、平穏な心をもった兵などそこには居なかった。

どのものも顔を憎しみに躍らせ、沸々と滾る血管を浮き立たせて

歯茎を剥き出しにして怒り、あるものは物に当たったり、命令にそむき

柵の前で弓を射掛けようとするものや、陣の外に出撃しようとするものまでいた。


「く、くそー!命令さえあればあのような弱兵を蹴散らすのは容易いのに!」

「この三日間の雑言の数々、皆殺しにしても飽き足らぬわ!」

「将軍達はまだあのような者をのさばらせておくのか!」

「ちくしょう!お、おれはもう我慢できないぜ!」


兵士達の憎しみの不平不満は、しだいに四天王ステアの言葉に

恐れる将たちにも感染し、幕舎で酒を飲むトウゲン、バショウの2将は元より

八方美人のランホウまで怒りの連鎖に冷静さを欠き、感染してしまっていた。



「このままではいかん。このままでは…」



兵士達の怒りを見て、老将ジケイだけが、この事態を憂慮していた。

そして、毎朝の定例軍儀をするためにジケイが幕舎に行くと

幕舎の中は怒りに満ち溢れた将軍達の顔がズラリと並んでいた。

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