第二十七回
英雄百傑
第二十七回『必勝会得 必知敵能 汰馬河七日合戦、始まる』
汰馬城 宮城
父キレツ、弟のキイを多くの兵員と共に要所に送り出し、
自らは汰馬城で2千の郡兵を用いて、敵に攻め入り
七日で決着をつけるとキレイが豪語した翌日の朝。
キレイによって早速、諸将に汰馬河対岸の1万の敵兵が篭る
屈強な陣を攻める作戦会議が開かれた。
上座にはキレイが立ち、その横にオウセイ
汰馬河周辺が描かれた地図と敵兵と味方をあらわす駒を並べた机を
囲むようにミレム、スワト、ポウロ、ヒゴウが並んでいた。
京東郡、郡将のゲユマと僧衆のジニアスが下座の最後尾に立っていた。
そしてキレイは地図に駒の配置が終わったのを確認すると
ゆっくりと、手を動かしながら各将へと作戦の説明をしていく。
「今回の戦、敵の兵は1万余。郡兵はたかだか2千。敵は汰馬河の対岸に強固な陣屋を構え、これを真正面から攻略するのは難しい。よって今回は敵の心を攻めねばならん。陣屋を守る敵の将は誰と誰ぞ」
「恐れながら…高家四天王の一人、ステアの部将。トウゲン、バショウ、ジケイ、ランホウにございます」
「誰かこの四人を知るものはおるか?」
…ザワザワ…ザワザワ…
キレイの発言に訝しげな顔を浮かべる面々。
なぜならここにいる将達は、ミレムを始め賊討伐で名を上げた
新入りの将軍が多く、それほど位も高くなくため、
有名な高家四天王ならまだしも、部下の将達の名前などは
噂にも上らず、どの顔も知らない風であった。
「誰も知らぬか…」
キレイが仕方ないといった表情で、次の説明をする時に
下座からミレムの声が聞こえる。
「キレイ将軍、僭越ながらミレムが申し上げます。その四将、宮中紋章調官(宮中で働く官人の顔や素行、噂を伝聞する役目)であったヒゴウが存じているということです」
「い、いえミレム様。私は彼らの性格も噂程度にしか存じておりませぬゆえ…その…」
「よいではないか、この中に敵将の人相を知るものがおらず。噂だけでも立派な情報だ」
大胆なミレムの発言に、そそくさとキレイを見つめるヒゴウ。
流石に話す相手の官職が三位以上も上となると、進言にも気を使ってしまう。
「ミレム殿の言う通りだ。噂だけでもいいからもうしてみよ」
「は、ははっ…」
しかし、あたふたとするヒゴウに対して、キレイは割と温厚であった。
戦において、特に敵の性格を知ることの重要性を良く知っていたからだ。
「二年前に北奥羽州へ滞在した頃の話ですが、よろしいでしょうか?」
「情報は千金に値する。ありていに聞いたことを申してくだされ」
スッと肩の力を抜くと、キレイと諸将に両手で一礼をし
ヒゴウは敵の四将の事をゆっくりと語りだした。
「トウゲンとバショウは四天王ステアの娘婿である寵将、互いに勇猛で武力に優れまするが、部将としては余り良い評判は聞きませぬ。陣中の令を乱し、禁を犯し、酒乱で酒癖が悪く、よく部下や兵に罰を与えるため、陣中では不平不満が絶えないという話でございます」
「ほほう…では他はどうだ?」
「ジケイは齢60の老将。慎重で疑り深い性格で、ステアの懐刀と言われておりまするが、『懐刀』と言われるのは、もっぱら築城技術や内政の才が秀でている事でございまして、彼は兵を操るのは余り得意ではなく、老体には剣も重く、手綱を握り馬に乗るのがやっと、という話しでございますれば、武力頼みの部将から疎まれ、年長の者なれど年下の部下の統率が出来ず、命令を背かれるという有様とか」
「そうか…。では残るランホウは?」
「ランホウは世渡り上手で、そこそこの知略もあり、戦も出来る器用な男ですが、八方美人のため仲間の将の信頼が薄く、小さな矛盾で将達といさかいをよく起こすそうです」
「となると、敵方の将に目覚しく戦のできる将はおらぬという事だな」
「はっ、おそらく高家四天王ステアが進軍に邪魔な南北の拠点の制圧に将を割いた結果、この四将になったのではないかと思われまする」
「はっはっは…それは良い事を聞いた。ミレム殿は良き部下をお持ちじゃ」
「いやいや、ヒゴウの意見がキレイ様のお役に立つこと嬉しく。このミレム、恐悦至極にございます」
「はっはっは…。ふむ、そうか。敵は恐い将ではないか…」
いつも隙の無い強張った表情を浮かべるキレイの顔にニヤリと
一筋の笑みとも思えるような動きが見えた。
「…(あの顔。若が早速策を思いついたようだな)」
キレイの横にいたオウセイは、それを見て同じようにニヤリと笑った。
「・・・」
キレイは将の前でニヤリと微笑んだ顔をシュッと戻すと、下を向き
何かを考えるように地図の上に置かれた駒を見て、下アゴに生え始めた
剃らなかった無精ひげに手をかけて、それを二度、三度と親指と人差し指で
押すようになでながら、この戦の行く末を思い浮かべ、考えた。
ゴクリ…
恐将と呼ばれるゆえの、その軍略の緻密を考える仕草に
息詰まり、唾を飲み込む諸将であったが、短い沈黙の後
ついにキレイは地図を見るために下に下げた面をクワッとあげ
目の前に居る全ての諸将に向けて声をあげて命令した。
「よし!策は決まった!各々方、お待たせ致しもうした!良く聞かれよ、陣振りじゃ!」
「「ははっ!」」
『陣振り』とは、野戦を行う部将の持ち場配置の事であった。
野戦で兵同士がぶつかる時、主に総大将が決め、これに従って
各部将が命令を受け動くという算段であった。
「まず隊を分け、前方はミレム将軍に選りすぐりの早馬の騎馬隊200を預ける。明日の着陣と共に、正面から対岸の敵陣屋に向かい罵声雑言をありったけ浴びせよ。おそらく一日二日は用心してこないだろうが、もし挑発にのって敵が陣屋を飛び出してきたら一目散に汰馬城まで逃げよ!」
「承知つかまつりました!」
「汰馬城の周囲には、右翼にポウロ殿の長弓隊300、左翼にゲユマの小弓隊300を配置し、ミレム将軍が過ぎるを見計らって敵を矢で狙い撃ちにせよ!敵が怯まなければ左右に散らばり、汰馬城まで後退せよ」
「ふふふ、お任せあれ」
「頑張りまする!」
「スワト殿は槍隊300をもって汰馬河の北の奥汰馬林に潜まれよ。あそこは小高く地形が良く見え、林は兵が隠れるのには絶好の場所。河の手から多くの人馬の嘶きが聞こえたら真一文字に敵の後方部隊に突撃し側面から突き崩せ!」
「おお!お任せくだされぇッ!それがしの腕がなりまするッ!」
「ヒゴウ殿はドラを持った歩兵隊100をもって河の南に進軍し、逃げるミレム隊と敵軍の後方部隊を確認したら、対岸から敵の陣屋に向かって移動し、逃げられる程度の距離を保ち、陣屋の近くでドラをけたたましく鳴らせ」
「はっ!命に替えても成功させまする!」
「そしてオウセイは南岸より渡河し、ドラの音が聞こえると同時に500の重装歩兵隊をもって敵陣に切り込め!」
「承知!我が隊をもって決着をつけましょうぞ!」
「私は汰馬城の守備兵300を率いて、この城を死守する!諸将一人一人の頑張りによってこの戦、決まるものと心得よ!信帝国の秩序の元!官軍に勝利を呼び込もうぞ!」
「「「オーーッ!!」」」
声をあげ、腕をふりあげ、各々の目は輝き、
敵より数が少ない事などとうに忘れ、その心は闘志に満ち溢れていた。
しかし、次々に配置と役割を教えられる将達だったが、
一人だけどの配置へも命令されていないものが居た。
そう、あの憎まれ口の僧衆。ジニアスだ。
なんとなく自分も何かしなければいけないのでは?と思った
ジニアスは、前に居るキレイに向かって礼もせず、前口上もせず
どこかに目線をやりながらアゴをさするような振る舞いで悪態をつきながら
上目線でこう言った。
「へっ。おい人斬り侍の大将さんよ、俺様は戦に出なくていいのかい?別に俺が特に出る幕でもないと思うんだけどよ。な、なんかこうあれ?なんていうの?戦の前のピリピリ感っての?武者震いっていうのか?俺、こういうの初めてでソワソワしてんだけど。てめえがどうしてもっていうなら、俺も何か手伝ってやろうか?」
ジニアスに向けて、無視するかのように、あえて配置を言わなかったキレイは、
悪態をつくジニアスを見て、頭の中で『何か』がはじけ、
今日一日、初めての大声を発した。
「お前は、この城の、特にこの俺の見えない所で念仏でも唱えていろ!それ以上の事は絶対するなッ!!」
宮城の壁に響く大声、まさに昨日諸将の前で怒り狂ったキレツを
彷彿とさせるような一喝。血は争えないものである。
「ケッ、はいはい。あっほーれ承知と。どんな時代でも僧衆ってのは楽なお仕事で結構結構。せいぜいあんたらは人斬りに精を出しなさいな。死んだら念仏唱えててやるよ、ふわぁあー眠くなってきちまったぜ」
しかし、そのキレイの大声もジニアスには利かなかったようで
ヘラヘラと笑みを浮かべて了承すると、ジニアスはあくびをした。
諸将たちは、僧衆でありながら悪態をつき、雇い主である恐将キレイの前で
あのような事を言うジニアスに呆れ顔で、それまで燃えていた心は
呆気に取られたように消沈し、宮城を去るジニアスに視線が釘付けだった。
もうその悪態に苦虫を噛み潰したような顔を浮かべていたキレイだったが
何を言っても聞かないと判断し、無視するように、諸将に対してこういった。
「では、各々方!準備でき次第、早速配置のほう、よろしくお願い致しまする」
「「「お、おーっ」」」
諸将は呆気にとられながら、音頭をとり
それぞれが闘志を戻し、合戦の支度をするのであった。
翌日 汰馬河の西 平野
敵にばれないように闇夜にまぎれて兵の配置をし、
全ての将兵が配置を完了したのは翌日の朝であった。
しとしとと降り始めた雨が、地面をぬらすと、あたりは近頃まれにみる
非常に冷たい気候になり、少量の白い霧に包まれた。
ミレム隊は汰馬城を出て、河の手前の平野に陣取り
キレイに言われた通り、敵の陣屋に向かって挑発行動にでようとしていた。
そして先頭にたったミレムは、うっすらと河が見える位置まで移動すると
ついに声をあげ、早馬隊の兵達に命令した。
「よし、ミレム隊!全員準備はよいか!恐れるな!敵の不忠と不義を罵って、嘲って、笑ってやれ!敵が乗って来たら一目散に逃げろ!それでは早馬隊ゆくぞーーーッ!」
「「「オーッ!」」」
ドッドッドッドッ!
ミレムの率いる騎馬隊は、草を踏みつける鈍い馬蹄の音を聞きながら
颯爽と草原地帯を駆け抜け、敵の一万が篭る屈強な陣屋に向かって
すばやく移動を始めたのだった!
『汰馬河七日合戦』の始まりである。




