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第二十六回

英雄百傑

第二十六回『軍儀長蛇 献策必理 風雲、汰馬城に戦慄走る』



西国から先方隊15000を預かり、関州救援に発したキレイ隊であったが

流石に早きに長けるキレイの率いる軍でも、15000もの兵を動かすには

日数がかかった。


東海の虎、王族ホウゲキが高家四天王に命令し

隣接する州、関州攻略を始めたのが4月の半ば。

四天王の一人、速攻のステアはホウゲキから預かった関州攻略の兵

50000を従え、関州との国境の要害、英明山を山塞とする

武青関(ブセイカン)武赤関(ブシャクカン)の二関を落とすと

堅城を誇る関州の13の城を一ヶ月ほどで武力制圧し、

木津(キヅ)原小騨(ハコダ)城茨(ジョウバラ)河金(センギン)

四郡を落とし、すでに関州4郡その殆どの臣民が降伏し

未だ徹底抗戦の意思を持つのは京東と楽花の2郡を残すのみとなっていた。


五月の半ばを過ぎた頃、

おおよそキレイの先鋒隊が京東郡の国境、汰馬(タマ)城に入場する頃には

すでに汰馬城の前方にある刀祢大河の支流、汰馬河の対岸に陣屋が張られ、

四天王ステアの部下、トウゲン、バショウ、ジケイ、ランホウ率いる

先鋒隊10000の兵が対峙していた。



京東郡 汰馬城 宮城


この関州という場所は、南に大水源、刀祢(トネ)大河を持ち

北に大山『英明山』という二関の天然の要害を持つ縦長の大地であるためか、

北から吹く冷風は山によって遮られ、南からくる穏やかな温風を受け、

気候は温暖で済みやすく、山から金や銀が取れるため、人々は富裕であり

文化は栄え、水や燃料となる森林に事欠くことない土地で、

田畑や牧畜も内陸でありながら盛んで、陸路や水路が発達してあったため、

西国と並んで、なにかと人が集まる州であった。


小高い盆地からすべるような平野であり、整備された道が多いためか、

内陸から兵を進ませるにはたやすいが、山から大河への支流が何本も

外円へと続いているため、他の国からの進撃は難しいという守りに適した

州だった。


そういう地形的理由もあり、大河の支流から水を導き、

城の石垣の周りに大穴を掘って堀に水をめぐらし、大勢を頼みに

攻めれないようにする『水堀の石城』という築城技術で囲む堅城が多く

この汰馬城も、そのような堅城の一つであった。


今、この汰馬城の宮城では軍儀が開かれていた。

東軍先鋒隊の大将である、キレイが並み居る諸将と作戦立てをしている。

上座には京東郡の太守、キレイの父親であるキレツと弟のキイが並び

下座左手にはキレイ、オウセイ、タクエンなどの京東郡の将、

下座右手にはミレム、スワト、ポウロなどの官軍の将が並んだ。



「官軍諸将の皆様、まずは関州平定に御助勢いただき真にありがとうございまする。このキレツ、信帝国に仕えて30幾年。これほど嬉しい事はございませぬ」


「我が先鋒隊には官軍諸将の中でも関州生まれの者が多く。その我が故郷、関州存亡の時を聞き知っていながら、援軍に来ない者などありましょうか!そうであろう皆の衆!」


「「「そうじゃそうじゃ!」」」


上座から礼をするキレツに対して、意気揚々と音頭をとる下座のオウセイ。

その言通り、先鋒隊の将兵には関州で生まれ育ったものが多く、一人一人の

顔は故郷を朝敵から救わんがため凛々しく、瞳は炎を宿らせるように燃えていた。



「では早速ではあるが、軍儀に入るとする」


「はっ」


「関州東の四郡はすでに落ち、降伏してホウゲキの傘下に入り、関州で未だに徹底抗戦の構えは、この京東郡と南の楽花郡の僅か二群となった。しかし、諸将もご覧になられたかと思うが、すでに国境の汰馬河の対岸には敵軍10000が並び、屈強な陣屋が張られ、後方からの荷駄隊の列を見るに兵糧軍備も揃いつつあり、朝夕に炊煙が立ち昇り、今にも攻め来るといった模様である」


ゴクリ……静まった宮城から将達の唾を飲むような音が聞こえる。


「先ほど楽花郡からの早馬の情報によると、楽花郡にも四天王ステアの本隊26000が南下して攻め始め、京東の北の国境の銅羽(カバネ)にはステア旗下の14000の別働隊が続々と集結していると聞く…」


「なんと!もう、そこまで侵攻されておるのですか!」


思わずザワザワと声をあげる将兵達。

関州の攻めるに難しい地形を僅か一ヶ月たらずで攻略し

今なお、その大軍勢の勢いを止めることなく

二群を取り囲むように三路から攻め込む様子。

流石に先帝の信頼厚い高家四天王の一人、

速攻のステアであると将達は背筋に冷たいものを感じた。


「楽花郡に救援を向かわしたい所だが、銅羽は京東郡の道の端末にある防衛の要。銅羽城は、ここ汰馬城と共に堅城ではあるが、守備する兵はせいぜい1500足らず。万の大軍で攻められれば十日と持つまい…」


キレツは青ざめた表情で語り、諸将も同じように顔をしかめた。

前方の敵を打ち破っても、南北から挟み撃ちをかけられたこの状況では、

どちらか一方が崩れれば、郡の中心、及び西国から輸送される

兵站道(武器兵糧を輸送する道)を奪われ、分断された本隊は

敵の中心で孤立する恐れがあるからだ。


「ここは兵を二分して、ここ汰馬城と銅羽城にそれぞれ兵を配置し。篭城して敵兵を疲弊させ、士気が弱るまで持久戦に持ち込もうと思うが、諸将はどう思う」


キレツが落ち着いた物腰でそういうと、多くの将は納得するように頷いた。

しかし立ち並ぶ将の中から、京東の郡将の一人、エスディが声をあげる。


「恐れながらキレツ様、このエスディ申し上げたき儀がござりまする」


「なんだ申してみよ」


「ここ汰馬城は堅城とは言え、多くの兵を養い、持久戦に持っていくほどの兵糧がございませぬ」


「なんじゃと!?それは真かッ!?」


「昨年は異常気候からか米を始め作物の不作が多く。郡の兵糧備蓄米も倹約して使ってまいりましたが、流石に秋の刈入れを前にして大勢の兵を養う兵糧はございませぬ」


「兵糧はどの程度もつのじゃ・・?」


「京東郡を守備する兵は五千程、これに官軍兵を一万五千を加え二万。郡の備蓄米を総動員したとしても、戦続きであれば20日は持ちますまい」


京東郡の兵糧管理を任されたエスディの言う事はたしかであった。

不作もそうだったが、昨年の頂天教の乱で派兵した軍勢に

多くの兵糧も持たせたことも、京東の備蓄兵糧米に響いた一因であった。

キレツ以下諸将が思うほど、兵糧備蓄米の余裕はなく

すでに京東郡の備蓄米は、殆ど無いに等しかったのである。


「ふむう…」


「父上、府甲州に兵糧を頼んでみてはどうでしょう?」


兵糧の問題に悩めるキレツを見つめ、助言するキレイの弟キイ。

府甲州は軍馬兵糧の蓄えもあり、水源の確保も農地の耕作整備も素晴らしく、

農耕に使う馬や牛なども多く生息し、作物の生産量から言えば関州の上をいく

肥沃な大農地帯であった。


悩んでいたキレツはキイの助言で顔を明るくし、何かを思い出すように、

エスディに向かってこう言った。


「おお、そうじゃ!キイの言うとおりじゃ!西の府甲州にオイギンという者がいる。彼に兵糧を頼んでみてはどうか!」


しかしエスディの表情は変わらず、

エスディは同じまま同じ口調でキレツに言った。


「おそらく府甲州もホウゲキと高家四天王の顔色を見ておりますゆえ、何か理由をつけて兵糧を出し渋りましょう」


「いやいやエスディよ。隆蒙郡の太守、オイギンとは古くからの友人じゃ!彼は義に篤く、忠に秀で、何よりも信帝国を愛している。彼なら何も言わず我らに援助してくれるはずじゃ!」


「殿、今は戦でござりまする。平和な時の友好は戦の時の信用には繋がりませぬ。目の前に危険が迫れば、人は己の保身に走るものでございますれば…」


「我が友、オイギンが援助を断ると申すか!」


「お察しの次第、多少の違いはありましょうが、おそらく…」


ドタドタドタッ!!


その時、矢を放ったような一筋の声が軍儀にいそしむ宮城へ駆け込んできた。


「伝令!ただいま府甲州より早馬!火急の用件にてお目通りお願いいたしまする!」


「なんじゃ!申してみい!」


「高家四天王のキュウジュウ、ソンプトが府甲州に3万の大軍を持って府甲州国境留芭江(リュウバコウ)に進撃!これによって府甲州で高家四天王に内応した郡があり、内乱が勃発いたしました!」


「なんじゃと!ええい、信帝国の禄を食みながら、なんたる事!内乱を起こした郡の太守はどこのどいつじゃ!」


「内乱を起こした郡は隆蒙郡の太守オイギン!これと四天王に睨みをきかせるため府甲州全郡は関州に対し援助できぬとのことでございます!」


「な、なんじゃと!馬鹿な、あのオイギンが!?」


「それでは西国への伝達がございまするゆえ!これにて御免!」


ダッタッタッタッ!

使者は伝令を伝えると、そそくさと宮城を抜けて外に繋がれた

馬の尻を叩き、急ぎ西国へと道を走らせた。


その場に残されたキレツは、予想もできない友の裏切りに

立ち尽くし、諸将が見ていることもかえりみず声を上げた。


「おおお…信帝国に仕えて三十幾年…信と義を大事にし、我が友に火急の事あれば義に応じて即座に動くと言っておったオイギンが真っ先に信帝国を裏切った…おのれ…おのれ!おのれ!オイギンめ!許さぬぞ!」


キレツは情けなさと同時に、内なる怒りを抑えられなかった。

声を震わせ、顔は真っ赤。眉間の皺は顔面が歪むほど波をうち

甲冑から見える手足首の五体の血管を表面に浮き立たせながら、

その齢50の体は煮えたぎる溶岩のごとき熱を帯びていた。


「おのるうぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


ドン!ドン!ドン!ドン!!!!


収まりが付かないのか、場内のシーンとした静寂に渇をいれるように

地鳴りのような咆哮をあげ、右足をあげると甲冑越しに

思いっきり音がでるように何度も床に叩きつけるよう地団駄を踏む。


「ち、父上!い、いかん茶を!!!はよう京東の茶を!茶を持て!」


キレツが一旦こうなると、落ち着かせるのに時間がかかるのを

知っていたキイは、部下に命じてキレツの大好きな茶を持ってくるようにいった。

キレツの激流のような怒りを静めるには、京東の茶が一番利くのだ。


「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬっ!!ぬぬぬぬぬっ!」


怒るキレツの前に一杯の茶を持って文官が駆けつける。

茶をキレツに差し出すと、キレツは分捕るように茶碗を持つと

グイッと勢いよく茶碗を口まで運び、独特の緑色の液を飲み込んだ!


「ゴク・・・ゴク・・・」


「父上、落ち着かれましたか・・?」


なだめるキイが、茶を飲み黙るキレツに声をかける。

キレツはしばし沈黙すると、大きく息をすいこみ声をあげた。


「茶がぬるいんじゃぁぁぁぁッ!」


ガシャーン!バリーン!


持っていた茶碗が、音を立てて跡形も無くキレツの手で握りつぶされた!

その瞬間、幾百もの猛獣が襲い掛かったかのように震える声が宮城を包み

それを体で感じて、下座に整列していたミレム、スワト、ポウロ、ヒゴウ及び

官軍の将達はそのキレツの怒りを前に目を丸くして、

怒りの大きさ、恐ろしさのあまり直立不動であった。


「さ、流石は関州一の癇癪持ち。おお、おそろしいことで」

「おおお、まるであれでは赤鬼…あのような形相、それがし初めて見申した」

「スワト、お主のような者がおれば流石に慣れた」

「殿!どういう意味でござるか!」


「ミレム様、私もわかりませぬが。どういうことでございましょう」

「ぷっ!くっははは!」

「なぜお笑いなされる」

「ははぁ〜ん。ヒゴウ殿はまだスワトの怒った姿を見ていなかったな」

「怒った姿??」

「猛獣使いが500人は必要じゃ」

「猛獣使い・・・でございますか?」

「お主もそのうちわかる」


ミレムとスワト、そしてヒゴウが怒り猛るキレツを横目で見ながら

まるで世間話でもするように会話をしていると、

黙っていたポウロが、深刻そうな顔で会話中のミレムに言った。


「しかし、まずいですな」

「ポウロ、何がまずいのだ?」

「北の防衛に進軍中のメルビ将軍の本隊に兵や兵糧を割く余裕はありませんし、前線以外の他の郡に助力を頼むのは無理。篭城して持久戦をしたくても兵糧もなく、攻めて進軍すれば敵に囲まれ分断される。まったくどうすればよいのやら、ほとほと考えも及びませぬ・・・」

「まあまあ。大丈夫じゃポウロよ。あれを見てみい」

「はっ?」


不安げなポウロに対して、ミレムが目で指図した方向には

怒る自分の父親の行動を見て、ニヤリと笑っていたキレイと

それを訝しげに見つめるオウセイとタクエンが居た。


「父上は相変わらずじゃのう。キイのあの慌てぶりもさることながら何度みてもあのお怒りは京東郡一の見ものじゃ」

「キレイ様、そろそろ腹案の一つも出さぬと、将兵が不安がりますぞ」

「いや、まだこの光景を少し見ていたい」

「若。意地悪などせず、そろそろ御注進なされては」

「ふっ、オウセイ。お主は生真面目な男よのう。では、そろそろ言うかな」


怒り狂うキレツの騒動に慌てふためく将達であったが、

その人中から、ついに下座の先頭にいたキレイが前に出て進言する。


「父上、お怒りのところ恐れながら申し上げます」


「わしは怒ってはおらん!怒ってはおらんが!情けない!決して怒ってはおらんぞ!しかし…ちくしょう…ぬうう!なんじゃあキレイ!!申してみい!」


「全て、このキレイにお任せくだされ。この戦7日で大勝利をもたらしてみせましょう」


「「ええっ!?」」


怒っていたキレツも、それに慌てふためいていた将も

このキレイの言葉には流石に聞き耳をたて、皆面食らったように驚いた。


「なんじゃと!?7日じゃと!」


「はい。7日でございます」


「キレイよ嘘ではあるまいな?わしの不肖の息子とはもうせ、お主は幼少のみぎりから親に嘘など付くような奴ではない。どういう策があるのか…申せ!」


「はっ!」


キレイがそういうと、オウセイが大きな机を将兵の前に置き

横のタクエンがそこに京東郡周辺の大きな地図を広げ、凸型の石を

各所に置き始めた。

配置が終わると、キレイはすっと大きく息を吸い込み

将達に聞こえるように声を大にして語り始めた。


「敵は勢いにのっておりますが、我ら官軍の援軍の数を知っており、一極集中をさけ、南は楽花郡、北は京東の要所銅羽城、東は我らの汰馬城の目の前と、その兵力を分散させて進撃しております」


「ふむ・・・」


「5万の兵を1ヶ月でここまで動かすには、おそらく兵糧も武器も各郡から奪い取り、兵数も5万より増えており、統率をする将も兵も連戦連勝でその意気も盛んでございましょう」


「兵の進軍速度からいって、間違いはなかろう。士気も高いはずじゃ」


「しかし、勝ち戦を体験しすぎると、将兵は勝ちに溺れ、負けを忘れ、どのような者でも心に一部の隙を見せます。その一部の隙を攻めまする」


「なにっ?」


「敵はおそらく、汰馬河の対岸に屈強な陣屋を築くあたり、我々が長期戦を望んでいると確信しています。南北の本隊の進撃が京東中部に当たり我々が兵を西へかえす時まで、彼らはこの汰馬城を襲ってこないでしょう」


「なんじゃと!?それでは眼前の1万はおとりか!」


「おそらく我ら先鋒隊を見て1万のおとりを用意したのは、我らが対岸の兵を見て多くの兵員を割き、要所を守備できる援軍の兵を減らし、釘付けにしている間に数をもって攻め、銅羽の堅城と楽花郡のどちらかを攻略し、我らが計に気づいて敵を前にして兵を動かした時、三方から同時に攻められ、この戦は負けが確定いたしまする」


「むむむ…では、どう七日で勝つ?」


「まずはここにいる先鋒隊1万5千の内、北の銅羽城に6千、南の楽花郡に9千を送ります。北の銅羽城には兵糧も、この汰馬城よりは多く、南の楽花郡は農に進んでおりますれば兵糧調達もたやすいかと」


「な、なんじゃと!それではこの汰馬城がもぬけの殻ではないか!」


「いえ、ここには郡兵2千がおります」


「いかに堅城といえど1万を相手に2千でどう守るのじゃ!」


「父上、お言葉ながら『守る』のではなく『攻める』のです」


「んがッ!?」


キレイの言葉はキレツを再び狼狽させた。

髪の毛は乱れ、甲冑はガシャガシャと音をたて、イラついたように

キレツはキレイに対して、声を荒げる。


「おまえ正気かッ!あの堅固な陣をたかだか2千で攻めると申すか!」


「敵の備えなきを攻めるが戦の上策。連戦連勝で眼前の我らを侮り、攻められぬとわかっていれば敵の心は緩みまする。どのような名将、精兵といえど、統率緩んだ者をこちらの手玉にとることは容易いもの。屈強な陣屋と1万を崩されたとあれば今度は南北に兵をわけた四天王ステアの軍が、後の補給路を断たれんがため兵を動かし、挟撃の形になり窮地に陥りまする」


「し、しかし。失敗すればどうする?」


キレイの進言は普通に考えれば、たしかに無謀な策であった

敵が攻めの備えをしていれば、攻めるのはいたずらに兵を減らし

旗色が悪くなれば汰馬城の落城にも繋がるからだ。


しかしキレイは自信満々の笑みを浮かべ、キレツにこう答えた。


「父上、私は誰でしょうか?」


「ッ!!」


キレイの言葉にハッと気づいたかのようにキレツは乱れた髪を直し

怒り狂っていた顔の赤らみを取り除き、平然と太守の座に座ってこう言った。


「そうか、そうであった。この戦の全て、我が息子…いや官軍先鋒隊大将のキレイ殿に任せる」


「ははっ、お任せあれ」


納得したようにキレツは頷くと、キレイは自分の父親の前で

気丈に力強く、両の手を真ん中に合わせ深く礼をした。




…翌日

キレツは郡将エスディ他6将と9千の兵を率いて楽花郡へと向かい、

キイは郡将ドルア、タクエン他3将と6千の兵を率いて銅羽城へと向かった。


こうして、キレイは、郡将のオウセイ、ゲユマと官軍の将

僧衆のジニアス、ミレム達三勇士、ヒゴウと言った面々と

2千の郡兵を汰馬城に残し、キイたちの兵を見送った。


キイは出陣の際、城壁から手を振る勇壮で自信に満ちた顔を浮かべる

兄を見てこう思った。



「(…兄上は本当の英雄かもしれん。ただでは止まらぬ、あの怒りに狂った父上を兄上は一言で平静を取り戻させた。兄上の戦に関しての父上からの絶大な信頼。兵糧を割かず、兵を割き、他は守らせ自らは攻める。敵の喉元を噛み切らんとする軍略、そしてそれを支える自信。そこから生まれる親子兄弟の絆を超える信頼。これはいくらこのキイが軍事に長けていようと、超える事ができないだろう…)」



やわらかな草原が露にぬれて、若干の湿気を帯びた空気が

春の終わりの風に乗って、爽やかな朝の匂いを運び、

要所守備に向かう馬上のキイの心を一層すがすがしくした。



時は信帝国暦203年5月の半ば過ぎ。

灰色の雨雲が見える曇り空が広がり、若葉が露をたらす春の終わりであった。

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