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第二十五回

英雄百傑

第二十五回『流転連環 空前絶後 変起りて乱世始まる』



信帝国の帝都、信京に滞在し天下を覗いていた恐将キレイの憂い。

それは事実となって、200年続いた信帝国の威光に暗雲の如く

ゆっくりと覆いつくし、徐々にその日輪に陰りを映しこませた。


キレイが帝都で画策し、僧家のジニアス、公家のガダンム、

武家のニュオンなどの調略を着々と行い始め、1ヶ月ほどたったころだった。


信帝国の各地に不穏な噂が流れ始めた。


「星に西帝の威光なく、世が乱れ乱世になる」とか

「帝は心が幼く器量がないため、家臣が泣いている」とか

「暗愚な皇帝を廃嫡し、ホウゲキを王にする運動がある」とか

「北方西方の頂天教軍の残党が勢力を取り戻し、都へ攻め込んでくる」とか

「南郡九渓州の蛮族が僧衆と手を組んで侵略しにくる」とか

「宰相のパシオンが宮中を牛耳り、簒奪を狙っている」とか


誰が触れ回ったかはわからないが、その証拠実々たる情報と論舌が

治世に慣れてしまい、疑うことを知らない無能な郡太守などの耳に入り、

噂が噂を呼び、尾ひれの付いた流言に民衆は恐れ、武家は武器鎧を買占め

各郡は兵馬を整え、それぞれが反目しあうようになった。


信京周辺にも各郡からの噂は広まり、その声は宰相パシオンは勿論のこと

宮中の文官達の不安の火に油を注ぎ、皇帝のホウショウにも届いていた。


さすがに宰相のパシオンは流言だと気づいて噂の沈静を急いだが、

宮中で刺激にたりない生活を行ってきた文官や位の高い公家などは、

あれよあれよと騒ぎ立て、それぞれが猜疑の目で他人を見て

急いで信京を出て国元へ帰るものが相次いだ。


頂天教の乱以降、メルビ、チョウデンをはじめ功績のあった者達や、

南郡の太守となったジャデリンはその噂に首をかしげ、

ジャデリンの家臣となっていたミケイも同じく流言だと思った。

信京にいたミレム達は、その噂をそれぞれの思いで聞いていたが

ポウロやヒゴウ曰く「おそらく流言である」と聞き、信じることはなかった。


だがキレイだけは違った。

策の中身は聞いていなかったが、おそらく、

これはタクエンの放った計略であると思ったのだ。



そして、信帝国暦203年1月。

穏やかならぬ空気をはらんで、信京の宮中で大きな事件が起こる。


その時、帝国では新しい年を迎える祝賀が開かれ

年賀の挨拶と共に、皇帝に各郡さまざまな調度品や贈り物をもってくるのだが

東海の虎ホウゲキを始め、九渓州の太守達、西国南国の何群かの太守が

それぞれ病気を理由に帝への挨拶を断ってきたのだ。


これをみて謀反の目があると睨んだ宮中の武官文官達は

それぞれに討伐を口にするが、宰相のパシオンは噂の真偽の見分けもつかず

疑心暗鬼にかかり始めている文官武官達を見て、野心の芽を出させぬため、

ホウゲキと九渓州と西国南国の各郡には咎めの書状を送り、武力征伐は避けた。


西国から東国や各地への武力征伐は帝の居る帝都を空にする上、

賊征伐で疲弊した国力をさらに消耗させると思ったからだ。


しかし、これは疑心暗鬼にかかった文官武官にとって逆効果であった。

不安を感じた文官達は、おのれの信帝国への忠義を示そうと

密かに武官とパシオン暗殺を画策したのであった。


その5日後の夜、宰相パシオンの簒奪の意思があると見た数名の武官が

夜中未だ祝賀の雰囲気が続くパシオンの屋敷に手勢を送り込み

宰相パシオンを殺害してしまったのである。


天下の宰相を、その部下である者たちが殺害するという、まさに忠義を揺るがし

宮中を揺るがすほどの大事件は、家臣達をはじめ各郡を守る太守達に野心を促した結果となった。


頼りの宰相パシオンが死んだことで、ホウショウは激怒し

下手人の武官達は極刑、三族皆殺しとなり、手を貸した文官達も同様

見せしめのために五体を切り刻まれ、頭以外は土に埋められ

信京の外で処刑者全てが台に並べられ一ヶ月、晒し首となった。

その処刑した人数は250人にも昇り、怒りに我を忘れたホウショウは

己が手で武官文官の部下だったものの官職を剥がし、その一族を信京及び

西国から追い出した。


この非道の所業とも思える行いに、良識ある家臣たちも口々に

「やりすぎではないか」と帝への不平不満を口にした。



この結果はまさに、タクエンの放った流転連環の計の現れであった。

治世平和に慣れた公家衆や武家太守達を流言で扇動し、不穏を煽り

忠義を信条とする信帝国の武官と文官を互いに猜疑の虜にし

それぞれ反目しあうよう疑心暗鬼にさせると同時に、家臣の忠義を利用して

国の柱石を破壊する。


忠義の心を流転(猜疑や野心に変え)させ、連環(忠義と猜疑を繋げて利用)する。

天下を飲み込まんとする恐ろしい謀略であった。




こうして家臣団の不満が噴出す中、新しい宰相が選ばれた。

元帝府空執政のシルヴである。



この、シルヴは国政を預かるには優柔不断の男として有名であったが

公家衆の頭領の息子ということで能力以上の出世をした男であった。

常時面妖な鋼鉄の仮面をかぶり、冠は壷のようなものをつけ、虚弱な体質を

変えるため、いつも懐に御禁制の薬を調合したものを持ち服用している。

金品の贈答、賄賂に弱く、自分に都合のいい法案ばかり提出する

まさの俗物の大権現、信帝国随一の奸臣であった。



今まで精神がまだ未発達であるホウショウと信帝国を支え、

このような奸臣も防いできたパシオンが死ねば、シルヴの専横が始まるのは

忠臣の家臣たちをはじめ、民百姓の目にも明らかであった。


権力を握ったシルヴはその後、空執政に自分の腹違いの弟エイセイを推挙すると

皇帝のホウショウのために帝府一贅沢な宮殿を造り、そこに100人を超える

美女を住まわせて、酒と肉を与え、ホウショウを女色と贅沢の蜜瓶の中に

監禁幽閉に近い形で閉じ込めたのだ。


忠義を訴え、シルヴに直言した者もいたが

シルヴはエイセイと共にそのものの罪をでっち上げ、

自分達に反逆しようとする帝府の重鎮達の官職を剥がした。

ある者はその権力に怯え、ある者は官職の恨みを持ち

他の国、郡へと逃亡していった。


こうして西国の帝都信京には帝国に忠節を誓う良き家臣達は追い出され

信の都は、良民が牛耳られ、悪徒と奸臣のはびこる都へと変貌した。


人々は、この惨状と専横を嘆き、それぞれに英雄の復活を願った。





そして信帝国暦203年春、時が動き出した。





東海の虎、王族のホウゲキが堰を切ったかのように

北清奥羽州八群を預かる高家四天王と共に総勢15万の大軍勢をもって

挙兵したのである。


この報せを聞いた南国九渓州を預かる王族のホウギョウも

蛮族の反乱鎮圧を名目に総勢10万の兵で挙兵。


東と南、王族の率いる総勢25万の兵が西の都を目指して

進軍を開始したのだ!


これに対して信帝国からは前の乱で功績があり戦得意のジャデリンを

総大将として南に当たらせ、東にチョウデン、メルビを当たらせた。

官軍は東と南、それぞれ兵15万を派兵した。


東国関州防衛に向かう官軍隊の先鋒はキレイであったが、

メルビ率いる官軍隊5万に対してキレイの軍勢は15000の大勢となった。

これは僧衆のジニアス、公家のガダンムが宰相シルヴに口を聞き、

そのツテで兵数を増員した結果であった。

キレイが腐心してまでも得たかった兵がここに現実として集まったのである。

率いる将兵の中にはミレム達三勇士やヒゴウなどの文官も含まれていた。


「この事、この計略!後の天下はキレイをどう見て!どう騒ぐか!」


「ご油断めさるな!道は長うございますぞ!ハァッ!」


キレイとタクエンは声をかけあい、己が故郷であり

父母兄弟の待つ京東郡への道を馬に鞭をいれながら先を急いだ。

その顔は、どこにも皺無く壮麗で、野望と血の滾りに真っ直ぐ向き、

二人の緩みの無い強張りは、決意、意思の堅さをあらわしていた。


甲冑をつけ、騎馬を駆り、槍を下げ、前を急ぎ、うなりをあげて街道を進む

キレイの先鋒隊は遠い東国を目指し駆け抜けていった。



しかしキレイの目測通り、王族ホウゲキ率いる高家四天王は

その牙鋭く各郡を飲み込み、将兵共にそれぞれ勇猛な力で、

思ったよりも急激に、城郡を陥落させていった。




タクエンの放った流転連環の計は果たしてどういう結果をもたらすのか。

応じたキレイのその眼差しには、野望という炎が燃え上がり、

その炎は引火し、天下は平和な治世から激烈な乱世へ向かうのであった。

留めていたはずの時代の堰は、今まさに耐え難く放つように

時代の激流をはらんで大河にめがけ進むのだった。


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