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第二十三回

英雄百傑

第二十三回『秋風吹抜 感気酒宴 勇士、主従の杯を重ねる』



信京 官吏屋敷


昼間の帝府宮中で行われたミレムとパシオンの行賞論戦から数時間後、

信京の空は、秋の訪れと共に洛没の時が早くなったのを示すように

地平を照らし輝く夕日は闇に飲まれ、あたりは夕闇から闇へと移り変わり、

大通りで商いをする商家や、行商のもの、文家武家の縁者達は、

信京の都の周りを取り囲む、大きな四つの大門が閉まるのを見て、

足早に家や宿舎へと駆け込み、商いをするものは急いで店じまいを始めた。


ここは信京に勤める文武百官の官吏達が暮らす官吏屋敷の一角、

宰相パシオンとの論戦で思わぬ功績を得、官吏の職を得たミレム達は

道案内と身の回りの世話係を申し付けられた官人ヒゴウを先頭に

意気揚々と空いていた官吏の屋敷に上がり、暗くなるのを見て火をたき

明るさを取り戻した何も無い屋敷で、三勇士はホッと肩をなでおろし

板場で出来た屋敷の床に座った。


「ミレム様、ここがあなたの官吏屋敷でございます」


「ヒゴウ殿、案内ありがとうござる。いや実に広い屋敷ですな」


富貴で先進的な都造りの家、屋敷と同じく、手の届かないような高い天井に

汚れが一切ない綺麗な白壁や、良い材木を使って並べられている板の床

それが敷き詰められた屋敷の部屋の数は3つあり、どの部屋も

豪邸とはいかないが、ともす灯篭や家具は美麗で豪華なつくりであった。



「帝郡忠三位(中級官吏)の屋敷としては手狭なほうでございますが…なにぶん急な事で屋敷の空きが無かったため、後日あらためて屋敷のご用意を…」


「いやいや、自分はこれで満足でござる」


「そうでございますか。では三日後の正式な官吏の拝命式まで、ここで待機して頂いてよろしゅうございますか?」


「ヒゴウ殿、そのような堅苦しい言い方は辞めてくだされ、今日の今日官吏になった自分には、言葉に遠慮は無用ですぞ」


「はっ…しかしパシオン様より、ミレム様の御身回りの世話をせよとの指図があり、これは暗に直属の部下に任命されたのも同じゆえ…」


「いやいやヒゴウ殿。部下と上司という関係でなく、同じ信帝国に仕える臣、目的を同じとする友でありましょうや」


「しかし…位はミレム様のほうが上にございますから…」


「はっはっは、流石に天下の宰相パシオン様が直接指図した御仁でありますな。才能のある御仁なのに、それを鼻にかけようともせず立派な態度…このミレム、心底感じ入りましたぞ」


「そのようなお言葉もったいなく…それでは何か、事足りぬ用事がありましたらなんなりとお申し付けください」


「はははっ、では我ら三勇士とヒゴウ殿との友の契りのために、これからささやかな酒宴を設け申すゆえ、酒をたんまりと買ってきてくだされ」


「ははーっ」


ヒゴウはそう言うと、そそくさと数人の召使を連れ

ミレムに頼まれた酒を買いに街へ繰り出していった。



「やれやれ…行ったか…」


ゴクリ


「ふー。やはり宮中に行く前にも飲んだが、都の酒は格別に効くのう〜ハハハ!」


ミレムはヒゴウが屋敷から出たのを確認すると、外への見通しのきく

大広間で着物の内から取り出した酒の入った麻の布袋を取り出し

乾いた喉を潤すようにゴクリゴクリと音を鳴らし酒を飲んだ。


「えッ!?酒を飲まれて宮中に臨んだのでござるか!?」


「ふふふ、堅苦しい席に行くときは緊張を解かんといかんからのぉ〜そのおかげで見よ、今じゃ官職を賜って一屋敷を持つ信帝国の官人じゃあ〜」


「で、ではそれがしらの必死の声も本当に届かず・・・!?」


「おぬしらあの時、俺にワヤワヤと何かいってたが、まったく汗ばかり出て面白い顔ばかりしおって聞こえんかったぞぉ」


「あわわわわ…」


宮中で必死に怪しまれずに体と口を動かし、ミレムへ事を伝えたかったスワトは

宮中での出来事を思い出した余りに、着ていた服はダーッと汗が染み出て、額からは一筋の汗がツーッと出、その時の心情まで思い出し、なんとも肝が冷えるような感じがした。



「それにあの宰相のパシオンめ、俺に何度も余計で無駄な事を聞きおって。俺は蒸し返されたり繰り返されたりするのが一番ムカつくんだ!帝の宰相でなかったら、あの場で斬り捨てておったわ!」


「み、ミレム様!なんということを!そ、それにしてもなんという豪気じゃ…!しかも酔いの口上の末に官職まで賜って…あの場で斬られてもおかしくない状況であったというに…本当に恐ろしい気運のお方ですなぁ…ミレム様は!」


「フホホッそう褒めるなよぉ〜酒がうまくなるではないか」


「褒めているわけではござらん!」


まさに豪気気運の男、さすがの豪傑スワトも感情を動かされ、

目の前に居るミレムの末恐ろしい度胸と天運を味わったのだった。


ヒューッ…


その時、屋敷の戸をしめていなかったためか、

涼しげな秋風が屋敷の中を駆け抜けた。

ミレムは戸の前に立つと、屋敷の一本の大柱に手をやり

体を支えるように戸の前に身を差し出すと、酒の入った麻袋を

再びグイッと口へ傾け、勢いよく口から放つと叫ぶようにこういった。



「ぷはぁーーーーーッ!都の夜は涼しいなーーッ、スワトよぉ!」


「はぁ…やっと元のミレム様に戻られましたか。それがしは今まで涼しいというより背筋が凍るような…いやいや思いだしただけで悪寒がいたしまする…」


「300人斬りの豪傑が何を申す!心を大きくもたんか!ハッハッハ!」


「ミレム様には適いませぬな…ハッハッ…」


「今の俺の心は、全身に渡って清々しいぞスワト!夜だってのに、こんな晴れやかな気分になったのは久しぶりじゃー!それそれ、お前等も騒がぬかぁ〜」


「は…はっはっは…」


スワトは内心、笑いたくても笑えないような状況と思ったが

秋風を全身に受け、酒の入った麻袋を持った手を掲げ、楽しげに話すミレムを見て

自分もなぜか楽しい雰囲気になってきたのを感じていた。


「ふッ…ハッハッハ!出会ってまだ一年としておらぬのに、ミレム様の喜ぶ姿を見ているとなんだかそれがしまで気分が乗ってきますなぁ!どおれ、清々しいついでに剣舞の舞でも見せましょうや」


「ハッハッハッ!愉快じゃ愉快!」


ヒューッ…


二人の笑い声が響くと、再び外から涼しい秋風が吹き込んでくる。

ミレムはそれを再び全身で受け止めると、何か感じるところがあるのか

目をつむるように細め、眉をピクッと動かすと、あたかも静かに歌を吟じる

吟遊詩人のように、儚げな表情を浮かべこう言った。



「開けた戸の隙間からくる、この風の涼しさ、もう秋だのう…。一介の小さな盗人から戦に出て、死に物狂いってわけでもないが生き残って…ここについに官職を得られた。数日前までは戦場で、武器を持って駆け抜けたその戦の数々も、まるで大昔のように感じるのう…俺が戦に明け暮れた、この夏も終わりか。少し名残惜しくもあるのう…」


「賊を討ち、これから戦の無い世が来るのでござる。名残惜しいとは不吉にございますなぁ?」


「ははは、そうじゃのう」


ヒューッ


「…戦の無い世を迎えるかぁ…愉快じゃ…本当に愉快じゃ…」


再び秋風が屋敷の中を駆け巡る。

ミレムは安堵の表情をうかべていたが、スワトの後ろにいた

ポウロの顔は、ミレムのそれとは違い、真剣そのものであった。


ザッ!


ポウロは無言で、ミレムの体を引っ張り、屋敷の中にいれると

酔いしれ、楽しむミレムに対して至極冷静な口調でこういった。



「ミレム様、愉快の所大変申し訳ありませぬが、上座へお座りくだされ。このポウロ、申すべき儀がございます」


「なんじゃあ?あらたまって真剣な顔で…薄気味の悪い」


「うん…?ポウロ殿…?」



ヒューッ…


真剣な面持ちのポウロと、ポウロの行動が理解できないスワトは

大広間の下座につくと、上座にミレムが座るのを待ち、

ミレムが上座に座ると、秋風が通り過ぎる音もとまり、

夜の静寂が屋敷を包んだころ、重い口調でポウロは語り始めた。



「…これからミレム様は信帝国の宮中で活躍なさる身なれど、太古より出る杭は打たれもうす。帝から直接、急動の官位を頂いたミレム様を他の配下達は妬み、疎み、ミレム様を認めようとはしないでしょう」


「そうじゃのう」


「宮中の中は魑魅魍魎の巣窟にも似たもの。帝への忠節の影で、他人の嫉妬や陰謀の煽りを受ければ容易く首を刎ねられ、自らの正義を説くも多勢の正義に勝てず宮中を追い出され消えていった者も多くおりました」


「ふむ…」


「我らはミレム様をそのような形で失わせるわけには参りませぬ。ミレム様のこれからの帝府宮中での政務は、過失や失敗は許されませぬ。帝や宰相へ、先のような宮中での暴論の数々、自己中心的で波乱破天荒な行動は、本来帝に仕える臣下として絶対にあってはならぬことでございます」


「…」


ポウロの発言に、押し黙るミレム。すべてが正論すぎるのだ。

そして、ポウロは黙ったミレムに深々と礼をすると、

再び重い口調でこう言った。



「義勇軍を成し、ここまで付き従った我らでございますが、仮初めの君臣の関係はここで終わりにいたしとうございます」



ポウロの口より放たれた衝撃の一言。

黙っていたミレムもこの一言には流石に動転した。

短い期間とはいえ、天下にその名をとどろかすために今まで

自分の力になってきてくれたポウロが離れる事は、

ミレムにとって方翼をもぎ取られるようなものであったからだ。



「な、なんじゃと!?そ、それでは、お主は俺の手を離れると申すか!?」


「いえ、その逆です」


「な、何?」


ポウロは深呼吸を一回すると、下げた顔面を上にあげ

ミレムに向かって重々とこう言った。



「ここに真の主従の関係を結び、我らミレム様を君主と仰ぎまする」


「ッッッッ!!」


その言葉に安堵しつつも、主従という言葉に動揺したミレムに

淡々と語るポウロの言葉は、感情がこもるように強い口調になり続いた。



「しかし…我らが君主であればこそ!自分を戒め、自分を見つめ、良く見、良く考え、決断し行動してくだされ。君主であるミレム様が良く考え、決断した結果、それを支えるのに我ら家臣は全力を注ぎますゆえ…それだけ、それだけ…平にお願いいたしまする」




ミレムは、ポウロの感情のこもった言葉に胸を打たれた。

今まで酒を飲んで騒いでいた自分を恥じるように、ミレムの背筋は伸び

姿勢は正され、紅潮し緊張感の無い顔は張り詰め、真剣になった。


………


それから、ポウロは何度も君臣の間柄の是非をミレムに説いた。

ミレムはポウロの放つ言葉の数々を聞いて、胸が熱くなると

上座からポウロに近寄り、床についた、その手をそっととった。



「…すまない、俺は少し自分の気運に鼻をかけるまでか、おぬし達にまで多大な迷惑をかけておった…本当に申し訳のない…」


「わかってくだされば良いのです…。我ら少なき家臣なれど、これからはミレム様を本当の君主、殿と仰ぎ、一生の忠節をいたしましょう…」


「おう!ミレム殿!いや…殿ッ!それがしの力、殿のためだけに使い、ここに一生の忠節を誓いますぞ!」


三人の顔はそれぞれ紅潮し、その感情の高まりは抑えることができなかった。

ミレムはポウロの肩をかかえスワトの手をとり、

スワトは武人として涙を見せまいと皆と別の方を向いて泣きじゃくり、

ポウロは肩に置かれたミレム手の暖かさに目頭が熱くなり、何度も深く礼をした。



「おおお…ただの凡人から始まった俺の旅を…最後までついてまわるとは…この気持ち、この思い、俺は帝から官職を賜ったことより、忠節と絆で結ばれた良い家臣を持ったことのほうが幸せだッ…!オオオ…スワトよ…ッ!ポウロよ…ッ!」


「殿ッ!」


「殿ッ!」


三人はここに真の主従の関係を結んだ。

感極まった三人の心は我を忘れ、屋敷の隅まで聞こえるような声で泣いた。


ドタドタッ…


そこへ、酒を買って屋敷に戻ってきたヒゴウが

ミレム達の姿を見て何かを悟ったようにこう言った。



「ミレム様。ヒゴウ、ただいま戻った次第でございますが、君臣の忠義の絆を深めるに信京の美酒10樽程度でたりますまい…買い足して参りましょう…」


「ふっ…格好の悪い所を見られたな…待たれよヒゴウ殿。我らの話しを聞かれ申したか…?」


「聞かぬとも、勇士達の契りを邪魔するほど、私は愚かではございませぬゆえ」


「ふっ…はははっ…そのような粋なことを申す者に酒を買わせるほど俺は無粋ではない…こちらに来て我らと共に杯を受けられよ!」


「ははーっ」



こうして三勇士とヒゴウの酒宴は始まった。

まさに義と忠が一体となった酒宴は夜遅くまで続いたという。

四人の酒宴は、信京という大きな町の中ではちっぽけであったが

その日開かれた酒宴の中では、一際の輝きを放っていたに違いないだろう。


四人は、これから激動の時代を迎えることも知らず

その鳴動に気づかぬまま、杯を重ね、美酒に酔ったのだった。


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