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第二十二回

英雄百傑

第二十二回『宮中論戦 必死迎合 縺れて全て気運の侭に』



帝府 宮城中央殿


信帝国の帝都、信京は帝府の宮城中央殿は騒然としていた。

名だたる諸将達が、新帝国の皇帝を前にして、それぞれ威風堂々と礼儀正しく、

賊討伐での功労に表彰を受けている中で、一兵卒どころか少し前までは、

ただの平民であった三勇士の長ミレムが、自分達の功績に対して

宰相パシオンの論功行賞にうっかり不満を言ってしまったのだ。


ザワザワ…ザワザワ…


「(…ミ、ミレム様。ご自重くだされ!自分が何を言っているかわかっているのですか!?)」


「(…ミレム殿、いけませぬぞ!帝の御前にございます!」


表彰時には勝手に動いてはならない宮中の掟があるため、後ろに並ぶ

スワトやポウロは、その場を動かずに小声でミレムへ声をかけた。


「ん?なんだ?どうした?よく聞こえん。もっと大声で話せ」


「「ッッッッ!!!」」


「ププッ、プッククッ。それになんだ、その顔面の汗…プッププ。スワトよ、その顔を見せて笑わせんでくれ!」


「ッッッ!!」


「や、やれやれポウロまで汗まみれでどうした。なんだ、わしの緊張をほぐそうというのか?」


礼儀を知らぬミレムの態度に前歯で下唇を噛み、声にならない声を小さくあげ、

スワト、ポウロの二人の顔面には、おびただしい水滴が浮かべられ、

表情をピクリと動かすと、水滴はそのまま頬を伝って、床や服にポツッと落ちる。

聞こえないミレムに向かって、必死に問いかける二人であったが

ミレムは、まるで聞こえないそぶりで、戦功を読み上げる

宰相のパシオンの顔も見ず、汗にぬれる二人の顔を見て眉をしかめて笑った。


「…なんじゃあの無礼者は…」

「…なんでも身分の低い平民の出だそうで…」

「…おのれ陛下の前でなんという無礼…」

「…ホッホッホ、賤しきは直りませぬのう…」


ミレムの言動にざわめく将達を見て、思わず自分もあっけにとられていた

宰相のパシオンも、帝の前で粗相があってはならないと、

心の平静を戻し、自分なりの機転をきかせミレムに対して、こう言った。



「…む?近頃耳が悪くて、よく聞こえなんだ。貴殿今なにか申したか?」



まさに宰相パシオンの才能を感じさせる機転の一言であった。

今すぐミレムに飛び掛り、宮中から引き連れんとばかりの意気の近衛兵達を鎮め、宮殿内に争い事を持ち込まないための最上の一言。

緊張感に包まれたその場にいた将達も、この一言にスッと胸をなでおろし、

さすがは宰相のパシオンである、と思った…その時である。



「いやだから。あれだけ頑張ったのに恩賞はそれだけなのかって言ったんですよ」


「えぇっ!?」


「「ァーーーーッッ!!」」


帝を前にして未だ恐れを知らぬ、度肝を抜かれるようなミレムの発言に

宰相のパシオンは動転して変な声をあげてしまった。

宮殿内に堂々と並ぶ将達、両端にいる近衛兵、横で一列に並んでいた

キレイをはじめ、ジャデリンやミケイ達は目を真開き、唖然とし、

ミレムの後ろに居たスワトとポウロの二人は我慢できず絶叫をあげた。


宰相のパシオンは帝のほうを恐る恐る見ながら、無礼なミレムに対して

怒るような声でこう言い放った。


「その方!帝が言い渡した行賞に不満があると申すかッ!!」

「はあ。ありていに申せば、不満の中の不満ですな」


「なにぃッ!貴殿、ミレム殿といったな!もう一度言う、そなたらに与えた官職は国中郡、一群の兵務総督(訓練長官)ですぞ!富も位もない一介の義勇の輩が、平民下賎の身などでは絶対につけない官職なのですぞ!」

「え?いやいや。南郡を平定し、義勇の志を持って助成した我らの功績から言えば、そんな官職は、大河の前の小河、豪邸の前のあばら家、純金の前の古銭のごときものですよ」


「馬鹿者!平定したのはジャデリン将軍であって、全てが貴殿らの功ではないわ!」

「しかし先ほど宰相殿が賞した鏃門橋の戦いでは我が義勇の兵が奮闘し、敵の砦に焼き討ちをかけたおかげで勝利できたようなものでございますれば…」


「貴殿の功はそれだけのこと!!敵将を討ち取ったのはジャデリン将軍やミケイ将軍の兵ではないかッ!!!」

「私とてこの手で敵将を討ち取りましたぞ!」



無礼極まりないミレムの発言に対して、かぶった冠の下に血管を走らせ

帝の前であることを忘れたように宰相パシオンは憤慨し、矢を放ったように

あくまで無礼の事は言わず、その怒涛の如き言葉をミレムに投げかける。


しかし、ミレムのほうは暖簾に腕押し。


自分の功績に対し、パシオンの行賞が低いと思いこみ、自分の奥底にある向上心に

火をつけられたミレムは、相手が怒り何を言っても胸を張って

「ああいえばこういう」と言った口調で話しを進め、そのうちに

むしろなぜパシオンが怒っているのか、それが理解できず激怒したパシオンに

呼応するように口調は荒ぶり、手は上下左右にあげられ、その怒りを増幅させた。



「それに宰相殿!ジャデリン将軍ばかり取り立てまするが、もう一つの要害、妖元山の戦いではキレイ殿の兵5000が攻撃しても落とせなかった賊軍の占める本陣を我が義勇の士ポウロと、少ない足軽兵で奪取死守し、結果的に官軍が勝利を収めたのでございますぞ!」


「黙られいッ!!!賊討伐での戦に勝つも負けるも大将の手柄じゃ!貴殿のような部将がどのように語ろうとも、兵を任され、進軍し、攻略した功績はジャデリン将軍のものである!貴殿は勘違いしておられる!」

「勘違いなどするものか!兵を動かし、奪取し鼓舞し死守したのは大将のジャデリン殿ではなく、この義勇の部将ミレムだ!」


「そこが勘違いだというのだ!奪取の死守の手柄も、大将の兵無ければ出来ぬこと!これすなわち、部将は大将の力あってこそのものだということではないか!」

「否ッ!!!部将が力をあわせればこそ大将の力になるのです!」


「ええい、論理をすりかえるな!」

「すりかえたのは宰相殿ではありませぬかッ!!!!」


もうこうなっては、ただの口喧嘩。

宰相と一平民という身分もかなぐり捨てて、ミレムとパシオンは

お互いの怒りが覚めやらぬまで、その口は動くのを辞めず、

振り上げた左右の手はまるで縦横無尽に形を変えて空を斬る。

帝の前だというのに二人の喧騒の声はやまない。


ザワザワ…ザワザワ…


この場景を見て、将達は唖然とする者、クスクスと笑い出す者

だんまりを決めて成り行きを見守る者、怒りをあらわにする者など

『陛下の御前で令なく動いてはならぬ』と定められたその空間で、

帝以外誰も止めることの出来ない、将達のさまざまな感情が錯綜した。


「お、おのれ無礼極まるに極まれり!!!!!!貴殿のような者に官職などいらぬ!ええい!それどころか宰相への罵声雑言の罪で捕らえて牢屋につないでおくのだ!衛兵!誰かそやつを捕まえよ!」


「はっ!いいでしょう!ですが我が後ろに控えます、この天下の豪傑スワトなどは賊兵を一人で300人討ち取り、その次の日から体を動かしたという功績がございますぞ。ただで捕まる者と思われまするなッ!!」


「ええーい!誰か!無礼者を捕らえよ!!!!」


どよめきと静寂が支配していた宮殿の間に、稲妻の落ちた後のような静寂が

場を包み、それまで笑い怒りなどを浮かべていた将達も息を呑んだ。


二人の衛兵がミレム達のほうへ近づき、周りを取り囲み

今やその手がミレム達三勇士を捕らえようとする…その瞬間であった!



パンッ!パンッ!


「プッ!くッははははッ!!あっはははッ!衛兵止めるな!まれに見る名舌戦じゃ!あの平温冷静な宰相パシオンがあのように血管を浮き立たせて…ぷぷぷ!また笑いがこみ上げて気負った!はっはっは!愉快だぞ二人とも!朕は楽しい!二人とももっとじゃ!もっとやれい!」


腹を抱えるように手を胸の下にやり、体を上下に震わせ、

大理石の床を足ではたき、宮殿中に響き渡るような笑い声と、

笑いにこらえられぬ手を一度解き放つと、音が出るほど激しく手を叩いて、

玉座で仰け反るように笑う一人の少年…そこには若き皇帝のホウショウの姿があった。


「は!こ、これは無礼を…」


「よいよい、朕は面白きことが好きじゃ。天宰相の乱れた顔など特に面白かったゆえ、そこの者の無礼も、お主の無礼も許そう」


「は、ははーっ!」


焦ったパシオンは口論で乱れた衣服や冠も気づくことなく深く体を曲げ、

皇帝ホウショウに向かって心から礼を言うと、対面で争っていたミレムも、

帝に向かって深くおじぎをした。


「パシオン、とりあえず論戦の表しである、その衣服の乱れをなおせ」


「あああああ!これはまたご無礼をッッッ!」


「ププ…クッ…クク…あ、慌てるな朕をまた笑わせるつもりか?」


「あわわわわ…」


流石に帝のその姿を見て、宰相のパシオンは衣服の乱れを直し

平然と扇を口に当て、左右の衛兵を元の位置に戻らせ、

ミレムのほうへ向かって、息を整えると、冷静ぶってこういった。


「へ、陛下があのように申されたゆえ。先ほどの貴殿と私の掛け合いは無かったことにする。一部始終を見ていたそれぞれの将達もそれでよいな!」


「は、ははーッ」


将達は、何も見なかったという前提で、帝の前で無礼を働いてしまい

冠がズレ、衣服もまだ調わなず、動転している宰相のパシオンに深々と礼をした。

しかし、どの将も内心は、パシオンの心の乱れに少々の笑いを堪えていた。



「ふう…。それではミレム殿。陛下の許しが出たので、貴殿の無礼も不問と致すゆえ、順じて国中郡の兵務総督の職務を全うするように!」


「「(…ホッ)」」


パシオンからその言葉が発せられると、ミレムの後ろに居た

スワトとポウロは安堵の表情を浮かべ、その肩をなでおろした。



しかし二人の安堵の心は、まったくミレムには届いていなかった…



「いやでございます」


「なにっ!?」


「信帝国は忠義の国、忠義は奉公の形、奉公の実体は功名!名を成せずして忠義をまっとうするに、不当な官職を賜るは不義の元にござる!!」


再び取り戻した静寂の中を切り裂くようなミレムの言葉は、

天を飛び越えるごとく高らかに、それでいて悠然であった。


「あががががががががががが…!!!」


スワト、ポウロの二人はもう駄目だと再び落胆するようにその場に膝をつき、

ミレムに向かってなんともいえない声をあげ、力なく倒れた。



「お、おのれ陛下の前でぬけぬけとまだ言うか!!」


カラーン!


怒るパシオンは鬼のような形相でミレムを睨むと、

その怒りが止まることなく、怒りの余り頭を勢いよく動かし、地団駄を踏み

罵声を浴びせようとした瞬間、冠が再びずれると、パシオンの勢いに乗るように

将達の前に音をたてて落ちた。



「アーッハッハ!!パシオンよ!そちの冠を将の所まで飛ばすとは、この者ただものではない!朕が許す!」


「し、しかしそれでは帝国の法が…条例が…」



「パシオン。法は『生きる法』でなければならんぞ。生きた法を守るは聖人の証、法にとらわれて『死んだ法』を守るは愚人の証じゃ。人の器量を計るに法はいらん。朕は言いたい事は言う、そのものの生き方が気に入った!ミレムとやら、そなたに帝郡忠三位(中級官吏)舌将軍の官職を賜らせようぞ」


「は、ははーっ!陛下!ありがたきしあわせにございまする!」


「「ははーっ」」

ミレムは土下座するように、その場に膝をつき深くお辞儀をすると、

後ろに控えていたスワト、ポウロの二人も、同じようにお辞儀をした。



「え、えーっ!陛下、それでは他の者に示しが…」


「よいよい。他の者も何かあれば舌将軍のように正直に物を申せ。朕は面白き者と正直者が好きじゃ。他の者も大儀であった!朕はこれにて退散する。あとは勝手にいたせ、アーッハッハッハッ!」


ホウショウの独断と気前の良さに、あわや命を奪われるところを救われた上に

帝府での官職まで頂戴したミレム達であったが、宰相パシオンの顔は

冷や汗が滝のように噴出していた。


なぜなら、いきなりの将軍格に不満がる諸将たちの顔がチラホラ見えたからだ。

パシオンは再び乱れた衣服を整えて、冠を拾い、自分の頭につけると

宮殿の将達を解散させ、帝の向かう方へ、走るような速さで追いかけていった。



帝府外 西阿門


帝府の西、帝府との大きな出入り口である西阿門にて将達は解散した。


帝府の外に出た将軍達は、それぞれに都の寄宿先へと迎った。

しかしどの者も、宮殿での凍ったような時間が少しづつ解け始めると、

帝に気に入られるだけで官職を賜ったという、その様相を思い出し、

口々にミレムを罵った。


しかし、その将達の中で、ミレムに対して何かを感じ取った将が居た。

関州京東郡の恐将キレイ達であった。



「恐ろしき気運の者よ。宰相のパシオンはおろか、帝まで動かしてしまった」

「しかしこれで、帝の配下の忠誠は揺らぎ、天下はまた乱れますな」


「若。これからどうなさいますか」

「ふっ、少し情勢を探るため都に残る。父上にはお許しの書状をしたためておこう」


「ではこの先、あの気運の者が帝国の何を成し、何を崩し、天下をかき回すか。我等三人で傍観せしめようではないか」

「ふふふ…キレイ様が動くのは、その後でございますな…」



「俺が天に出ずるは、その後の事…ハァハッハッ!」



都の空に木霊するキレイの笑い声。

その瞳は天下の何を見据え、何を思案するのか…?

信帝国の都、ここ信京で、それぞれの英傑達の天運を計るように

その思惑と野望が、あたかも綺羅星を行く彗星のごとく交錯し始めた。

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