第二十一回
英雄百傑
第二十一回『信京帝府に英傑入り、天また蠢く気運を選ぶ』
信帝国帝都 西州 皇安郡 信京
頂天教の乱の首謀者、アカシラの護送の任を受け、ジャデリンを先頭とする南郡の将兵は、大重郡の悪路などの問題もあったが、ゆるゆると帝都へと向かっていき、大重郡を出発してから、18日ほどが経った日の朝、ついにジャデリン達は、信帝国の帝都『信京』へと凱旋したのだった。
名声、富、帝への功績。
道は掃き清められ、人々は清々粛々とし、歩く民、門を守る兵、商をする者、
そのどれをとっても、帝国の都たるに値する気品溢れるものたちであった。
「ぽ、ポウロ…。これが帝のおられる信京か…は、華やかじゃのう」
「私も来るのは初めてですが…門の飾り…町の造り…家々の荘厳さ…商家に並ぶ物々…住人の立ち居振る舞い…なんと壮麗の極みでございましょうや…これほど信都が栄えているとは…」
「む、むむ。そ、それがしが山育ちゆえか…?このような都会は、なんだかむず痒くなってまいりました!」
選ばれた名誉な信の民だけが居住や商売することのできる都は
賊を討った将達の帝への忠節に応えるためか、民家は四方の門を開け放ち、
商店は飾り物をして華やかさを見せ、その壮麗さは、都に訪れたことのない
ミレム、スワト、ポウロの三勇士や、南軍の将兵達の目を完全に奪った。
迎える信民達は、賊を討ったジャデリンやミケイなどの諸将達の噂をし、
それぞれに声援を送りもてはやした。
帝府 宮城中央殿
ジャデリン達が到着してから二日後。
到着の報を受け諸将を帝府の宮殿へと集め、表彰のため文武百官が集められた。、宰相のパシオンを始め、信京にいる皇帝の臣下、文武百官達が
帝府の中央に配置された宮殿に、それぞれ官職の高い位から帝に近い順で並び、
各自は隣に並んだ文武官達へ互いに目を向けあうこともせず、口を閉ざし、
皇帝の席の近くには威風堂々と宰相のパシオンが扇を持って立ち、
あたりは緊張感に包まれ、宮殿は門を守る衛兵に至るまで、
まさに静寂の極みであった。
「南軍八騎督ジャデリン様以下15名!ただいま到着にございます!」
カツッ、カツッ…
大理石で作られた床を、革で出来た靴が音をずらしながら
幾重にも重なり、一歩一歩音を立てて宮殿へと近づいてくる。
秋に吹く一風に包まれながら静寂の宮殿内へ、ジャデリン以下15名の将軍達が入殿し、ジャデリンを先頭にそれぞれ並ぶと、宮殿内の将達は膝を屈し、
腕を地におろし、帝を迎える準備をした。
「新嚇帝ホウショウ陛下、御成りー!」
宰相のパシオンが声を放つと、帝の座る椅子の横の幕から
帝だけが着る事を許された『天尺』と呼ばれる紫色の服を着た
背の低い一人の少年が現れ、王座にドカッとすわると、目の前に膝をつく
文武百官を前にして手を差し伸べ、こう言った。
「朕が信帝国八代目皇帝ホウショウなるぞ。…ふん。おまえ達、儀礼は良い。起立してそれぞれ朕に顔を見せよ」
バッ!
文武百官達が膝をつき、深く一礼してホウショウを迎えていたが
ホウショウの声に、ついた膝をそのままスックリと立て、深々と礼をした
頭をあげ、自分の手と手を真ん中で組み合わせると、皇帝への敵意無きを示し
臣下として、なにより信帝国が最も大切にする儀礼を行った。
「此度は無法の賊徒討伐においてよくやった。征伐でのお前達の信帝国への、その忠節の数々、朕は嬉しく思うぞ。これからも朕と帝国によく仕え、よく忠せよ。賊徒罪人の刑罰や、各将の功績恩賞に関しては宰相のパシオンから報を聞くが良い」
それを聴いたパシオンは顔をあげ、扇を胸に隠すと、書状をまとめた巻物を
帝から受け取り、文武百官の前で広げ、大きく声をあげながら淡々とこう言った。
「帝に代わって天宰相パシオンが賊徒への刑罰と行賞の談を読み上げる!刑罰の徒以外、読み上げられた臣下の者は帝の御前に出、膝をついて行賞を拝聴せよ」
「ははーッ!」
パシオンは一礼をする百官を見て、淡い緑斑点模様のついた素材で出来た
巻物を広げ、臣下の前で淡々と読み始めた。
「まずは、この乱の首謀の者。邪教を広めた賊徒アカシラは、信帝国法の条例によって定められし法処、第一大罪無裁判遇に値すると決し。信都周辺馬下置、数里引き立て埋土十日洛没の後、打百剣の刑に処す」
―宰相パシオンの言ったアカシラへの刑の内容はこうであった。
信帝国は法治国家であり、罪を犯せば誰でも裁判を受けられるが
国を揺るがすような第一級の大罪人の場合は裁判無しで刑が下る条例があり
この件はそれに値するものであると帝府が決め、準じて遇するものとする。
アカシラは見せしめのため、馬の下に繋げられ、帝都外へ数km引き回され
その最中、夜間10日間は土に埋めて何も飲ませず食べさせず、
その後は、処刑場において打剣(激痛の走るように細工された蛇腹のトゲがついた刃が平たい剣)を、百回打ちつける刑にする。
―罪人は打剣を百回受ける間に激痛で絶命してしまう、事実上の死刑である。
賊徒への刑を読み上げたパシオンは、次に恩賞あるものたちを呼んだ。
「西州賊討伐軍、西征都督雷将軍チョウデン、以下6名!」
「ハハァッ!!」
大きな声と共に出てきた黄色の官衣を着た長身の男、信帝国、西洲きって剛将
雷将軍チョウデンのその風体は異様であった。
金色の毛色と若干黒髪が混ざった髪が立ち、肌の色が褐色よりやや黄色く
黒髪や丸顔の多い信帝国民の中で、キリと際立つ輪郭や立った鼻といい
兜を脱いだ、その顔立ちは文武百官の中でも異様な存在であった。
西洲の奥地に存在するという異民族の血を引くような、力強く威風堂々とした
いでたちは、まさに武者というに相応しい人物であった。
「雷将軍チョウデン殿。貴殿は二つの要所、七つの城、二つの郡を平定させ流れ込んだ西洲賊を見事に打ち破った功績により西洲兵権預かり巳鞍郡太守とし、忠軍大信将位、帝府信西将軍の位に付かせる。他の六名は官職を一階級上とし、巳鞍郡へ異動、チョウデン殿を助成いたすこと」
「「「ははー有難き幸せにございまする!」」」
チョウデンを含む七名の将達は、口をそろえて感謝の意を言うと
どの者も勇壮な顔立ちで自分達の並んでいた位置に戻っていった。
「次に、北征都督麒火将軍メルビ!以下7名!」
「…はっ」
チョウデンの後、その反対側の列から現れた男。
青布の文官衣に身を包んだ北国の知将メルビであった。
顔全体を白い覆面で隠し、静かに帝の前に行くメルビは
何か病を患っているのか、文武百官の中をゆっくりと進んでいく。
「麒火将軍メルビ殿。貴殿は襲い掛かる北国の賊軍2万を手勢2000をもってよく城を守り、帝軍兵援助とはいえ、北国の三郡を平定したのは見事。その功績をもって忠軍大信将位、帝府信北将軍とする。他の七名は一階級上とし、メルビの片腕として帝府に残られい」
「…ははっ…ありがたき幸せ…」
メルビは一礼すると、再びゆっくりと文武百官の中へと消えていった。
他の七名はメルビの後ろにくっつくように、さらにゆっくりと歩いた。
「最後に、黄州四谷郡預かり、南軍八騎督総監ジャデリン将軍、以下13名!」
「はっ!!」
黒い礼服を着たジャデリンを始め、ミケイを含む南軍八騎督の者、
ミレム、スワト、ポウロの三勇士、京東郡の太守キレツの援軍である
キレイ、オウセイ、タクエンなど、13名の内訳はこのようであった。
「四谷郡からの寡兵ながら、三つの郡と十三の城を平定し、帝都の要衝である鏃門橋、妖元山の二つを攻略し、その獅子奮迅の働きをもって、賊軍の大将を捕らえたるは今回の征伐では第一の功績に値する。その功績をもって総大将のジャデリンは忠軍大信将位、帝府地大夫(帝府の高級官職)、国中、四谷の黄州二郡総括、信南大将軍とする」
「ははっ!ありがたき幸せにございまする」
ジャデリンは深々と帝に向かって礼をすると、パシオンは
巻物の次文を読むために、巻物をスルっと横に流し、息を整えると
次の条文を読み上げた。
「ジャデリン将軍他、南軍八騎督の諸将は、位を二階級上とし、ジャデリン将軍の幕僚となり、黄州のジャデリン将軍を補佐せよ」
「「ははーっ」」
「並びに、進軍において京東郡からの官軍援軍の大将キレイ以下2名の働きは大儀であった。命令無視の罪もあったが、三城を解放した功により帳消しとする。京東郡のキレツ殿には信京金札(延べ棒)2000と兵糧20000石を贈呈する」
「はっ…有難き幸せにございます」
キレイは命令無視の口上を聞き、苦虫を噛み潰したような顔を一瞬浮かべたが
その顔はすぐにいつもの平静の顔に戻り、一礼をし列に戻っていった。
「(…恩賞はまだか?早く表彰してほしいものだのう)」
「(それがしは官職よりも…陛下に会えた事がなにより…)」
「(少し黙っていなされ。今キレイが帰ってくるから、その次ですよ…)」
キレイが戻っていった列の末端、次は我か我かと
待ち遠しくも緊張の極みに達している三勇士の姿があった。
「最後に、義勇の志によって援軍に駆けつけたという平民勇士の長ミレム!以下二名」
「はぁ!はっ!はッ!は、ははい!!!!」
ミレムの仰け反るような素っ頓狂な声は、粛々としている宮殿内に
よく響き、張り詰めた空気の中でそれを聞いていた百官達の、あるものは
顔中に笑みを浮かべ口から声が出るのを抑え、あるものは
「平民の出だから仕方ない」と蔑むような目でミレム達を見つめた。
しかし、その動向を見てパシオンは眉一つ動かさず、あくまでも冷静を保ち
宮殿内の声が静まるのを待って、再び淡々と言い放った。
「貴殿ら三勇士の活躍、ジャデリン将軍からの奏上もあり聞き及んでおる。そなたらは平民なれどよく兵を統率し、将軍等の下知に良く従い、敵の兵を打ち破るは将兵の見本である。よって国中郡の兵務総督(訓練長官)と補佐役にする」
一平民から、帝国の治める一群の兵務総督。
これは帝国の中でも条例のないほど、破格の出世である。
官軍の兵士でもなければ、富も名声も無い一介の平民が、
ただ官軍に義勇の兵を用いて、賊を倒したからといって
帝国へ三代仕える忠臣の家系、名門と呼ばれる人物や、
すでに官職のある王族のように信帝国への前例のある功がなければ
一郡の兵務総督などには、まずなれないという地位であった。
しかしミレムは、名声や富貴などの職位の重要性を知らなかった。
あれだけ自分が頑張ったのは、この時の功名のためだという気持ちがあったのか
宮殿内…しかも帝を前にして、ポツンとある一言を呟いてしまった。
「へ?あれだけ頑張ったのにそれだけ?それだけぇ!?」
ミレムの一言で、騒然となる文武百官、揺れる宮殿内
静まった宮殿内は、とたんにどよめきと笑いと怒りに包まれ
隣に居たミケイやジャデリンまで慌てふためくようにミレムに近寄った。
帝を前にしての発言に、冷静にしていたパシオンも口をあんぐりとあけ
宮殿は凍りつくように、それぞれ時間が止まったように呆れ顔を浮かべた。
果たしてミレム達はどうなってしまうのか・・・?




