第十六回
英雄百傑
第十六回『官軍、其々英傑策謀し妖元山に臨む』
―あらすじ―
昔々、巨大な大陸を統治する皇帝がいた時代。
頂天教の教主アカシラの怪しげな術により、大敗を被り
山道を敗走するキレイ、オウセイの官軍隊であったが、背後からは
逆落としをかける形で迫る頂天教軍、前方に伏してあった頂天教軍の兵に
挟み撃ちにされ、決戦し討ち死にを漏らすキレイをオウセイは一喝した。
そして忠義精鋭の騎馬隊を盾にすると、キレイを伴って山の道無き獣道を進んだ。
キレイは野生の虎に生きるを学び、オウセイは暗雲の千切れに光を見た。
一方、山の麓では、タクエンの説得と、ミケイの進言で
重い腰を動かしたジャデリンを大将とする援軍5000が
キイ率いる後詰め部隊1000と合流し、妖元山の二路を
それぞれ上り始めた。
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妖元山 正面路
山頂付近の採掘所に最も近い正面路を進むキイ、ミケイの隊2500は
緩やかな斜面に泥と化した山道をものともせず、比較的乾いた道まで
一気に駆け上がり、緩やかになった風も幸いし、その進軍は
比較的素早いものであった。
しかし流石に封城から出て走りっぱなしの兵士達の顔は辛く
疲労感が目に見えていた。
夕日が差し掛かる山路の中腹で、兵士の疲労感を見たミケイは
同隊のキイに一計を投げかけるため近づいた。
「キイ将軍。緩やかとはいえ、遠路と山道を駆けて兵士達の疲労の色が濃いようです。ここは少し休息をしてみては?」
「ミケイ将軍。すまぬが、私は何か胸騒ぎがしてきた。情弱いこと笑われるやも知れぬが、我が兄キレイが心配ゆえ、このまま進軍を止めとうは無い」
「至極、その心中お察しします。が、この山道で敵の伏兵にあえば大被害を被るでしょう。それに先ほどから不気味なほど敵軍の音が聞こえませぬ。これは伏兵の兆候と思われます。兵法にもあります『敵大挙するも音せずは奇襲の構えあり』と」
「ふむう・・・。すまない、それがし兄上ほど兵法に詳しくない苦手者で。それでは如何致すのが最良のことと思われるか?」
「500ほどの足軽隊に斥候(偵察)をさせましょう。機先を制せば敵の出方もわかりますし、敵が勝利に浮き足だっていれば、その隙を突き敵を撃ち砕けます」
「ふむう・・・。タクエン。おぬしはどう思う」
「賛成でございます。兵はここにて休ませ、敵を警戒しましょう。兵を休ませるために2隊に分け、一隊は警戒をとかず、一隊は休息をとるが最良かと」
「お主がそう申すならそうしよう。ミケイ将軍。我等は休息することに決めた。それで斥候足軽部隊の将は誰が良い?」
「我が軍のミレム、ポウロ、スワトに向かわせます」
「そうか、あの三勇士なら上手くやるであろう」
キイはそう言うと辺りを警戒する歩兵1000と
斥候する足軽部隊500を残し他全軍に休息体勢をとるように言った。
疲労の色が濃かった兵士達は、その命令に歓喜し安堵の息をもらし
その場にへたり込むように皆それぞれ休息し始めた。
ミケイは次に、ミレム、スワト、ポウロの三勇士を呼んだ。
「ミレム殿三人に500の足軽兵を預ける。敵の動向を探り、敵兵と会えばすぐに本隊に知らせよ。念を押しておきますが、これは斥候任務。決して無理に攻めることなど、なさらぬように」
「わかりもうした。見事に斥候の任果たしてみせましょう」
「頼みましたぞ」
ギュッ!
そういうとミケイはミレムの手をとると握手に見せかけて
何かを握らせた。ミレムはミケイを覗いたが、ミケイは眉をゆるやかに動かし
およそ将軍らしからぬ美しいその顔に笑みを浮かべるだけであった。
ミレムはその表情を見ると、何か不思議がっていたが、
ミケイの真意には気づかなかった。
「頼みましたぞ」
「はっ、はあ・・・」
ミケイは再びそういうと、ニッコリと笑って周辺の見回りに向かった。
ミレムは、不思議そうな顔を浮かべながら、その足で自分の部下となる
足軽隊500を集めると、先ほどもらった紙をポウロとスワトに見せた。
「スワトにポウロ、これはどういう意味であろうか」
「どれどれ、『足軽隊は戦出来ぬ鳩に非ず、それ啄木鳥となり、鴉を追い出し、山に大鵬を迎え華を持たせよ』・・?それがしてんで判らぬ、どういう意味かのう?」
「・・こ、これは!」
「どうしたのだポウロ」
「ふふふ、あのミケイという将軍。表は美麗なれど、裏はなんという策士だ」
「「ええ!?」」
ポウロは訝しげに文面を見るに再び小声で笑い始めた。
ポウロの言にますます文面理解できないためか、思わず声をあげてしまった
ミレムとスワトは、不思議そうな顔をしてポウロに向かって質問した。
「鳩・・・啄木鳥・・・鴉・・・大鵬・・・?ええぃよくわからん!」
「どういうことだポウロ、判りやすく説明してくれ」
ポウロはコホンと軽く咳払いをすると
ヒラヒラの薄い紙に指をさし、ミレム達にわかりやすく説明した。
「鳩という鳥は平和。つまり戦においては令に応じるだけの無能を意味します。啄木鳥は木を叩き、驚き出てきた虫を食らう鳥。これは我等に敵を突付き、敵本隊を炙り出せということです。鴉は忌み嫌われるもの、つまり賊軍。大鵬は我等が官軍の大将ジャデリン将軍を表します」
「ふむふむ・・・で、我々はどうすればよいのだ?」
「つまり、これは我等に敵を挑発し、本隊の伏している場所を判明させ、おびき出し、その間に別の山道から来たジャデリン将軍に手薄になった採石所本陣を奪回してもらい、官軍の大将としてジャデリン将軍に華を持たせようというミケイ将軍の『誘引歓待』の策です」
ポウロはそう言うと、スッと休息をとり始めた兵士達の待つ
簡易陣へと向かう白銀の甲冑のミケイの後姿を見て
頬を吊り上げ、片目を瞑り、不敵な笑みを浮かべながらこう言った。
「あの才気あらば、敵本陣を自分の部隊だけで落とすことも可能だと考えているのでしょう。しかしミケイ将軍が本陣を落としたとあらば、ジャデリン将軍の総大将としての体面がたちますまい」
「なるほど、そこで動きやすい義勇軍として集まり、官軍将以外の特別扱いを受けている俺達を使ったのか・・・ミケイ将軍、侮り難し・・・」
「若いながらあれだけの大言、臆せずの進言をするからして大した度胸の持ち主だと思いましたが、彼はジャデリン将軍のような、ただの『戦争屋』ではありませんな。自らの功名に走らず、引き際と兵略を知り、軍事策知に長ける大人物です」
「ふむう・・」
「ぐむむ・・」
ミケイの深慮を知り、あっけにとられるミレムとスワトを尻目に
ポウロの口調は強く、ゆっくりではあるが、さらに緩やかに流れるようであった。
「文ひとつ、紙切れひとつでそのようなものまでわかるものか・・」
「適所に割り振るが君主の役目なら、見抜くべきを見抜くことは家臣たる者の勤め。賢人は軍、延いては国の宝でございます。それが図りかねる深謀を持っているなら、なおさらでございましょう」
ポウロはそういうと、今にも噴火しそうなくらい知恵熱の出ている
スワトに向かって目をやり、ふふっと微笑んだ。
「今のはそれがしにあてた言葉か!ぬぬう!あーあ!もう!わかった!わかったわかった!わかったわかったわかったわかった!!!それがしには深謀はわからぬことが、よーくわかった!戦は得意なそれがしがやるから、そういう難しいのは得意なポウロ殿に任せる!それでよいだろう!な!」
「ふふふ、まあではそのように」
「それに!ともかく今は足軽を率いての任務が大事ということがわかったのだから、評論や無駄な詮索などせずさっさと先へ急ごうではないか!」
スワトは早く切り上げたい気持ちでいっぱいだった。
人には向き不向きがある。スワトはそういう意味では
この手の話題に不得手すぎたのだ。
それを見て、微笑を浮かべ続けるポウロに
ミレムは苦笑いをしながらこう言った。
「ハハハ。ポウロよ、もうそのへんで許してやれ。スワトは戦にて活躍を見せると言うておるではないか。それに、たしかにスワトの言うのも最もじゃ。我らの任務が重要であるなら、さっさと足軽隊を集めて出発しなければ将軍ににらまれるぞ」
ミレムは、そういうと今集めた500人を一度見回り、
再び選りすぐりの斥候足軽隊500を集めはじめた。
悪く言えば味方を欺くような特命の任務であるためか、
どことなくあたりを気にしながら、何も言わずに足軽隊を集めた。
しかし、この行動の一部始終を見ていた者がいた。
休息をとる官軍と今行く足軽隊に兵糧を配っていた
キレイ官軍後詰部隊の武将の一人、兵糧総督のドルアであった。
「むむ・・・ミレムのあの意気、あの行動。ただの斥候とは思えん。キイ様にお伝えせねば」
ドルアは配っていた兵糧を部下に任せると、
一目散に休息中のキイに通達をした。
「なに?足軽隊が怪しい?」
「はっ、あのような物々しい兵の選び方はおかしゅうございます」
「おまえの見間違えではないのか?」
「いえ、見間違えにしてみても余りあり。あれは仰々しすぎます」
「むう・・・タクエン。おぬしはどう思う」
兵糧総督のドルアの話を聞きながら、口に手を当てて
考え込んでいたタクエンは、キイにたずねられて、重い口をあけた。
「私が考えまするにおそらく、ミケイ将軍の功名の謀かと」
「なにっ!?口を慎めタクエン!兄上の抜け駆けに対して、援軍の助勢を進言してくれ、今また自らの部隊を使って危険な斥候に向かわせたミケイ将軍が何の功名の謀を考えていられるというのだ」
「ミケイは昼間に我が軍が負けたことに敵兵が有頂天になっているはずと考えています。これを多勢をもって討ち取るは易し、しかし本陣目前になっての休息の進言、500の斥候、しかも機動力のある足軽隊を送るは、怪しすぎます。物見ならば10人程度で十分でございましょう。おそらく、これは別路より進軍してくる本隊に本陣を奪わせる『誘引歓待』の策かと」
「む、むう、しかし官軍の兵はことごとく疲れているのは事実ではないか。休息させることは兵の士気のためであって、何の策でもないはずだ」
タクエンはキイの言葉をきくと、スッと顔をドルアに向けこう尋ねた。
「ドルア殿、ミレム達が選んでいた足軽は、どのような兵であった?」
「はっ、足軽は疲れを知らぬ我が軍の屈強なものばかりでございました」
「やはり・・・キイ様、これは抜け駆けにございますぞ」
「なにっ!?」
「つまり・・・」
キイは一言一言に驚いたそぶりを見せたが、
タクエンは冷静に、つらつらとミケイの思惑をキイに説いた。
「おおぉ…なんという遠謀。た、タクエン。このまま手柄をとられては兄上に面目が立たぬ。私は何をやればよい」
「それがしにそれとなく500の兵をお貸しください。そうですな、キレイさまを探すという口実がよろしいでしょう。初手を見るに敵方も何か策を弄してくるはず、ミケイの思惑通りになるとは思えませぬ。その間に・・・」
「そ、そうか。ではそのようにしてくれ。ミケイ将軍にはそれとなく伝えておく」
「はっ」
タクエンはキイに深く礼をし頷くと、近くにいたドルアに声をかけた。
「・・・それとドルア殿」
「何でございましょう」
「貴殿のその慧眼を買って、私と共に500の兵を指揮をとってくださらぬか?」
「はっ、戦は余り得意ではありませぬが、それを承知の上ならば・・・」
「よし、では早速兵を集める手立てを考える故、手伝ってくだされ」
こうしてタクエンは500の兵を独自に動かした。
英傑たる才能を如何なくはらんだ将兵は、山の林道を密かに進んだ。
妖元山 頂天教本陣
暗い採石所の一部に設置された岩部屋。
髑髏をイメージさせる不気味な蝋燭台には燦燦と灯がともり、
回りにおかれた甕や壷には毒々しいとまでいえる紫や赤、青、黄色の
液体が入っていて異臭を漂わしている。
ここは少し前までは官軍の採石現場監督が居座っていた場所であったが、
今は賊軍、頂天教の教祖、総大将アカシラの個室となっている。
「ヒャヒャ・・・あの無様な官軍の姿を思い浮かべると研究も進むやねェ」
キレイの軍を破ったアカシラは上機嫌で、机の上に調合物らしき
粉末の薬品を置くと、それを飲み込み、片方の手に持った器の中の水で
押し流すように飲み込んだ。
「ヒヒ・・ウシャ!ウヒャヒャ!!今日のは特に気分がのるねえ!」
薬を飲んだアカシラの顔は紅潮し、気分が良くなったのか
岩部屋で軽やかにジャンプし始めた。
石で出来た床を跳ねるその足音は、実に軽快であった。
バタバタバタッ!
「失礼しますぜアカシラ様!見張りからの報告で、どうやら予定通り官軍が中央路と東路の二路より進行してきやがりましたぜ。数はあわせておよそ6000、旗印から見るに将は官軍の大将ジャデリンの野郎かと」
「・・・ヒャヒャ、なんだぁってぇ?御大将自らまたやられにきたのかい。こりないこったねぇ・・ヒャヒャッ!ヒャハハッ!
「アカシラ様、どうするんで?」
「ヒャヒャ…ただ笑ってもいられないか、じゃあ秘策を授けようかね…」
賊出身の低く曇った伝令の声が、頂天教の教祖、
勝利に浮き立つ賊軍の総大将アカシラの耳に入った。
その報を聞くなり、アカシラはニヤリとほくそえむと、
急に自分が座っていた椅子から立ち、伝令の兵士にヒソヒソと耳打ちした。
「・・・ヒャヒャ・・・じゃあいつものように頼んだよォ」
「へい。へへっ、じゃあ櫓のやつらにも伝えてきやすぜ」
バッと兵士が走っていくと、誰もいなくなった
アカシラは再び笑い始めた。
「ヒャヒャッ!昼間にやった雷は雲が晴れて使えないからねェ!今回は正攻法で行くよォ!流石に採石所に作った無数の抜け道があって、道道の場所につながってるとは奴らも考えまいねぇ!まさに神出鬼没のわれらの軍にあわや官軍壊走するしかないってか!?ヒャッヒャッ笑いが止まらないねえ!」
アカシラの不気味な声が岩部屋中に響いた。
暗雲晴れ始めた妖元山に、今まさに将兵達の知略遠謀を廻らせた戦いが始まる。




