第十二回
英雄百傑
第十二回『猛将機知を促し龍を助け、龍跪き天下の名謀を失わず』
―あらすじ―
昔々、巨大な大陸を統治する皇帝がいた時代。
前皇帝が亡くなり、帝が即位すると大陸は暗雲に覆われ、
天変地異や異常な事件など不吉な前兆が次々に起き始めた。
これに不安を覚えた民衆を見て宗教を崇めさせた黄州の賊長アカシラは、
天(天候や気運)を頂く(自由に動かす)神の教え『頂天教』の教祖となって
大陸を信者で増やし、ついには南北の数郡を抱え込み皇帝に反旗を翻した。
信者の軍の中には良将も多く、隣接する都市や要害は次々に落とされていった。
事態に焦った官軍は皇帝に逆らう逆賊に対し、
隣接する州、郡に討伐の兵を派遣したのであった。
ジャデリンとキレイの率いる官軍20000は隊を二つに分けて
阪州は大重郡の頂天教軍が占拠した五城と、頂天教の教主
アカシラの主力部隊5000が潜む妖元山の攻略へと乗り出した。
ジャデリンは正攻法にてニ城を攻め多くの兵を失ったが
開放された城の多くの民に施しをし、民からの信頼は厚かった。
一方キレイは焼き討ちの策と民衆の移動による兵糧攻めによって
敵を弱兵と化させ城や周りの農村で敵対するものは首をはね、
兵にも同じことをさせ、その恐怖によって統治させたことにより
兵士の被害は少なかったが民からの信頼は薄かった。
そして官軍は兵糧のため兵士の半分を郡に帰すと
総数10000となった官軍は、頂天教軍の
大重郡最後の要害、妖元山攻略へと乗り出したのであった。
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阪州 大重郡 円城
大重郡の南方に位置するこの円城では、
官軍のキレイ軍が頂天教軍を打ち破り、占拠していた。
円城の外ではザーザーと轟音が聞こえる。
この地方の季節がらか、外では大雨が降っており
暗雲から所々に雷鳴も轟いていた。
円城の宮中にて太守の席にドカッと座るキレイと、
その部下である群臣達が妖元山攻略のために、
それぞれの策を持ち寄りキレイの前で披露していた。
「ではこれより軍議を始める、何か策のあるものは私の前に出て話せ」
「若は英才の持ち主、胸中の策はもうお考えのはず。まずは若の考えを仰ってみては?」
そう進言したのは太守の席近くに座る若き武将オウセイであった。
立派なヒゲを蓄え、その体格は恵まれているわけではないが
そこから予想できない腕力と、兵の指揮には定評がある将軍である。
君主キレツの元で頭角を現し、キレイと同郷で幼馴染だったことから
キレイが最も信頼する将軍であり、この円城攻略にも一役買った猛将である。
「ズケズケと勝手に胸中を語る奴じゃ。だが図星を突かれたなら申すかな」
キレイは胸中を覗かれたことに少し不快感を覚えながらも
オウセイならやるだろうと思ってむしろ不快感は
オウセイへの信頼の付加価値でしかなかった。
「皆のもの、私は妖元山攻略などは易し、短期決戦で一気に攻め落とせると思う」
ザワザワ・・・
キレイの言を聞くと群臣達は動揺し、宮中はどよめいた。
なぜなら普通に考えれば山攻めは苦難の物であり
兵数が拮抗していれば、山を苦労して登る攻め手に対して、
動かず、兵力を養え、大岩や矢なども当てやすく、
いざとなれば逆落とし(山の上から一気に下って勢いそのままに敵を打ち崩す兵法)
が出来る守備側が負ける事は、まず無かったからだ。
「恐れながらキレイ様。山攻めは基本的に高地に陣を張ったものが有利、しかも密偵によると敵軍の兵数は我らと同じ5000程・・・短期決戦での攻略は難しいと考えますが」
群臣の中からまた一人進言するものが現れた。
橙色の冠に青い着物を着た参謀のタクエンであった。
しかし、キレイはタクエンを見て少しニヤッと笑うと
タクエンに向かってこう言った。
「タクエンよ、お主ほどのものが観念にとらわれてどうする。兵法とは観念で動くものではない。臨機を学ぶが兵法の妙、状況に応じて兵法は反するものだ。この地図を見るが良い」
「はっ」
バサッ
「妖元山は元々官軍の鉱山。高地ではあるが道は鉱夫のために五路に切り開かれ、近くに水も無く、兵糧を蓄えようにも降りて四方の農地まで5里(約20km)もある、まして我々は連戦連勝を重ねて奴らの士気は低いはず。五路の山道を守るに兵を置くならその層は極めて薄いものになる。どんなに岩や矢で守ろうとも、大軍で押し寄せればまず負けはせぬ。隊を二つに分け二軍を交互に繰り出し、一気に攻め取る」
「しかしキレイ様、山道は昨今の雨で悪路も多く雷鳴も轟いております。その攻めでは神速が肝要と見ますが。悪路に足を止められ、雷鳴に進軍が遅れれば我が軍は大敗北を喫しますぞ。少し機を待ち、ジャデリン軍と共同で攻め込んでも我らに損はないかと思いますが」
「たしかに理はある。だがジャデリンは歴戦の猛将。帝は若輩の私よりも多くジャデリンを評価するだろう。ここで奴の株を上げるのも面白くない。ここは我らだけで敵を討ち取ったほうが帝の評価も上がり、天下に我らの武も示せるだろう」
「いけませんぞキレイ様。功や名声に走り、己が策に溺れ敗北した武将は過去に数知れずおります。キレイ様、何卒臣タクエンの言を聞きいれてくだされ」
「くどいぞタクエン!私は何か策あるものに進言は許したが、私の気を削ぎ、策も無く、軍の大功を防ぐ輩に進言を許した覚えはない!」
「たしかにキレイ様を超える策は考え付きません。ですが、必勝の約束されない戦に出陣し、キレイ様及び我が軍5000の将兵が易々と賊軍に倒される姿を思うと同郷の者として実に忍びなく思い・・・」
「だまれ!貴様は机上の戦において敗戦の論を語っているに過ぎん!その有能さに今まで言を控え、目を瞑ってきたが、その言葉許せぬ!主君キレツが息子、恐将キレイに逆らうことがいかに愚かなことであるか、今ここでわからせてやる!おい衛兵!!」
ドタドタドタッ!
「その無能者を牢に閉じ込めて二度と放つなッ!!」
「ハッ!」
「キレイ様、何卒私の言を・・」
「この期に及んでまだ言うか!もうよいそっ首叩き落してくれる!」
カッ!
「「「!!!!」」」
衛兵に連れて行かれる間にも、まだ進言を続けるタクエンに
キレイは憤慨し、軍議の最中に群臣の前で剣に手をかけた!
戦前の軍議の最中に群臣の前で血を流したりすることは不吉であり
君臣に関わらず剣を抜き、宮中で争いあうことは無礼、不忠とされ
将として何があってもやってはならない行為であった。
群臣達が固唾を飲み、氷のように冷えた空気が場に流れた。
それは、時が止まったように感じられるほどの長い時間にも感じられ、
ゆっくりとキレイの剣が抜かれようとした・・・その瞬間であった!
「わっはっは!!!若は群臣の前で意気を高めるために剣の舞を所望しておられるな!なあに若の胸中などわかっていますとも!どれ、わしが相手を仕ろう!見事な舞を見せましょうぞ!」
宮中に響き渡るような大きな声で、キレイの行為に凍りついた場で
大笑いしたのは、キレイの傍にいた猛将オウセイであった。
その言を聞くやキレイは「はっ」と気づき手を剣から離し、
衛兵をタクエンから遠ざけると、オウセイに目をやった。
オウセイはニンマリとキレイに向けて笑いかけるだけだった。
キレイはオウセイに対し、心の中で何度も感謝の言葉を浮かべ、
次にタクエンに非礼の侘びをいれた。
「すまぬタクエン。怒りに任せ、お主のような天下二人と居ない良臣を失う所であった。非礼も多々あり、感情に流される若輩ではあるが、これからも私を支えて欲しい。しかし残念なことに、岩山のように凝り固まった私の心はもう変えられぬ。お主は後詰めに控え、我らが大敗北せぬよう祈っておいてくれ」
「ははーっ!臣下として出すぎた進言をし、申し訳ありませぬ。キレイ様の策ならば、兵法の理も変わりましょうや」
そう言うとタクエンは顔を手で隠しキレイの前に跪くと
キレイもまたタクエンの肩に手をかけ跪いた。
「・・・(これでよい。今タクエンという参謀を失えば、天下に轟く若の野望にも穴が出来る。若は幼少から聡明で、出来すぎる。出来すぎる故に他人を上手く扱えず、認められんのだ。そこを埋めるが我らが臣下の役目)」
まさにオウセイの気転がキレイの大計を救った瞬間であった。
タクエンの大事さに気づき大将として跪いたキレイも偉かったが、
機知でその場を収めたオウセイもまた偉かった。
数時間後、軍議は終わり、キレイの策で妖元山を攻めることになり
ついに官軍5000の兵総出で出陣の支度を始めたのだった。
雨はまだ強く振り続け、雷鳴は止むことを知らなかった。
明朝 妖元山 麓
明朝、キレイ軍5000の兵が円城を出立した。
その意気は凄く、将兵達の目はギラギラと功名に燃えていた。
キレイ軍は攻める部隊を2つに分けた。
山の五路、中央の道から攻める2500の歩兵隊をキレイが指揮し、
左の道から攻める1500の騎兵隊をオウセイが指揮し、
後詰め(後方待機部隊)の弓兵隊1000をキレイの弟キイが
参謀タクエンと共に指揮した。
「将兵たちよ!今暗雲が我らを覆うが、恐れるべからず!これは苦難の坂、苦難の坂の後には大功が待っておる!我が兵の神速を敵に見せつけよ!賊軍に我が兵の強さを見せよ!歩兵隊出撃ーッ!!」
「「「オーッ!!」」」
「敵は追い込まれた敗軍の将!窮鼠猫を噛むというが、いかに強くとも命下るまで下がるな!ここが我が軍の正念場!騎兵隊いくぞ!」
「「「オーッ!!」」」
キレイとオウセイの軍は小雨がポツポツと降りだした中
妖元山に向かって意気揚々と走り出した。
将兵達の意気は天を突くばかりであり、雨に濡れた悪路をものともせず
兵達は緩やかな坂を上り、泥を弾く馬蹄と人の足の音は山中に響き、
山の上に立ち込める暗雲、その雨雲はどす黒さを増していた。
「天候は不順、山道は水を吸ってさぞ歩きにくかろう…さて兄上の策は当たるかなタクエン」
「賊軍に何かの備えが無ければ勝てますが…おそらく」
「むう、兄上はこんな所で死すべき男ではない。いざとなればタクエン。お主の策を用いよ、責任はこのキイが取る」
「私のような若輩にもったい無きお言葉」
「なに、お主やオウセイのようなものが居るから兄上はああいう風に傲慢でいられる。今更だが、お主があの時兄上に斬られなくて良かったと本当に思っているよ」
キイはそういうと、暗雲立ち込める山中を見渡した。
キイの胸中は、この戦に何か不吉なものを感じていたのだった。
小雨は大粒の雨となり、ゴロゴロと暗雲は鳴き始めた。




