第十回
英雄百傑
第十回『官軍国中郡を平定し、三勇士陣中にて人物評に出会う』
―あらすじ―
昔々、巨大な大陸を統治する皇帝がいた時代。
前皇帝が亡くなり、帝が即位すると大陸は暗雲に覆われ、
天変地異や異常な事件など不吉な前兆が次々に起き始めた。
これに不安を覚えた民衆を見て宗教を崇めさせた黄州の賊長アカシラは、
天(天候や気運)を頂く(自由に動かす)神の教え『頂天教』の教祖となって
大陸を信者で増やし、ついには南北の数郡を抱え込み皇帝に反旗を翻した。
信者の軍の中には良将も多く、隣接する都市や要害は次々に落とされていった。
事態に焦った官軍は皇帝に逆らう逆賊に対し、
隣接する州、郡に討伐の兵を派遣したのであった。
南国、黄州は四谷郡の香川に掛ける難攻の要害
『鏃門橋の砦』攻略の任についた官軍の中にミレム達三勇士は居た。
天嶮の要害に良将エウッジ、ズビッグ率いる砦兵2000に
夜襲、陽動、伏兵の策で対するミケイ率いる官軍1000は
砦に向けて火計と用兵を用いて陽動を開始し、見事成功させた。
良将エウッジに苦戦はしたもののミレム、スワト、ポウロの三勇士の活躍や
総大将の猛将ジャデリンの決断によって、頂天教軍は援軍に駆けつけた
5000の兵共々壊滅し、官軍の大勝利で砦は攻略されたのだった。
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黄州 国中郡 根島城
鏃門橋の戦いから2ヶ月。戦況はガラッと変わっていった。
ジャデリン率いる10000の官軍は鏃門橋を攻略すると、
援軍派兵によって手薄になった北、東、西の要害を突破し、
風前の灯であった背兎城を開放した。
その後、官軍は四谷郡からの兵糧の補給を受けると
勢いそのままに国中郡の頂天教討伐、ならびに平定に乗り出したのだ。
国中郡は、広い野の広がる農産牧畜が盛んな平地で
大陸の内陸に面しており、小さな支流の河川はあったが、
鏃門橋のような天嶮の砦は皆無と言ってもよかった。
各所要害といっても低い平地に面しており、それに伴う
軍を覗ける高い山や、攻略に大きな障害となる大河川が無かったことが
平野での戦いに優れる官軍の攻略を手伝った。
猛将ジャデリン率いる官軍10000は、当たるを幸いとし
中でも群を抜く智将ミケイの用兵によって動いていた、
気運のミレム、豪傑のスワト、徳者のポウロの三勇士は目覚しい活躍で、
ミケイ直属の官軍500を預かる五百隊将の位にまでなっていた。
それらの事も昂じてか、官軍の将兵達の士気は天を突くばかりであり
その勢いは、まさに破竹であった。
北から援軍に来た別働隊とも合流し
その数20000となった官軍は、頂天教の部隊を次々に撃破し
頂天教が支配していた国中郡西方の堅城『関下城』を攻略すると
ついに頂天教は退却を開始し、国中郡最後の砦である
ここ『根島城』を開放し、ついに官軍は国中郡から
頂天教を追い出しに成功し、この土地を平定させたのだった。
官軍が根島城に入城する時、季節は既に春を過ぎ
青々とした木々が育つ初夏を迎えていた。
そして、今夜は国中郡が平定されたことによる
喜びを祝う官軍の酒宴が催されたのだった。
ワイワイ…ガヤガヤ…ワイワイ…
「皆この二ヶ月の間、よく頑張ってくれた。今日はそれを祝っての祝宴じゃ、根島城から美酒名酒400樽、国中郡きっての楽隊(音楽演奏隊)の差し入れが届いておる。見張りをする城内外の兵士達にも酒を振舞い、皆無礼講で騒ぐが良い!」
主席に立ち、乾杯の音頭をとるジャデリン。
その台詞と共に楽隊が演奏をはじめ、城の酒席に招かれた将兵達は
美酒名酒を口に運ぶと、酒席は高らかな笑い声と穏やかな会話が入り混じり
誰もがその喜びに酔いしれ、分かち合っていた。
「グビグビ・・・勝利の美酒ってのはいいもんだなぁポウロよぉ・・ウへへへ」
「ミレム様の酒癖の悪さにはホトホト感服いたしております」
「俺に嫌味なご意見かい?こりゃ耳が痛いねハハハッ!!ヒック!」
「ふふふ、冗談です。少し勝利の美酒が利きすぎているようで…しかし我々もこのような席に呼ばれるとなると官軍での地位も上々のようですな」
「たしかに偉くなったもんだなぁ、ウへヘッへでもまあそれなりに俺たちが頑張ったってことだろぉ」
「すっかり出来上がっておりますなミレム殿」
杯を持ってミレムの前に現れたのは、白銀の甲冑を脱ぎ
丈の長い白い公服と紐で結わった簡冠を付けた若き美男子
智将ミケイ、その人であった。
「おうこれはミケイ将軍じゃないかあ、ふふふ・・・戦の席では負けるかもしれないが酒の席では我が三勇士は負けんぞぉ・・・ヒック!」
「あっ!ミケイ将軍になんという口を!申し訳ありませぬ!」
「よいよいポウロ殿。今回の戦でミレム殿達には世話になった。我が策、用兵術、ひいては国中郡を平定するという軍略もそなたらが居なかったら成しえなかった事だろう」
「もったいなきお言葉!我が殿に代わりまして厚く御礼を申し上げます!」
「ングッングッ・・うめえうへへぇ、ミケイ将軍もどうじゃぁ一杯?」
上官であるミケイの前で、ミレムの悪態に冷や汗の出る量も増えるばかりの
ポウロだったが、ミケイはフフと笑うと手をミレムの差し出した杯につけ
落ち着いた感じでこう言った。
「いやいや、私は酒に弱くてな。すぐ顔が赤くなって意識朦朧になる。ポウロ殿もそう固くならず、私に気を使わずともよい。ジャデリン将軍も仰っていたが、今宵は無礼講。楽しく飲むが良かろう。それにミレム殿の仰ることもあながち間違いではない」
「は、はっ・・?」
「あれを見てみよ」
ミケイが指差した方向には、三勇士の座る席を抜け出し
中央で大きな平たい杯で郡将から酒を貰いうけていたスワトの姿があった。
「グイッグイッ・・・フウッ、それそれ、次の酒はまだか」
「おおお、流石は豪傑スワト殿。飲みっぷりも豪傑じゃ」
「ハッハッハ!それがしが豪傑ぶりを示すには、こんなものじゃ足りぬ」
そういうとスワトは、料理を運ぶ給仕の前にあった酒樽をグイッと持ちあげると
郡将の前に置き、グッと力をこめると再び酒樽を持ち上げ
まるで大蛇が鳥の卵を飲み込むように、樽ごと酒を呑み始めた。
流石に郡将達も無茶だと思ったが、スワトは樽を上げる角度をきつくすると
息つく暇も無く、それを飲み干してしまったのだ!
「「「ワーワーッ!ヤンヤヤンヤ!」」」
「プファァー・・・さあさあ、次のそれがしの相手(酒)は誰かな?」
その長身で巨大な豪傑スワトの巨躯が酒をグイグイと
次々に飲みこむ酒豪ぶりは凄く、
まさに底なしの甕のごときものであった。
それを見ていたジャデリンの表情は笑みがこぼれたが
ジャデリン自身は、もっぱら料理をニ、三口にするだけで
決して杯に手を付けず、一口も飲まない様相であった。
彼は酒が飲めないというわけではないが、少々苦手で
沸き立つ諸侯の中には彼に酒を勧めるものもいたが、その全てを断っていた。
「ジャデリン様、城内に人物眼と占いで有名な名士カカツが参っておりますが酒宴に招いてよろしいですかな?」
ジャデリンの座っていた横に鎮座していた根島城の太守が
せっかくの美酒の入った杯に手を付けないことを不可思議がって、
何か面白い余興をと考え、ジャデリンの顔をうかがいながら話しかけた。
ジャデリンはそれに気づくと、面白いと思ってこう言った。
「おう、それは一興。今の我々を占ってもらおうか」
「それでは・・・カカツをこれへ!」
パンパンッ!
手を叩く音を聞くと、酒席の末席にいた文官二人が立ち上がり
素早く部屋の扉を開くと、城内のどこかへ行った。
…そして数分すると文官二人は一人の初老の男を連れてきた。
文官は楽隊の演奏を止めさせると、郡将達を自席に座らせ
全員の前で名士であるカカツを紹介すると、自分たちも末席に座った。
「ご紹介に預かった、この郡の名士カカツと申す。先ほどまで道楽の旅をしておりましたが、官軍勝利の報を聞き、はせ参じた次第であります」
「これはこれはご丁寧に。では早速だが聞こう…」
殆どの郡将達はカカツに視線を浴びせていたが、ミレムだけは
手に持った杯を一口二口グビグビと飲んでいた。
ジャデリンは郡将達をチラチラと見ると、カカツにこう質問した。
「我らの征伐は上手くいくのかを占って欲しい」
「はっ」
ジャラジャラ…
カカツは目を閉じて、手に持った袋の中に入った何百個の賽の中に
手を入れると、その中をかき回し、スッとその袋から三つ賽を取り上げた。
「どうだ?」
「賽によりますと天の表(白黒賽の色が白)で、刻まれた字は『攻』『易』『苦』と出ました。天の表は勝利を意味し、これは既に頂天教の勢い無く、官軍の意気凄まじく、攻めるにもって易しということでありましょう。ただ攻めた後に苦難が待ち受けている可能性があります。十分注意をなされますよう」
「ほう・・攻めるに易しだが攻め後に苦難か・・・我々にかかるその苦難がどのようなものか、わからぬものか?」
ジャラジャラ
そういうとカカツは何も言わず、再び袋に手をいれ、
ジャラジャラとかき回すと、その中からスッと一つの賽を取り出した。
「天の裏(白黒賽の黒)に『渇』と出ました。これはきっと天候の事でしょう。これから初夏は日照りに悩まされ軍馬、兵が飲む水の取得が難しいと思われます。それにこれから行かれる場所は黄州を超え阪州でございます。内陸の中でも良き水が少なく、河川が小さい阪州では水の取得は難しいということでしょう」
「なるほど、兵馬を養うにも水が無くては行軍も出来ないということか。うむ!よき助言を得て、早速これからの軍儀にも際立った策が出そうだぞカカツ!」
「稚拙なる我が占いに対し、もったいない言葉でございます」
「カカツよ、おぬしは人物眼も持っているといったな。この郡将の中で誰か輝きのあるものはおるか、全員を見てくれぬか?」
「はっ、老体の曇った慧眼でよければ・・」
そういうとカカツは主席から順々に回り始めた。
郡将達は自分の行く末、命運、気運がどれほどあるのか
興味津々で、他人の席にカカツがついて何か言うのを
杯を持ちながら、体は隣席に向き、どの将も聞き耳を立てて
その言を聞いていた。
そして、ミレム達三勇士の前にもカカツが訪れた。
しかしミレムはまだまだ酔い足りないらしく酒を煽り
顔を真っ赤にしてカカツを迎えた。
「おやおやこちらの方は顔を真っ赤にして、どれそこの強そうな武者殿の顔を見せてもらおうか」
「おう、それがしの顔に何かついておるかたっぷり見てくれ!」
「ほう…そなたは世に名だたる剛将の気格がありますな。忠義に厚く。正義に燃え。まるで虎のような猛将じゃ。しかし融通と冷静さ、それに世を渡る気質が無い。融通の通る冷静さと世渡りの気質を持てば正に鬼神の如き働きができよう」
「よかったなスワト殿。では私ポウロも占ってもらおうか」
「ふむ…。そなたは器用だが功名心が強いようじゃな。功名の気が騒げば、何でも卒なくこなせるが、迷いの出る相じゃ。判断を誤り、失敗をすることも多いじゃろう。しかし先ほどの豪傑殿には無いものが殆どあるのというのは、天の思し召しか。まさにこれ幸いじゃな」
スワト、ポウロの二人を見て評したカカツは
ついに顔を真っ赤にしたミレムの前に出た。
「しかし真っ赤な顔をしておるのう。どれほど酒を飲んだんじゃ」
「グフェフェ、俺が酒を飲まないで誰が飲むというんだ…ヒック!」
支離滅裂な感じで酒気漂う息を出し言葉をしゃべるミレムに、
カカツは内心あきれたが、これも一興と思い鑑定を始めた・・・
その時であった。
「こ、これは・・・!?」
「ぅうん?なぁんだぁーじいさん?俺の顔に何かつぅいてぇるかあー?」
「こ、この相!赤く染まってはいるが、気運高く!天下に号を発す名だたる鳳の翼を持つ龍の相!今は凡才でも時が経ては名だたる名将を抱え、大陸を震わす気運実力共に際立つ英雄の相じゃ!このような天下を掴む名相に出会ったのは生まれて初めてじゃ!」
「へっへぇ、美酒を煽って、賞賛を肴にするのも悪くないけど、そんなに褒められちゃ俺の顔がもっと真っ赤になっちまうよ・・グビグビ・・プハァー!」
ミレムの酒気を帯びた息を喰らったカカツは動じることなく、
その顔面には汗がたらりと垂れ、目は驚くほど見開き体は少々震えていた。
少し時間を置いて、カカツの震えが止むと
平静を取り戻したカカツは再び次席へと人物評を始めだした。
そして末席の文官の手前に鎮座していた一人の武将の前で
再びその足を震わせ、男の前で汗をたらりと流し始めた。
「わ、わしは幻をみているのか!そ、そなたもまごう事無き英雄の相!戦においては兵を神の如く従え、政に置いても有才乾心、情に流されない判断力と統治の才を持ち、しかも先ほどの将と反対に気運、将才、智謀、全てをとっても上回っておる!世に英雄の相が二人…しかもこちらの方は、天下を飲まんとする気運さえある!」
そう言われると、末席の近くに居た将は立ち上がり
軽んじるでもなく、重んじるでもなく、表情を緩ませず
堂々と何も言わず立ち上がり、その場でカカツに対してこう言った。
「郡将達の気分を害すのも悪いが、率直に言わせて貰おう。英雄たるものの才は、顔や、骨格、体の相で良し悪しに決めるにあらず。名実と義、才略と人あって始めて英雄となり、将は龍虎となり天地を翔け号を発す。このような余興は余り好きではないので私は立ち去る。諸侯は私など気に止めず。楽しく酒宴を続けてくれたまえ」
ガヤガヤ・・・ザワザワ・・・
ざわめきと喧騒が酒宴を包む中、
男は扉を開け、そのまま部下の将を連れて城内へと消えていった。
「あの将は誰だ?我が郡の将では無さそうだが・・?」
「あ、あれは北方官軍の援軍の将で…関州は京東郡の太守キレツ様の息子のキレイにございます」
「なんと不遜な態度だ。諸侯の酒が不味くなるではないか。これ楽隊、演奏を始めて場の空気を外へと飛ばせ」
ジャデリンはそういうと、さめた空気に包まれた酒宴は
再びにぎやかな楽隊の演奏であつくなり始めた。
郡将達は、内心キレイの印象で少し盛り上がれなく、
スワトとポウロも言を避けて場を盛り上げようとしたが
全員の脳裏には言を発したキレイの態度が鮮明に映っていた。
そして誰一人、キレイの事を良く思う人は居なかった。
ただ一人、酒に溺れて眠りまなこであったミレムを除いて。
根島城 城外の平地
ドッドッドッドッ!
キレイは赤い掛け物を肩につけると、静けさに包まれた夜の野を
部下と共に馬に乗ってかけていた。
「若。祝いの席であれはいけませぬ。あれでは郡将達に恨みを買いますぞ」
「ふん、いらぬ世話だオウセイ。くだらん愚将達に恨みを買おうが、こんな小さな勝利の宴などには付き合ってられぬわ。俺が望むは天下が揺るぐような大勝利だ。千の兵で万の敵と戦う術を知っているものが、一群をとったくらいで浮かれてはいかんのだ」
「今回の一件、お父上には黙っておきましょう。ですがその傲慢さを直しませんと臣がついていきませんぞ」
「傲慢か、天下を得るに障害なら気をつけるとしよう。だが俺は天下の英雄止まりで終わる男ではない。天そのものとなって時代の波を操り、英雄を動かし世を喰らってやるのだ!ハーッハッハッ!!!!」
馬を走らせながら、キレイの高らかな笑いが野にこだました。
赤い掛け物を翻し、天下をつけ狙う才を持つ傲慢の武者。
英雄キレイの野心は、乱世を迎える時代を駆け抜けることができるのであろうか。
初夏訪れる夜の闇には、激しく唸る馬蹄の音だけが響いた。




