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悪役令嬢の姉  作者: 鵠居士
遺された者達
9/15

華やかな世界の裏側はほの暗く、

ライナ・クルーダとはどういう女性だったのか。

アルスは周りの大人に聞いたことがあった。

人々の噂話に浮かぶその人は、稀代の悪女とか、女の暗い部分の権化のようだとか、良い話というものは一切ないものだったからだ。


年の割りには聡明で落ち着いた子供だったアルスが、人の口々に上る自分の叔母にあたる人の悪評、悪女ごっこと大人達の悪評を面白がって遊ぶ町の友人達に、その意味を知らぬままであれた訳もなく、傷つかなかったわけではない。

それは長じれば長じる程、王都で流行り始めたある劇場の演目のせいで、ますます酷いものとなっていって。

最早、現実ではどうであったかなどは置き去りにして、ライナ・クルーダという名は悪女の名を欲しいままとするものに成り果てていた。


物心ついた後の五歳とはいえ、色々と予定の多い立場にあり、学園に在籍していて忙しい叔母に会う事は少なく、記憶は疎ら。

だから、自分よりも記憶が確かだった筈の従兄のグレンや、件の人の異母兄にあたる伯父、そして異母姉になる母に、どういう人だったのかと尋ねた。


とてと元気がよくて、自分を磨くための努力を怠らない子だったわ。

そう懐かしそうに笑ったのは、セリと名を改めた母セリンサ。


王太子や王妃の隣にあっても少しももの応じする様子を見せず、手先の隅々まで完璧な動きを行うことを実践出来ていた。

これは珍しく出席した王都での祝いの席で遠目にした、という辺境伯フォスター。


そして、誰よりも確かな事を教えてくれるだろうと思った伯父ハンスが言った事といえば…。





「私が、私の美しさと演技で人々を魅力し、感動させ、有名になればなる程、あの女達は自分ではどうしようもない立場へと追いやられていくのよ?こんな愉快でやりがいのあることが他にあって?」


ほーほっほほほ

舞台の上で悪役の女が分かりやすく悪役ぶってみた笑い方といえばいいのだろうか。片手は腰に当てられ、片手は口元に甲を添える。背中は少し反り返り、高めの笑い声が部屋の中で反響する。


「六年と少し前に立ち上げたこの劇場も、すでに国一番と言われるまでに成長して、今では国中から私達の劇を観に来るまでになったのよ。それに、去年からは年の半分は国外公演も始めたの。違う演目を行う時でも、王太子妃のエピソードをそれとなく盛り込むことも忘れていないの。演じれば演じる程、王太子と王太子妃の名は実情から離れていく。楽しくて、楽しくて、本当に仕方無いわ」


その姿を観ることになった二人の甥っ子達は、ハンスの言った異母妹への言葉を思い出した。

どんな人だったのか、というアルスの問い掛けと共に、ついでとグレンも聞いたことがあった。


セリンサ叔母さんとアルト、エリナは助けた。

お祖父さんやお祖母さん、ヒルト、ゲイル叔父さん達、何より事の渦中に置かれたライナ叔母さんは助けに行かなくて良かったのか?


“いい大人で男なんだから、自分達でどうにかするだろ?それに、ライナはあれだ。あいつは根性がわ…根性があるから一人でもどうにかするだろうさ”


絶対に、根性が悪いった言おうとしたよ。

それがアルスとグレン、二人が共通して考えたことだった。

なんて事を言うんだ、と思いはした。グレンには少しどころか苦手な人ではあったが、それでも叔母と親しんでいた人だ。ライナ叔母さんの事が嫌いなのかな、とも考えた。

だが、二人は今思った。

親父、伯父さんは間違ってなかった、と。


確かに、地位を追われ、家を失ったことだけを考えれば、ライナがこの程度の仕返しに踏み留まっているとも言える。

あらゆる国の歴史には、追いやられた者達が虎視眈々と復讐の機会を窺い、国を転覆してのけたのいう話も幾度となく登場しているのだ。地位を追われたとはいえ、一勢力を築いていたライナや西大公家にはそれが出来たのだ。それをせずに、誉め殺しにするという方法をとっているのだから。

だが、事の発端とされているのは、ライナが王太子妃となった少女カガリを、あの手この手と、自分の手を汚さずに苛め抜いていたことなのだ。


そんなんだから、という言葉が高笑いを披露する叔母に言いそうになったが、二人は互いに目配せを交わして飲み込むことにした。

男で、まだ子供であるグレンとアルスには到底思いつかない、女の陰湿な攻撃方法というものをまじまじと知ることになったのだ。身が竦んでしまっていた。

女というのは怖いものだと、二人は少しだけ学ぶことになってしまった。


「………あっ、ライナ叔母さんがこんな所に居るってことは、お祖父様達も?」

「あぁ、そうだね。それなら、挨拶くらいしたいなっ」


如何に自分が人気者で、強い影響力を王都の民、特に女性達にもたらしているのか。そんな自慢を始めそうなライナの言葉を上手く遮り、グレンが他の懐かしい家族達の行方を尋ねた。

アルスも、ライナよりも顔を合わせる機会が多かった、西大公であった祖父、その後妻で直接の血の繋がりはないものの祖母と呼んでいた祖父の妻。まだ、あの頃、西大公家から出てはいなかったライナのすぐ上の兄達、双子のヒルトとゲイルにはよく、西大公家の庭で遊んで貰った記憶がある。


そんな彼らが近くに居るというのなら、会いたいと考えた。

そして、会って話をしたことを、辺境伯領に居る母達に手紙を出して、知らせたいと。


ライナが糾弾を受け、家族もろともに身分を剥奪された後の話は、噂話などとして面白可笑しく、南の端の辺境伯領にも聞こえてきた。

西大公家は遠縁の、分家の分家あたりに位置している男を当主として立て直せ、と王命が下された。

男は王家が指名するだけあって有能で、先の西大公が行っていたような不正は一切行うことなく、西大公領に善政をひき始めた。

その上でライナを始めとする本家筋は、西大公家との関わりを完全に無かったこととされ、財産も何もかもも持つことは許されず着の身着のまま、放逐される。

婚姻によって家を出ていた次男、長女は離縁の憂き目を見て、子供達と共に消息不明に。王都から立ち去る姿は目撃されているが、その後の足取りは誰も知る者がいない。

塩水で育てることの出来る作物があるという話を聞き、それを海に面する自領の特産と出来ないものかと、薬師の国シグルトへと留学している最中だった長男は、その誠実で勤勉な性格を見込まれ、王国に家庭を築き、知らせをもたらした使者に対しても戻る意思を一切見せなかったという。

この西大公の上の三兄妹は、後妻の娘であるライナからは異母兄弟にあたった。

ライナと母を同じくするのは、すぐ上の二人の兄。ヒルトとゲイルという、一つ年上の双子の兄達だ。

長男でもなく、政略によって他家に嫁ぐ娘でもない、この二人の兄達は自由気儘に学生時代も、学園を卒業した後も、浮名を流しながら暮らしていた。大貴族の子弟である事から学園卒業後は何の苦労をすることもなく、王宮の文官として勤めが与えられた。が、真面目に仕事をこなしている中でも、その性格と気紛れさでトラブルを起こすことも多く、上司達の頭を悩ます存在だった。

当然のごとく、事件の後にはその職を追われたのだが、この二人にしても兄姉のように、さっぱりと足取りが掴めない。これはライナ本人、彼らの父親、母親も同じで、王都から出たのか出ていないのか、その時点からすっかりと姿も名前も、痕跡の一切を示さない。

王達はこれに慌てたと言われているが、王妃が病によって亡くなり、王も病に倒れ、政務を王太子が代わるようになった数年後になっても、その消息は一向に知れない。だが、王太子は警戒を続けはするが、その行方を無理に捜そうとすることはないだろう、と捜索に割いていた部下達を呼び戻した。

今は国を建て直すことが先決だ、と。


これもまた、演目の中に描かれていることだった。

より劇を面白くする為に、と舞台の中心で王太子役の役者がそれを部下達に指示する際、舞台の袖近くで汚れた身なりとなった元・婚約者である令嬢が、追っ手がいなくなった、それは王太子の判断であるという報せを聞き、ホッと安堵の息をつき、涙を流して王太子に感謝の意を呟くという演出が成されていた。


「お兄様達なら、あの日の翌日には王都で仕事を見つけて、今も真面目に働いているわよ」


「翌、日?」

「それは流石に、早過ぎない?」


「元々、あの上司達の悩みの種として有能だったあの二人が文官をしていたことよりは、国の為にも、頭が寂しげになり始めていた文官達の為にも、良かったのではなくて?」

実の兄達に対しても、彼女は辛辣だった。

だが、確かにグレンの記憶の中に残っている双子は、ライナの言葉を否定することが出来ないものだった。朧気な記憶を持つアルスでさえ、あの二人が文官として仕事をしていたことに驚きを隠せなくなる。

「何、やってるの?」

そう言われてしまえば、好奇心に溢れた年頃の二人の頭に、見に行かないなんて選択肢が浮かぶわけもない。

「ヒルトがパン屋で、ゲイルが服屋よ。表通りの方で店を構えているから、見に行ったら?それなりに人気よ。うちの劇団の、観劇中の軽食も、役者の衣装も、二人に頼んでいるの」

これもそうよ、と自分が纏っている赤いドレスをひらひらと見せる。


「お、お祖父様達は?」


こうなると、聞くのが少し怖くなる。

呆気に取られることになった叔父叔母達の親なのだ。片方は確かに血の繋がった自分達の祖父なのだということを考えないことにして、何をしているのか、絶対に予想外なことに違いないとグレンもアルスも固唾を飲んで、ライナの言葉を待った。


「お父様とお母様なら、知り合いの海賊に船を貰って、旅に出ているわ。今は海の上じゃないかしら?」


「海賊って、お祖父様達大丈夫なの?」

驚かないぞ、と思っていても、それには驚かざるを得なかった。

海賊といえば、海に面する西大公領にとっては敵である存在だ。他の四方大公のように国を相手としない分、簡単だ、楽だなどと言われることも多かったらしいが、相手が国と言う確固とした立場では無い分、自由気儘で普通の兵では考え付かない攻撃や罠を仕掛けていく。追い込むことは出来ても、完全に鎮圧することは不可能だった。

殺し、殺され、奪い、取り戻し、という関係を長年にかけて続けてきた海賊に、それを指示していた西大公が地位も財産も失った後とはいえ、船を貰うなんて。

危険極まりない行いだ。

「ふふ。可愛いわね、お前達は。政って、そんな簡単なものではなくてよ」

「…実は影では仲良しだったって事?」

「持ちつ持たれず?」


「あちらにも、こちらにも、益があった。そして、様々な人間が集まり混沌としていた港街の闇に、ある程度の秩序が出来ていた。真っ白に政をしようという考えを否定するつもりは無いけれど、闇をある程度は許容することもまた政の手段の一つよ」


グレンとアルスは、ハンスが言っていた言葉の続きを思い出した。

"基本、うちの人間は生きしぶといからな。そう簡単に死んでたりはしないだろう"

その言葉の通りだと二人は思った。

「それにしても、旅ってお金は?財産も何も、没収されたんでしょう?」

「いざという時の為に、いろいろな所に隠し財産の一つや二つや三つ、準備しておくのは普通でしょう?」

この劇場を作るのにも役に立ったと、ライナは歌うように語った。

「いざ劇場を立ち上げようとしたらね、建物の買取でしょう。これは王都でも随分立地のいい場所だから、大きかったわ。劇場として使えるように内装も全面的に直したし、劇をやるからには役者も必要だと才能がありそうな者達を引き抜いたり、見つけたり。ちゃちゃを入れてきた方達に色々と便宜を図って貰う為に大変だったわ。衣装も軽食も身内割り引きとか言いながら、しっかりと持っていくし。王都に隠しておいた分のそれは全部、使い切ったわね」

ほほほ。しみじみと自分の苦労を語りながら、グレンとアルスに「探しても無駄よ」と笑いかけた。

「えぇ~、親父と叔母さんにも、つまり俺達にも使う権利はある筈だろ!?」

「早い者勝ちでしょ。欲しかったら、まだあちらこちらに隠してあるものが、お兄様達やお父様達が使ってなければ残っているわよ。自分達で探しだしてみなさい」

でも私もまだまだ入り用だから、早くしないと完全に無くなるわね。

一切譲る気など無いとライナははっきりと言い切ってみせた。


「…本当に叔母さん、王太子妃になる筈だったの?」


それは思っても仕方無い疑問だった。

西大公家という貴族でも最上に位置する貴族の娘で、王太子の婚約者、王太子妃、王妃となる筈だった。そんな様子を一切滲ませない、随分と世慣れした様子で自分が女優として立つ場所を築いていったのだと、話からは聞き取れる。

勿論、彼女一人でやりきったことではないかも知れないが、六年と少し前、といえば身分を奪われて一年も経っていない頃だ。

蝶よ華よと育てられたライナがそんな風に行動出来るのか。

しっかりしているように見えて、南への道中に金貨を使えない事にさえ驚いていた、アルスの母でグレンの叔母、ライナの異母姉たるセリンサとは大違いだ。


「ふん。お姉様とでも比べているんでしょう。ただの貴族の妻にしかならなかったお姉様と私を、比べないで頂戴。私は王太子妃、ひいては王妃、つまりこの皇国の民全ての母となるべきだった女よ。民の生活の隅々まで知らなくて、どうして母などと名乗れるというの?」


平民が月にどれだけの収入を得て、どれだけを使うのかも、しっかりと把握してことの、母たる王妃の役目よ。

胸を張って自分の言葉を誇るその姿には、舞台上ではないというのに、何処からかスポットライトが当たっているように輝いていた。

こんな母親か…うん、怖いな。

そんな感想を抱きながら、アルスとグレンはライナの主張をただ大人しく拝聴することにした。


「民達の食事の中心となるパンが、それを作る小麦粉が幾らで売り買いされているのか。王都と他の都市、村との値段の違い。それらを知らずして、例えば、貴族の義務の一つである孤児院などへの支援や寄付が、滞りなく、不満を抑えて、行える訳がないでしょう?税だって、何処まで取れば国の経済や民達の生活に影響が少なく、効率がよくなるかの計算だって出来ないじゃない」


足りなければ不満を溜め、国にとって有害な考えを生み出していく。

満ち足りた状態が続いてしまえば、自分で努力工夫を行うことを怠るようになり、国にとっての毒になる。

孤児や病や怪我によって働くこともままならない者達への慈悲ある姿勢を示すことは、王妃としての当然の役目とはいえ、加減を覚え、気儘に追従しようとする貴族達を牽制する必要もある。

それを成すにも全ては、与えるものがどういうものなのか、どんな価値があるのか、をしっかりと把握し考えるべし。

税にしても、皇国の民には様々な税が課せられ、それに見合う恩恵が受けられるようになっている。

取り過ぎれば、民達は不満を膨らませ、経済は停滞し、国は疲弊してしまう。何事も、現状に相応しいものに保つ必要があるのだ。

それを知るのは、民の税金によって生活を行っている王妃、王族の心得の一つだった。


「どうやったのなら、人々が自発的にこちらの望む行動をしてくれるのか。先導の仕方、感情の引き出し方、教わった事は全て今に、役立っているのよ」


生きしぶとい。

ハンスの言うことは正しかった。

この人なら何があっても生き延びれるだろう。


「お兄様が言いそうなこと」


甥っ子達の思わず口から洩らした感想に、ライナは怒るでもなく、ただ笑みを深めた。

「けれど、生きしぶといのはお兄様とて同じでしょう。いいえ、貴族に生まれた者は皆、そうでしょう?生きしぶとくて何が悪いというの?貴族たるもの、戦いとなれば最期の最期まで敵と向かい合い、民達を護るために最善を尽くすもの。兵が死のうと、家族が死のうと、民達の前に立って導き護る。それが貴族たるものの義務。そうあれと、幼い頃から教わっているわ。王族ともなれば、その最たるものよ。最期の最期まで、美しく凛とあって、王を支え、次代たる子を護り、民を導き、そして自身の価値をもって国を護る。王妃としてそうあれと教わった私が、そう簡単に自分の生を諦めたりしないわ」


こんな王妃に誰よりも相応しかった私を排除した王家の行く末、じっくりと見尽くしてからしか、死んでたまるものてすか。


ライナの浮かべた笑みは凄みを放ち、煌々とした輝いている。

舞台のど真ん中で、他の役者を一切寄せ付けることなく、スポットライトを独り占めしている。

思わずグレンとアルスは感動を覚え、パチパチと手を叩いて「すげぇ」と歓声をあげていた。



「それにしても、噂は私のところにまで届いていてよ。南の辺境伯の養い子。消息が知れないと思ったら、辺境伯領に居たのね。お姉様は、エリナはお元気?今は何をなさっているのかしら」


「…親父には会ったんでしょ。なら、知ってるんじゃないの?」

「…調べたら分かることなのに、何で聞くのさ」


慣れない家事や仕事をして、自分達に母親としての愛情をたっぷりと注いでくれた、母・叔母。

自分達では考えも着かない嫌がらせを行って楽しんでいるこの叔母がわざわざ聞いてきた、ということに二人は「もしや何かするつもりか」と警戒を抱いた。

ハンスは異母妹ライナが今こうしている事を知っていて、ライナも異母兄ハンスが知っている事を分かっている。つまり、二人はすでに再会を果たしているという事だ。

なのに、南の辺境伯領に居たことを知らなかった、異母姉セリンサの事を知りたがるのは可笑しい。

グレンとアルスの顔は一気に硬く、引き結ばれた。


「私だけでなく、誰もが調べたけど分からなかったから、言っているんじゃない。南へ向かったという事は分かっていても、その後は私も、ザルス侯爵家も、ジュール侯爵家も手を尽くしても分からなかった。お兄様には三年前にお会いしたけど、なぁんにも仰らなかったわ」


「探したんだ」

「はっ、都合の良い」


父親ザルス母親ジュールが探していたと聞いて、二人の言葉や声は違うものとなった。

覚えている加減が大いに関係しているだろうその感想は、アルスはへぇと驚き感心するように、グレンからは吐き捨てるように、呟かれた。


「お兄様や辺境伯が完璧に情報の漏れを防いでいるのね」

ある程度の報酬を弾んだのに完全に無駄となった、とライナは口先を尖らせ、不機嫌を露にした。

「まったく、昔からそう。お姉様の事は皆して護ろうとするの。お姉様ばっかり。上のお兄様達だけならいざ知らず、ヒルト、ゲイルお兄様達まで、私よりもお姉様を優先しようとしたのよ?」

本当、あの時は信じられなかった。そう言ってライナが甥へと聞かせたのは、まだ屋敷に兄弟全員が揃っていた頃、ライナとセリンサの二人が庭で同時に怪我をしそうになった時の話。

だが、二人は思うのだ、

「そりゃあ、僕等だって叔母さんよりは母さんだよ。ねぇ」

「うん。裏から手を回して虐めの限りを尽くした上に、負けた後にもこんな時間と労力とお金に根気が居るわ、危険も付き纏うだろう嫌がらせを仕出かせる女の人よりは、典型的な貴族の女性の枠から抜けてはいないセリンサ叔母さんの方を、誰だって先に助けようとするよ」

「ライナ叔母さんって。助けたら、その後の仕返しとか色んな事に巻き込まれそうだもん。考えただけで、怖いよ」


「それで、お姉様はお元気なの?」


甥っ子達の意見をふんっと鼻であしらい、もう一度、ライナは問い掛ける。

諦めも、はぐらかされもしない、その問い掛けに、本当に何をする気なのかと二人は戦々恐々の面持ちになる。

「………」

「………」

七年経ち、その間に家族の中で取り決めたことがたくさんある。

その中には名前を変えることや、生い立ちについても、平民として生きる事になったのだからと事細かに作り上げた。

ライナは叔母だ。家族ではないが、身内にはなる。だけど、何処まで話してもいいのか、なんて二人には判断出来ない。

「母さんはもう…」

最後まで言い切らず、言葉尻は濁す。

これでどうにか納得してくれないか。

「…ふぅん」

ドキドキと自分のものか、隣の従兄のものなのか、心臓の音が聞こえてきた。


「まぁいいわ」


ライナの答えは随分とあっさりしたものだった。

あまりにあっさりと引き下がったそれは、何だかライナらしくないと感じ、アルスとグレンはぱっと顔を上げた。

その際、本当に小さな声で、「今更、どんな顔をして会えばいいのかなんて分からないもの」なんて言葉が聞こえてきた。だが、顔をあげてライナの顔を見た時には、彼女は顔を背け、どんな表情なのか、本当にその言葉は現実にあったものなのかを確かめる術は無い。あの声はそれだけ、細く儚い音だったのだ。


「もしも出来るのなら、お姉様に伝えて頂戴。迷惑をかけてしまって、ごめんなさい。ライナが謝っていたって」


何処か高飛車だが、顔を背けたままのその言葉は確かに、謝りたい、という思いがあった。


「うん。伝えるよ」


その思いを感じ取れたアルスが、それを断る事は出来なかった。


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