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悪役令嬢の姉  作者: 鵠居士
遺された者達
8/15

王都の闇には女王様がいて

例え屈強で、己の今の力量では対抗しようもないと、見ただけで判断することも出来たとしても。

か弱き少女グレースという存在に身をやつしていたとしても。

とうに軍門たる生家との縁を失っているとしても。

二人は現役で戦いの場に身を置く親が居て、傭兵達に囲われて育ったのだ。

一切の抵抗もせずに連れ去られたなど、事が大きく公のものとなった時に父達や知り合いの大人達に知られては馬鹿にされ、修行が足りなかったかと呆れられるのは目に見えている。


こういう場合、力量を見極めて無駄な抵抗をしない。それもまた、賢い手段の一つではあるのだが、そこは冷静な判断を行えるとはいえ血気に溢れる少年達。何かと自分達を鍛えようとしてくる親達の意地の悪い笑顔を想像してしまったというのもあり、抵抗をしないという考えは両者ともに浮かばなかった。


「グレース!」

「お前ねぇ、こういう時はグレンでいいんだよ。馬鹿アルト」

「さっきから何回も言おうか思ったんだけど、僕の名前はアルスだよ。間違えないでよ」

無駄口を叩きながら、スッと攻撃を繰り出す体勢をとる。

「はっ姐さんの仰る通り。いいつら構えの、可愛いガキどもじゃねぇか」

反抗の意思を隠さずに男を睨み上げた二人に、その男はニヤニヤと笑いを深めた。

「だが、甘ぇ」

その言葉を合図にして、物影から二人を取り囲むように、男とそう変わらぬ体躯の男達が武器を手に姿を見せた。

そうなれば逆に、二人には考える冷静さが戻ってくるというもの。

男達が呆気に取られ拍子抜けする早さで、グレースもといグレンとアルト改めたアルスは構えた体勢をあっさりと解き放ち、両手を空に向けてあげ、降参の意を示した。

「…確かに、可愛いガキ共だな」

「無謀過ぎる事をするほど、馬鹿じゃないよ」

「流石にこれなら、父さん達にど叱られることもないし」


「ふぅん。まぁいい、俺達の役目は、おめぇらを姐さんの所に連れてくことだ」


さて、父達や南の国境で活躍を重ねている傭兵達とそう変わらない力量を持っていると思われる、この男達を使っている姐さんというのは、どんな人なのか。

グレンとアルスは目配せを交わして考える。

今から七年前、グレンは七歳、アルスは五歳。まだ他家との交流にそう頻繁に顔を出す歳でもなく、血の繋がりのある家の人間程度しか顔見知りといえる存在はいない。

西大公家は存続してはいるものの、もはや血の繋がりも薄い遠縁の者達が名乗っている家名。

お互いにグレンは母方、アルスは父方の親族はそう顔ぶれも変わりなく存続しているが、幼い頃のことなだけにはっきりと覚えている人は少なく、生粋の貴族である彼らがこんな手で接触を図ってくるとは思えない。

姐さん、なんて呼ばれる存在はどれだけ考えても想像もつかないのだ。


「元気のいいガキ共だからな。途中で暴れられてもなんだ…」


「ちょっ」




抵抗の意思はないと示したはずなのに、グレンとアルスは大きくぶ厚い布で巻かれた上から太い縄でグルグル巻きにされてしまった。いわゆる、簀巻きという状態だ。その上、騒がれてはたまらないと口には布が当てられ、呻くことしか出来なくされた。

その状態で軽々と男達の肩に担ぎ上げられ、えっほえっほと何処かへと連れられていく。


んん、ぅんう

(あれ、この方向って)

「静かにしてろって。にしても、お前等は運が良いぜ。姐さんに直に会えるなんて、色んな奴等が土下座して変わってくれっていうような事なんだぜ」


(誰だ、本当に?)



えっほえっほ

薄暗い裏道を右に左にとすり抜け、男達は担いだアルスとグレンをある扉の前へと連れていった。


裏道に面した小さなその扉も壁も汚れが酷く、壁沿いに積まれた箱などの荷物も多く雑然としていた。

それだけで、此処が体面を気にする身分の人間が居る所ではないと知れた。


「姐さん、お連れしやした」


「ご苦労様」


肩に担がれたまま建物の中へと入り、蝋燭の光が揺れている部屋の中で、二人は乱雑に床へと降ろされた。

初めに姿を見せた男がリーダー格なようで、まだ二人には見えない角度に居るらしい"姐さん"と呼ばれる女性に声をかける。

その間にアルスとグレンは体に巻きつく縄と布を外されていた。

男の声に労わりの声を返したのは、綺麗な鈴の音を思わせる透き通った年若い女性の声。その声からは随分と気高い性質が聞き取れ、そして男達はその声に反感を覚えることもなく、逆に「とんでもねぇ」とデレデレと相好を崩していた。

グレンとアルスが完全に簀巻き状態から解放されると、頬を赤らめた男達は浮き足立つ状態で、その部屋を後にする。グレンとアルスのことなど、すっかりと頭から忘れ去ったように置き去りにし、部屋の中にはまだ顔を見ていない謎の女性と、グレン、アルスだけになった。


どうする?

アルスが隣に座るグレンに目を向けると、グレンの表情はどこか落ち着かない、動揺が見てとれるものになっていた。

「ど、どうしたの?」

「い、いや。うん、嫌な予感が…。お前は何も気づかなかったのか?」

何に気づいたのだろうか。

グレンはアルスに聞いておきながら、「あぁお前は小さかったし」と二歳だけしか違わない筈の癖して、達観したような結論を口にする。


「久しぶりね、グレン、アルト。いい加減、こっちを向いたらどう?」


謎の女性に背を向けたまま床に座り込んだままだった二人に、その声は投げ掛けられた。

グレンは二年前に王都へやってきた時から、その少女の姿とグレースという名を貫き通している。

アルスも、まだ王都に来たばかりではあるが、アルスという名前で通している。

二人の本当の名前を知る者はそういない筈。

誰だろう、とアルスは「やっぱり、そうなのか」という謎の言葉を吐きながら固まっているグレンよりも早く、背後を振り返った。


「誰?」


振り返って、背後に立つ女性の顔を仰ぎ見ても、それが誰なのか分からない。

いや、かすかに記憶の端に引っかかるものはあるのだが。

「まぁ、私の顔を忘れたというの?薄情な子ね。あれだけ、可愛がってあげたというのに!」

腰に手をあて、憤慨する女性。

壁のいたる所に立て掛けられている燭台からの揺れ動く光の中でも、はっきりと艶やかに分かる美貌を持ったその女性は、赤いドレスを世の女性のほとんどが羨むような体に纏わせ、壁一面に張られた大鏡を背に立っていた。


「グレン。お前なら、私のことを覚えているわね?」


それは確認ではなく、命令に聞こえる声だった。

しかも、不快な気分を感じることもない、すんなりと体の奥底にその命令は染み込んでいく感覚を覚える。上に立つことを当たり前に許されている人なのだと、思わせる声音。


「…お久しぶり、です。ライナ叔母さん」


「えっ?」


ようやく振り返ることが出来たグレンの言葉に、アルスは驚き、ライナは鼻を鳴らすことで返事をした。


ライナという名前の人間を、しかも叔母という存在を、アルスは一人しか知らない。

今、王都で流行している演目。

それは一部、二部に分かれて演じられている。

二部は王太子の成長と、王太子夫妻の悲恋と覚悟を描いたもの。

今、現実に存在している王太子夫妻を取り上げた二部にばかり注目が集まってはいるが、休憩を挟んだ先に演じられている一部も変わらない人気があり、客達を大いに楽しませている。

一部で描かれているもの、それは王太子達が学園に通う学生であった頃の話だ。王太子妃との出会いと葛藤という初々しい恋、横暴の限りを尽くしていた婚約者の令嬢に立ち向かうという勧善懲悪を描いたそれは、特に若い女性に好まれる。

多くの脚色によって彩られてはいるが、それの下地には実話が練りこまれていることを、少なくとも年嵩の大人達は知っている。知っているが、それを口にはしない程度の知恵を皆持っていた。

劇中では全く別の名前になってはいたが、幼くしてアルスは、その令嬢の本当の名前をちゃんと知る立場にあった。


元西大公令嬢、ライナ・クルーダ。


アルスの知る限りで、ライナという名の女性は母の妹、つまり叔母にあたるその人だけだった。


「なっなっなっ、なんで、王都に居るの?」


「あら。身分を剥奪するだけで済ませてやるから、何処へなりとも行けと言われたのだもの。だから、自分の好きな所に行っただけよ」

王都から出て行けとは言われていないわ。

ふふんと艶やかに、ライナは笑ってみせた。

あれから七年。当時十六だったライナは二十三歳となっている。だが、そうやって笑った彼女の容貌は少女といっても押し通せるものがあった。

「だからって」

普通は王都を出て、何処かに身を潜ませるとかするだろう。

グレンとアルスは声には出さなかったものの、同じ事を考えていた。


「それにしても、お前達が王都に来ているのは聞いて知っていたけど、まさか此処に来るとは思ってもみなかったわ。舞台の上から見つけて、思わず台詞を忘れてしまいそうになったじゃない」


そうなったら、どうしてくれたの?

とライナの言い分はとても理不尽だった。だが、ライナの堂々としたその姿と声に、ついつい謝りそうになってしまう。


「って、舞台って…えっ?」


あまりの堂々っぷりと理不尽さに、危うく聞き逃しそうになってしまったそれに、アルスが気づいた。ライナとの思い出が僅かなりにも残っているグレンには衝撃が色々と多過ぎて、アルス程その言葉に集中出来てはいない。


「あら?お兄様から聞いてきたのではなかったの?」

「何を?」

「親父、が?」


「此処は王都一の人気を誇る、ダルーシアン劇場。その楽屋。お前達がさっき観ていった演目の、私は王太子妃役をしてたじゃないの」


本当に気づいていなかったの?見る目が無いわね。


口に手の甲を沿え、ライナは高らかに笑ってみせた。

そのあまりな説明と誇らしげにも見える姿に、甥っ子二人は呆気にとられ、そして暫くの硬直から回復すると、ほぼ同時に叫ぶような言葉を叔母に投げつけたのだ。


「「何、やってんの!?」」


王太子妃といえば、横暴な婚約者にしてみれば敵。

現実でも、その存在があった為に、身分も何もかもを奪われた。ライナにしてみれば、憎くて憎くてたまらない敵の筈だ。

だというのに、まぁ劇場の役者、主役を演じる女優をやっているのは色々と言いたいことはあるものの一端横に置いておいて、そんな役は断わろうよ、と二人は言いたかった。


「…あら。そんな姿のお前にだけは、言われたくないのだけど?」


無粋にも、上機嫌に笑っているところに水を差されたライナは、ぎろりと威力の溢れた眼光を、特にグレンへと降り注いだ。

可愛らしい少女の姿をした、グレンに。

これにはグレンは、返す言葉が見つからず息を詰まらせることになった。

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