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悪役令嬢の姉  作者: 鵠居士
遺された者達
7/15

辺境伯の子等は王都に降り立ち

国境に広がる深い森を挟んで軍事国家であるリデッラと向かい合っている南の辺境伯領は、長らく他領との関わりや繋がりを深めてはこなかった。

それは、そういった些事にかまけている暇が無い程にリデッラとの緊張状態が続いている、辺境伯領が多く接しているのは南大公領だけだから、といわれていた。

勿論、自領では補いきれない物資などは他領から取り寄せているし、出入りなどを別に他領より厳しくしているつもりはない。平民達は日常の買い物次いでに他領にまで足を伸ばしているし、腕に自信のある男達は日銭を稼ごうと傭兵と称して辺境伯領を訪れる。

ただ、常にとは言わないまでも、何時大きな戦いになるやも分からない辺境伯領に好んでやってくる貴族は少なく、戦時下でなくとも華美たるものより質素堅実、荒々しい状態である地に令嬢達など興味も示さない。

他の四方大公とは違い、唯一他国と接していない領土を持つ南大公は代々のんびりとした性格の者が多く、政治よりも芸術、それぞれの趣味の道に興味を持つ。今代の南大公も、造園という趣味に没頭する性質で、数年前を端に欲する国内の騒動にも部下達に言われて渋々話に耳を傾ける程度だった。そんな人間が代々務めている南大公が、辺境伯から話しかけられない限り、辺境伯領に興味を示す訳もなく。

これまで指示を受けずとも国境を護ってきたという信頼もあって、国の最南に位置する辺境伯領は貴族の間では在って無いものというような扱いにあった。


そんな辺境伯領から十数年ぶりに、王立学園へと入学する子供が王都にやってくる。


その噂は大きな話題にはならなかったものの、耳にした貴族達の興味を大いに引くことになった。

辺境伯は未婚で子供があるなどという話は一切無かった。

興味が無い地であろうと、そういった事は一度は社交界で話題に出る筈だ。自分達にとって、どんな価値が生まれるのか、利用出来るのか、親しくしておいた方がいいのか、そういった事を常に考えている貴族達にとっては、結婚、子供の誕生というのは、聞き逃せない重要な情報なのだ。

では、優秀な平民の子供の後見となり、学園に入れるのか。

あの辺境伯領から出てくる、あの辺境伯に認められた子供とは如何様なものか。

見定めよう、という貴族達の視線は自然と、辺境伯領が王都の中に最近購入した屋敷へと向かった。


一人目は、可愛らしい少女だった。

可愛らしく、闊達で、それでいて多くある授業を全て優秀な成績で修めていったその少女は、貴族が多く占める学園の仲でも友人の輪を広げていった。


そんな少女の存在があったからこそ、その二年後に入学すると話題に登った少年には、少女の時以上の注目が集まった。

二人目の少年もまた、優秀だった。

ただ、大人も、その影響を受けて子供も、彼を遠巻きにした。


似ていたのだ。

ある人物に。

その人物が学園に通っていた頃を知る誰もが、息を呑んで、そして数年前の騒動の最中に消えたある人達の事を思い出し、ただ口を噤むことを選び、関わらないことに決めた。




今から七年前を端に欲した、国を大きく揺るがした騒動を最近になってようやく、落ち着きを取り戻したかのように見える。

四方大公家の筆頭であった北大公家の当主、そしてその娘であった現王の正妻たる王妃が亡くなった頃から、人が変わったように自分の立場、役割の自覚を持ち、実父のように慕っていた北大公や長年寄り添った最愛の妻を失ったことで病床についた国王の名代を見事に務めてみせる王太子。

現王や亡き母のように、北大公家やそれに属する派閥を重用し過ぎることなく、そこから繋がっていた北のエリノアとも節度のある関わりに留まるよう図り、数年とはいえ北大公家とその派閥によって肩身の狭い、また不遇の立場に追いやられていた西、東、南の貴族達からも優秀な者達を呼び戻し、登用してみせた。

その覚悟と素早い手腕に、王家から心離れようとしていた多くの貴族達の忠誠も戻り始め、王太子の下に結束が強まった。

結束の下、ありとあらゆる指示が放たれ、それが速やかに実行へと移された。

それにより、民達が不安に怯え、陰りの生まれていた王都にも活気が戻った。



活気の戻った王都にある、昔も今も民達の娯楽として人気のある劇場では、ある演目が連日公開されている。


私が在るのは北の存在があってこそ。

王太子は北を追いやることはしなかった。

優秀なものを捨て置くのは国の損失だ。

王太子は優秀な者達を、属する派閥や身分も関係なく登用させた。

今こそ、王家は一つでなければならない。

王太子は、自分とは違う考え、得意分野を持ち、それぞれが母の実家、東大公や有力貴族の後押しを得ている弟妹達に、頼りにしている、手を貸して欲しいと頭を下げた。


必ず、お前が戻ってこれるようにする。それまで、耐えて欲しい。


王太子は、北の大国エリノアの王家筋であると判明し、それを公のものとしてしまった愛する妻をそう言って遠ざけた。エリノアとの戦いを避ける為に王太子妃という立場はそのままに、彼女を公の場に出すことはせず、王太子妃として当たり前の仕事も与えはしなかった。

内政が落ち着きを取り戻すまで、北の介入が行われ様と跳ね除けられるまでになるまで、王太子妃は幽閉という身に甘んじることになった。

けれど、それに王太子が嘆き悲しむことはなかった。

ただ、静かに微笑み、何時までもお待ちしております、と口にした。それは伝え聞いた王太子だけでなく、共に聞いていた多くの貴族達をも感動させ、王太子とその妃が誰に憚ることなく寄り添える姿を見る日が逸早く成せるように、と誓いを強く新たにした。



そんな内容が、涙あり、興奮あり、歓声あり、と盛りに盛られて演じられている。

女性達は王太子と妃の別れと誓いの場面に涙を流して感動し、男性達は王太子が貴族達や今まで敵対していた弟妹達に頭を下げ、説得を繰り返す場面に感動の表情を浮かべるのだ。


「なんだろう…うん、こんなのが人気なんだね」


「ふふふ。こっちだと、大袈裟なくらいな演技や、感動しろって言っている物語が好かれているから。それに、あの内容が本当だと信じたら安心出来るじゃない」

そういうものよ、と劇場から出てきた二人組の一人、可愛らしいと綺麗の丁度間に位置しているような容姿の少女が微笑みを浮かべた。

隣に並んで歩く、納得行かないという思いを顔にありありと書いている、自分よりも頭一つ分小さい少年のその表情が面白いなと段々と笑みが深まる。

「安心、出来るの?」

「出来る、って話よ?私も理解は出来ないけど」

「良かった。そんな格好だけじゃなくて、中身まで可笑しくなってたら…」

グワシッ

少年の頭が少女の手によって掴まれた。

「可笑しくって、どういう意味?」

「だ、だって、僕がどれだけ驚いたと思ってるのさ!可笑しいってその格好以外何かあるとでも、ぐれ」

「また間違えた。グレースよ、グレース」

少年が王都に到着したのは昨日のこと。

辺境伯領から案内してくれた辺境伯軍の兵である青年に後押しされて入った、王都に住む為にと辺境伯が購入した王都の屋敷の中に、グレースは居たのだ。

何も知らされていなかったアルトは当たり前に驚いたし、案内役の青年に屋敷を間違っていないかとも聞いてしまった。

だが、屋敷は間違いなくアルトが踏み入っている其処だった。

そして、アルトが誰だ!と叫んだその少女は、ネタ晴らしをされてしまえば、憧れに近い想いを向ける従兄のグレンだったのだ。

あの時の驚きと混乱と、そして少しだけガッカリした想いはアルトにとって忘れられそうになかった。


「仕方ないじゃない。これが親父と小父さんの命令だったんだもの」

「母さんは、知ってたの?」

「ううん?叔母さんにはこの前、初めて教えたみたい。とっても驚いていたって」


自分一人が知らなかった訳じゃなくて良かった、とアルトはホッと息をついた。

「それに、うちの母親の方、あの時の当てが大きく外れちゃって跡継ぎに困っちゃってるから、グレンで居るよりこっちの方が何かと都合がいいのよ」

「へぇ…。それで行くと、やっぱり僕の所にも来るかな?」

グレンは二年、この王都でその姿で乗り切ったらしい。母親似な顔を誤魔化す為に、化粧の仕方や髪型で似ないようにする努力をしていて、これからもばれない自信があると笑う。

それはそうだろう。息子を産んだ覚えしかないのに、同じ年の少女を見て自分の子だと思える方がおかしい。

「来るんじゃない?小父さん達が情報が漏れないようにしてくれたのは、私達が辺境伯領に居ついてからだもの。向かったところまでは分かっている辺境伯領から出てきた、同じ年、同じ性別、瓜二つな容姿を持っている子供なんて、会いに来てって言っているようなものじゃない」

「うん、まぁ、会っても別にいいんだけどさ。言いたいこともあるし」

「まっじめねぇ。私は別に、言いたいことなんて無いのよね」


「あの人の真意って、分からないままだから」


誰にも漏らしたことは無かったが、アルトはそれが知りたかった。

グレンが王都を出た時、母親もその場に居た。

だが、アルトの覚えている限りでは、母に手を引かれて屋敷を後にする時、父は居なかった。使用人達と祖母だった人。だから知りたかった、あれは父の指示だったのか、どうかを。

「うん、来たら会おうかな」

自分から会いに行こうとは思わない。

けど、あちらから会いに来るのなら、会って聞くくらいはしてもいいだろう。

アルトはそう思う事にした。

それなら、最後まであの人の事を考えていた母も許してくれるだろう、と。




「おう、坊っちゃん、嬢ちゃん。ちょっと、ツラ貸しな」



「…アルトがそういう事言うからぁ」

二人が歩いていたのは、人気の少ない通りではあった。

だが、こうも堂々と在り来たりな言葉を吐いて、こういった人種が現れるのは予想していなかった。


汚いとかそういう事ではない。

だが、荒事を得意にしていると一目で分かるガタイに、鋭く威圧感に溢れた眼光。

色々な傭兵をたくさん見て、囲まれて育ったアルトとグレンには、この目の前に突然現れた男が絶対に堅気ではないと理解出来た。


二人なら、なんとかなるかな?

倒せるか、倒せないか、を図る。


「おっと、余計なことはすんじゃねぇぞ。大人しくしてたら、うちの姐さんは悪いようにはしねぇからよ」


どうしようか、と二人は小さく目で意見を交わした。


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