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悪役令嬢の姉  作者: 鵠居士
遺された者達
12/15

親子の絆に貴賤はなく、

貴族に生まれた子供はある意味、夢を持つ事が無意味な事だと幼い内に知ることになる。

家を継ぐ長男、有力な家であればあるほど娘達は元より、まだそれらよりも少しだけ夢を持てるものの、次男、三男も同じだった。


幼い内に教わるのだ。

何度も、何度も、優しく厳しく、諭すように。

貴族として生まれたのならば、最期まで貴族でしかあり得ないのだ、と。


平民の上に立ち、何をもっても民の為に、領地の為に、家の為に、何よりも国の為に生きること。その為に貴族は、民達からの税金を自分達の生活に充てることを許され、平民には到底行えない華やかな暮らしを送ることが出来るのだ。

生まれたその時から、身の回りの全てが民という存在によって得られた物によって賄われている貴族の子供の将来は、ほとんど決められた、あっても狭い選択肢の中にしか無い。

家名を継ぎ、領地を良く治めるか。

家の意向を背負い、家にとって有用な家へと嫁ぐか。

文官や武官として職を見つけ、身を立て国の為に尽くすか。

家名を継げるのは一人だけ、それは余程の理由が無い限り長男に与えられる選択肢だ。嫁ぐのは勿論、女にしか出来ない選択肢。時には娘しかいない家に、その名と血を絶やさぬ為にと男が婿入りし、そこの領地を治める役目を得ることもあるが、それは本当に稀な件でしかない。娘しか生まれなかったのなら、息子が生まれるよう愛人を囲い、得ようとするものだからだ。


王家のように正妃の他に側妃を持つ事など、他国や遠い過去には許されていることだったが、この国では王家だけのものであり、貴族には許されてはいない。有るとすれば、愛人を囲い、生まれた子を正妻の子として届け出るということ。これは貴族の間では極当たり前のこととなっている。

正妻の子として届け出ることが出来なければ、ただの庶子、私生児として扱われ、不遇の扱いを受けることになる。

“パンが無いなら御菓子を食べればいいのよ”

そんな貴族の高慢さを揶揄した言葉が遠い異国にはあるのだ、と入学したばかりのアルスはまだだが、入って一年目の中頃までには学園に通う生徒は全員、教えられる。

その言葉とは真逆のところに、貴族の子供についての考えはあるのだと言えば、分かりやすい。

“自分の息子がいなければ、他家の息子を貰えばいい”ではないのだ、“自分の息子が生まれるまで生ませればいい”なのだ。

勿論、多くの子供を養うことなど出来ないという、力が無く、財産も無い家もあるだろう。

だが、そういった家はそもそも、そこまで家を継続することを望まれてはいないのだ。力もなく、財もなく、貴族としての格も誇りも保ち続けることが出来そうにない家に、婿として入ろうという者はいない。王家とてその縁組に許可を下ろすことはしない。そんな家を継続させるよりは、有能な爵位を持たない人間に褒美として与え、王家への忠誠と国への貢献を誓わせた方が余程いい。爵位もそれに付随する領地も無限ではなく有限なのだから。


婿をとってまでの家の継続を許された、様々な理由によって娘しか持てなかった家など、そうあるものではない。

となれば、長男以外の貴族の子弟が取れる選択肢は、文官武官として家や国に仕える事しかない。


商人などになればいいのではないか、とはいかないのだ。

子を養えない程に力が無いのか。貴族としての最高の教育を与えられていながら、貴族としても義務も果たさないつもりか。

そう、貴族としての家名を軽んじられることになる。


もしも子供が与えられた選択肢以外を選びたいと言ったのなら、表向きの上であろうと、家との関わりを完全に消し、縁を切っての上でしか許されない。


「お父さんは、この店にも、お母さんにも、私にも必要な人なの。連れていったりしないで」


元は貴族の人間が街で仕事をして暮らしている。

それが理由はどうであれ、どういう事なのかは平民だって知らぬことではないのだ。


父を、ヒルトを連れていくな、と苦笑を浮かべていた表情を一変し、ルシータは二人に向かって深々と頭を下げ頼んだ。


「えっ、ちょっ」

「いや、あのね」


「お父さんは何も教えてはくれなかった、お母さんは知ってるみたいだけど、今でも教えてはくれてないけど、私も近所の人達も皆、お父さんが貴族だったことなんて分かってる」

まったく自分達の考えや立場に当てはまりもしないルシータの言動に、グレンもアルスも戸惑うばかり。

そんな二人を余所に、ルシータは頭を下げたまま言葉を続けていく。

「今はすっかり、お母さんの尻に敷かれてる、ちょっと抜けたパン屋の店主だけど。平民にはあり得ない品の良さとか、教養があるとことか、ただの貴族じゃなくて、こんなとこに居る訳が無い凄い貴族の子供だったって分かる。時々来てくれる、身なりのいい官吏だと思う常連の小父さん達の態度とか見ても、バレバレだもん」


驚いたり、青ざめて悲鳴をあげたり。

真面目になって、立派になって、と感動にうち震えた人も居た。

感動にうち震えた人はちょくちょく、大量にパンを購入しに来るのだとルシータは言う。あの人の目や態度は、なんだか子供や孫の成長を喜ぶ親、祖父母の目だったと。


そんな風に官吏達に思わせたりするなんて、ヒルトは一体文官であった頃に何をしでかしていたのか。グレンも、アルスも、顔がひきつる。仕事は大公家による教育の成果で完璧に近く有能であったらしいが、真面目とは言えなかったとは聞いている。あんなことをした、こんなことをした、と子供の悪戯かと言える話は幼い頃本人から聞かされた。だが、その様子を聞くと、何だかそれだけではないように思えてならない。


「お父さんは何か悪さして、家を追い出されたんでしょう。お父さんなら有り得るって皆も言うもの。今だって、何個も作った中に一個だけ激辛にしたジャムパンとか作ったり、絶対に美味しくない変な味のパンを使ったり、子供みたいな馬鹿をやらかすよ。お母さんに構って欲しいからって変なことしたり、お小遣い出し渋ったりする。でも、この店にお客さんが一杯来てくれるのはお父さんが作るパンのおかげだし、お母さんが一杯笑えるようになったのも、私が優しいお父さんって本当に居るんだって思えたのも、全部、全部、お父さんが居てくれるからなの!」


それまで下げたままだった頭をガバッと持ち上げ、ルシータは真剣な目を二人に突き刺し、頼む。


「お父さんの事を連れ戻そうだなんてしないで!お願いだから!」


つまりルシータは、ヒルトの甥であるアルス達が家の意向を受けて、ヒルトを貴族の家に連れ戻しに来たのだと考えたのだ。

家から追われ市勢で生きていた者が突然、家によって許されて連れ戻される、なんて話は噂や物語にもよく聞かれるもの。ルシータもそんな話を知っているのだろう、二人を真っ直ぐに射ぬく目は不安に揺れている。


「えぇっと、あの、大丈夫だから」

「うん。大丈夫、大丈夫。そんな事、絶対に無いから」


連れ戻そうという家がもう無いのだから、そんな不安なんて抱く必要はぜんぜん無い。

アルスとグレンは、年上だろうにそうとは思えないルシータを宥め、そんなことを簡単に説明した。流石に、西大公家だとか、そんな事は言える訳は無かったが、悪さしてたのはヒルトだけじゃなくて家だったのだと、安心させる為に笑いながら教えた。

「本、当に?」

「うんうん。むしろ、『このまま、此処で面倒見てて下さい、お願いします』って思いだよ」

「てか、叔父さんの双子の弟は、まだ言ってないけど服屋やってるらしいし、妹はダルーシアン劇場で女優をやってる」


「えっ!?」


それについて何も思わなかったのか、知らなかったのか、と言おうとしたグレンの声はルシータの驚きの声に遮られた。

「お、叔父さん‐ゲイルさんは私の服もよく作ってくれて知ってる。お父さんと一緒に勘当されたんだって思ってた。だって、あれ、だし……。えっ、あの、えっ、本当に?ダルーシアン劇場に…」

驚きの後に浮かんだのは呆然とした顔。その顔のまま、ルシータは段々と興奮に早口になっていく言葉で、じりじりとグレンに詰めよっていき、アルスにも目配せで確認をとる。

ゲイルのあれ、というのも気になる事ではあったが、ルシータの様子の方が今は気を引くものだった。

「う、うん。ダルーシアン劇場で、ライナ叔母さんは女優してる」


「ライナ!」


先程までの不安に揺れた様子などは完全に消えた、鬼気迫る感じさえ見て取れる様子と声で、ルシータはライナの名を繰り返した。


「お、同じ名前なだけだと思ってた。まさか、本当に…?」


叫んだかと思えば、ブツブツと呟き始め。

確かに、ライナという名前は多い。

これは生まれた子供の名前をつける際、名の知れた貴族の女性の名前にあやかろうという平民が多いことが原因だ。それと同じ理由で、セリンサという名も王都や国の西側で多く、最近ではカガリという名も聞かれる。


「お父さん!!」



「えっ!?は、はい、何?」


ブツブツと呟いていたと思えば、だっと母とイチャつき続けているヒルトへと駆け寄っていった。

グレンとアルスのことなんて目にも入っていなかったヒルトだったが、娘の呼び掛けはしっかりと耳に入ったようで、驚きながら返事をした。


「ダルーシアンのライナ様が、お父さんの妹って、本当に本当なの!?」


「う、うん」

「なんだ、あんた知らなかったのかい?」


ルシータの問い掛けに、何故かヒルトは嫌そうに顔を歪めて答え、ノエルは娘が知らないことを知らなかったと呆れた目を夫に向けた。


「ひっ、ヒドイ!お父さんも、お母さんも!なんで教えてくれなかったの!私がライナ様の大ファンだって、知ってる癖に!!」


「知ってたから、悪さはしないって約束で、あそこの配達はお前に任せたんだろう?」

「それは確かに、死んでもいいくらいに嬉しいけど!ちょっとでも、血の繋がってなくても、少しでも関わりがあるんだって知ってるとまた一味違う悦びになるの!」

親子の会話を聞いているだけしかないアルスも、グレンもいまいち理解の出来ないルシータの主張だったが、それがファンというものなのだろうと、何となく納得する。

「っていうか、私、ご挨拶とかしてない!劇場ですれ違った事とかあるのに、お父さんのお世話になってますって!きっとライナ様、なんて無礼な子なのかしらって呆れてる!ううん、怒ってるかも!」


そんなのイヤァ~!


両手で顔を覆い、ルシータは絶叫した。

それだけ、ライナの事が好きなのだろう。

「確かにありゃ、そんじゃそこらには落ちてない格好いい御方だよ。それは母さんも分かるけどね」

「分かるの!えっ、お、俺もあぁなった方がいい?」

「出来るわけ無いこと、お言いでないよ。ルシータ、あんた、もう良い年なんだから男装の麗人になんてばっかりに惚けてないで、恋人の一人でも連れておいで!うちだけじゃないよ、隣のマルッチェロさんも、八百屋のグランダさんも皆、娘が嫁に行かないって、今顔を合わせる度に愚痴の言い合いなんだからね」

「えぇ、嫁。駄目、まだルシータには早いよ」


「もう帰る?」

「そうだな。聞きたいことはまたでもいいし、何ならゲイル叔父さんの所に寄っていってみればいいし」


「だっだって、どうしてもライナ様と比べちゃって…」

「芝居の中のキャラなんかと比べて、どうするんだい」


親子、時々夫婦の話には割り込めそうに無いし、この手の話は終わりが無いことを、二人は七年の辺境伯領での生活でも何度か体験している。

“また来ます”という置き紙だけは残し、二人は静かに店を後にした。

話し合いと呼ぶには勢いのあるそれは、カランカランと音を立てて店の扉を開き、閉めても、止まることはなかった。





「ゲイル叔父さんの店は、あっちだって」


ヒルトの店を後にして、道行く人にゲイルの服屋は何処にあるのかを問えば、それはあっさりと判明した。

ヒルトのパン屋が表通りの、平民が多く住んでいる地区に近い場所にある。これはパンを買いにくる客層を考えれば、良い場所だといえる。

それとは逆に、ゲイルの服屋は表通りでもほぼ反対側。貴族達の居住区や王城に近い場所に、落ち着いた雰囲気を放って佇んでいた。

傍目から見れば美少女にしか見えないグレンが隣に居たからだろう、アルスが場所を訪ねた女性はアルスが目を他に向けた途端、「プレゼントを買って貰うの?」とグレンの耳元で囁いた。

そして、こんな事も言ったのだ。

「それも彼氏のプレゼント?」と。


その言葉の意味はすぐに知れた。

「あっ、此処だね」

「うわぁ、此処、俺知ってるわ」

大きなガラス窓からドレスなどの商品を見ることが出来る、シックな構えの店には看板が掲げられていた。

その看板に書かれた店名に、グレンは見覚えがあった。


「えっ?」

「この服。親父が買って送ってくるんだけど、その箱に書いてあったの、此処の店の名前だわ」

ひらひらとしたスカートを、グレンは摘まみ上げて見せた。

女の姿をすることはまぁ、もう諦めているし、慣れている。だが、流石に女性ものの服を買う事まではまだ、抵抗があった。何がと言われれば、そういう店屋に一緒に売られている下着などが少し、と青少年なグレンは顔を真っ赤に染めて答えるだろう。

「親父、ちょくちょく送ってきて、よく金があるなって思ってたけど。こういうことかぁ」



「どうかなさいましたか?どうぞ、お入りください。きっと、ご満足頂けるものを見つけて頂けると思います」


さぁ中に入ろうかと思っている丁度その時、その聞き覚えのある、けれど聞き覚えのない丁寧で甘ったるい声が、二人の背後から掛けられた。


「久しぶり、ゲイル叔父さん」

「久しぶりです」


「…なんだ、お前らか。ちっ。営業用使って損した」

自分の店の前に居た二人が振り返り、久し振りに会う甥っ子達であると分かると、その声と口調は一変し、通りを背にした二人にしか見えない顔からは、振り向いた直後には浮かんでいた整った笑顔が消えていった。

「グレンの服でも買いに来たのか?まぁ、入れよ」

そう言って、さっさと店の中へと入っていくゲイルに続き、グレンとアルスは店に足を踏み入れた。

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